望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百七十六話 ちょっと高度なよもやま話

 

 多少一悶着があったものの、アトラス一行はエンシェントの森へと無事出発した。

 

 ただし、あくまでもエンシェントの里の存在は秘密。表向きは、帰ってきた次期当主の面通し、という事になっている。

 

 そんな訳だから、まっすぐ目的の森に向かうのではなく、その途中の村や町によっていく事になる。

 

 旅としては余計な手間がかかる訳だが、新参者のシオンとヴィヴィアンにとっては、ヴァーシス領の民と親交を深めるよい機会でもあった。

 

 その日も、三人は立ち寄った町で歓待を受けていた。

 

 美味しいご飯に舌鼓をうち、ヴィヴィアンが魔術を余興として披露し盛り上がる。辺境伯領の民は明るく穏やかで、どの町や村でも楽しく過ごす事が出来ている。

 

 そうこうするうちに日が暮れて、三人は良い気分で宛がわれた部屋で夜を過ごしていた。

 

 ちなみに、三人小部屋ではなく、ベッドが三つ置かれた大部屋である。理由は言うまでもない。

 

 シオンは顔を赤くしてヴィヴィアンは何も思わなかった。アトラスはちょっと苦笑した。

 

「いやあ、今日も住民、大喜びだったな。ヴァーシス辺境伯が、どれだけ領民に慕われているかがよくわかる」

 

「ははは。まあ、あくまで父の人気さ。私はまだまだこれからだ」

 

 ベッドの上で、過ごしやすい衣装に着替えたアトラスとヴィヴィアンが談話に華を咲かせている。その隣でシオンは、髪に櫛を通しながら問題児の一挙手一投足に目を光らせていた。

 

「しかし、ヴィヴィアンもいつのまに中級魔術も使えるようになっていたんだい? びっくりしたよ」

 

「ふふふふはははは、そうだろう! びっくりさせようと思って黙っていたからな!」

 

 褒められた彼女は上機嫌で胸を反らした。その拍子に、薄い夜間着の下でぼよん、と胸が跳ねたのを見て、アトラスはそっと視線を逸らした。隣でめきぃ、と櫛の軋む音がしたからだ。

 

 最近、なんだか前に比べてもスタイルがますますよくなっている気がする。あの食生活と生活習慣で何故……とシオンは歯ぎしりした。

 

「ついでに言えば今日見せたのは、威力はないし魔力消費もアホみたいにデカいが、その分見た目が派手だったろう? 既存の術式にちょちょい、とアレンジを加えてな……! 私は個人的にあれを花火、と呼んでいる」

 

「確かに花のように綺麗だったなあ。魔術にあんな使い方があったなんて。どうやって炎魔術の色をあんな風に変えられたんだい?」

 

「ふふふふふん!! まあ、私の閃きと能力あっての事さ! ふふふふん!」

 

 自分の研究成果をアトラスに褒められて、ヴィヴィアンはいたくご満悦だ。

 

 とはいえ、これ以上調子に乗らせるとトラブルを引き起こす可能性がある。ヴィヴィアンとの付き合いが長いシオンは、このあたりでそろそろ冷や水を差すか、とタイミングを見計らっていた。

 

「はいはい、魔術師様は凄いわね。それで? 本命の研究はどうなの?」

 

「うぎぐべ」

 

「成程、さっぱりだと」

 

 どうやら思ったよりもききすぎたらしい。奇妙なうめき声を上げて硬直したヴィヴィアンの様子に、どうやら見通しは暗いらしい、とシオンは研究の進展具合を見て取った。

 

「い、いや、全く進んでない訳ではなくてだな? 基礎理論は大体固まっているんだ。あとは、実数値を見つける為の実験をどれだけ多く行うか、という話でだな……」

 

「つまり、行き詰ったから手あたり次第にやってると」

 

「言い訳を的確に訳するのやめてくれないかなぁ!?」

 

 うわああん、と頭を抱えて嘆くヴィヴィアンに、シオンは「そうそうこれよこれ」と冷たい微笑を浮かべた。本来自分達の関係はこんな感じである、と。

 

 アトラスはとりあえずサドに目覚めつつある側近の様子を見なかった事にした。

 

「ううう。い、いやその、部屋の片づけをしてる最中の読書って捗らないか? そんな感じでついつい、研究対象ではない魔術をちょこちょこ作ってしまってな……」

 

「ああ……まあ、分かるよその気持ち」

 

「だ、だが完全に無駄ではないだろう?! こうしてパフォーマンスにつかえる訳だし……そ、それに、この魔術の研究課程で、アルテイシアがやっていた金属魔術の原理がちょっとだけ分かったんだ! すごいだろ! 炎の色の変化にだな、いろんな金属が……」

 

 聞き捨てならない発言に、部屋の中がざわ、とした。

 

