望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百八十五話 不撓不屈

 

 

 

 

 空間の裂け目と、次元の歪み。

 

 物理法則を超越した二つの力の激突によって発生したすさまじい閃光に、アトラス達は思わず目を庇った。

 

 数秒の沈黙の後に、霞む眼を開いて戦況を確認する。

 

 果たして、勝敗の行方は……。

 

 

 

≪RuLaaaa……≫

 

 

 

「嘘。効いてない!?」

 

「防がれた!?」

 

 シャード・ヒュドラは健在だった。

 

 盾にした裂け目は粉々に砕かれ、本体も構成するシャード・ビーストの数が大幅に減じていながらも、奇怪なる怪物は依然としてダンジョンコアに取り付いている。まるで寄生虫のように、輝く球状のコアの上を這いまわる虹色の一つ目に、ヴィヴィアンは舌打ちをする。

 

「ち……っ! 同じ理外の力、一方的に打ち砕くとはいかなかったか!」

 

 信じがたい事だが、このシャード・ビースト達もまた、ヴィヴィアンとは系統こそ違うモノの時空間に干渉する力を持っているらしい。

 

 歪みの力がこの世界の全ての物質に優位を取る事ができるのは、そもそも次元の階層が違うからだ。どんな硬い物質であっても、歪みの力から見ればそれは空間という紙に描いた絵に過ぎない。ならば紙を破いてしまえばいい、全ての物質を破壊する歪みの力の原理はそれだ。

 

 だが相手の力は、その歪みの力と同じ階層に位置している。そうなるとあとは出力と攻撃性の比較になり、結果、出力で押し負けた歪みの力は相殺された、という事だ。

 

「いや、それだけではないな。なんだ、さっきの裂け目。向こう側に何か……普通ではないものが……」

 

「空間の裂け目なんてもんに普通も異常もないでしょ! 等しくおかしい現象じゃないの」

 

「それはそうなんだが……」

 

 とはいえ、相手も容易く相殺できたわけではない。

 

 みるからに消耗している様子を見るに、あちらも死力を振り絞っての事。こちらが一撃で機械杖を損耗してしまうように、あちらも次元の裂け目を多数開いた事で目に見えて衰弱している。

 

 ならばこのまま押しきれる、そう思ったヴィヴィアンだが……。

 

「お、おい、母樹の恵みに何をしている……?!」

 

 真っ先に気が付いたのはエヴィリンだった。遅れて、魔眼を開きっぱなしにしていたヴィヴィアンがその異変に気が付く。

 

 今や数えるばかりになったシャードビーストの群れ。それがダンジョンコアに纏わりつき、ざわざわと蠢いている。

 

 ヴィヴィアンの目には、コアと化け物達の間に太い魔力のラインが繋がれ、コアから膨大な魔力が吸い上げられているのが見えた。

 

 自然に流れる量ではない。強制的に、コアから魔力を吸い上げている。

 

「まずい! コアから魔力を吸収している!」

 

「え、それってつまり……」

 

 答えはすぐに明らかになった。

 

 魔力を吸収したシャード・ビーストの群れが、罅割れるようにして増殖していく。それは生物が細胞分裂で増えるというよりももっと悍ましい何かのようで、見るものの心胆を寒からしめた。

 

 何よりも、愛する泉のコアを貪られる様を目の当たりにしたエヴィリンの精神的ショックはかなりのものだった。

 

「あ……ああ……! なんて事を……! 貴様ぁあああ!!」

 

「エヴィリン!? 危険だ!」

 

 ヴィヴィアンの警告も聞こえていない様子で、前に出たエヴィリンが矢をつがえる。一度に複数の矢を引き絞り、魔力砲撃で薙ぎ払おうとする。

 

 だが、それはあまりにも無謀な行いだった。

 

 放たれる魔力砲撃の前に、再び複数の亀裂が開く。エヴィリンの放った渾身の攻撃、四筋の属性魔力砲撃は、その亀裂の一つも破壊する事が出来ずに蹴散らされた。

 

 通常の魔術で、あの次元の亀裂に干渉する事は出来ない。

 

「な……」

 

「危ない!」

 

 茫然とするエヴィリン、大技を放った後の隙をねらって、亀裂から無数のシャードビーストの集団が鞭のように噴き出した。その大質量に叩き潰される寸前、横合いから飛び込んだヴィヴィアンが彼女を庇う。

 

 直撃は避けた。だが、無数に飛散するシャードビーストの数匹が、ヴィヴィアンの細い背中を切り裂いて血を噴き上げる。

 

「あ……あぁっ!?」

 

「ヴィヴィアン!?」

 

 仲間の負傷を見て取って、アトラスとシオンが慌てて駆け寄ろうとする。だが両者の間に割って入るように、無数のシャードビーストが散開して襲い掛かる。四方八方から襲い掛かる無数の怪物に、二人は背中合わせで防戦一方。助けにいくどころか、身を守るのが精いっぱいだ。

 

「くそっ、こいつら……!」

 

「ていうか、さっきより増えてない!? あの裂け目みたいなの開いたら、無限に補充できるって事?! 何なのよあれ!?」

 

