望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百七十四話 辺境魔術師の華麗なる研究

 

 

「ふぅ。移動だけで半日かかるとは、効率が悪いな……」

 

 本日もお仕事を終えて、与えられた研究室に戻ってきたヴィヴィアン。

 

 彼女の部屋は、ヴァーシス辺境伯本家の片隅にある。もともと倉庫だった場所を大改造したのが、彼女の部屋だ。

 

 大改造というのは大げさな表現ではない。

 

 かつては何もない空間だった倉庫は、今や壁に謎のガラス管が並び、得体の知れない液体が常にごぽごぽと煮込まれ、大量の本が詰め込まれた本棚の並ぶ、絵にかいたようなマッドサイエンティストの部屋と化していた。

 

 ヴィヴィアンは机の前にあるこだわりの椅子に深々と腰掛けると、背もたれに体を預けてリラックスする。

 

「ふぅ……」

 

 お気に入りの椅子に座り、自分の部屋の安心感を堪能する。

 

 かつての迷宮で、ヴァルザークの残した隠し部屋で過ごした事を思い返しながら、ヴィヴィアンは壁際に並ぶガラス管に目を向けた。

 

 ガラス管の中には、謎の溶液が満たされており、その中でヴィヴィアンの一部である触手がふよふよと浮いている。その活性具合は様々で、魚のように溶液内部を泳ぎ回っているものもあればぐったりしているもの、すでに灰になってしまったのか何も入っていない管もあった。

 

「ふむ。二日開けただけでこれだけの差があるのか」

 

 実験の経過観察をまじまじとヴィヴィアンが観察していると、こんこん、と扉をノックする音があった。

 

「ヴィヴィアン、私だ、アトラスだ。今大丈夫かい?」

 

「おぉ。どうぞ、入ってきてくれたまえ」

 

 来客は雇用主だった。軽く身だしなみを整えて応対するヴィヴィアン。

 

 入ってきたアトラスは、領主の子息らしいきちんとした格好をしていた。軍服から派生したらしいかっちりした洋服を身にまとい、頭をオールバックに撫でつけたのはいかにも「貴族の令息」といった雰囲気である。何も知らずに遠巻きに見れば、少し冷たい印象を受けるかもしれない。

 

「数日ぶりだね。お仕事の方はどうだった?」

 

「ちょっと大岩を消し飛ばすだけの楽な仕事だったさ。まあ、確かにあれを人力でどうにかしようというのは大変だったかもしれないが」

 

 あのサイズの岩となると、通常の手順で排除するには石工を何人も派遣して岩を割る所から始めないといけない。それでも固い大岩だ、ちっとやそっとでは割れないし、砕いたうえでそれをどこに除去するのかという問題もある。そして何より、その手間・コストに見合うリターンが得られない。

 

 だからこそ何十年、下手したら何百年と放置されていたのだろう。

 

 それを今、何故排除する事になったのか。

 

 それは恐らく、ヴィヴィアンがどれぐらい役に立つのかの試金石、といったところだろうか。

 

 果たして、自分はお眼鏡にかなったのか。

 

 ちょっとどきどきしながら答えを持つヴィヴィアンに、アトラスは小さく苦笑しながら用意された椅子に腰かけた。

 

「いい仕事をしてくれたみたいだね。村の方からも感謝状が来ている」

 

「そ、そうか」

 

「しかし、歪みの魔術はすごいね。こと破壊、という一点において比類しうるものはないだろう。もし歪みの魔術を使わずにあの大岩を除去しろ、と言われたら、ヴィヴィアンならどうする?」

 

「んー……」

 

 しばし考えて、しかし彼女は首を振った。

 

「効率の良いやり方はないな。炎魔術で熱して氷魔術で冷やして、を何度も繰り返して材質疲労で破砕するぐらいしか思いつかない。アルテイシアなら、アストラルセイバーで切り刻んで排除できるかもしれないが、あの魔術は今の所私には使えない。彼女が残したスクロールは学院の手によって廃棄されてしまったらしく、残っていなかったからな。現物を知っているから時間さえあればそのうち再現できるかもしれないが……」

