望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~ 作:SIS
歓迎を受けたヴィヴィアン達だが、しかし一行は長旅から戻ってきたばかり。
積もる話は身を清めてから、という事で、まずヴィヴィアンとシオンは館の風呂場へ案内された。
「私、湯汲なんかしたことないよ……水浴びぐらいならあるけど……」
「ふふん。その点は私の方がお姉さんだな、シオン。私は自分で沸かした湯に入ったことがある」
「えっ、うそ、何それ」
使用人に案内される道中、不安そうに呟くシオンに、ヴィヴィアンが胸を張る。その内容に、シオンが思わず目を丸くした。
「うむ。8層の魔力結晶の回廊があっただろう? 実はあそこの転移陣のすぐ裏に、そこそこの広さの泉があったのだ。それを魔術でちょっとあっためて、な」
「そんな事もできるの!? えー、なんでもできるのねぇ」
一人で活動していたころの思い出話に、興味津々で耳を傾けるシオン。ヴィヴィアン、いやそのころはヌルスだったが、とにかく一人のころ、どうやって過ごしていたのかは彼女もひどく興味があった。
だがそれ以上に聞き耳を立てているのは案内する使用人のほうである。彼女はヴァーシス辺境伯一家に昔から仕えている者で、アトラスは彼からすれば子供、あるいは年の離れた弟のようなものである。そんな彼が連れてきた美少女二人、気にならないといったらウソになる。
ましてや、元冒険者。迷宮の中などという、一般人からすれば縁のない特殊環境の体験談である。使用人としての立場があるとはいえ、やっぱり気になる。
「ふふふふ、湯の加減にはちょっと自信があるぞ。ここのお風呂がどんな感じか、楽しみだ」
「あー、いいなあ。魔術が使えればお風呂も入り放題なのかあ。私もちょっと覚えてみようかな」
「私がいるからいいじゃないか。それにおすすめはしないぞ、あまり。外だと魔力結晶の入手は大変らしいじゃないか」
きゃっきゃ話す二人の少女。しかし、どうにも銀髪の少女、ヴィヴィアンとかいう方は変な言い回しをするな、と使用人は眉をひそめた。
外、というのは迷宮の外、という意味か? 妙な表現である、もともと迷宮に住んでたみたいな。
まさかね、と思索を打ち切り、使用人は足を止めた。
「お客様方、こちらが当館の女湯でございます。時間になればお呼びしますので、ごゆっくりどうぞ」
「了解した。ご丁寧にどうも」
「はいはーい」
去っていく使用人を見送り、二人はドアをくぐった。
その先は、脱衣所になっているようだ。これだけでも一般人の玄関より広いホールの片隅に、衣服を入れておく籠がある。
「へえー。お貴族様って、服を脱いだりするのも全部使用人に任せてると思ってたけど」
「ここが辺境伯の屋敷そのものではないとか、ある種の公共施設、というのもあるのだろうな。あるいは辺境伯そのものの気質か? アトラスを見てみろ、あれがおとなしく使用人に全部まかせて育ったような男に見えるか?」
「うーん。それはそうなんだけど、そういうのも似合いそうなのよねえ」
そういわれるとヴィヴィアンも否定はできない。
高貴さとたくましさが両立しているのがアトラスという男だ。同時に優しさや気配りと、荒々しさも同居している。そういった矛盾した特性もまた、人間の性なのだろうな、とヴィヴィアンは考えた。
魔物はそうはいかない。デザインされた存在である魔物は、定められた通りにしか生きられない。混沌を飲み下し自分のものとできるのは、人間の素晴らしい特性のひとつだと、彼女は考えている。
「ほら、すぐぼーっとしない、脱いじゃいなさい」
「あ、うん。すまない」
考え事に動きを止めていたヴィヴィアンの服を、シオンが脱がすのを手伝う。ばんざーい、して上着をひっこぬかれると、ぼよん、と下着に覆われた胸が揺れた。
ぎりぃ、とシオンが歯を食いしばるのを見て、思わずヴィヴィアンは胸を隠すように腕で覆った。
「し、シオン……」
「はっ。おっと、いけない。いい加減慣れないと……」
怯える赤紫の瞳に我に返るシオン。どうにも、体格にコンプレックスのある彼女はヴィヴィアンの肢体を前にすると正気を失いがちである。
ヴィヴィアンからすれば、シオンも均整の取れたよい体をしていると思うのだが、人間の好みというのはわからない。
それともこれが、隣の芝は青い、という人間の底なしの欲求なのだろうか?
