望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百七十話 説明不足の歓待

 

 

 住人達の歓迎を抜けて道を進んだ馬車は、やがて大きな建物の前で停止した。

 

 周囲に、一般市民の姿はない。あきらかに隔絶された領域には、代わりに赤い軍服に袖を通した兵士達が、一糸乱れぬ隊列で馬車を待ち受けていた。

 

 馬が嘶き、ゆっくりと馬車が速度をおとす。完全に停止すると、兵士達は一斉に槍を捧げる構えを取った。

 

 リーダーが代表して大声を上げる。

 

「槍ぃ、捧げ! よし、下げ! 総員、アトラス様に……敬礼!」

 

「ひさしぶりだね、ゴドウィン兵団長。悪いけど、そんなに畏まらなくていいよ。連れが怯えてる」

 

 衣擦れの音さえも統一された見事な兵士の隊列に、アトラスは苦笑しながら馬車の御者席から降りていく。そんな彼の元に、ゴドウィン、と呼ばれた兵長が駆け寄り、降りるのを手伝った。

 

「ありがとう」

 

「はっ。お連れの方々は?」

 

「ちょっとまってくれ。シオン、ヴィヴィアン?」

 

 馬車の横に回り込んで覗きこむが、二人が出てくる様子はない。参ったな、と肩を竦めるアトラスに、ゴドウィンがちらりと視線を向けた。

 

「……お連れの方々に、ご説明は?」

 

「あ、いや、その。……流石に嘘だと思われると思ってさ……」

 

「そういうのは、やめた方がいいかと」

 

 実直な部下からのマジレスを食らって、アトラスは渋い顔をする。

 

 一方、馬車の中では、顔を蒼白してガタガタふるえるシオンと、彼女に組み付かれて困っているヴィヴィアンの姿があった。

 

 いつもの事ながら、本気でヤバイ極限状態だと力関係が逆転するコンビである。

 

「その、シオン。外に出ないのか? 止まったぞ? アトラス多分まってるぞ?」

 

「あああああアンタは状況理解してないからそんな軽く考えられるのよぉ!? ここがどこだって思ってるの?! 辺境伯の領事館か何かよ!? 私みたいな一般人が出歩いていい所な訳ないじゃない!?」

 

 シオンはどうやらすっかり余裕を失ってしまっているようだ。それに対して、人間の権力だとか資本力だとかに全く関心の無いヴィヴィアンは、こてん、と首を傾げた。

 

「そうなのか?」

 

「だ、大体ね! 辺境伯なんて、その任地の特殊性から王族からの信任篤い人物……下手しなくてもその一族が務めるようなもんなの! 分かる?! 王族よ、お・う・ぞ・く! この国を治める頂点の親戚って事よ!!」

 

「おぉー」

 

 その例えなら分かるぞ、とうんうん頷く。その呑気な態度はしかし、今のシオンには腹立たしいばかりである。なんで自分ばかりがてんぱっているのか、理不尽な怒りを感じて彼女はヴィヴィアンの首元を締め上げた。

 

「わ・か・って・な・い!! いい、私らなんて木っ端もいい所よ、木っ端! 雑草以下よ! 迂闊に外に出たが最後、不敬罪やら侮辱罪やらで引っ立てられて首を刎ねられるんだわぁ!! ここが私達の終の地なのよぉ!!」

 

「いやいや、落ち着け。落ち着けってシオン。君は今明らかに錯乱している。冷静に私の話を聞くんだ」

 

 首をメリメリ締め上げられながらも、ヴィヴィアンは努めて冷静にどうどう、とシオンを宥めた。勿論余裕あっての事ではない、首を締め上げられた彼女の顔は酸欠で真っ青だったが、ここでシオンをこれ以上刺激するのはどう考えてもヤバイぐらいは分かる。

 

 彼女はシオンの背中をさすりつつ、ちらり、と窓に視線を向けた。

 

 こちらを覗き込むアトラスとゴドウィンの視線に、「しばし待て」と左手の掌を向けて静止するジェスチャー。こくり、と二人が頷き返すのを確認して、シオンの説得にかかる。

 

「いいか? 落ち着け、ここに私達を連れてきたのはアトラスだ。その時点で、我々がどうにかなる可能性はない。落ち着け、アトラスの事を信じられないか?」

 

