望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百八十二話 泉の迷宮を駆け抜けろ!

 

 

 迷宮、ユグドラシルの泉。

 

 その第一階層は、品の良い石の回廊だった。

 

 緑色がかった大理石のような質感の回廊が、まっすぐ伸びている。その先には、どうやら大広間が接続されているようだ。

 

 迷宮だと予め説明されていなければ、大きな城のホールか何かだと勘違いしてしまいそうなほどだ。

 

 平時であれば、もしかするとイベント等にも使われていたのかもしれない。

 

 だが今は、通路の壁や床には無数の血痕が残り、折れた矢や剣の破片がそこかしこに転がっている。通路の終わり、ホールに繋がる場所には食い破られた関所のようなものが、無言のうちにエンシェント達の熾烈な抵抗とその末路を物語っていた。

 

「……凄い血の匂いがする。凄まじい抵抗の跡だ」

 

「みたい、だな。兵士は今、一人もいないのか?」

 

 振り返ってエヴィリンに確認すると、彼女は緊張に強張った顔で頷いた。

 

「ああ。……正直、もう戦える兵士は10人もいない。これ以上は、非戦闘員を導入する事になる。貴重な兵士を、見張りで使い潰す訳にはいかない。次の戦闘が始まったら、里全体を戦場にして連中を迎撃する予定だった」

 

 あっさりととんでもない事を言い出す彼女にドン引きする一行。

 

 いくらなんでも末期状態にも程がある。スカーシハがあそこまで必死になる訳である。

 

「ん。つまり、今、ここには誰も居ないんだな?」

 

「あ、ああ。そうだが……」

 

「了解。ならちょうどいい」

 

 何か確認をとると、つかつかとヴィヴィアンが前に出る。何をするか察したアトラスとシオンが、エヴィリンを伴って迷宮の出口ギリギリまで下がった。

 

 ただ一人、ヴィヴィアンをよく知らないエヴィリンだけが不思議そうに首を傾げる。

 

「? どうした、前に進むのではないのか?」

 

「何、その前に露払いをな」

 

 ばさり、とローブを広げるヴィヴィアン。その下から、四枚の触手翼が大きく広げられる。エンシェントの弓使いは驚愕に目を見開いた。

 

「な……」

 

「多重詠唱」

 

 放たれるのは、無数の炎魔術。勉強によって習得した中級魔術……かつてアルテイシアが放ったファイヤトルネード、それと同系統の渦巻く炎の竜巻がホールへと打ちこまれる。

 

 さらにそこへ、風属性のトルネードが叩き込まれる。新鮮な酸素をたっぷり乗せた渦巻きが合流すると、俄かに炎が膨れ上がった。

 

 基本的に魔術で生み出されるのはまやかしの現象に過ぎない。が、それはそれとして、ある程度物理法則には乗る。正確には物理法則に乗る事で発現の閾を下げているのだが、ここで大事なのは唯一つ。

 

 風を吹き込めば炎は燃え盛るという事だ。

 

 超高温で燃え上がる炎が、ホールをまるで反射炉の中のように加熱する。当然、そこに何かしらの生物がいたとしたら間違いなくお陀仏である。

 

《ピギギギィ!?》

 

《ピギュギュ!?》

 

 ホールに断末魔が響き渡る。

 

 侵入者を不意打ちするつもりのシャードビースト達の悲鳴。鉄をも溶かす超高熱が彼らを一瞬で焼き尽くし、その叫びもすぐに途絶える。

 

「まあ、こんなもんか」

 

 伏兵の焼却を確認して、ヴィヴィアンが氷魔術をずんどこホールに撃ちこみ始める。見る見る間に温度が下がっていき、やがて新しい氷が溶けなくなったのを確認して、彼女は仲間を促した。

 

「さ、いくぞ」

 

「……み、みもふたもない……」

 

「百パー待ってる待ち伏せにひっかかってやるアホがどこにいる」

 

