望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~ 作:SIS
かつて、ヴィヴィアンがヌルスと名乗る魔物だった頃。
捨てられた鎧に潜み、人間の真似をしていた事がある。
それは単なる思い付きではあったが、今思うと、なかなか良いアイディアであった。触手の体は力はあるが、柔らかいし素早く動けない。それを、鎧に入る事で人の形を得る事で、素早く動いたり硬い守りを得る事が出来た。
そもそも、触手魔物は魔物としては最弱である。どれだけ強くなっても、その前提は変わらない。もし、ヌルスが触手魔物ではなく、もっと別の魔物で、同じだけの経験を積めばもっともっと強い魔物だったはずだ。
それでもヌルスは生き残った。
ヴァルザークという、およそ究極の魔物すら打ち倒し、最後に生き残ったのは、その弱き最弱の魔物。
それは何故か?
簡単だ。決して、自分の生まれ持つ何かで戦わなかったからである。最弱の魔物として戦えば、当然最弱で終わる。自分が生来持ち合わせぬ強さを他所からもってきて戦ったからこそ、ヌルスは生き残った。
そしてそれは人間の模倣だ。
人間は爪も牙も持たない。代わりに剣を持ち、鎧で身を守り、武術を覚え、魔術を修め、団結し、協力し、自分より強い者を打ち倒す。
そう。
足りなければ持ってくればいいのだ。
より強い肉体を。
より強い力を。
より強い何かを。
そしてそれが無ければ作ればいいのだ。
全てに勝る肉体を。
全てを越える力を。
全てに勝利する何かを
その為の条件は、すでに満たされている。
ヴィヴィアンとして積み重ねた研究成果。
迷宮という概念への理解。金属魔術から着想を得た魔力の物質化。純粋核から得られる無限の魔力。
それらの、当初はバラバラに存在した研究内容、その全てが今、この窮地においてヴィヴィアンの中でカチリと噛み合った。
今。
全ての可能性(みち)は、ここに繋がる為にあった。
「構造術式、展開。……魔力ライン、確保。デュアルドライブ、最大稼働」
今も、ヴィヴィアンの中で無限の魔力と魔素を供給し続ける純粋核。普段は彼女の存在を維持できるだけを提供しているそれから、可能な限りの力を引き出す。普通では考えられないほどの魔力を、触手で展開した魔術式に流し込む。
「“創造の鍛冶場”、構築完了。物質構成式の自動詠唱、開始。セット、セット、セット、セット……!」
無数の口が、虫のさざめきのように呪文を謳う。
可視化されるほどの濃密な魔力が吹き荒れ、展開された魔法陣の中で、何かが、急速に形を成していく……。
「エラー部分は強制終了。術式駆動、最大出力……。称えよ、崇めよ、絶望せよ!」
「全ての可能性(みち)は、ここに潰える! 顕現せよ……!」
「《オメガ・マギアス》!!!」
◆◆
どこか遠くの世界で、ぱちぱちと泡が弾ける音がする。
それは、無数の可能性。分岐する並行世界。
泡に移っていたのは、破滅の未来。ヴィヴィアン達が敗北し、エンシェントの里が噴き出した怪物によって滅ぼされ、辺境伯の地が汚染されていくその未来。
その未来は、ただ一つの可能性(みち)すら残さず消え去った。
◆◆
術式は完成した。
展開された魔術式の補助を得て、純粋核から引き出された魔力が、迷宮として急速に形を得ていく。だが、その形状はヴィヴィアンによって指名されたもの。彼女の分身を生かすための疑似的な迷宮構築、それを制御する為の技術の応用。
本来、何かしらの影響は受ける者の完全ランダムに構築されるはずの迷宮を、意図した形で顕現させる。
それは、疑似的な物質の想像であり、故に、金属魔術に知啓を得た今のヴィヴィアンになら、制御が可能だ。
構成するのは、漆黒の合金。ヴィヴィアンの知識にある、彼女の知りうる限りもっとも頑強で、最も信頼した武器と同じ材質。極限まで圧縮された、物質化した魔力。
その黒の魔力合金で編まれた、巨大な……途方もなく巨大な、巨人の鎧、その腕(かいな)!
「ユニゾン!」
その巨大な腕に、ヴィヴィアンの背中から伸びた無数の触手が絡みつき、内部に入り込む。ただ巨大な鎧状の迷宮として存在していたソレに、命の火が灯る。
漆黒の鎧の隙間が、命の赤に光り輝く。
鎧状に構築した迷宮鎧装に、ヴィヴィアン自身が融合し、意のままに動かす。
それこそが、オメガ・マギアス。
ヴィヴィアンの……ヌルスのたどり着いた、“最後の魔術”!