 

「そうか……」

 

 顔なじみだった魔術師が振り回していた光の剣を思い返すヴィヴィアン。

 

 最近魔術論文を取り寄せて勉強を始めた彼女からすると、あれはあれでだいぶんおかしい事をしていたんだな、というのがよくわかる。いや、たぶん原理は単純なのだが、安全装置もないまま触れる全てを切り裂く刃を振り回すとか、よほど自分の身体制御に自信がないとおっかなくてできない。

 

 すぐれた魔術師は、自分の肉体の魔力ラインをよく把握している。それはすなわち、骨格や血管、筋肉といった自分の体の構造にも通じているという事だ。

 

 ヴィヴィアンはそのあたり、いまいちな所がある。なんせ、触手の体は千切れてもまた生えてくるのだから。

 

「まあお眼鏡にかなったのは何よりだ。他の仕事はあまり進んでないしな……」

 

「報告書は受け取っているよ。まだ君はここに来たばかりだ、焦る必要はないよ」

 

 部屋の内装に目を通しながら、アトラスは本心からそう答えた。

 

 ヴィヴィアンには、領内の問題に対応する他にもいくつか依頼が辺境伯から出ている。

 

 それは大きく分けて二つ。一つは、家宝の宝剣サダラーンの修復というか、再製作だ。

 

 もともと鈍らで頑丈なだけのほぼ鉄の棍棒扱いされていたサダラーンは、だからこそ持ち出して武器にする事が許されたが、それでも一応家宝である。迷宮探索において未知の力……黄金のオーラを纏って攻撃力を大幅に向上するという現象がみられたこともあって、当然、その価値が大きく見直された。

 

 が、肝心のサダラーンは迷宮探索の最終局面において、ヴァルザークの歪みの魔術によって破砕され、粉みじんになってしまった。可能な限りの破片は持ち帰ったものの、それでも全ての破片は回収できなかったし、構造もわからないので修復しようがない。

 

 なので、可能な限り、という注釈付きで、ヴィヴィアンに研究と修復依頼が出ていた。

 

 そしてもう一つの依頼が、ヴィヴィアン、というかヌルス自身の増殖研究である。

 

 旅の間で友好的な触手がいかに家畜として便利なのかを思い知ったアトラスからの依頼で、ヴィヴィアンとしても人間たちとは仲良くやっていきたいので断る理由はない。今現在は、純結晶というイレギュラーに頼らず、長期間触手を迷宮外で生存させるための実験・研究を行っている。

 

 壁際のガラス管は、ヴィヴィアンが構築した疑似的な迷宮内の再現だ。自分の触手から分泌した魔力伝導性の高い液体を、環境コントロール用の魔術式を刻んだガラス管に満たす事で、その内部で分身である触手をどれだけ長時間生存させられるか。最初のころは一日持たなかったが、今は少しずつ生存時間が延び、最新バージョンは一週間の生存記録を達成している。あとはここから、外に短時間でも出れるようにするにはどうすればよいか、といったところだ。

 

 どちらにしろ、一朝一夕でかなわない大事業である。アトラスは長期的視野で構えていた。

 

「いや、そういう訳にもいかん。ただ飯ぐらいは望むところではないしな。それより、ちょっとおもしろい発見があったんだ、見てくれ」

 

「ふむ?」

 

「ほら、これだ。砕けたサダラーンの破片。この割れた面を見てくれ」

 

 ヴィヴィアンが持ってきたのは、鈍く輝く金属の破片。

 

 砕けたサダラーンの刀身だ。己の失敗の象徴のようなものを見せられて、一瞬アトラスの頬がひきつるが、ヴィヴィアンにそんなつもりが全くないのはわかっているのでにこやかにふるまう。

