望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百八十四話 次元境界を越えて

 

 ダンジョンコアを取り込んだ怪物。

 

 普通であれば、それは機動力を持たないという事である。いかに強い力、硬い皮膚を持っていようと、動けなければただの木偶の坊。単体で突出した能力をもっていたとしても、複数に囲まれ、加算された力をぶつかれば容易く敗れるのが道理。

 

 戦いにおいて数と立ち位置というのは絶対的なものだ。

 

 しかし、そのような常識は、この異形の怪物には関係がない事のようだった。

 

《ピギィイイ!》

 

「ああもう、くそ、うっとおしい!」

 

 飛来する無数の欠片を、両手の機械剣で切り落としながらシオンがいらいらと叫んだ。

 

 そんな彼女の視界には、風を切って飛来する新たなる欠片の姿が見えている。ぎょろぎょろと瞳を蠢かし、文字通り目で追ってくるシャードビーストの破片を、再び機械剣で叩き落す。

 

「シオン!」

 

「!」

 

 そこに飛ぶヴィヴィアンの警告。咄嗟に状況を把握したシオンが、バク転するように後方に退避する。直後、彼女の立っていた場所を、鞭のように連結したシャードビーストの群体が降ってきて打ち砕いた。

 

「ああくそ、何なのよこいつら、小さいままでひゅんひゅんひゅん! どこに羽があるっていうのよ!?」

 

「どうやら、物理法則を逸脱した存在らしいな、こいつら。案外この世の生き物ではないのかもしれん」

 

「まあ、そう言われたらそう納得できる見た目だけど……だったらどこから来た生き物だっていうのよ!?」

 

 バリバリ! と雷鳴を周囲に張り巡らせて破片を叩き落しながら、ヴィヴィアンが呟く。彼女の視線は、泉を挟んで反対側に存在するシャード・ヒュドラの本体に向けられている。

 

 水晶樹の表面を覆い尽くしたシャードビーストの群体。奇怪な柄のステンドグラスのようにも、密集して産み付けられた昆虫の卵のようにも見えるそれは、全て一体一体が独立した怪物の集合体だ。

 

 その群体が、今も魔力を吸い上げては分裂、増殖していく様を魔眼ではっきりと確認しながら、ヴィヴィアンは舌打ちをした。

 

 物量戦、消耗戦になれば勝ち目はない。

 

「アトラス、そっちは大丈夫か!?」

 

「なんとかね!」

 

 応えるアトラスは、何の魔術属性も帯びていない鉄の剣で、飛来する欠片を一つ一つ、的確に潰して撃退している。その背中に守られているのは、エンシェントの弓使いだ。

 

 エヴィリンはその目に激しい敵意を燃やしながら、大弓の弦を引き絞る。その狙いは、ダンジョンコアに寄生するシャード・ヒュドラの本集団だ。

 

「汚らわしい怪物め、滅びろ! 魔術砲弓術!」

 

 唸りを上げて矢が放たれる。その鏃は、ほかならぬユグドラシルの泉から産出した炎の魔力結晶。特別な加工をされた魔力結晶から魔力の炎が吹き上がり、灼熱の砲撃と化してヒュドラに向かって突き進む。

 

 直撃すれば、あの数のシャードビーストの群れでも一匹残らず消し飛ばせる火力。それでいて、恐らくダンジョンコアはその一撃に耐えるだろう。

 

 この場においては最適解の一撃。しかし……。

 

《ギィイイピピピ!!》

 

 金切り声を上げてシャード達が膨れ上がる。雲霞のように噴き出した無数の欠片が、飛来する魔力砲撃の前に立ちはだかる。

 

 砲撃は数十・数百の破片を焼き尽くしながら飛翔するが、ついには迎撃を突き破る事のできないまま途中で爆発した。泉の上で大きな火球が膨れ上がり、湖面に激しい飛沫が舞い上がる。

 

 黒い煙と、雨のように降り注ぐ水。

 

 視界を閉ざすそれらを突き破って、いくつかの破片がエヴィリンへと襲い掛かる……それを横から、ヴィヴィアンの魔術が焼き払う。

 

「これならどうだ!?」

 

 彼女の背中の触手翼が、新しい文様を描く。赤と青に輝く魔術式が、シャード・ヒュドラ目掛けて閃光を放った。

 

 ファイアレーザー・アイシクルレーザー。

 