 それはそうなのだが、とアトラスもシオンもちょっと腑に落ちない顔をするが、まあ一刻を争う今、無駄な戦闘をさけられたのを喜ぶべきと割り切って先に進む。

 

 可哀そうなのはエヴィリンである。彼女は「え? え?」としきりにヴィヴィアンとホールとの間で視界を往復させている。

 

「え、え?」

 

「ほらさっさといくぞ」

 

「あ、え、はい……」

 

 弓使いを促し、ホールへと進む。

 

 本来は壮麗な造りのホールは、今や真っ黒こげだった。激戦の痕も何もかもが超高温に焼き尽くされ、内壁も溶けてつるつるになっている。

 

 その奥に、転移門へ続く通路があった。

 

「よし、さっさと行くぞ」

 

「おーけい」

 

 

 

◆◆

 

 転移陣を潜って2層に移動する。

 

 転移の際の青い光が晴れた瞬間、ヴィヴィアンは全方位に魔術を解き放った。

 

 それは、間髪入れず全方向から飛び掛かってきたシャードビーストの群れを粉砕し、赤青黄色、魔力の輝きを色とりどりに煌めかせた。

 

 奇襲だ。

 

 迷宮では本来あり得ない、転移陣出入口での襲撃。だがそれは、予想していたヴィヴィアンにとっては大した脅威ではない。攻撃用の二枚の翼をフル活用し、嵐のように弾幕を張る。

 

「わ、わあ、いきなり!?」

 

「フォローする!」

 

 奇襲に奇襲で返され、出鼻をくじかれたビースト達に、シオンとアトラスが追撃する。電撃と炎を纏う短剣が小型のビーストを次々と切り倒し、アトラスが仕留め損ねた個体にトドメを刺す。

 

 ヴィヴィアンもまた、全方位に魔術を連射しながら、自分自身も機械杖を振るって飛び掛かってくる小型ビーストを殴り倒した。

 

「わ、わわ、援護を……!」

 

 数秒遅れてエヴィリンが弓を引き絞り、次々とビーストを射抜いていく。魔力結晶を鏃にした彼女の矢は、射抜くと同時に魔力を開放、シャードビーストの全身を焼き焦がした。

 

 そうして数十体のビーストを蹴散らすと、形勢不利と判断したのか、一目散にビースト達は回廊の奥へと引き返していく。

 

 追撃のそぶりを見せたシオンをアトラスが制する。

 

「追うな。時間の無駄だ」

 

「了解」

 

 武器を収め、アトラスを先頭に集まる。皆に怪我がない事を確認した彼が、ふぅ、と安堵の息を吐いた。

 

「ちょっとびっくりしたな。まさか転移陣の入口で待ち構えているとは」

 

「魔物であれば本能的に転移陣を避けるからな。だが奴らは魔物ではない、ギリギリの所で待ち伏せている可能性はあった。なぁに、わかっていれば奇襲ではない」

 

「だったら事前に話をしておきなさいっての」

 

 ふんすふんすと小鼻を膨らませて自慢げなヴィヴィアンだったが、ジト目のシオンに小突かれて気まずそうに黙り込む。

 

「どうせ可能性は低いと思ったとかなんでしょ。信じてない訳じゃないけど情報共有怠るなっつうの」

 

「あうあうあうあう」

 

 シオンに頭を乱暴になでくりなでくりされて、奇妙な悲鳴を上げながらゆらゆらするヴィヴィアン。くしゃくしゃになった髪を涙目で整える彼女をちょっと遠巻きに見るエヴィリンは、なんとも言い難い顔をしている。

 

「……どういう関係なので?」

 

「なんだろうな、時と場合で逆転する姉妹関係?」

 

「なんですかそれは」

 

 正直アトラスもなんだろうなあ、と思うが、他に的確な表現が思いつかない。

 

 それはともかく、と雑談を打ち切り、彼は地図を広げた。

 