 

「これがどうしたんだい?」

 

「その、ほら、これだ。この断面の所……」

 

 言われて金属片を手にするアトラス。よく見ると、確かに断面に妙な穴のようなものがある。

 

 確かに、鍛造ではなく鋳造ではそのように気泡が入る事があるとは聞くが、仮にも宝剣と呼ばれた代物である。切れ味が悪いだけで品質は高かったはずだ。そしてよく見ると、それは気泡のようにランダムなものではなく、四角い断面をした人工的な空洞のように見えた。

 

 明らかに、意図して組み込まれたものだ。

 

「これは……」

 

「形の合う破片を組み合わせてみたら、この空洞がかっちり組み合うようになってる。触手を潜り込ませて、形状をトレースしてみたのが、これだ」

 

 ヴィヴィアンが机の上から紙を持ってくる。それは葉脈、あるいは迷路を描いたように見えた。

 

「おそらく魔術式だ。私の知らない形式で、何かしらの魔術を起動するようになっていたのだと思う」

 

「じゃあ、サダラーンのあの力は……」

 

「組み込まれた魔術式によるものだと思う。おそらく、年月が経って劣化していたのが、あの迷宮の魔力過多環境で起動したものだと考えられる。本来はもっと、発動条件が簡単だったんだろう。あるいは、柄かどこかに魔力結晶を補充する仕組みがあったのかもしれんな」

 

 推測とはいうが、ヴィヴィアン的にはほぼ確信があるような口調である。

 

 彼女の脳裏には、エジニアス式の杖の構造とその作り方が思い返されていた。

 

「その口調だと、製造方法も固まっているのかい?」

 

「うむ。魔術式を再現した私の触手を鋳込んで鋳造すれば、近いものは作れるかもしれない。ただ、その場合よほど断熱性に優れた触手を分泌できないと途中で触手が灰になってしまうし、そもそも魔術式がわからない。さらにいえば、鋳造では強度が出ないからな。鍛造にも耐えられるには、もう私の触手を気合でもっと強くするしか……」

 

「……ヴィヴィアン君?」

 

 さらっととんでもない事を言い出した彼女に、アトラスの頬がひきつる。

 

 この娘は全くもう、とあきれ返ったようにため息をつきながら、アトラスは何個目かになる禁止令を出した。

 

「その、まず自分で人体実験みたいな事するのやめなさい。自分の触手を燃やしたり痛めつけたりする前提で考えない。はい復唱」

 

「え、ええー? しかし、一番手っ取り早く精密でな……?」

 

「復・唱」

 

 有無を言わさず依頼主に強制され、しぶしぶヴィヴィアンは従った。

 

「わ、わかった。触手を燃やしたり刻んだり痛めつける前提で考えません……」

 

「はいよろしい」

 

「わーん、横暴だー。絶対そっちのほうが手っ取り早いのにー」

 

 ぷくぅ、と頬を膨らませていじけるヴィヴィアン。もう迷宮の中じゃないんだから、そういうまず自分がリスクを払う方法は控えてほしいとアトラスは常々思っているのだが、このあたりは種族の違い故なのだろうか。

 

 そもそも、「ヴィヴィアンが自分の触手を激痛にこらえて切り落としています」なんて仕様、辺境伯の特産品として売り出せない。

 

 そのあたりの話も考えてほしいのだが……。

 

「もうちょっとこう、平和的に、外聞いいようによろしくね」

 

「はーい。あ、でも、自切するのはありだよな? あれ痛くないし。というかそれを禁止されたら何もできないんだが……」

 

「まあ、それぐらいなら……」

 

 しぶしぶ頷くアトラスに、やった、と小さくガッツポーズするヴィヴィアン。

 

 そんな感じで、次期当主御付の魔術師としての彼女の毎日は過ぎていくのだった。

 

 

 

 その時が、やってくるまでは。

 

 

 

 

 

 

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