「わからん! わからんが、あの裂け目を開くのにも魔力がいると見た! とにかく今は耐えろ!」

 

 気が付けば、最初よりも遥かに多くのシャードビーストに包囲されている。まるで、敵意を持った吹雪の中にいるようだとアトラスは感じた。

 

 この死地、彼にはどうすればいいのか分からない。それでも絶望していないのは、ヴィヴィアンがまだ生きている事を知っているからだ。

 

 切り裂かれる直前、彼女が触手を盾にしたのが見えた。もとより背中はアルテイシアの負傷が激しく、ほとんど触手に入れ替わっているという話。見た目よりもダメージは少ないはずだ。

 

 彼女を信じるしかない。

 

 ヴィヴィアンで駄目なら、全て終わりだ。エンシェントの里も、辺境伯も、もしかしたら近隣の領地全てが、この無限に増殖する怪物どもに埋め尽くされる。

 

「ヴィヴィアン……!」

 

 希望と絶望を抱いて、アトラスは渦巻くシャードビーストの向こうに居るであろう彼女へと視線を送った。

 

 

 

 

 

「う、ぐ……」

 

「し、しっかり! しっかりして!」

 

 一方。

 

 負傷し蹲るヴィヴィアンを前に、エヴィリンはすっかり取り乱していた。

 

 そこには、屹然と強い言葉で来訪者に対していた若き族長の姿はない。素の、本当は弱気で心配性の一人の少女に立ち戻ってしまっていた。

 

「わ、わ、私のせいで! ごめんなさい! お願い、死なないで!」

 

「ぐ……ぅ」

 

 揺さぶりながら傷の様子をチェックしたエヴィリンの手を、べったりとした血が濡らす。その明らかに命に係わる大量出血に、エンシェントの少女の顔から血の気が引いた。

 

「そんな……っ」

 

 そこに響く風切り音。

 

 周囲を気が付けば渦を巻くように、無数のシャードビーストが飛び交っていく。それらは少数で結合して刃のような形を取ると、次々と動けないヴィヴィアン目掛けて襲い掛かってきた。

 

「や、やめろ!」

 

 咄嗟に腰から短刀を引き抜き、応戦するエヴィリン。弓の名手ではあるが、刀を振るえない訳ではない。

 

 必死に短刀を振り回し、ビースト達を撃退していく彼女だが、ヴィヴィアンを庇う彼女の体には瞬く間に流血が増えていく。アトラスから借りた上着も、瞬く間にズタズタになってしまう。

 

「ぐぅ……!」

 

 遊ばれている。

 

 すぐにわかった。その気になれば、エヴィリンを切り刻む事も、質量で押しつぶす事も容易いはず。それを敢えてしないのは、ヴィヴィアンを見捨てて逃げられない彼女を、弄んでいるからだ。

 

 奴らはこういっている。

 

 そこの女を見捨てれば、一時命が助かるかもしれないぞ、と。

 

 周囲を飛び交う邪悪な眼窩が、下卑た笑いを浮かべるように歪んだように見えた。

 

 それを。

 

「ふざけるな!」

 

 エンシェントの族長は、一蹴した。

 

 弱気な心を、決意で舗装し。流れる血を死化粧に、美しき森の民は高らかに吠える。

 

「私は誇り高きエンシェントの族長にして、白き半神の僕! 我らが主の命を受けて、私は彼らと共にある! 例え命を落とすとしても、私は最後まで彼らを守る!」

 

 血塗れの体で誇りを叫び、エヴィリンは短刀を両手で構えた。

 

 その彼女の決意を無駄な足掻きと嘲笑い、ならば死ねとビースト達が飛来する。その絶対の死を前に、エヴィリンは恐怖を覚えながらも、最後までヴィヴィアンの盾になろうと正面に立ちはだかった。

 

 

 

 

 

 

 

「いやなに。自分の為に傷つかれるのは、随分と嫌な気持ちになるものだな」

 

 

 

 

 

 

 

 瞬きの間に聳え立つ光の壁。

 

 それが、無数のビースト達の突撃を弾き返す。

 

 眼前で起きている出来事に驚愕しながらも、エヴィリンはさらなる驚愕に振り返った。

 

「ヴィヴィアンさん!?」

 

「ああ。済まない、迷惑をかけた」

 

 血塗れの体を起こし、銀の魔女が立ち上がる。ふらつき、機械の杖にしがみつくようにしながらも、その金と虹の眼光は聊かも衰えてはいない。

 

 その足元で、無数の触手がのたうっている。背中の流血から滴り落ちるように数えきれないほどの触手が伸びて広がり、彼女を中心に、何か巨大で複雑な文様のようなものを描き出している……。

 

「ありがとう、エヴィリン。庇ってくれて。おかげで、なんとかなりそうだ」

 

「え……」

 

「出血大サービスだ。テストも未だしてないが、とっておきの……私の、究極魔術をお披露目しよう」

 

 血に濡れた横顔。虹色の瞳が、ぎらり、と一際強く輝いた。

 

 

 

 

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