望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百七十七話 終焉の産声

 

 

 

 

 そして、五つの町と村を渡り歩き、ついに一行はエンシェントの森がのぞける境界線までやってきた。

 

 周囲には、見渡す限りの草原が広がっている。その向こうに、紙に落ちた墨のように、真っ黒な森が広がっている。そこから向こうは、もう、人の世界ではない。

 

 森の奥に、山と見まがうほど巨大な大木がそびえているの見て、ヴィヴィアンは小さくうなった。

 

「あれが、エンシェントの森か……」

 

「ああ。ここからは歩いて近づこう」

 

 馬の手綱を手で引きながら、アトラス。シオンはその背後で静かに控えている。

 

 ほかの侍従の姿はない。

 

 エンシェントの森に向かうにあたって、余計な人員は連れていけない。もし本当に何かしらの異変が起きていた場合、戦闘になる虞がある。

 

 その時、コンビネーションを崩しかねない第三者の存在は、むしろ危険だった。

 

 例外は、すました顔で馬車を引いてついてくる馬ぐらいのものだろうか。

 

「エンシェントは、自分たちの領域を常に監視している。近づけばあちらから接触があるはずだ」

 

「ふむ。この草原は、その境界線を明確にするためのもの、か? 知らない人が近づいたらどうなるんだ?」

 

「一応、あのあたりは国境線の向こうで、禁足地、という扱いだからなあ……。なんかこう、行方不明者として処理されるんじゃないかな」

 

 あっけらかんというアトラスに、うべ、とヴィヴィアンは口を引き結んだ。

 

「まあいい。それで近づいても何もなかったら……」

 

「明らかに異常、という事だ。森に入って、最奥の巨木の所まで向かう。あそこが、エンシェントたちの住処だと聞いている」

 

「あのでっかい木か……」

 

 やはり、何かしらの意味があるもののようだ。しかし、目印としては物足りない。こうして森の外にいる時は一目瞭然だが、森の中に入ると梢で見えないだろう。場合によっては、木の上に誰かが登って確認する必要があるかもしれない。

 

 そう思ってじいっと巨木を眺めていたヴィヴィアンだが、ふとある事に気が付いて目を見開いた。

 

「なんだと?」

 

「どうした、ヴィヴィアン」

 

「……魔力だ。あの巨大な木の根元から、強い魔力を感じる。この、見覚えのあるパターン……」

 

 右手を額にかざしてじっと見通すヴィヴィアン。彼女の目には、渦を巻くような魔力の流れがはっきりと見えていた。

 

「迷宮だ。あの木の根元に、迷宮がある!」

 

「なんだって?!」

 

「間違いない。エンシェントの里とやらには、迷宮がある。……この事は、伝承には?」

 

 振り返るヴィヴィアンに、アトラスは知らない知らないと首を横に振る。

 

 その背後で、シオンがふーん、と顎に手をやって考え込んだ。

 

「エンシェントの里に、話にない迷宮? 物騒な話ね」

 

「もしかすると、この度の異常に関係しているのかもしれないな。……念のため、武装していこうか」

 

「そうだな」

 

 様子見の段階では警戒を招きかねないため武装していなかったが、話が変わった。

 

 馬車から荷物を降ろし、素早く装備へと着替える。

 

 アトラスは、辺境伯で採用されている軍服をベースにした軽装備だ。大げさな鎧などは装備していないが、鎖帷子などを着込んでいるので見た目以上に防御力がある。とはいえ、迷宮に準じるような戦場ではいささか不安なところはあるが。

 

 シオンは、馬車で最新のシーフ装備に着替えてくる。全身にぴったり、体のシルエットが浮かび上がるようなボディースーツを身につけて、その上から短パンやジャケットを羽織っている。このぴったりスーツ、見た目以上に頑丈で、スライディングしても破けたりしない。シーフの身軽さを生かしつつ、環境適応力を向上させた装備、という訳だ。

 

 そして最後にヴィヴィアン。彼女は、いつものローブ姿に変化はない。代わりに、手にしているのはやたらと物々しい機械仕掛けの杖だ。彼女の身長ほどもある木製の棒の先端に、巻貝の殻を思わせる渦巻き状の金属製の部品が取り付けられている。その側面は透明なレンズがはめ込まれており、その内部に満たされた謎の液体と、その中を泳ぐピンク色の触手の姿を見る事ができる。さらにヴィヴィアンは懐からいくつかの円筒形のシリンダーを取り出すと、かちかちと三つほど渦巻き状の機械に取り付けた。

