望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百七十九話 エンシェントの弓使い

 訪れた、エンシェントの領域。

 

 そこで遭遇した奇怪な怪物との戦闘。

 

 窮地に陥ったヴィヴィアンを救ったのは、ほかならぬエンシェントの一矢であった。

 

 しかしながら、それは状況の好転を意味はしない。

 

 何故ならば、怪物を討ったエンシェントは警戒の態度を緩める事はなく、敵対的な視線をヴィヴィアン達に向けていたからだ。

 

「……」

 

 腰の矢筒から、次の矢を補充するエンシェントの弓使い。きりり、と弦を引き絞ったその狙いが、次はヴィヴィアンへと向けられた。

 

「な……っ」

 

「待て!」

 

 驚愕のあまりに硬直する彼女を庇うように、アトラスが声を張り上げて前に出た。ヴィヴィアンを自分の陰に隠すようにして立ちはだかった彼が、大声を張り上げてエンシェントに問いかける。

 

「私はヴァーシス辺境伯のものだ! 彼女は私の配下である! エンシェントの方々に敵対する意思はない! 矢を納められよ!」

 

「黙れ人間」

 

 アトラスの言葉に即座に言い返すエンシェント。まだ年若い、幼いと言ってもいい少女の声だが、その響きには濃密な敵意と隔意、侮蔑の色が含まれていた。

 

 明らかに、こちらを歓迎していない。

 

 ヴィヴィアンにもはっきりと分かる。これはこじれる流れだ。

 

「ヴァーシス領のものだと言ったな。こちらこそ問おう、そのような化け物を引き連れてなんのつもりだ。まさか人の皮を被っていれば誤魔化せるとでも?」

 

「! 聞き捨てならないな。貴方の立場は知らないが、彼女は私の大切な部下だ、多少人間ではないとしてもその事実は変わらぬ。それとも何か、エンシェントは初対面で相手を乏しめるのが礼儀なのか? それは知らなかった、今後はこちらもそれに倣うとしよう。エンシェントとは話に聞いたより野蛮な方々なのだな?」

 

「何だと……」

 

 何故か突然罵倒合戦が始まった。

 

 普段温和なアトラスらしからぬ対応に、シオンとヴィヴィアンがどうすんのこれ、と顔を見合わせる。まさかいの一番にキレ返すのが彼になるとは思わなかった。

 

 自分が貶されたからか? ヴィヴィアンはちょっと嬉しくなりつつも、それはそれ、とあわてて両者の間に仲介に入った。

 

「ま、まてまてまて、アトラス。君が喧嘩腰でどうする。と、とにかく、エンシェントの方。我々はただ、友好の使者としてここを訪れたにすぎないのだ。どうか矢を納めてはくれないか」

 

「友好だと?」

 

「そうそう。ヴァーシス領での祝い事の事を伝えようとしたら、連絡が付かなかったという話でな。何かあったんじゃないかと、心配して訪ねてきた、それだけなんだ。……今の怪物といい、エンシェントの皆さんは何か困りごとを抱えているのではないか? よろしければ、その解決に協力させてもらえないか?」

 

 どうどう、とアトラスを宥めながら、エンシェントに説明するヴィヴィアン。出来るだけ下出に出て、相手の機嫌をこれ以上乱さないように必死である。

 

「私の存在が不快だというなら、身を引くとも。どうか話し合いに応じてはくれまいか」

 

「…………ふん。いいだろう、人で無き者。どうやら、三人の中では貴様が一番話が通じそうだ」

 

 不愉快そうに眉をひそめながらも、エンシェントの少女は弓矢を降ろした。

 

「だが、手助けなど不要だ。エンシェントの里は健在である。人間の手を借りる必要性はない」

 

「いや、しかし。今の化け物は……」

 

「大した問題ではない。こちらで対応する。人間どもに迷惑はかけない」

 

 取り付く島もないとはこのことである。

 

 その態度に憤慨したのはアトラスである。彼は押し留めるシオンの静止を振り切ってヴィヴィアンの前に出ると、不愉快さを隠そうともせずに声を張り上げた。

 

「ちょ、アトラス」

 

「そうは言うが、先ほどの怪物はそちらの領域から、ヴァーシス領へと侵入しようとしていたように見えたが? 原因がそちらにあるとまでは言わないが、エンシェントの領域から出現した怪物が、もしもこちらの領民達に害を成すような事があれば、こちらとしてもそれ相応の対応を取らなければならなくなる。それについてはどう考えているのか聞かせてもらいたい!」

 

「……問題はない。人間の手助けなど不要だ」

 

 アトラスの糾弾にも、エンシェントは顔色一つ変えずに言い返す。

 

 これは堂々巡りの予感、とヴィヴィアンはおろおろとした。アトラスの背中が、俄かに苛立っていくのが見て取れるようだ。

 