 シオンもアトラスも、ちょっと腰を浮かせてガチ顔だ。

 

「……ヴィヴィアン? 今、なんて?」

 

「うん? ああ、燃やす金属の種類で炎の色も変わるらしくてな……」

 

「そうじゃなくて、わざとやってる???」

 

 シオンに気圧されて、ひーん、とヴィヴィアンは涙目になった。

 

 アルテイシアの秘密である、金属魔術についてはシオンもアトラスも情報を共有済みだ。最初はピンと来ていなかった彼らも、ヴィヴィアンの魔術講義を受けた事で、それがどれだけあり得ない偉業なのかを理解している。

 

 物証もある。

 

 巣窟迷宮エトヴァゼル4層で、巨大な魚型モンスターが出現と同時に死滅したという事件があった際、調査を行ったギルドが、謎の金属片を回収している。強力な魔力反応があったそれをギルドは持ち帰り、破損したドロップ品だと考えて調査していたが、数週間も経つと金属片は急激に劣化、錆びてしまい、最終的に朽ちて消失した。その一連の経過観察から、ギルド側は“ドロップ品の出来損ない”として処理し、アトラスも一連の事件の関係者として資料に目を通す機会があったのだ。

 

 今なら、それがアルテイシアの作り出したものだとはっきりと言える。

 

 魔力によって実在の金属を生み出す金属魔術。もし実用化できたら、その応用性はこれまでの魔術の比ではない。

 

 文字通り、産業に革命が起きる。

 

 しかしその実在は疑う余地がないものの、余りにも隔絶した天才の偉業ゆえ、その原理については想像する事もできない、というのがこれまでの結論だった。

 

 まさか、その秘密にヴィヴィアンが迫っていたとは、アトラスとしても想像だにしていなかった。本当に放置しておくと何をするか分からない生き物である。

 

 が、ヴィヴィアンはまた違う見解のようだった。彼女はわたわたと首を振り、何やら気乗りしない様子。

 

「ま、まってくれ、別に金属魔術を解き明かしたとかじゃないんだ。ただ、研究課程で、もしかしたらこうやってたのかなー、という仮説が成立したというか……」

 

「詳しく。順を追って」

 

「ええとだな。そもそも、きっかけは、アトラスに依頼された触手の畜産事業についての研究でな……。色々試してみたが、結局我々魔物は、迷宮に該当する設備が無ければ存在を維持できない、という結論に至った訳だ」

 

 その辺りはシオンもアトラスも報告を受けている。純結晶を取り込む事で迷宮外でも生きていける存在となったヴィヴィアンだったが、それはあくまで本体に限った話だ。

 

 触手を分体として切り離しても、忽ちの内に死滅してしまうのは、迷宮内で活動していた時と変わらない。

 

 それを克服する為の研究が、辺境伯が彼女に依頼した大きな課題の一つである。

 

「ただ、私の分体を生かす程度なら、純結晶ほどの代物は過剰なはず。最低限、迷宮内の条件を再現できればそれでいいと私は考えた。ダンジョンコアの代わりに、普通の魔力結晶を用いて、その魔力が続く限りのインスタント迷宮を作ろうとした訳だな」

 

 それが、研究室にずらっと並ぶガラス管という訳である。

 

 それ自体は上手くいったりいかなかったりしているのだが、ある時ふとヴィヴィアンは思いついた。

 

 そもそも、迷宮そのものが、魔力によって形作られている訳である。ならば、魔術式で迷宮構造を作ってしまえばいいのでは? と。

 

 残念ながら、それそのものは上手くいかなかった。そんな小さな迷宮構造を生み出したところで、現実の修正力に一瞬でかき消されてしまう。

 

 が、手応えは感じたヴィヴィアンは、さらにもう一枚、構造を工夫してみる事にした。

 

「迷宮を魔力で構築する為の装置を作り、術式によって作り出した極小の迷宮を、その装置によって安定させる。この場合ダンジョンコアは動力となっている魔力結晶、という事になるのかな? 実験は成功し、あくまで魔力が尽きるまでのごく短時間でおまけに不安定だが、辛うじて迷宮に似た環境を作り出す事ができるようになったのがつい最近。これはつまり、魔力で疑似的な物質を作り出した、という事でもある。私はそこからさらに発想を飛躍させ、アルテイシアの金属魔術とは、同じように魔力で金属の組成を再現したものではないか? と推測した訳である」

 

 ぺらぺらぺら、と研究成果を語るヴィヴィアン。心なしかとても楽しそうである。

 

 が、アトラスとシオンは渋い顔。魔術のことは専門外であるからして、話についていくのが精いっぱいだ。

 

 うんうん首を捻り、とりあえずアトラスは辛うじて理解できた部分の確認を取った。

 

「つまり……迷宮が作り出される原理と、アルテイシアの金属魔術の原理は、よく似ているという事かい?」

 