「一応地図は貰ってるけど、当人に話を聞いた方が正確か。エヴィリン、第二層の説明を頼む」

 

「承りました。第二層は、格子状の通路区画になってます。規則正しく複数の直線が組み合わされている階層ですね。一見すると迷路になっていますが、どこからどう言ってもまっすぐ行けば次の層に辿り着けます。ただ問題は、その通路のあちこちが障壁に塞がれている事ですね。シャードビーストの進行ルートを限定する為のものでしたが、今となってはおかげで奴らの待ち伏せには都合がいい状態になっています」

 

「地図にあるバツの字はもしかしてそれか。となると、かなり危うい感じのルートになるな……」

 

 地図を確認し、難し気にアトラスが顔をしかめる。

 

 結果的にだが、障壁を逆に敵に利用される形となっているようだ。

 

 うーん、と頭を悩ます人間とエンシェント。だがその中で一人、ヴィヴィアンだけはきょとんと首を傾げた。

 

「? 何が問題なんだ? 障壁をどかしながら進めばいいだろう」

 

「いえ、それが。障壁に用いたのは特殊な植物の根でして。魔力を注ぎ込む事で急激に成長するのですが、これがまた頑丈なんです。先ほどのように火で焼き払うにしても、時間がかかりすぎますし……」

 

「だったらなおさら問題ないぞ。多少、迷宮を傷つける事になるが」

 

 え、と驚いた視線を向けるエヴィリンに、ヴィヴィアンは機械杖にシリンダーを装填する事で答えた。

 

 装着したシリンダーの色は、当然、紫である。

 

 

 

 エンシェント達の設置した障壁。

 

 通路を塞ぐ巨大な根の塊のようなもの、その背後で無数のシャードビースト達が身を潜めていた。

 

 彼らに人間のそれと同じような思考があるかは不明だが、作戦立案能力がある以上、ある程度の知性と呼べるものがあるのだろう。

 

 故に彼らは、抵抗するエンシェントが設置した障壁が今は自分達の助けになると理解し、あえて破壊せずに残していた。それにより、侵入者のルートを制限できると。

 

 想定では、もうそろそろ侵入者たちが反対側の通路を通りかがるはずだ。そこを、向こう側に潜んでいるビースト達と息を合わせて挟撃する。

 

 勿論、それで倒せる相手だとは彼らも思ってはいない。今度の侵入者は、最初期のそれに匹敵するほどに強力な個体が揃っている。特に、一匹混じっている得体の知れない小柄な個体が厄介だ。

 

 なんとしてもまず、あの銀色の個体を排除する必要がある、と、まあそれに近い事をビースト達は思考していた。

 

 と同時に、ふと訝しむ。

 

 想定されているよりも、連中の通過が遅い。

 

 その事実に気が付きながらも、対応しなかった事が、彼らの命運を分けた。

 

『α Θ λ β』

 

 ヴぉん、と空間が歪んだ。

 

 気が付いた時にはすでに遅い。歪曲する空間の歪みは、障壁ごとビースト達を飲み込み、物理的強度に関係なく一様に捩じりきった。

 

 伏兵もろとも螺旋状に抉られた障壁の大穴。

 

 それを、アトラス達冒険者は勢いよく飛び越えると、そのまま真っすぐ駆け抜ける。

 

「二路先にまた障壁がある!」

 

「あいわかった!」

 

 指示を受けて再び輝くはヴィヴィアンのD・レイ。迸った歪みの力が、障壁もビーストも関係なく捩じ切って破砕する。標的はあくまで障壁であるため、中には致命傷を免れたビーストの破片もあるが、関係ない。魔物であれば行動可能でも、ビースト達は魂ある存在故、その欠落に耐えられない。足元に散らばる灰色の欠片を蹴り飛ばして、冒険者達は道を急ぐ。

 

「ちょっと最近忘れてたけど、あんたのこの魔術、たいがいインチキもいい所よね!!」

 