 

 初めて見る装備だ。シオンが首を傾げて疑問を口にする。

 

「何それ?」

 

「ふふふ。よくぞ聞いてくれたシオン、これこそ私の新発明! 金属製の魔術回路だ!!」

 

 ふんす、と胸を張り、ヴィヴィアンはさらに複数のシリンダーを取り出してちゃきちゃきと打ち鳴らした。

 

「従来の魔術回路は、羊皮紙とかに特殊なインクで図面を描き、それに魔力を通して発動させるものだった。だが、何度も使うとインクが劣化し、損傷し、最終的には使えなくなってしまう。そこで私は、魔術回路を立体的に設計し、金属で三次元的に作り出す事に成功したのだ! あとはここに、私の触手から分泌した特殊溶液を充填すれば、従来の魔術回路と同じように使えるという訳だ。しかも、こちらは回路が損傷する事がないし、溶液が劣化すれば交換するだけでよい。またシリンダーそのものに魔力結晶を搭載しているため、違う属性の魔術を使う時にいちいち交換する必要もない! 従来の魔術回路と比較すれば使用回数は十倍以上、運搬も楽! ふふふ、すごいだろう、サダラーンの復元研究の副産物だ!」

 

「ああ、刀身の内部に刻まれていたという魔術回路の……」

 

 何やら面白い事をやっていたらしい。サダラーンの復元のための実験・研究の成果というなら、アトラスとしてもありがたい話だ。

 

「そしてこの先端の機構には、私の分身を住まわせている。これが過剰な魔力のフィードバックの軽減を行ってくれるという訳だ! なんなら、簡単な魔術ならこの触手が自己判断で行ってくれる! 将来的に触手を量産、実用化するための機構の応用という事だな」

 

「話に聞いてたけど……え、なんかずいぶん、話が進んでたのね……え、もしかしてその杖、魔術使えない人間でももしかして魔術使えたりする?」

 

「うむ。という訳で、シオン。これ」

 

 ひょい、と渡される装備を、シオンはきょとんとして受け取る。

 

 それは二振りの短剣のようだった。大振りの、シオンにはちょっと重たいが、まだ使える範囲だろう。

 

 妙に刀身が小さく、代わりと言わんばかりに柄の部分がやたらと大きい。その柄の部分にも、丸いガラスがはめ込まれ、内部でピンク色の肉塊が蠢いていた。

 

 すなわち……。

 

「試製魔術機構剣ペトナイン。私の分身を用いた自動魔術詠唱機関を搭載した機械剣だ。この根本のスイッチを押すと、自動的に魔術を発動してくれる」

 

「すごい! ほんとう!? 試してもいい!?」

 

「勿論」

 

 わーい、と短剣を受け取ったシオンが、両手に機械剣を構えてしゃらりと構える。

 

 草原の誰もいない方向に身構えて、説明を受けた通りに刃の付け根にあるスイッチをいじる。

 

 途端、柄に埋め込まれた魔力結晶が怪しく輝き、ガラスの向こうで充填された粘液がごぽりと泡立った。中でピンクの触手が蠢く。魔術の光が、刀身を包み込む。

 

 ぼう、と片方の剣に炎が灯り、もう片方はバリバリと雷鳴を帯びた。

 

「わ、すごい! 魔法剣!?」

 

「うむ。原理的には初級も初級、基礎的な魔術の変形だがな。使える魔術もそれだけに限定している。その代わり、使用者が術の詠唱をする必要はない。スイッチを押す事で内部の私に刺激が送られ、専用に調整された魔術式が起動するようになっている」

 

「すっごいーい!! ありがとね、ヴィヴィアン! 剣の中にいる方もありがと!」

 

 大喜びで礼をいい、機械剣の柄にちゅっとキスを落とすシオン。彼女はご機嫌な様子で機械剣を振り回し、舞踏のようにその使い心地を確かめている。刀身にまとった炎と電撃が、剣舞のあわせて光の尾を描いた。

 

 どうやら、喜んでくれたようだ。

 

 うんうん、と満足そうにうなずいているヴィヴィアンの横で、アトラスはちょっとあきれたような顔で肩をすくめた。

 

「そういうのは、事前に話を通してほしいんだがね……」

 

「いやすまん、ぎりぎりまで調整してたもんで……」

 