生まれたままの姿になって、二人して湯舟に続くドアを開く。途端、むわっとした蒸気が押し寄せてきた。白い靄が視界をふさぐも一瞬の事、すぐに露わになった風呂場に、二人そろって感嘆の声を上げる。
「おぉーーー」
「これは……本格的ね……」
露わになったのは、真っ白な石を削り、組み合わせて構成された大きな湯舟。中央には水瓶を抱えた女神像が佇み、尽きることのない湯を注ぎ続けている。あふれ出した湯が湯舟からあふれ出し、入口に立つ二人の足元まで床を濡らしている。天井には大きな採光窓が備わっており、降り注ぐ光がぼんやりと空間を浮かび上がらせている。
「綺麗なお風呂だ。一般人も使う事を考えると、権威を示す意味もあるのだろうな。まあそれはいい、さっさと体を洗って風呂に入ろう」
「そこはきっちりしてるのね……」
てっきり湯舟に飛び込むのを想像していたシオンが拍子抜け、といった顔をするが、正しい作法を知っているなら問題はない。二人そろって壁際に並べられた椅子に座り、手桶で湯を肩から流す。つづけて、真っ白な柔らかい石のようなものを泡立てて、植物の繊維的なもので体をすって垢を落とす。いずれも話に聞いただけで二人とも初めて使うが、本当に聞いてた通り白い石が泡立ち、体の汚れが面白いようにぼろぼろ落ちていくのには目を丸くする。
「えっ、なにこれ、こわっ。この浴場もこれと同じ石……じゃないよね。なんだろこれ、粘土? 違うよね……粘土は水に溶けるし……」
「いや、これも表面は湯に溶けているようだ。しかしこの繊維の塊、なんだろう。こんな極太の植物の茎とかあるのか?」
互いに感想を言いあいながら体を清めると、再び湯で洗い流す。
体を清めたら、髪を頭の上にまとめて、湯舟につかる。
湯舟は段階的に深くなるようになっていて、最奥までいくとヴィヴィアンの肩までがすっぽり湯舟につかう。普段よりも軽く感じる体を湯中に浮かべて、ふぅ、と彼女は頬を赤らめて満足そうな息を吐いた。
「ふぅ。なかなかよい湯だ。80点ぐらいはくれてやろう」
「そ、そう……」
その様子をしばし横から見つめていたシオンは、なんだか気恥ずかしくなってそっと目を逸らした。
普段真っ白なヴィヴィアンの肌が、今は湯で温まってほのかな赤みを帯びており、いつにもまして健康的な色気を帯びている。もともと長く綺麗な、金色のグラデーションのかかった銀髪だった彼女はおとなしくしていれば雪の妖精のようで、それに加えて暖かい色合いが加わるとなんかこう、目の毒である。
おまけに彼女の大きめの胸が、深い湯舟の中でぷかぷかと浮いているのがよく見えた。大きい胸が水に浮くとは聞いていたが、いざ本当に目の当たりにすると変な感動が胸に過る。ちらり、と自分の胸を見下ろしたシオンの歯が、ぎりりぃ、となった。
「ふぅ……美少女なのは見た目だけ、あれは触手、中身は触手……よし」
「???」
自己暗示でマインドセットを行うシオン。そんな彼女を、「時折なんか変になるよなシオン」とヴィヴィアンは小首をかしげて見守っていた。
この場合、どっちに問題があるのか。それは誰にも分らない。
多分、わからないほうがいい。
たっぷり湯汲を楽しんで、二人は湯舟を後にした。
長旅の汚れを落とし、湯で温まった二人の肌はほかほかと湯気を上げている。
歩きながら、ヴィヴィアンが温風を生み出して瞬く間に髪の毛を交わしていく。魔術ドライヤーに髪をなびかせながら、シオンは髪に指を櫛のように通した。
「あんた、ほんと便利ねえ」
「水汲みした後髪が濡れたままだと人間は体調を崩すと聞いたのでな」
「魔術師ってみんなそんな事できるの? って、そんな訳ないわね。天才ちゃんに教えてもらったの?」
天才とはアルテイシアの事である。ことあるごとにヴィヴィアンが肉体の持ち主であるアルテイシアの事を天才と奉っているのは周知の事実だ。
だが、それに意外な事にヴィヴィアンは首を振った。
「残念ながら、彼女からそういった生活の知恵みたいな形で魔術の使い方を聞いたことはないな。段差を安全に移動する魔術とかは考案していたようだが」
「へえ、じゃあ、あんたのオリジナルなんだ、全部」
「私が知らないだけで普通に使っているかもしれないがな」
おしゃべりしながら脱衣所に戻る。そこで二人の足がはたと止まる。
「あれ……?」
脱衣所の籠には、脱いだ自分たちの衣服が残されている。だがその前に、もう一つ、覚えのない籠が並んでいた。
籠には書置きがある。拾い上げると、真っ白な紙に丁寧な文字で次のように書いてあった。
『新しい衣服を用意しました。お着換えはこちらをご利用ください』
シオンとヴィヴィアンはそれを読み上げると、互いに顔を見合わせた。
「これは……ほほう」
「ちょ、ちょっと、派手じゃないかしら……?」
用意された服に袖を通し、互いに見せ合うヴィヴィアンとシオン。
意外なことに、あてがわれた服はわかりやすいドレスとかではなかった。しっかりとした生地の、軍人の礼服らしきもの。肩には金色のひも飾りがついているが、これがどういう意味かは二人とも知らない。
最初は男性用のそれをあてがわれたのかと思ったが、胸のふくらみや腰の括れなど、どうやら女性士官用のそれで間違いないらしい。
あまりシオンが女性らしい恰好を好まない事、ヴィヴィアンがそもそもいろいろとアレな事を考慮しての選択だとしたら、なかなか気配りが行き届いている。
髪型もばっちり整えるシオンに、ヴィヴィアンが目を輝かせて周りをクルクルとまわる。その様子にシオンはなんだか興奮してかけまわる子犬を連想した。
「おぉ。シオン、かっこいい。似合う」
「ふふーん。ま、そっちもそこそこじゃない?」
「むふーん」
互いに胸をはって褒めあっていると、こんこん、とドアをノックする音が響いた。
「お客様方、お着換え終わりでしょうか。領主さまがお待ちです」