 彼からすれば、あんな得体のしれない怪物がもし、街や村を襲ったら、と思うといてもたってもいられないだろう。曖昧なエンシェントの返答に苛立ちをつのらせるのは仕方がない事だが、しかしここで突っ込んでも下策というものである。

 

 ヴィヴィアンは次期辺境伯の相談役として、彼の静止に入った。

 

「アトラス、アトラス、落ち着け。ここで言い争っても何にもならない」

 

「だがヴィヴィアン……!」

 

「本で読んだぞ、政治とは時に忍耐も必要だと。あちらにまともに応じるつもりがない以上、ここは一旦引いて状況の変化を待つべきだ。幸い、あの怪物は魔物ではなく、ああして死体がある。あれを持ち帰り、それを根拠に一帯に警戒網をしくべきだ。今はとにかく、民に実害を出さない事が何よりも重要、わかるな?」

 

 なるべく感情を排し、淡々と理論立てて言い伏せる。

 

 ヴィヴィアンの必死な忠言を聞いているうちに頭も冷えてきたのか、アトラスは段々と気まずそうな顔になりながらも、はっきりと頷いた。

 

「……君の言う通りだな。すまない、ちょっとカッとした」

 

「私の事や民の事を思っての事だろう? それは咎めないが、感情に振り回されていては駄目だ。君がトップなのだから、もうちょっとどっしり構えてもらわないと」

 

「ああ。済まない、深く反省する……」

 

 弱り切ったように頭をかくアトラスからは、先ほどまでの怒りはすっかり色あせていた。どうやら落ち着いてくれたらしい、とヴィヴィアンはシオンともども、ふぅ、と胸をなでおろした。どうやらエンシェントとの全面抗争の火種は食い止められたらしい。

 

「とりあえず、怪物の死骸を回収して街に戻ろう。といっても、馬車は粉々、馬はどこかに逃げてしまった。どうしたものかな……」

 

「まずは馬を探さねばな……」

 

 とにかく、今は状況の変化を待つべきだろう。

 

 それで結論が固まった一行だが、まさか、その時がすぐに訪れるとは想像もしていなかった。

 

 不意に、森の奥から声が響く。

 

「族長ー! ぞくちょぉーーー!!」

 

「なんだ?」

 

「げっ」

 

 明らかに年若い、幼いと言ってもいい女の声。アトラス達が首を傾げ、何故かエンシェントの弓使いは苦虫でもかみつぶしたように顔をしかめた。

 

 声が近づいてくる。

 

「族長! スカーシハ様がお呼びです……あれ、どなたです、あの人間達」

 

 顕れたのは、弓使いと同じような姿の、より幼げな印象を受ける少女だった。こちらも緑色の装束に袖を通し、耳が尖がっている。

 

 エンシェントの伝令だろうか。

 

 しかし、族長とは。

 

 三人の人間の視線を一身に浴びて、ちっ、と弓使いは口汚く舌を鳴らした。

 

「ちっ、わかった。おい、人間ども、この話はこれまでだ。いいか、これまで通り、エンシェントの森には立ち入るんじゃないぞ」

 

「いや、ちょっと……」

 

「あ、それと! 客人を里まで連れてくるようにとも指示がありました! あの人間達がそうなのですね!」

 

 今度は弓使いも含めて四人の視線が伝令に向かう。

 

 一同から刺すような視線を浴びながらも、伝令は「?」と特に何か思う所もない様子で首を傾げるだけだった。

 

「? とにかく皆さん、こちらへどうぞ! ようこそ、“エンシェントの森”へ!」

 

 はぁ、と弓使いが深くため息をつく。

 

 伝令が浮かべるその、隔意の全くない純度百パーセントの歓迎の笑みに、アトラスとヴィヴィアン、シオンは、揃って顔を見合わせた。

 

 

 

◆◆

 

 

 

「一体なぜ……スカーシハ様は何を考えて……ブツブツ」

 

 弓使いを先頭に、森の中を進む一行。

 

 一応先導してはいるが、弓使いは何やら不満たらたら、先ほどからずーーーっとぶちぶち文句を言い続けている。それでも、スカーシハ様、とやらの命令に逆らうつもりはない様子だ。

 

 それに続くエンシェントの伝令は足取りも軽く、時折好奇心を隠せない様子でアトラス達に振り返る。

 

「どこから来たんです?」

 

「ヴァーシス領から。知ってる?」

 

「知らないでーす」

 

 軽い伝令とのやりとりに、苦笑いするアトラス。エンシェントは隣接する人間の領地にすら、あまり興味が無いらしい。

 

 一方、それに続くヴィヴィアンは、きょろきょろきょろと伝令にも負けない勢いで周囲に熱い好奇心の眼差しを送り、最後尾で警戒するシオンは呆れかえっていた。

 

「あんたねえ……」

 

「いやいや、だって話の通りならここは未知の領域だぞ。それにとても面白い。見ただけで手入れが行き届いている様子が分かる」

 

