望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百八十一話 半神の嘆願

 

 

 半神(デミゴッド)。

 

 まさかの自己紹介に、アトラスとシオンはその場で凍り付いた。唯一人、意味合いがよくわからなかったヴィヴィアンだけが、きょとんと首を傾げる。

 

「で、でみ、でみごっど……?!」

 

「……って、なんだ?」

 

『そう畏まる必要はありませんよ。梢を揺らす風、森に注ぐ日差しが、肉を持ったものだと思って頂ければよいのです』

 

 ピンと来てない様子のヴィヴィアンに、スカーシハが補足する。

 

 勿論、そんな訳はない。

 

 デミゴッドとは、いうなれば神話、御伽噺の中で語られる神の化身達の事である。宗教の神々と違い、その存在は確かなものとして実証されてはいるものの、エンシェントと同じく多くの人々にとっては作り話の世界の住人だ。

 

 エンシェントとはっきりと違う点は、彼らは正真正銘、人間の括りにはなく、またその多くが古代の戦争を機に姿を消したと言われている事だ。

 

 まさか、まだ実在するデミゴッドが残っていたとは。

 

 エンシェント達の、彼女に対する恐れ敬うような態度も頷ける。

 

 しかし、スカーシハはあくまで謙虚な姿勢を崩すつもりはないようだった。

 

『本当に、大した存在ではないのです。エンシェント達は、ただ自分達よりも古く長く生きている私に、年長者として敬意を払ってくれているだけ。もし私に神話で語られるような、大それた力があるのならば、お客様達がこうしてこの場を訪れる事もなく、問題を解決していたでしょう。ですが、現実はご存知の通り。どうか、私の事はただ長く生きただけの女とお思い下さい』

 

「……失礼ですが。その、問題とは……やはり、あの怪物の事で?」

 

 話を進めるチャンスを逃さず切り出したアトラスに、スカーシハはこくん、と小さく頷いた。

 

『はい。尋常の動物でも、魔物でもない、未知の存在。我々は、あれをシャードビーストと呼称しています。あれが現れたのは、およそ一月前の事になります』

 

 一月前。

 

 アトラス達が辺境伯領に帰還してから、少し後の事になる。

 

『恐らくご存知の事ですからもう隠しませんが、ここ、“白き石の尖塔”には古くから存在する迷宮があります。世界樹、と呼ぶ巨木の洞に生まれたその迷宮を、私達は“ユグドラシルの泉”と呼び、これまで管理してきました』

 

「私が見た魔力の流れか……あれは以前からあったのだな」

 

『ええ。ユグドラシルの泉は、災禍の根ではなく、世界樹の実がダンジョンコアとなって発生したもの。全部で三階層で構成されたその迷宮には魔物は出現せず、代わりに貴重な魔力結晶を果実のように実らせる草木が生い茂っていました。エンシェント達は古くからそれを伐採し、魔力結晶を得ると同時に、迷宮災害の発生を阻止してきました。彼女らにとって、世界樹は母と同じ。その実から生まれた迷宮もまた、滅ぼすものではなく慈しむもの。そうして、数千年以上に渡り、彼女らは迷宮と共生してきました』

 

 本で読んだとこだ、とヴィヴィアンは過去の記憶を振り返った。

 

 初めて読んだ本の、初心者向け項目にもあった事だ。全ての迷宮が、魔物が現れたり迷路状の構造ではない。魔物の出現しないクノッソスの倫理迷宮、単純な直線上のミノタウロスの迷宮、そういったものもある。

 

 災禍の根、とはパンデモニウムリリィの事だろうか。エンシェントも迷宮の構造には熟知しているらしい。

 

「……その迷宮に、あの怪物が現れた、と?」

 

『奴らがどこから来たかは分かりません。ただ、突然、結晶の収穫を行っていたエンシェントが襲われました。討伐隊を編成し、怪物の駆逐に望んだエンシェント達の部隊が最奥で見たのは、ダンジョンコアに取り付いた不定形のシャードビーストの姿だったそうです。ですがそこまでたどり着くのが精いっぱいで、無数の怪物の前に部隊は敗退。以後は迷宮内に防衛線を構築し、シャードビーストの進行を阻止しました。ですが少しずつ打ち漏らしが増えつつあり、里にも被害が広がっています』