 かつて旅を共にした魔術学院の生徒達が得意とした、線上の攻撃魔術。これであれば、迎撃は困難なはずだが……。

 

《ギィピピギィ!!》

 

 奇怪な叫びと共に、破片たちが結集する。雪の結晶を思わせる多面体へと集合したシャードビーストが、傘のようにレーザーの前に立ちはだかった。薙ぎ払うように繰り出される魔術の攻撃から、ちょうど本体だけを守るように立ちはだかる文字通りの肉壁に、ちっ、とヴィヴィアンが舌打ちを鳴らす。

 

「ええいめんどくさい……!?」

 

 愚痴るのもそこそこに、慌てて後方に退避するヴィヴィアン。その目の前で、本体から凄まじい勢いで伸びてきた細長い触手がぐさりと地面に突き刺さった。触手を構成する無数のシャード達の瞳が、退いたヴィヴィアンを凝視している。

 

「気持ち悪いのよ、それ!」

 

 雷光一閃。

 

 シャード達が動くよりも早く、電撃を纏った一撃が触手を切り裂いた。迸る電流に感電し、触手がボロボロと灰色に崩れ落ちる。

 

 この場において、シオンの持つ機械剣は物理的な攻撃手段と魔術的な範囲攻撃を併せ持つ、シャードビーストへの有効な攻撃手段の一つだ。

 

 今のところ大きな被害が出ていないのは、彼女が遊撃と迎撃に徹しているのが大きい。

 

「助かった、シオン」

 

「どういたしまして。でもいつまでも続けられないわよ、こんなの! この機械剣に入ってるアンタの一部だって、いつまで持つか」

 

 柄の丸ガラス越しに、うねうね動くピンクの触手を見て、シオン。

 

 使っている魔術が低級だからか、内部の触手はまだまだ元気なようだが、とはいえそもそも実験段階の代物だ。いついかなる不具合が起きて機能停止するか分からない。

 

 それはヴィヴィアンもわかっている。

 

 だが……。

 

「そうは言われてもな。思った以上に難敵だぞ、これは」

 

 泉を挟んだ反対側、今は破片を飛ばしてくるのも中止し増殖に専念しているシャード・ヒュドラを睨みつけながらヴィヴィアンが嘆息する。

 

 先ほどからこの調子で、アトラス達は泉を越える事も出来てはいない。ヒュドラの物量に物を言わせた迎撃に押しつぶされないようにするだけで精一杯だ。

 

 さらに言えば、外や道中で戦ったシャードビーストはあまり賢くなかったのに対し、今対面している親玉は明らかに知性の片鱗らしきものを伺わせている。フェイントにはそう簡単にひっかからないし、あの手この手で品をかえながら責め立てるヴィヴィアンの魔術攻撃にも、その都度適切な対応をしてくる。

 

 歴戦の怪物、という事だろうか。

 

 恐らくはエンシェントとの闘いで学習したのだ。

 

「……っ」

 

 ぎり、とエヴィリンが歯をかみならす。今この場で一番、口惜しく思っているのは彼女であるのは間違いない。

 

 故に、彼女はエンシェントの責任者として判断を下した。

 

「……もういい、ヴィヴィアン。構わない、やってくれ」

 

「いいのか……?」

 

「正攻法ではもうどうにもならない相手だというのはよくわかった。これ以上消耗戦に持ち込まれて犠牲者が出れば、それこそエンシェント永遠の恥辱だ。我らの顔を立てると思って、頼む」

 

 顔をわずかに伏せるエヴィリン。苦渋の決断だった。

 

 その意図を汲み、ヴィヴィアンはそれ以上彼女に確認を取る事なく、準備に入った。

 

 機械杖からシリンダーを輩出、新たに装填するのは紫色のそれ。

 

 ばしゅう、と音を立てて機械杖の冷却機構を最大展開。内部の溶液が、ごぽり、と泡立った。

 

「了解した。ワープボルトで、対象を破壊する」

 

「わかった。フォローはこちらでする」

 

「やっこさんの勘が鈍いと楽なんだけど……そうでもないわね」

 

 明らかに破滅的な魔力を解き放つヴィヴィアンを前に、恐らくシャード・ヒュドラも危険を察知したのだろう。

 