「そりゃあそうだけど」

 

 とはいえヴィヴィアンの言いたい事もわかる。

 

 外から見たエンシェントの森は、鬱蒼とした暗い原生林のような印象だった。手入れなど行き届いておらず、下草は生え放題、足の踏み場も進む道も見通しがきかない、一歩間違ったら遭難まったなし。それが最初の認識だった。

 

 だが実際に踏み込んでみると、その印象は一変する。

 

 木々は密にならないように適宜間引かれており、その間の地面も藪にならないようにちゃんと草や低木が刈られている。梢からは優しい光が差し込み、見通しが良い森の奥では、動物達がちょろちょろと走り回っているのが見て取れる。

 

 林業の山でも、ここまで手入れが行き届いているのは稀なのではないだろうか。

 

 まさに楽園のような憩いの森。ただ、そのさなかに深い傷跡のように、一直線に続く破壊の痕があった。

 

 あの、得体の知れない怪物が蹂躙した痕跡。それを辿る様に、一行は森の最深部へと向かっている。

 

「ずいぶん丁寧に手入れがされてるものね」

 

「なんかこう、不思議な力の残滓を感じる。魔術かな。そういえば、本でエンシェントは精霊魔術というものを使うと聞いた。それを使っているのか?」

 

「そうさ! アンタ随分と物知りだね!」

 

 ぴょーい、と話に割って入ってきたのは伝令の少女だ。

 

 弓使いと違い、彼女は人間に対して隔意のようなものは持ち合わせていないらしい。快活に歯を剥き出しにして笑うエンシェントの少女に、ヴィヴィアンも好意的に挨拶をかわす。

 

「やはりそうだったか。ああ、そうだ。挨拶が遅れた。私はヴァーシス領辺境伯に従う魔術師で、ヴィヴィアン・ル・カインと申すものだ。よろしく頼む」

 

「あたしはニキッチ! アンタ、変な臭いがするけど、もしかして人間じゃないのかい?」

 

「正解であり、間違いでもある。そのあたりは説明するとややこしくなる」

 

 少なくともここで話す事ではない、と曖昧に誤魔化したヴィヴィアンの説明に、ニキッチは「ふーん」と大した感慨もなく頷いた。別に特段興味がある話でもなかったらしい。

 

 ずいぶんと移り気というか、もしかして実年齢も若いのだろうか。

 

 と。

 

 そこで、先頭をいく弓使いが足を止めた。

 

 つられて全員が足を止める。だが、人間一行の顔には困惑ばかりが浮いている。

 

 周囲は開けてはいるが木々が生い茂る森の中だ。しいて言えば、怪物の破壊痕がここで途絶えているぐらいで、里とやらがあるようには見えない。

 

 ここが目的地なのだろうか?

 

 代表してアトラスが弓使いに声をかけた。

 

「ここが目的地かい? 見た所、まだ森の中のようだけれど」

 

「黙って見ていろ」

 

 しかしながら弓使いの返事はそっけないものだった。

 

 口元をへの字に結んで明らかに不機嫌そうになるアトラスをよそに、彼女は一歩だけ前に出ると、右手を何もない空間にかざした。

 

 いや。

 

 何もない、わけではない。虚空に漂う力の痕跡を見て取り、ヴィヴィアンの左目が虹色に光った。

 

「これは……」

 

《解除。開放》

 

 右手をかざしたまま、弓使いが何ごとかを短くつぶやく。

 

 途端、周囲に光がたちこめ、視界が白一色になる。思わず顔を庇うアトラスとシオンに対し、ヴィヴィアンは目を見開いたまま、その一部始終を見届けた。

 

「偽装? 光学迷彩……違う。座標への干渉……これは転移結界か?」

 

 やがて、視界を埋め尽くす光がゆっくりと薄まっていく。恐る恐る目を開けたアトラスとシオンは、目の前に広がる光景に絶句した。

 

 それはヴィヴィアンもだ。二人と違い、一連の流れを全て視ていた彼女もまた、眼前に広がる風景に言葉を失う。

 

 そこは、既に木々の生い茂る野生の世界ではなかった。

 

 林立するのは、氷のように真っ白な外壁を持つ建造物。聳え立つ無数の塔のような街並みに、石畳の街道。それでいて自然を排除するのではなく調和、融合し、道や建物と融合するような形でいくつもの大木が聳え立っている。

 

「これが……もしかして」

 

「そうだ」

 

 相変わらずのまま、仏頂面で振り返る弓使い。心の底から不本意だ、という様子を隠そうともせず、彼女はアトラス達に語って聞かせた。

 

「ここが我々の里。“白き石の尖塔”と呼ばれている。ここに貴様ら人間を招き入れるのは数百年ぶりの事、エンシェントの歴史に刻むべき恥事だ。命が惜しければ、よそ見せずに私についてくる事だな」

 

 

 

 

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