望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百九十話 白の尖塔に華が咲く

 

 

 さて。エンシェントの里を滅びから救ったアトラス達だが、そもそも彼らがここに来た理由を忘れてはいけない。

 

 トラブルでごたごたしていたが、本来は新しい領主として挨拶周りに来たというのが、彼らの事情であった。

 

 とりあえず危機を脱したのなら、今度はその仕事を果たさなければならない。何せ、やらねばならぬ事は此度の事件で大幅に増えたのだから。

 

 まずは里の損害状況の把握。そして復興にかかる時間と費用を見積もると、アトラスはヴァーシス領からも援助を行いたい、とエンシェント側に提案した。

 

 辺境伯から職人や人手を出し、また食料の提供を行おうというのである。

 

 それはつまり、長年伝説として存在を表向き認めていなかったエンシェントの里を、世間に公開するという事でもある。

 

 勿論、かなり思い切った判断だ。

 

 エンシェントそのものは、まあ割と世の中にたくさんいる。だがその住処は、基本的に隠されているのが常だ。

 

 最初は、ほかならぬ里の者達が受け入れられないかと思われたその提案であったが……。

 

「願ってもない事。アトラス様のご慈悲に痛み入ります」

 

「ご理解、感謝いたします」

 

 里の復興の中心を担う白髪のエンシェントは、深く刻まれた皺をさらに深くして、渋い顔を横に振った。

 

「いえいえ、むしろこちらから申し出るべき事。……此度の被害はあまりに大きく、傷もまた深い。我らだけでは、里の復興にどれだけの時間がかかるか。あまりにも多くの血が流れすぎました……」

 

「そうですね……」

 

 手元の資料に目を落とし、アトラスは沈痛そうに頷いた。

 

 里の人口はおよそ1500人程。そのうち、戦士階級であった100人程が、今回の事件で命を落としたという。負傷者に至ってはその数倍。一般市民にも大きな被害が出ており、もはや里の中に怪我を負っていないものは数えるほどしかいない。女子供に至るまで弓矢を手にする、総力戦の有様だったのだ。

 

 それに加えて、建物の損壊も致命打だ。エンシェントは基本的に木を切り倒さず、石を切り出して建物を作る。世界樹を信仰する種族なのだから当然といえば当然なのだが、当然、石細工で建物を築くのは長い時間がかかる。

 

 彼らはこれまで、その長い寿命と歴史によって、これだけの大きな街を作り上げた。だが今やその街のあちこちが崩壊し、築き上げられた荘厳な住居は崩れている。これを同じように戻すだけでも、一体何百年かかるか分からない。

 

「ヴァーシス領都の防壁は見事なものです。あれを作り上げた職人が協力してくれるなら、我々としても有難い」

 

「お褒め頂、ありがとうございます」

 

 しかし、人間が協力すれば話は変わる。

 

 人間は寿命が短いが数が多い。そして職人の数だって桁違いだ。もともと、領都を見れば分かるようにヴァーシス領には石細工に長けた職人が多く、彼らを総動員すれば復興までの道のりを大幅に短縮できるし、職人達も伝説のエンシェントの里、その建築様式を見る事は大きな勉強になるだろう。

 

 そう、別に慈善事業でアトラスも提案したのではない。大きなリターンが見込めるからこその話だ。

 

「今後の事を考えても、里の復興と、人員の交流は急務です。その要点を、エンシェントの皆さまと共有できているのはとても有難い」

 

「やはり……これで終わらないとお思いで?」

 

「はい」

 

 不安そうなエンシェントの老人に、アトラスは申し訳なさそうに眉を潜めつつも、はっきりと頷いた。

 

「シャードビーストと呼ばれたあの獣。奴らがどこから来たのかは不明ですが……うちのヌルスは、この世界の生物ではない、そのように言っていました。迷宮を作り出すパンデモニウムリリィと同じように、別の世界から送り込まれた存在、と考えるのが自然でしょう。事実、奴は戦闘中に次元の裂け目を開き、増援を呼び寄せてみせました。つまり……」

 

「また、新しいシャードビーストが、次元の裂け目を開いてやってくる、と……?」

 

「その可能性は高いです」

 

 アトラスは頷き、作業場からエンシェントの里を見回した。あちこちでハンマーの音や、崩れた石をどかす掛け声が聞こえてくる。

 

「エンシェントの里が襲われたのは何故か。世界樹の魔力に惹かれたのか、別の理由があったのか、あるいはたまたま偶然ここだったのか……それは今現在も判然としません。ですが、次の襲撃は必ずある。それがここなのか、別のどこかなのかは分かりませんが……もはや、人間だとかエンシェントだとか、そういう区別をしている場合ではありません。我々はこの大地に生きる者として、この危機に協力して立ち向かわなければならない」

 

「……同感です。私も、一部のシャードビーストと交戦しましたが……だからこそはっきりと言えます。奴らには感情がある、思想がある、しかし、心はありません。いかなる交渉も、譲歩も、奴らには通じない。ただ、戦ってどちらかが亡びるだけ。シャードビーストと対面するという事は、そういう事です」

 

 これが人と人の争いなら、互いに互いが滅びるまで争う事はない。まあ残念ながらそういう事もあるが、相手の事情が分かれば交渉の筋道だってある。

 

 だがシャードビーストは違う。

 

 あれらは魂を持った生き物だ。作戦を考え、実行する思考能力もある。相手を侮り嘲笑う感情のようなものさえある。だがその全ては、自分達を除く全てを滅ぼすためにしか使われない。

 

