望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第十八話 ランクアップテンタクル

 

 もともと持っていた機能なので、切り落とす事に痛みは無い。そして痛みの原因を取り除いた事で、もはや痛みは感じないはずなのだが……。

 

《うう、まだなんか痛い気がする……》

 

 すでに痛覚が繋がっていないはずなのに、残響のように疼痛が響く。だがもう傷口すら存在しないのに痛むというのはどういう原理なのか。不思議に思いながらもヌルスは転がる魔力結晶に目を向けた。

 

 今のが、根源的な原初の魔力、という奴なのだろう。なるほど、人間に制御できない訳である。人体より頑丈な触手を原型すら残さないレベルにグチャグチャに捩じり切り刻むあれを人の身で受ければ命に係わる。人間は、触手型モンスターと違って都合よく腕を切り離したりできないし、ましてや生えてきたりなんかしないはずであるからして。

 

 しかし、魔物であれば耐えられる、とか過大評価もいいところだ。魔術を行使する以前の、それこそ魔力に少し触れただけでこのありさま。もし、この魔力を用いて魔術を発動したら、どれだけのノックバックが発生するのか想像もつかない。確かに、それだけの力を制御し、敵に向ける事ができれば圧倒的な破壊をもたらすのは間違いないだろうが、その前に仲介する術者が粉微塵になるのは目に見えている。

 

《少なくとも今の私には到底無理だな、ただの自殺だ》

 

 あのメモの主は何を以てこれを制御可能だと考えたのか。机上の空論なのか、あるいは何かしら根拠があるのか? 気にはなるが、今はこれ以上深堀する気にはなれない。

 

 とにかく、これ以上変な事が起きる前に魔力結晶を取り込んでしまおう。

 

 ヌルスは無事な触手で魔力結晶を拾い上げると、枝分かれした触手の分岐点に放り込んだ。そして触手を一斉に閉じ、しばらくもごもごと蠢かせる。数分後、再び束ねた触手を開いた時、そこには魔力結晶の姿は無かった。

 

 飲み込んだわけではない。触手型モンスターには基本的に食道のようなものはないからだ。

 

 上位種のものにはあるらしいが、それも一般的な生物のそれとは用途が違い、捕らえた獲物を逃がさないよう捕縛するのが目的の器官で厳密には食道とも違う。一番近いのは腸だろうか? 触手型に限らず軟体モンスターは体表から魔力や栄養を吸収する。今回は触手を閉じて疑似的に閉鎖空間を作った上で接触面積を増やす事で、飴玉を溶かすように魔力結晶を吸収したのだ。

 

《おぉ……》

 

 そして濃密な魔力を吸収した影響はすぐに現れ始めていた。

 

 ぷるぷると震えるヌルスの体が急激に膨らんでいく。蛇、あるいはイモムシのようだった基本体型は大きく膨らみ球形に近くなり、その表面に無数の肉芽が生じたかと思うと、するすると伸びて新しい触手になる。それまで運用されていた触手の生えた前半分は、めり込むようにして体内に吸収され消滅する。数秒後、そこには全身から触手をはやした触手の塊が鎮座していた。

 

 ウニのトゲが全部柔らかい食腕に変わったらこれに近い感じになるだろうか?

 

 一般的にイメージされる触手型生物に大分近づいた、といえるかもしれない。ややあって、自分の躰の変化を把握したヌルスが、おっかなびっくり触手をうごめかす。

 

 そして絡まってその場に転がった。

 

《うぉお……な、なんか数が一気に増えたぞ……》

 

 それまでは、せいぜい10、20の触手を管理しておけばよかったのが、ここにきて下手をしたら100を超える触手が生えてきた事になる。流石にすぐさまその全てを制御する事は無理だった。

 

 とはいえ、触手である事は変わらない。人間であれば到底認識不可能な感覚も、慣れもあってすぐにヌルスは適応し始めた。

 

 球形でかつ、一般的な生物のように肉体構造に上下がない触手塊であるからして、頼りにするのは重力と光だ。感じ取った重力に従い下方の触手を足として体を支え、灯の灯を参考に上下のバランスをとって体勢を整える。

 

 上下が決まれば、それに合わせて体の動きも安定してくる。ややあって落ち着きを取り戻したヌルスは、改めて自分の躰の隅々にまで意識を伸ばした。

 