 

「私達と戦った個体もそのうちの一体か……いやまて、あんなのが迷宮内に山ほど!?」

 

 流石に冗談だろう、と問い返したアトラスに、スカーシハは悲し気に首を横に振った。

 

『流石にあれだけの大型固体を捻出したせいか、今は一旦落ち着いていますが……一日と起たずに次が来るでしょう。やつらは少しずつ戦い方を学習しています。大型固体による一点突破の有用性を理解したなら、次はそれに加えて小型個体による波状攻撃を付け足してくるでしょう。今のエンシェントに、それを防ぎきる余力はありません……』

 

 つまり、外の戦時さながらの有様は、言葉通りだったのだ。スカーシハの話によれば、およそ一月もの間、エンシェントはずっと、シャードビーストとの闘いに明け暮れていた事になるという。

 

「では、もしかしてエヴィリンさんは……」

 

『……彼女は、先代族長の娘です。里最強の戦士であった先代族長は、一週間前にシャードビーストとの戦いで命を落としました。以後は彼女が族長を務めています』

 

 気まずげにアトラス達は顔を見合わせた。

 

 正直、あまり良い印象を抱いていない相手だったが、事情を知るとそれもやむを得なく思えてくる。

 

 謎の化け物に聖地が穢され、さらに一月近くもの間戦い続けて被害は甚大、尊敬する親も命を落とし不本意な形で族長を引き継ぎ、疲弊した一族を導かなければならない。いっぱいいっぱいの中、呑気な顔でよそからやってきた人間に配慮して接する心の余裕など、どこにもありはしないだろう。

 

 当事者からすれば空気を読めよ、という話だ。人間呼ばわりもやむを得まい。

 

『お願いが、あります』

 

 語り掛けられてスカーシハに視線を戻した一同は驚かされる。

 

 玉座から身を起こし、スカーシハが目の前まで歩いてきていた。そればかりか彼女は両膝を折り、床に座り込んだ。そのまま、深々とアトラス達に頭を下げる。

 

 嘆願の姿勢。

 

 古くから生きる、半神ともあろうものが。

 

『強き方々。どうか、どうか力をお貸しください。滅び行く運命にある我が娘達に、どうか救いを……!』

 

「す、すかーしは、さま……」

 

 ニキッチが茫然と呟く。

 

 あろう事か人間に膝をつき、手を合わせ、頭を下げて救いを希う半女神。

 

 その救いを求める声に、真っ先に応えたのもまた、人ではない者だった。

 

「まかせろ」

 

 前にでたヴィヴィアンが同じように膝をつき、女神の腕を取る。同じ高さで、レース越しに彼女は女神と目を合わせた。

 

「その願い、確かに聞き届けた。必ずや、かの怪物を討ち果たし、お前の娘達を救ってみせる。必ずだ」

 

「ヴィヴィアン……」

 

「何だ、異論はないだろう? まさか見捨てるのか?」

 

 そんな事はあるまい? とでも言いたげな彼女の視線に、アトラスは苦笑いして肩を竦めた。

 

 すっかりいい所を持っていかれてしまったと、彼もまたスカーシハの傍らに片膝をつく。

 

「当然、力はお貸しします。話を聞くに、もうこれはエンシェント単体の問題ではない。放っておけば辺境伯領にも被害が及ぶ。次期当主として、見過ごす訳にはいきませんよ。シオンもいいな?」

 

「あたしはご主人様に従うだけよー」

 

 軽い様子でシオンも従う。ヴィヴィアンは機嫌よさそうに微笑みながら、茫然と展開を見守るばかりだったニキッチに、にこりと微笑みかけた。

 

「そういう訳だ。大船にのったつもりで、任せてくれたまえ」

 

 

 

◆◆

 

 

 

 話が決まれば、善は急げだ。

 

 時は金なり。シャードビースト側が体勢を整える前に、少数精鋭で突入する。

 

 そうと決めてからのアトラス達の行動は迅速だった。

 

 スカーシハに与えられた部屋に不要な荷物を放り込み、戦闘準備を整える。通常の迷宮探索と違い、長期滞在するつもりはない。食料は最低限、キャンプ用品は不要。ヴィヴィアンもまた、検分は後回しにして機械杖の部品を丸ごと交換する。

 