 うぞうぞ、と水晶樹に取り付く本体が蠢き、逆立つように破片を射出する。さらに地面を打ち砕いて、無数の触手が屹立する。巨大な根のようにも竜の首にも見えるようなそれらが、一斉にヴィヴィアン目掛けて襲い掛かった。

 

 その間に立ちはだかるのはアトラス達だ。

 

「邪魔はさせん……!」

 

 エヴィリンが魔術砲弓を解き放ち、炎の爆撃でその大半を迎撃する。焼き尽くされずに残ったものを、アトラスとシオンが抜群のコンビネーションで撃退する。触手は切り落とせば先端が自立し始める為シオンが、小さな破片はアトラスが剣をレイピアのように素早く振るって刺し貫く。

 

 凄まじい猛攻に押され、手傷を追いながらも三人はヴィヴィアンへの直撃だけは一発も許さなかった。

 

 その甲斐あって、ヴィヴィアンの魔術はこれ以上ないほど完全に成功した。

 

 目の前で仲間達を傷つけられた彼女の視線は、憤怒に金と虹色に燃えている。

 

「っ、射線を空けるよ!」

 

「今だヴィヴィアン!」

 

 タイミングを見計らって、三人が一斉に正面から退く。

 

 迎撃が止まったのを見計らって、これでもかと触手と破片がヴィヴィアンへと殺到する。殺気だった猛攻に、しかしヴィヴィアンは慌てる事無く、機械杖を振りかざした。

 

 紫色の魔力が、ヴィヴィアンを守るように集う。

 

 渦を巻くように空間が捻じ曲がり、紫色の紫電が迸る。それに巻き込まれた欠片達は、悲鳴一つもなくその活動を停止する。

 

 例外はない。

 

 魂ある存在は全て、その輝きの前に砕かれる。

 

 世の理を蝕む力の発露に、慄くようにシャード・ヒュドラが蠢いた。

 

 

 

 そして、魔術が解き放たれる。

 

 

 

「ワープ・ボルト」

 

 

 

 放たれる、歪みの魔弾。

 

 それは射線上に残る全ての欠片を無に帰しながら、まっすぐにシャード・ヒュドラに向かって飛翔する。

 

 その末路を確信し、アトラスとシオンが喜色を浮かべ、エヴィリンはそっと耐えかねたかのように目を逸らした。

 

 そして、シャード・ヒュドラは。

 

 迫りくる死そのものに、異形の怪物は。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《……RRuuuuuLaaaaa!!》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぎょろり、と欠片の群れを割って、赤黒い結晶体が露出する。

 

 他の欠片とくらべても数倍以上の大きさを誇る菱形の結晶体。赤黒く染まった水晶質の奥で、無数の黒い球体がぐるぐると蠢いている。

 

 それらが、一斉に向きをそろえた。

 

 球体の表面にある白い瞳孔が、飛来する歪みの魔弾をぎょろりと見据える。

 

「な……」

 

 それを目撃したヴィヴィアンの背が泡立つ。

 

 あれは。

 

 違う。

 

 これまでのシャードビーストとは訳が違う。これまで群体の裏に隠れていて、その姿を見せていなかったそれは、間違いない。

 

「奴の本体……?!」

 

 戦慄するヴィヴィアンの前で、さらなる異常が巻き起こった。

 

 怪物目掛けて飛翔する歪みの魔弾、その射線上に、突如として無数の魔力の歪みが発生した。

 

 ヴィヴィアンはそれを、どこかで見た事がある、どこかで知った覚えがある。

 

 現実の帳を引き裂いて、その向こうにここではないどこかを垣間見せるその裂け目。

 

 その向こう側が虹色に輝いている事こそないものの、それはまさしく……。

 

「空間の裂け目……!?」

 

 光る虹色の魔眼を左手で押さえるようにしてヴィヴィアンは驚嘆する。空間の破片が飛び込んで以降、時折次元の狭間らしきものが見えるようになった虹色の左目を通して、彼女はその裂け目の向こうを幻視する。

 

 

 

 それは、命の地獄だった。

 

 

 

 無限に犇めく、命、命、命、命。

 

 終わる事のない、死と生の輪廻が、隙間なく詰め込まれていて。

 

 裂け目から、溢れ出す。

 

 無限の生命エネルギーの洪水と、全ての魂を砕く歪みの力。

 

 相反する、対消滅するその二つの力が衝突して……。

 

 

 

 世界は、光に満たされた。

 

 

 

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