《気のせいかと思ったが、随分と体が大きく成長している。おかしいな、確かに3層の魔力結晶ともなれば、本来私が口にできるような代物ではないが、だとしても一気にここまで成長する程だとは思えない》

 

 訝しむヌルス。大量の魔力を得る事で、モンスターが一段階上の姿に変化する事そのものはあり得る事だ。特に冒険者によるモンスターの大量駆逐が行われた後に、そういった現象は起きやすい。だが、そうそうある事でもない。

 

 勿論本から得た知識だ。実体験ではない。

 

 一般的には、ランクアップと呼ぶ現象らしい。

 

 魔力を求めるのはモンスターの生存本能から来るもの、すなわち活動期間の延長のためだ。迷宮の外に出れば死ぬモンスターだが、迷宮の中にいればずっと生きていられる訳でもない。いくら魔力や魔素に満たされた迷宮内といえど、モンスターの活動を支えるほどではないのだ。だからこそ、モンスター達は一分一秒でも長く活動を続けるために、他のモンスターを捕食するのだ。あくまでも生存の為であり、ランクアップのためではない。

 

 なので、本来生息している階層を考えれば上物であっても、魔力結晶一つで姿が変わる、などという事は無いはずなのだが……。

 

《ふむ。とはいえ、そもそも前の姿も気が付いたら変化していた事だしな。私がモンスターの中ではイレギュラーなのは間違いないし、それが何か起因しているのか? 確か、本によれば魔力の過剰摂取の他にも、経験を積む事で変化するケースもあると読んだ。魔術修行が影響しているのか?》

 

 動かすのにも慣れてきた触手で、床に落ちている杖とスクロールを手にする。前の体に合わせて作った杖は、今となっては随分と短い。倍とはいかなくとも、大分長く作り直した方がよいだろう……そこではたと気が付いたヌルスは、その横に転がっていた兜を拾い上げて体に乗せた。体が随分と大きくなった事で、この兜には到底体を押し込めそうにない。それは逆に言えば、体の質量が人間に近づいたという事だ。

 

 もしかして、いけるのではないか?

 

《そうだな、細かい所はマントか何かで誤魔化して……そうだ、籠手とか兜で、末端部分を誤魔化せば遠目に見れば人っぽくなるのではないか? ちょっとセオリーに外れた変な格好になるが、積極的に人と接しなければボロも出るまい。いいじゃないか》

 

 閃いたら居ても立っても居られない。ヌルスは魔術の練習は切り上げて荷物を纏めると、一路隠れ家に戻る事にした。

 

 これまで回収した鎖帷子とか籠手とか、色々部屋にはため込んである。早速、人間の物まねを試してみたい。

 

《ふぅははははは! 風が向いてきたという奴だな!》

 

 声帯があれば高笑いしていそうなテンションで、ヌルスは悦び勇んで細い道を渡り、岸部に戻ろうとする。

 

 が。

 

 彼は失念していた。今の自分が変化したてで、完全に肉体の制御ができていないという事を。

 

 急ぐあまり、本体を持ち上げて獣が走るように動いていた触手。無意識にやっていたにしては割かし上手く動かしていたそれだが、つるりと数本が水に濡れた床に滑り、他の足に絡まった。がくん、と体が傾き、慌てて体勢を立て直そうとするが、考えなしに動かした触手は縺れるばかりで意味を成さない。

 

《ま゛っ》

 

 ばしゃーん、と水飛沫があがる。そして当然、それに反応して魚型モンスターが群がってくる。しかも後生大事に抱えていた兜やらに加え大きくなった体は結構重く、そのせいでヌルスの躰は結構な勢いで湖の底に引きずり込まれていく。さらに、本数は多いが細い触手は、ただじたばた動かすだけでは水中では役に立たない。

 

 表情があれば青ざめ切っているヌルスの前に、数匹の魚型モンスターがやってきては、その瞳を爛々と輝かせて牙を剥いた。どうやら彼らは巻きついて湖に沈めるより、たくさんある触手を齧りたい気分らしい。

 

《う、うわあああ!? お、お助けぇええ!!》

 

 必死に陸に向かって触手を伸ばす。結果、十本近い触手をむしられながらも、ヌルスは陸に辛うじて逃げ出す事が出来たのだった。

 

 

 

 

 

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