「私も自覚が薄かったが改めて思ったよ! これ危険すぎない!?」

 

「いいじゃないか魔術の進歩だ! そのうちこれが普通になる! ……なっていいのかなあ!?」

 

 三者三様に怒鳴りながら一目散。たまたまかすりもしなかったビーストが蜘蛛のような形状をとって襲い掛かってきたのを、くるんと触手で受け止めてそのまま後方にぶん投げる。

 

 とはいえアトラスとシオンは慣れたほうである。全くそのあたりの事情を知らないエヴィリンは、可哀そうに心底怯えながらも全力でその後を追いかけないといけないという苦行にさらされていた。

 

「何?! 何だお前それ!? 禁忌の力だろそれ!?」

 

「あれ、エンシェントでも禁忌なのかこれ? 魔力結晶を爆弾みたいにして使うのに?」

 

「精霊の力を借りて加工してるのよアレ! でも精霊でも紫の結晶は迂闊に触ると消えてしまうから禁忌! 人間じゃないのは知ってるけどなんで平気なのさお前!?」

 

 並走しつつ半ばパニックになるという器用な事をしながら、ガクガクとヴィヴィアンの首を揺さぶるエヴィリン。やっぱおかしい扱いになるよね、とシオンとアトラスは遠い目をした。

 

 そんなぐだぐだなやり取りをしながら、具足を鳴らして全力疾走。さらにもう一つ障壁を粉砕して開けた道を通り、一行は次の転移陣に繋がる道を走った。

 

「急げ! 階層中からビーストが集まってくる、押しつぶされるぞ!」

 

 アトラスの言葉通り、一行の強行突破を感知してか階層に潜んでいたビーストが一斉に動き出している。まるで濁流のように無数の瞳が群れを成して、通路の往路という往路からあふれ出す。

 

 追いつかれたらひとたまりもない。一行は息を堰切らせて、第三層に続く転移陣が設置された通路へと飛び込んだ。

 

 最後尾のヴィヴィアンが入り込むなり振り返って、触手翼と機械杖を輝かせた。

 

「凍れ、凍れ、凍れ! も一つついでに、カチンコチン!」

 

 アイスピラーの魔術をこれでもかと連射。ばきばきばき、と音を立てて成長する氷の柱に殺到したシャードビーストの群れが激突する。

 

 急成長する氷は砕ける事なく、逆に纏わりついてきたシャードビーストをも巻き込んで通路を塞ぐ。巨大な塊に成長した氷の岩盤を突破できず、氷の向こうでビースト達が蠢いている気配がする。

 

 ビーストを巻き込んだのは想定外だったが、おかげで意図せず氷の岩盤はかなりの厚さに肥大化した。ここまで大きくなった氷を破壊するには、それこそ歪みの魔術でも使わなければ不可能だろう。

 

 安全の確保を確認し、ふぅ、とヴィヴィアンは額に張り付いた氷の粒を拭って安堵した。その背後では、一瞬で氷点下にまで冷え込んだ大気に、仲間達がガタガタ震えている。特に薄着のエヴィリンは寒そうだ。

 

「ななななななんとかななななったよよようだなななな」

 

「む。さ、寒そうだな。上着いるか?」

 

「だだだだだだだ大丈夫だいいいいいいいいらん」

 

 とてもそうには見えないが、本人の意思を尊重してヴィヴィアンは上着を引っ込めた。

 

 その傍らでは息を白くしながら、アトラスが地図を確認している。

 

「よし。あとは最後の階層、3階層を残すだけだな。そこにダンジョンコアと、シャードビーストの大本がいる。そういう話だったね、エヴィリンさん」

 

「そそそそそそうだああああああとエエエエエヴィリンでいいいいい」

 

「わ、わかった。……大丈夫? 戦える?」

 

 駄目そうなので、アトラスは上着を貸してやることにした。

 

 

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