望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百八十話 白き尖塔の支配者

 

 とても歓迎とは思えない、脅し文句のような言葉。

 

 再び前を向いて歩きだす弓使いに、アトラス達は困惑しながらも後を続く。

 

「……なんか変な感じだけど、それは置いといて。なんかすごいわね、エンシェントなんて御伽噺の存在だと思ってたわ。まさかその都に入る日が来るなんて」

 

「うむ。……それは……そうなんだが……」

 

 楽しそうに笑うシオンに頷き返しながらも、ヴィヴィアンはなんだか納得いかない様子で周囲を見渡した。

 

 確かに、一見すると自然と調和した理想都市のように見える“白き石の尖塔”。だが、よく見ると、一部の建物は外壁が崩壊し、折れた枝が道路に転がっている。遠巻きに住人らしきエンシェント達がこちらを見ているが、彼らも何やら元気がなく、また手足に包帯を巻いている怪我人がやたらと多い。みれば、街角の建物の前に、何人ものエンシェントが寝かされている。彼らは傷の手当をまっているようで、被せられた白いシーツの下から、真っ赤な血が滲んでいるのが見えた。

 

 あまり穏やかな街並みには見えない。

 

 例えるなら、そう、まるで戦時中の街並みの様だ。

 

「……なんだか、色々大変そうだが……」

 

「そうね……やだな、昔の事を思い出しちゃうわ」

 

 何か身に覚えがあるのだろう、シオンが不安そうに己の肩を抱きしめた。そういえば、彼女は孤児だったということをふとヴィヴィアンは思い返す。

 

 根掘り葉掘り聞くような事ではないからスルーしていた事実。てっきり、親に捨てられたとか口減らしによるものかと思っていたが、もしかすると戦災孤児だったのかもしれない、と彼女はちらりと考えたが、やはり確認できるような話ではない。

 

 とりあえず言葉は選ぼう、と思いつつ、傍らを歩いていた伝令の少女に問いかける。

 

「なんだか穏やかな様子に見えないんだが、何があったんだ? いや、何が起きている?」

 

「あれ? 族長から聞いてないんす? 実は今ですね……」

 

「ニキッチ! 余計な事はいうな!」

 

 あっさり聞き出せそうだと思ったのも束の間、弓使いの怒声でニキッチの口は閉ざされた。

 

「……そういう訳っす。ごめんね」

 

「いや、いい。大体事情は察した」

 

「まじっすか」

 

 元々概ねの予想はつく。何より、今の弓使いの反応で大体確定した。

 

 そんなヴィヴィアンの態度に、弓使いは苛々した様子を隠そうともせず足を速めた。

 

「何をぐだぐだと。いいから余計な事は考えずについてこい。スカーシハ様がお待ちだ」

 

「はいはい。ところで、さっきから言ってるスカーシハ様って何者? エンシェントの偉い人?」

 

 置いて行かれないように足を速めつつ、シオンがずっと気になっている事を訪ねた。それは確かにヴィヴィアンもアトラスも気にしていた事だったが、弓使いの返事は沈黙だった。

 

 どうやら彼女はこれ以上、何一つ喋るつもりはないらしい。

 

 ぴきっ、とシオンが苛々した様子で肩眉を吊り上げた。

 

「あんたねえ。エンシェントだかなんだか知らないけど、常識ってもんが……」

 

「まあまあ、落ち着けシオン。ここで問いただしてもこじれるだけだ。そのスカーシハ様、ってのが私達を呼んだのなら、顔を合わせれば自然、全ては明らかになるはずだ。今は黙って彼女についていこう」

 

「でもさあヴィヴィアン……」

 

 激噴する前にヴィヴィアンに宥められ、一転してシオンはちょっと不安そうな顔を彼女に向ける。

 

 いくらなんでも情報不足が過ぎる。果たして、エンシェントという種族が自分達に友好的なのか否かもはっきりしない。弓使いが例外なのか、それとも伝令の娘の方が例外なのか。

 

 分からないまま、未知の勢力の中心に乗り込もうとしている。不安になるのも致し方ない。

 

 だが、ヴィヴィアンはいたって軽く、シオンをはげました。

 

「なあに、きっとなんとかなるなる。そう悪い事にはなるまい」

 

「そうかなあ」

 

「そうだとも」

 

 己の信念に従って、ヴィヴィアンは頷いた。

 

 多様性こそが、人の利点だとヴィヴィアンは感じている。そして、人には人の立場というものもある。

 

 魔物でありながらヴィヴィアンが人を愛するように、あの弓使いには人を敵視する理由があり、そして伝令には無いのだろう。ただそれだけの事だ。

 

 状況は入り組んでいるが、やらなければならない事、やるべき事はいつだってシンプルだ。

 