 あれはこの世界にとって、生きた災厄そのものだ。立ち向かわなければならない。

 

「……安心しました。少なくとも皆さまとその危機感が共有できるのならば、未来は暗くはなさそうです」

 

「恥ずかしながら、これだけの被害を受けたからこそ、ともいえます。もし、先に襲われたのがヴァーシス領であったのならば、我々は見て見ぬふりをしてやり過したやもしれませぬ……」

 

 バツの悪そうな顔をするエンシェントの老人に、しかしアトラスは、これからの二種族の有効な関係を見出して微笑んだ。

 

「それは人間とて同じ事です。愚者は経験から学ぶ……実際に血を流してみるまで相手の気持ちが分からぬ、と言いますが、今回は取り返しのつかぬ事になる前に学ぶ事が出来ました。エンシェントの皆さまの為にも、この機会を無駄にしないとこのアトラスは誓います」

 

「おぉ……」

 

 責任者同士のシンパシーで硬く握手を交わす二人。

 

 どうやら、二種族間の交流において懸念されていた価値観の摩擦は、滑らかな滑り出しを見せたようだった。

 

 とはいえ、万事順調な事ばかりではない。

 

 ふと遠くから華やぐような声が聞こえてきて、ぴくっ、とエンシェントの老人が眉をひくつかせた。同時に、アトラスは「あ~~……っと……」と気まずそうに首を竦めた。

 

「……それはそれとして。あれは。一体。どういう事ですかな?」

 

「あははははは……さ、さあ。私もさっぱり……?」

 

 まるで娘の連れてきた恋人を睨みつけるような視線に委縮しつつ、アトラスはちらり、と声が聞こえてきた方に目を向けた。

 

 果たして、そこでは……。

 

 

 

「そうそう、これが、里の名所“白氷の時計塔”という訳です、ヌルス様。この大きな時計塔が、一つの白氷石の削り出しで出来てるのですよ」

 

『ほぉ~~……』

 

 

 

 大通りを這いまわるのは、蠢く巨大なピンク色の触手塊。

 

 言うまでもなくヌルスである。

 

 そして蠢く触手の上に嫋やかに腰かけ、里の案内をしているのは半神スカーシハと、その横で「まじかよ……」という顔をしているシオンだ。

 

 別に、その面子だけならならおかしい話ではない。

 

 ヌルスは確かに文字通り手数が多いが、手伝えるのはあくまで瓦礫除去ぐらいだけ。美的センスが人と違うヌルスを復興に手伝わせると、ちょっと変な事になる。というか、なった。

 

 そもそもピンク色の触手の塊が蠢きまわっているのはあんまり見た目がよろしいものではなく、例え里の恩人とわかっていても受け入れがたいものがある。故に、大人しく観光しててね、と言いつけ、シオンを監視につけたのはほかならぬアトラスだ。

 

 だから、そのヌルスとシオンが、スカーシハに案内されて里を見て回っているのはおかしい話ではない。

 

 おかしいのは、スカーシハの対応である。

 

 なんと、彼女はヴェールを脱いで、その半人半樹の素顔を露にしていた。初めて見た時はアトラスもびっくりして二度見した。が、それ以上にびっくりしていたのはエンシェントの里の当人達で、三度見も四度見もしていた。

 

 どうにも、スカーシハの素顔を見た事のある者達は里には一人も居なかったらしい。

 

 勿論、醜悪だなどとは思わない。びっくりはしたが、人ではなく神としてみればそうおかしくはない。何より、人としての素顔は、アトラスでも目を奪われるほどの文字通り神がかった美貌であった。半分樹である事など何の欠点にもならない。

 

 問題は突然、彼女がヴェールを外すに至った理由である。最初は里が大変な事になったし、これから人間達とも協力する上で隠し事はなしにしましょう、という心機一転の表れだと、そのように皆は考えていたのだが……。

 

 

 

『ふぅむ。このつるつるすべすべの表面、一体いかなる道具で掘り、磨き上げたのか。恐ろしいほどの時間がかかったのではないか? 一体どうやって……』

 

「うふふふ、これはですね、熱した黒鉄石で少しずつ、表面を溶かして仕上げたのですよ。白氷石は名の通り、高熱に溶ける性質がありまして……」

 

 

 

 触手に顔をよせて、甘ったるい口調で囁きかけるスカーシハ。

 

 その様子を見れば、うん。よほど察しの悪い者でなければ、心機一転の軸がどこにあるかは知れるだろう。

 

 それそのものは悪い事ではない。これまで自分達の母として姉として里を導いてくれた半神に春がやってきた事を喜ばぬような狭量は、エンシェントの里にはいない。

 

 いない、のだが。

 

 よりによって、相手が相手である。

 

 せめて人間ならまだしも、触手。触手である。

 

 確かにヌルスは恩人ではあるが……。触手、である。

 

 エヴィリンなどは納得いかない気持ちと祝福したい気持ちとヌルスに弓を引きたい気持ちが混然一体になった挙句限界を越えてぶっ倒れた。今はうんうん唸りながら寝込んでいる。

 

「アトラス様。ほんとうに。ほんとうに……滅多な事はないように、お願いしますぞ?」

 

「ははははは……」

 

 背後から肩に手をぽんと置き、殺意と見まがうようなプレッシャーをかけてくるエンシェントの老人に、アトラスは引き攣った苦笑を浮かべた。

 

 そんな雇用主の心労に気づくことなく、ヌルスはスカーシハとシオンを引き連れて、里の観光を楽しむのだった。

 

 

 

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