「あー、うん。ちょっと違うかな……。あくまで私が行った、触手ハウスの構造が、金属魔術と似ているんじゃないかな、という話かな?」

 

「そうか……」

 

 どう説明したもんかなあ、とヴィヴィアンは頭を捻る。指先で魔力結晶をころころ転がしながら、彼女は言葉を選ぶように口を開いた。

 

「その、だな。普通の迷宮は、ダンジョンコアによって絶え間なく供給される魔力で、現実の修正力を押し返すような形で存在する。私の場合は、そんな膨大な魔力を用意できないから、修正力で簡単に消されないような、緻密で存在感のある構造を作った、という事だろうか? そして、その緻密な構造を生み出す原理が、金属魔術と同じなのではないか、という事だ」

 

「あ、それなら分かるわ。成程」

 

「つまり、壊れやすい堤防を常に修復するか、壊れないガチガチに固めた堤防を作るか、そんな違いか?」

 

 ちょっと自信の無さそうなアトラスの解釈に、ヴィヴィアンは、そうそうそんな感じ、と軽く頷き返した。

 

「まあとにかく。その原理の応用で、今回は粉末みたいな金属片を作り出して、炎の色を変える触媒に使ったって訳。ぶっちゃけ本家には遠く及ばない、作り出した粉末も使わないと溶けて消えるしな」

 

「なるほど、ようやく合点がいったよ。……じゃあ逆に聞くけど、そのまま魔術を発展させていったら、金属魔術が再現できるのかい?」

 

 凄いじゃないか、という純粋な感嘆を含めたアトラスの問いかけだったが、それを受けて、ぴしり、とヴィヴィアンの動きが固まる。

 

 アトラスとシオンは、その反応に首を傾げた。てっきり肯定が返ってくるかと思ったのだ。

 

「あれ、何か間違えたかい?」

 

「あー……いやー……その、なんだ。純粋に難易度がな……?」

 

「難易度?」

 

 ヴィヴィアンはこくりと頷いて、変な事を言い出した。

 

「もしもな。もしこのやり方で、アルテイシアがやっていたような、数トンクラスの金属塊を作り出そうとするとな? その難易度の途方も無さを例えると、ヴァーシス領の主都の外壁。あれを、一人で、石を一個一個積み上げて完成させるぐらいの、途方もない計算作業が必要になってくるんだ」

 

「…………は?」

 

「しかも、一瞬で終わらせないと、せっかく構築した疑似物質が修正力に溶けて消えていく。あくまで理論上はやりかたがある、っていう話でその……ちょっとこう、人間技どころか魔物技でもないね……文字通りの天才技だ」

 

 やっぱ天才は頭の造りが違うねー、と乾いた笑いをもらすヴィヴィアンに、一同、絶句。

 

「いやあ、実用化できてるのに論文を彼女が出してない訳だよ。こんなもん、説明されても他の誰にも真似できない。個人の才能に完全に依存した、いっそ超能力といっていい代物だ」

 

「はあ……アルテイシア、事あるごとに自分の事を天才天才言ってたけど、本当に化け物級の天才だったのね……」

 

「他ならぬその化け物から見ても化け物だからな。やれやれ、学院ももったいない事をする。ちやほやして飼いならしておけば金のなる大木に育っただろうに」

 

 やれやれ、と肩を竦めるヴィヴィアンだが、アトラスも全く持って同意である。

 

 その事を理解してさえいれば、彼女を早期にヘッドハンティングしていたのだが、まあ今更の話である。いや、ある意味ではすでにスカウト済みなのか、と彼は首を捻った。

 

「ま、彼女に関しては、目覚めたら思う存分口説いてくれ。ヴァーシス領御付きにできたら、向こう100年は魔術分野においてはリードできると思うぞ」

 

「ははは、その時は考えておくよ」

 

 実際の所、アルテイシアがアトラスの誘いに頷く可能性はなくも無いが、本当の意味で彼女が忠を尽くす事はないだろう。彼女が目覚めるという事は、ヌルスが眠りにつくという事だ。彼女は今度は、ヌルスをよみがえらせるための研究に没頭するのが目に見えている。

 

 自分は彼女に大きくて重い矢印を向けているのに、彼女から向けられていた矢印に全く気が付いていないヴィヴィアンは正直、ちょっと酷いんじゃないかな、と彼はあらためて思った。

 

「そういえば、逆にいうとヴィヴィアンの使った花火の魔術とやらは他の人でも真似できるのかい?」

 

「ああ、それなら簡単だぞ。そんなに気に入ったなら特許を取って売りに出すか? 戦闘用じゃない、綺麗なだけの魔術だし、問題はあるまい」

 

「いいね。うちの特産品が増えそうだ」

 

 そういう感じで、思わぬ話題で盛り上がりつつ、三人の夜は更けていくのであった。

 

 

 

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