「それは……そうだけど! だってアトラス、黙ってたじゃない!!」

 

「まあまあ。確かに仲間で、雇い主になるというのに、彼は大切な事を黙っていたのは事実だ。契約違反もいい所だ」

 

 うんうん頷きながらボロクソにアトラスの事を貶す。勿論本心であるし唯の事実だ。覗き込んで話を聞いていたアトラスがショックを受けた顔をして、その隣でゴドウィンが然り然りと同意するように頷いていた。

 

「だがそれでもアトラスだ。大丈夫、彼の事を信じよう。彼が底なしのお人よしでなければ、私は8層のボス戦で命を落としていた。そうだろう?」

 

「それは……そうだけど……」

 

「なあに、そう身構えるな。もし本当にやばそうだったら私が全てを焼き払って離脱するのみだ。な? 大丈夫だろう?」

 

 言い聞かせるように魔力結晶をちらつかせると、しばし悩んでから、不承不承、といった感じでシオンが頷いた。ようやく姉貴分のヒスが落ち着いたのを確認して、ヴィヴィアンは一心地ついた。

 

「よし。じゃあ、外に出て、皆さんに挨拶しよう。私が前に出るから、シオンは後ろについてきなさい」

 

「う、うん……」

 

 なんとか話を纏めて、ヴィヴィアンは馬車の扉に手をかけた。

 

 がちゃり、と解放すると、控えていたゴドウィンとアトラスがざっと下がる。

 

 素早く他の兵士が赤い絨毯をばさあ、と馬車から降りた道に引き、ざざ、と兵士達がその横に並ぶ。

 

 びくっ、とシオンがその挙動に肩を跳ねさせるが、先ほどのように癇癪を爆発させる事はなかった。吃驚しただけだ。

 

 高い馬車の階段を降りて、赤い絨毯に足をつける。その先で待っているアトラスに、ヴィヴィアンは唇を尖らせて文句を言った。

 

「説明不足の補填はしてもらうからな」

 

「ご、ごめん……」

 

 ここまでシオンがへにょへにょになるとは思っていなかったのだろう、困ったようにアトラスが後頭部に手を当てる。

 

「と、とにかく、館へどうぞ。家族を紹介する、説明はその時に」

 

「心得た」

 

「うぅ……」

 

 おいで、と先導するアトラスの背を追い、堂々と歩きだすヴィヴィアン。その背中には、肩を丸めてこそこそとシオンが付いていく。

 

 大きな館の大きな扉を、門衛が重々しく開放する。彼らの敬礼に見送られて、一行は館の中に踏み入った。

 

 館の中は、外見の年経た岩盤のような赤茶色の色合いに反して、磨き抜かれた真っ白な石材で彩られていた。計算されつくした構造によって陽光が隅々まで届き、つやつやとした石材がきらめいて明るい空間を演出している。その廊下にはまっすぐ毛の深い茶色い絨毯がしかれていて、足を乗せたヴィヴィアンはそのふかふかさに目を見張った。

 

「ふわあ。ふかふか」

 

「はははは。そこで寝転がったりしないでおくれよ」

 

「……しないしない!」

 

 そのわずかな沈黙は何かな? アトラスはつっこもうかとちょっと考えたが、まあ、聞かなかったことにした。

 

 それはそれとして、絨毯のしかれた道を進んだ先に広間が広がっている。

 

 そこに、三人の人間が待ち受けていた。

 

 灰色の髪、鉄色の瞳を持った壮年の男。

 

 金髪碧眼の中年の女性。

 

 金髪に鉄色の瞳を持った、まだ幼げな少年。

 

 そのうち、少年がアトラスの姿をみかけて、歓喜の籠った声を上げた。

 

「にいさま!!」

 

「テオス! ははは、久しいな、元気だったか?」

 

「うん!!」

 

 駆け寄ってきた少年を受け止めて抱え上げ、アトラスが優しい笑顔を浮かべる。それはヴィヴィアンやシオンも見たことのない質のもので、二人は思わずその笑みに見入ってしまった。

 

 と、そこで、重々しい声が割って入った。灰色の老紳士が、ゆっくりと歩み寄りながら小さく首を縦に振る。

 