 そういえば、馬車での移動中、会話が途切れる度になんかいじってたなあ、とアトラスは思い返した。あれはこれの準備だったのか。

 

「しかし、ここまで進んでたんだね。びっくりした」

 

「いろんな研究を同時に進めた事で相互に大きな影響があったというか。何がどう役に立つのかわからんとはこの事だな。自切した触手はある程度私の意思を受けるから、ちょっとした魔術なら事実上遠隔操作で発動できる。歪みの魔術とかになると、制御のために強い目的意識が必要だから、そうはいかないが……」

 

 今現在、ヴィヴィアンは触手の家畜化研究、宝剣サダラーンの復元の研究に加え、辺境伯領で起きる様々な問題の解決を依頼されている。

 

 正直彼女に甘えすぎではないかとアトラスも思わなくもなかったのだが、こうしてそれらが面白い物を生み出す事になるとは、世の中わからないものだ。

 

「ところで、私のは何かないのかい?」

 

「? ないぞ? サダラーンの復元はまだ遠いしな……」

 

「そうか……」

 

 実はちょっとわくわくしていたアトラスはかくん、と首を落とした。

 

 そんなこんなで思わぬ追加装備を得て、一行は意気揚々とエンシェントの森に近づいていく。

 

「いつエンシェントが森から姿を現して弓矢を射かけてくるかわからない。注意してね」

 

「え、彼ら、そんなに攻撃的なのか?」

 

「聞いた話だと、高圧的で、プライドが高く、排他的で、ちょっと傲慢らしい」

 

 だいぶんろくでもない連中ではないかというのが、ヴィヴィアンの正直な感想である。

 

「ん?」

 

「どうした?」

 

「いや……馬が。どうした? 何か気になるのか?」

 

 不意に馬が足を止めてしまう。アトラスが手綱を引いて促すが、馬は前に進むことはなく、むしろ一歩後ずさるような動きを見せた。耳を伏せて、ぶるるる、と嘶きながら周囲を見回す視線には、明らかに怯えのようなものが含まれていた。

 

「ぶるるる……」

 

「……アトラス、備えろ」

 

「ヴィヴィアン?」

 

 不意に。一行の中でいつもムードメーカーだった、無軌道極まりない少女の皮を被った魔術師が。あらゆる脅威に、まずはひとあて、と平然と対応してきた歴戦の魔物が。

 

 聞いたことのないような、低い低い警告の声を上げた。

 

 その目は、金色と虹色のオッドアイに輝いている。

 

「何か来る。魔物でもない、動物でもない。魔力じゃない、得体の知れない力が……近づいてくる!!」

 

「!?」

 

 緊迫感に満ちた警告に引きずられて、シオンとアトラスも武器を構える。

 

 周囲は静寂に包まれている。

 

 そこでアトラスは気が付いた。

 

 そうだ。おかしい。

 

 森というのは、命にあふれた場所。そこにこれだけ近づいても、虫の、鳥の、獣の無く声が、何一つ聞こえてこないというのは、明らかにおかしい……!

 

 

 

 ずずん、と大地が揺れた。

 

 

 

 森の奥で、大きな木が倒れる。一本、また一本と倒れて地響きを鳴らし、梢から鳥が逃げ出すように飛び立っていく。

 

 何か。巨大な何かが、森の中を一直線に、こちらに向かって突き進んできている。

 

 アトラスとシオンは息を呑み、ヴィヴィアンは背中から触手を隠す事もなく広げた。その触手の肌には、まるで毛が逆立つかのように、どろりとした粘液が分泌されている。それが、彼女が極めて強いストレスを感じた時の症状だと、アトラスは長い付き合いで知っていた。

 

「ヴィヴィアン、何が来るというんだ!? ワンダリングモンスターか、それとも巨大な動物なのか?!」

 

「わからない! 私の目には、それが見えているが……違う! 魔力とも、生命力とも違う……これはもっと、根本的に異なる……っ」

 

「出てくるわよ!!」

 

 シオンの警告と共に、ヴィヴィアン達から見える森の正面が爆発した。そうと見まがう勢いで木々がなぎ倒され、地面が巻き上げられる。

 

 その、立ち上る土煙の向こうから。

 

 得体の知れない、巨大な怪物がその姿を顕した。

 

 

 

《ピギギギギィ! ギギギィ!!》

 

 

 

 それは。

 

 この世界の終焉の、その予兆であった事を、のちに彼らは知る事になる。

 

 

 

 

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