「オメガ・マギアス!! 焼き払え!!」
主人の意思に応えて、巨大な腕が天に向かって指を開く。
その五指の中央、掌には、一瞬にして煉獄の階層が構築される。噴火する火山すら越える、あらゆる存在を許さぬ灼熱地獄。
オメガ・マギアスはそれを、周囲を飛び交うシャードビーストの群れ目掛けて解き放った。
《ピギギギィ!?》
《ピギュギュ!?》
断末魔を残して、焼き尽くされていくシャードビースト。一層でヴィヴィアンが生み出した火炎地獄など生温い。金属すらも忽ち蒸発する熱波が、怪物達を一掃する。
「何ごと……えぇええ?!」
「ヴィヴィアン、なのか……?!」
突如、交戦していたシャードビーストが焼き払われた事にアトラス達が驚愕の声をあげ、ついで、燃え尽きた群れの奥から突き出した巨大な腕に瞠目する。
茫然とする二人の前で、巨大な魔人の腕はゆっくりと動き、その拳を振りかぶった。
正面には、ダンジョンコアとそれに寄生する怪物の姿。
《Luuuuuu……Raaaaaaaaaaa!!》
危険を感じたのだろう、再びやたらめったらと亀裂を開き、壁とするシャード・ヒュドラ。歪みの魔術すら防いで見せたその守りを、しかし、ヴィヴィアンは鼻で嘲笑った。
「質量が! 足りんな!!!」
振りかぶった拳が、渾身のストレートを放つ。
それを受け止める無数の裂け目……しかしそれは、魔神の一撃を受け止められない。それどころか触れる端からシャボンのように弾けて消えていく。
《LLLLuuuuRRRRaaaa!?》
「馬鹿め! あり得ないもの同士がぶつかった時! 打ち消されるのは弱い方だ! 同じダンジョンコアから力を得ているとしても、その一部を割り裂いただけの貴様の亀裂と! 全てを注ぎ込んでいる私のオメガ・マギアス! どっちが強いかなど知れている!!」
そう。
歪みの力のように破滅的ではないというだけで、迷宮はそもそもこの世界の道理を捻じ曲げて存在する、理外の力。階層としては、それらと同じだ。
つまり先ほどと逆である。先は、出力差でワープボルトはビーストの裂け目に打ち消された。今度は、出力差でオメガ・マギアスが裂け目を一方的に粉砕している、それだけの話である。
無数の裂け目を打ち砕いた拳が、怪物とダンジョンコアに迫る。それがぶつかる寸前、魔神の腕は指を開いた。
そして、ぐわし、と怪物をわしづかみにする。
「そしてそのコアは貴様のものではない! エンシェント達に……返してもらうぞ!!」
メリメリメリ、と音を立てて怪物の本体をコアから引きはがす黒の腕。浅ましくもしがみつく怪異を、ついにはコアから引きはがし、反対側へと投げ捨てた。
《LuuuuRaaaa!?》
「これで終わりだ……オメガ・マギアス!!」
怪物へ振りかざされた拳が、ゆっくりと開かれる。その中には、紫色に輝く巨大な結晶。汲み出した魔力を握りしめた指の中で結晶化した、高純度の原始の魔力。それをもって放つのは……。
「ボルテックス……ディスラプター!!」
放たれるのは悪魔の魔術。本来なら自爆の恐れもあり、最大出力で放つ事は不可能。だが、オメガ・マギアスを介してなら関係ない。魔力で編まれた黒き腕は、破損したとしても即座に修復が可能。フィードバックの恐れは何もない。
迸る、黒の雷鳴。漆黒の亀裂が、唸りを上げてシャード・ヒュドラに襲い来る。
それを前に、しかし怪物は最後まで徹底抗戦の構えを見せた。
3層の空間に漂う全てのシャードビーストが一斉に集結する。そしてそれらから生命エネルギーを吸い上げ、開けるだけのゲートを開く。
その数、およそ数百を越える。
ダンジョンコアを失った今、本体を維持できるだけを残して全ての力を注ぎ込んだその防壁は、迸る悪魔の雷と拮抗した。
歪みの力が、数百を越える次元の裂け目を割り砕いていく。だがその度に、確実に力は削がれていく。
そしてついに、最後の裂け目が打ち砕かれ……それと同時に、黒の雷鳴は力を失った。
それに対し、シャード・ヒュドラはもはや本体を残すのみとなったが、まだ健在。さらにヒュドラは、今の一撃を放った事で次はないと分かっていた。
あれだけの魔力を放ち、すぐさま次の一撃を放てるはずがない。いくら迷宮そのものを緩衝材にしても、本体がもたない。もつはずがない。
今の内にこの場を逃げ出し、2層の眷属と合流する。そうすれば、もはや力尽きかけている者達など一網打尽……。
そう考えた怪物は、しかし見た。
「はああ……」
いまだ歪みの力の残滓が残る中、オメガ・マギアスを引き連れて飛び込んでくる銀色の魔女の姿を。弓につがえた矢のように引き絞られた右腕には、ゆらゆらと燃える歪みの力の残滓。
そう。最初から、ボルテックス・ディスラプターでトドメは差し切れない、とヴィヴィアンにはわかっていた。ワープ・ボルトを防いで見せた相手の力を、彼女は決して侮っていない。魔槍アルテイシアであれば、あるいは、かもしれないが、しかし概念実証段階のオメガ・マギアスを実戦投入し、その制御で精いっぱいの彼女にはその上でさらに投擲用の形状を作り出す事はできなかった。
だからこそ、本命の二の矢。
ヴィヴィアンの誇る、最後にして最強の切り札。
「オールオーバー・ヌルブレイド!」
漆黒の魔神の腕で放たれる、全てを昇滅せしめる零の刃。
その一撃が、確かにシャード・ヒュドラの本体を貫いたのだった。