「よく帰った、アトラス」

 

「父上」

 

 テオスを抱えたまま、アトラスがたたずまいを直す。その厳粛な雰囲気に、ヴィヴィアン達は息を呑んだ。

 

「アトラス・D・ヴァーシス、使命を果たし、ただいま帰還しました」

 

「うむ。仔細についてはギルドからも報告を受けている。よく、迷宮踏破をやり遂げた」

 

「はっ」

 

 親子というには堅苦しいやりとりに、少女二人は抱き合うようにしながらハラハラと見守っている。が、どうにも親子の関係はこれが標準らしく、アトラスやその腕に抱かれているテオスもそう気にした様子はない。母親も、あらあらうふふ、とほほ笑んでいるばかりだ。

 

「さて。挨拶が遅れたな。私は、クラウス・D・ヴァーシス。辺境伯当主をやっている。君たちが、アトラスの仲間達かね?」

 

「(びくぅ)」

 

「うむ。お初にお目にかかる」

 

 じろり、と品定めするような視線を受けてシオンがすくみ上る。そんな彼女をかばうようにして前に出たヴィヴィアンが、ふんすと胸を張った。

 

「私はヴィヴィアン。ヴィヴィアン・ル・カイン。短い間の付き合いになるだろうが、よろしく頼む」

 

「わ、私は……シオン・ペトナインと申します、辺境伯閣下」

 

 礼儀が無い訳ではないがどうにもずれた感じの返事を返すヴィヴィアンと、虐待された子猫のような怯えながらの返事をするシオン。

 

 それを受けて、クラウスはわずかに片眉を顰めると、とがめるようにアトラスを呼んだ。

 

「アトラス。お前、まさか説明していなかったのか?」

 

「いや、その……気心許した仲間に畏まられるのが嫌だったというか……」

 

「馬鹿者!!!」

 

 雷鳴一喝。轟いた罵声に、皆の肩が竦みあがる。

 

「自分の事ばかり考えるではない! 突然、身分違いの者の館に連れてこられた者達の気持ちを考えてみろ! かわいそうに、すっかりすくみ上っているではないか!!」

 

「そ、それは……その、ごめん、二人とも。考え無しだった……」

 

「まったく」

 

 気まずそうに頭を下げるアトラスに、ヴィヴィアンは対して気にした様子もなく首を横に振った

 

「あやまる相手はシオンだけでよい。ちゃんとあとでじっくり話し合うんだな」

 

「そうするよ」

 

 あっさりとしたヴィヴィアンの対応と、その背中から出てこようとしないシオン。アトラスは苦く笑った。と、そこで、腕の中の少年が飛び降りると、とてとてとヴィヴィアンの前にやってきた。

 

「初めまして! 私は、テオス・D・ヴァーシスと申します! お兄様の弟です!」

 

「これはご丁寧にどうも、テオスどの。それともテオス様の方がいいか?」

 

「テオスで構いません! これから家族になるのですから!」

 

 当事者の二人を除いてその場の空気が凍り付いた。

 

 硬直する周囲の人間に気が付く様子もなく、二人は仲良く話をしている。今さっき初対面とは思えない、気の許しようだ。精神年齢が近いからかもしれない。

 

「ほほう。そうだな、冒険者の仲間といえば同じ部屋で暮らすものだし、家族と言えなくもないか?」

 

「私、嬉しいです! 家族が増えるのはいい事です! 後ろのお姉さんもそうなんですか!? 一度に二人も連れてくるなんて、お兄さんは手が早いのですね!」

 

「はははは、そうだな。アトラスは決断が早いし行動も早い。私も見習うべきだなあ」

 

 話が通じているようで通じてない二人の会話。

 

 その中でいち早く我に返ったのはアトラスの母親だ。彼女はそそそ、と前に出ると、我が子の肩をとんとん、と叩いた。

 

「テオス、ちょっとこちらにいらっしゃい」

 

「? なんですか、マリーシア母様」

 

「いいから、ね?」

 

 子供を連れて退場していくマリーシア夫人。ごほん、とクラウスが咳払いをして、場を取り直した。

 

「をほん。まあともかく、辺境伯へようこそ、我が息子の未来の幹部候補よ! 私は君たちを歓迎する!!」

 

 

 

 

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