 それさえ見失わなければ、きっとなんとかなる。

 

「なぁに、私が人間と上手くやっていけてるのだ。エンシェントだって、大丈夫。なんせ、手足が二本ずつで、指も五本。目も二つで口も一つだし、ほら、耳がちょっと長いとか寿命が長いとか、私と比べれば誤差みたいなもんだろう、誤差」

 

「それ言い出すとこの世界に仲良くできない生き物なんて居なくない?」

 

「そうだとも。だから大丈夫だ」

 

 あまりにも大雑把すぎる理屈だが、一応、シオンは納得してくれたらしい。

 

 溜飲を下げて前を向く彼女の隣で一転、ヴィヴィアンは氷のように凍てつく視線で弓使いの背中を、そして彼女が向かう先を見た。

 

 向かう先には、この街でもひときわ大きな神殿のような建物がある。恐らく、スカーシハなる人物はそこで待ち受けている。

 

 その人物が、アトラス達に好意的であれば、よし。

 

 だが、もしそうでなければ……。

 

 ヴィヴィアンはぎゅ、と機械杖を握る指に力を込めた。

 

 

 

◆◆

 

 

 

 そうして、アトラス達一行は神殿に招かれた。

 

 入口で衛兵らしきものが警護していたが、彼らは弓使いの姿を目の当たりにすると深々と頭を下げ、そのまま一行を中へと通した。

 

 神殿の中は長い長い螺旋階段が続いており、もくもくと上がる事しばし。

 

 ヴィヴィアンが足に疲れを覚え始めた頃、唐突に目の前が開けた。

 

 アトラスの実家のホールぐらいある、円形の部屋。壁の一面が大きく解放され、“白き石の尖塔”の街並みを一望できるようになっている。その反対側には、カーテンのようなもので閉ざされた上座があった。

 

「ここが謁見の間だ。ここで、スカーシハ様がお前達と言葉を交わされる。発言には気を付けるように」

 

「へいへい」

 

「……言っておくが、スカーシハ様にそのような口を聞いてみろ。不興を買うとしても、その心臓、貫いてくれる」

 

 気の無い返事をしたシオンに、弓使いが辛辣な忠告をする。

 

 大げさに言っている訳ではないようだ、目が本気である。

 

 どうやらスカーシハというのは、弓使いからしても遥か目上の存在らしいな、とヴィヴィアンは頷いた。

 

「考慮しよう」

 

「ふん。では、スカーシハ様がいらっしゃるまでしばし待て」

 

 

 

 

 

『それには及びません。我が娘よ』

 

 

 

 

 

 不意に、鈴の鳴るような美しい声が響いた。

 

『ようこそ、いらっしゃいました、人間の方と……数奇な運命に導かれた御方。どうぞ、楽になさってください。皆様方とお会い出来た事、このスカーシハ・モリガンディ、心から喜ばしく思います』

 

 人ならざるヴィヴィアンですら、思わず聴き入ってしまうような美声。ましてやシオンとアトラスは、目に見えてその声の心地よい響きに、心を奪われていた。

 

 一方、傍らの弓使いと伝令は、声が聞こえた瞬間にその場にしゃがみ込み、両手と頭を床に擦り付けるような仕草をしていた。

 

 説明されなくとも、それが最上位の敬意を示すものであると伝わる。例えカーテンで仕切られていても、スカーシハなる存在は彼女らにとって、直視する事すら不敬にあたるのだ。

 

 自分達もそれに倣うべきか? 戸惑いつつヴィヴィアンが膝をつくと、それを咎めるように声が響いた。

 

『お客様、どうかそのような事をなさらないで。娘達よ、客人が慄いています。面を上げなさい』

 

「はっ……」

 

「は、はい……」

 

 躊躇いつつも身を起こす二人。自らの敬意と、その対象からの命であれば、比較するまでもなく後者である、とヴィヴィアンは見て取った。よほどの尊敬……もはや信仰しているといってもいい。

 

『皆さま方どうぞこちらへ。もっと近づいて頂けないでしょうか』

 

 声に導かれて、顔を見合わせながらカーテンの前に集まる。弓使いなんかは露骨に「この無礼者どもめが」「痴れ者め、無礼があれば即刻首を刎ねてくれる」と顔で語っていたが、敬服する相手からの指示なので阻止するつもりは今の所ないようだ。

 

 が、そんな弓使いの顔も、次の瞬間驚愕一色に染め上げられる。

 

 からからから、とカーテンが開き始めたのだ。

 

 幾重にも重ねられた、薄いレースの白いカーテン。それが開かれた向こうに、一人の、それこそ想像を絶する美女の姿があった。

 