 とにかく戦闘に必要な物資と装備だけを整えて、すぐさま出発する。

 

 神殿の廊下をかつかつと歩きながら、アトラスが地図を広げる。

 

 渡された迷宮の見取り図だ。

 

「再度確認する。今回の探索は速度が命。まっすぐ最短距離で、ダンジョンコアまで突撃。コアに取りついているシャードビーストを排除し、必要があればそのままコアの防衛を行う」

 

「想定だと、連中はコアから吸い上げた魔力を糧に増殖しているという話だったな。一度コアから引きはがし寄せ付けなければ、あとはエンシェント達が掃討する。タイムアタックではあるが、まあ私達のやる事はいつも通りだな」

 

 地図にはいくつかの防衛線が書き込まれている。その殆どは突破されて機能していないが、いくつか設備は残されているという。何かの役に立つ事はあるだろう、場所は覚えておくべきだ。

 

 とにかく今は一刻を争う、時間が惜しい。

 

 迷宮の入口に向かいながらミーティングをおこなう一行だったが、不意に前方に佇む相手に気が付いて歩幅を緩めた。

 

 通路の終わりに、誰かが立っている。

 

 手に大弓を携えた金髪のエンシェント。

 

 弓使い……エヴィリンだ。

 

「私もお前達に同行させてほしい」

 

「え……」

 

「私は弓使いだ、お前達の連携の邪魔にはならない。後方から、敵の手勢を削る。決して足手まといにはならない、お願いだ」

 

 そう言いながら、エヴィリンは頭を下げた。

 

 先ほどまでとは真逆の対応に、困惑したようにアトラス達は顔を見合わせる。

 

「……まあ、いいか。よろしく頼む」

 

「本当か?!」

 

「いいのか?」

 

 さっきとは逆に、ヴィヴィアンが気乗りしない様子でアトラスに確認する。彼女としては修羅場に不確定要素を入れたくないのはわかると理解しつつも、アトラスは頷いた。

 

「ああ。それに彼女は話を聞くに自力で大型個体に対応できる火力があるようだ。ヴィヴィアンの歪みの魔術も限界がある以上、火力担当は多い方がいい」

 

「アトラスがいいなら、いいが。だが、彼の命令にはちゃんと従ってもらうぞ、エヴィリンとやら」

 

「勿論だ!」

 

 ぱあ、と顔を明るくして頷き返し、弓使いはいそいそと一行の最後尾に並んだ。数歩後ろをついてくる彼女には、先ほどまでの隔意は一切感じられない。

 

 あまりにも切り替えが早いように見えるが、それはそう見えるだけで、彼女の芯は一切ぶれていない、アトラスはそう判断する。

 

 彼女の第一目標は、エンシェントの里の守護。だからこそ、窮地にのこのこやってきた人間には敵意と隔意を向けたし、不確定要素だからこそ関わらせまいとした。だが、スカーシハの願いによって彼らが突入部隊の主力となったなら、それを全力で支援する事がエンシェントの為になる。

 

 ある意味ではとても分かりやすいと言える。彼女はただ、必至なだけだとアトラスは再確認し、気まずそうにぽりぽりと頭の後ろをかいた。

 

「? どうした?」

 

「いや、私もまだまだ未熟だな、と」

 

 そんな遣り取りをしている内に一行は廊下を渡り終え、ついに世界樹の根元までやってきた。目の前には、城のように巨大な大木の幹があり、絡みつくように螺旋階段が伸びている。その先に、迷宮の入口がある。

 

 階段の麓で警備していたであろうエンシェントの兵士が、アトラス達を見て最敬礼をした。二人とも革鎧か何かで武装し槍を持っているが、腕や足には包帯が巻かれている。

 

「この先が迷宮の入口です。どうかお気をつけて」

 

「武運をお祈りしています」

 

「ああ。まかせてくれ」

 

 強く頷き返し、アトラスは頭上を見上げた。

 

 螺旋階段が3周ほどした先、大木に張り付くように建てられた神殿が見える。あれが、迷宮の入口だ。

 

 そして、地獄の入口でもある。

 

「果たして蛇が出るか竜が出るか……」

 

「触手なら今から突っ込むがな」

 

「まぜっかえさない」

 

 いつもの調子の仲間二人に、思わず苦笑するアトラスだった。

 

 

 

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