 まず印象的なのは、その紫色の美しい髪。絹のように細く煌めくそれは、根本的に価値観の異なるヴィヴィアンからしても目を奪われるもの。

 

 玉座に腰かける桃色のドレスに袖を通した体は長身ながらも均整が取れつつ、女性らしい柔らかな膨らみを主張している。荒事などまるで知らなさそうな、宮殿の奥でたおやかに育てられた百合の花のような。

 

 ただ、その顔は白いベールに覆われ、表情を見通す事は出来ない。うっすらと透けてみる顔の形は整っており、それでも美人である事の疑いようはない。不思議と、人間の美醜には理解が及ばないはずのヴィヴィアンは、その顔立ちに思わず目を奪われて見入ってしまった。

 

 が、すぐに隣の弓使い達の狼狽に我に返る。

 

 彼らの動揺は酷いものだった。それだけ、スカーシハとやらが、衆目の前に姿を現すのが珍しい、という事が伺えた。

 

「す、スカーシハ様……?!」

 

「お、おす、おすが、お姿を……?!」

 

『……そう驚かないでください、娘達よ。ヴァーシス領は我らの古くからの盟友。遠路遥々、同胞としてこちらを気にかけてくださった者達に礼を尽くすのは当然の事。……故に、エヴィリン』

 

 ベールの下から、弓使いに視線が向けられる。

 

 その意味合いは厳しいもので、びくり、と彼女は肩を震わせた。

 

『貴方は、一度下がりなさい。お客様とは、私が話をしましょう』

 

「し、しかし、スカーシハ様……」

 

『これは命令です、族長エヴィリン。下がりなさい』

 

 有無を言わせぬ厳しい口調。弓使い……エヴィリンは、だらだらと脂汗を額から流してその場で跪き、小さく「御意」とだけ答えて下がっていく。

 

 あまりにもしょぼくれた様子に、それを見送るアトラス達もちょっとだけ気まずい気分になった。

 

 最も、一番困惑しているのは、一人残されたニキッチだっただろうが。

 

「あ、あの……」

 

『ニキッチ。貴方は、申し訳ありませんが、この場に残っていただけないでしょうか? エンシェントの者が一人も居ない、というのでは、後々揉めますので……』

 

「は、はいっ、大任つかまつりまふっ」

 

 舌を縺れさせながらも、びしぃ、と敬礼のポーズを取るニキッチ。

 

 一連のやりとりを眺めるアトラスが、その様子に違和感を覚えた。スカーシハは、てっきりエンシェントのトップなのだと思っていたのだが、それにしてはどうにも様子が変である。

 

「貴方は……一体?」

 

『色々とご迷惑をおかけしたようですね、アトラス様。エヴィリンとて悪意があった訳ではない、といっても言い訳にすらならないでしょうけども……』

 

「い、いえ。……私の事を、ご存知で?」

 

 うっすらとベールの下でスカーシハがたおやかに微笑む。

 

『この森の中で起きている事の多くは、私の耳に入ってきますので。後ろのお二人のお名前も把握しておりますよ、シオン様、ヴィヴィアン様。……それとも、アルテイシア様とヌルス様、とお呼びすればよろしいですか?』

 

 何気ない言葉に、人間一行は震え上がった。

 

 森の中の話を聞いていた、ならいい。だが、アルテイシアとヌルスの事については、記憶にある限り金輪際口にしていないはずだ。

 

「な、何故、その事を……?!」

 

『…………』

 

 美女は応えず、にこやかに微笑むだけである。

 

 不味い、とアトラスは内心歯噛みした。一見穏やかでむしろ恐縮しているばかりに見えたスカーシハに、気が付けばすっかり会話のペースを奪われている。得体の知れない超常存在と会話しているような覚束なさに、彼もどうすればいいのか分からない。

 

 気が付けば、政治戦というべきやりとりはすでに始まっていたのだ。あちらはこちらの事をよく知っているのに、こちらはあちらの事情を全く知らない。それがどれだけ恐ろしい事なのか、アトラスは改めて思い知っていた。

 

 だが、慄いてばかりもいられない。

 

 あの怪物は、ほかならぬ辺境伯の領内に侵入しようとしていた。そのあたりの事情を把握しなければ帰るに帰れない。

 

 よし、と覚悟を決めてアトラスは口を開いた。

 

「……どうやら、我々の事はよくご存じのようです。ですが、私には山ほど、貴方に聞かねばならぬ事があります。誠実さを示したいというのなら、まずは言葉をもって示していただきたい」

 

『それは勿論。では、改めて自己紹介をさせていただきますわ』

 

 

 

 

 

『私は、スカーシハ・モリガンディ。この、エンシェントの里“白き石の尖塔”を見守る、半神の一人でございます。以後、どうぞお見知りおきを』

 

 

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