望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百九十一話 鈍感な触手

 

 

 エンシェントの里にアトラス一行が滞在したのはおよそ1週間程の事。

 

 勿論、当初はそんなに長く滞在する予定ではなかったので、シオンが一度人里に戻って本家に連絡したとはいえ、随分と長い滞在になった。

 

 当の本人達からすれば、これでも最低限の滞在に留めたつもりだ。

 

 何せ、積み重なった問題は数多く、さらにはスカーシハ当人が、やたらとヌルスの帰還に渋い顔をしたのだ。

 

 ヌルスだけでも残ってはくれまいか、と言い募る彼女を、里の人達と一緒になんとか説得してできるだけ早く出発した結果が、一週間の滞在という訳である。

 

 そんなこんなで想定外の事態を乗り越えて帰還した一行を、当主であるクラウスは厳めしくも心配そうに出迎えた。

 

「よくぞ戻った、アトラス」

 

「父上……ご心配をおかけしました」

 

「全くだ、馬鹿ものめ」

 

 がっしと抱擁を交わす親子に、家臣たちはうんうん、と温かく頷く。ついで、彼らの視線はシオンと、その横で台車にのったまま転がされる大きな壺に向けられる。

 

「あの、シオンさま、その壺は? あとヴィヴィアン様は……?」

 

「まあそのちょっと色々あってね。あとで当主様からお話があると思うから……」

 

 苦笑いするシオンに、首を傾げる家臣一同。これでも、言動を訝しまれない程度にはすでにシオンは家臣の信頼を獲得していた。

 

 シオンがそういうなら……で家臣が納得して引き下がった後、人払いした執務室でクラウスとアトラス、シオン、そして謎の壺という面子で情報交換が行われる。

 

 当然、議題はエンシェントの里の支援だ。

 

 これまで頑なに人里との交流を拒んでいたエンシェントが突如としてそれまでの態度を翻し、その存在を公にしようというのだ。クラウスも心穏やかではいられないのは当然の事だった。

 

「……話は分かった。なるほど、シャードビーストか……。そのような化け物が居るとは俄かに信じがたいが……」

 

「父上、お気持ちはわかりますが、本当の事なのです。私自身、まるで質の悪い悪夢を見たような気持ちですが……しかし、れっきとしたエンシェントからの書状が、ここに」

 

「わかっている。こちらも、里との連絡手段……“水鏡”を通じて通達があった。信じがたいが事実であると認めよう」

 

 流石に当のエンシェントからも裏が取れた事で、当主も納得はしたらしい。

 

 ちなみに水鏡というのは、クラウスが以前ヴィヴィアンに話したエンシェントとの連絡方法だ。ある特別な泉に文字を刻んだ石板を沈めると、対になっている里の泉に刻んだ文字が浮かび上がるというもの。ある種の映像通信といえる。世界樹の魔力を使う為、シャードビーストの影響で通信不能になっていたのが実態だ。

 

「ともかく。里の存在を明らかにし、復興を支援するという話は了解した。こちらで予算を確保しよう」

 

「本当ですか!?」

 

「当たり前だ。エンシェントは古くからの友誼がある。例えこの辺境伯の民ではないとしても、困っているなら助けるのが道理。助け合いなくして、この辺境では生きていけない。勿論、こちらが困った時は助けてもらうがな」

 

 それに、とクラウスは続けた。

 

「シャードビーストなる化け物について、お前の懸念も尤もである。私とて異世界だの魔力だの魔術に詳しい訳ではないが、どこから来たかもわからず、何故現れたのかも分からないのならば、二度目、三度目が起きる事はありうる。些細な異常も見逃さぬよう、辺境伯全域にお触れを出そう。話に聞いた通りの化け物であるならば、最悪辺境伯の存続をも脅かしかねん。危険な存在だ」

 

「はい、父上」

 

「その解明も急務である。それについては、ヴィヴィアン君にお願いしたい所だが……彼女はどうした? それに、その壺はなんだ?」

 

 そこでようやく、会議の場にしれっと混じっている異物に話が及ぶ。

 

 眉をひそめて、クラウスはでん、と置かれている壺に目を向けた。

 

「それは確か倉庫にしまっておいた漬物の壺だな? どうしてここにある?」

 

「ええと……まあ、うん。百聞は一見にしかずというし……」

 

「その……当主様。びっくりしないでくださいね?」

 

 念を押す二人に「?」となるクラウス。何だか彼は嫌な予感がしてきた。

 

「出てきていいよ、ヌルス」

 

『了解した』

 

 壺の中から掛け声に奇妙な声が応じる。子供のように甲高くもあり、老人のようにしわがれてもいる、男女ともつかない奇妙な声。まるで人じゃない生き物が人の声真似をしているような。

 

 ぬるり、と壺の口から、ピンク色のねばついた触手が伸びてくる。それそのものはヴィヴィアンの背中から伸びていたものと同じ……が、数が桁違いだ。大量の触手が壺の外に這い出し、やがて引っ張り上げるように本体を持ち上げる。

 

 絡み合った触手の塊。その表面にいくつもの亀裂が入って、ぎょろり、と目ん玉を剝いた。同時にあちこちに開いた口が、ぱくぱくと言葉を紡ぐ。

 

『どうも、ヌルスです』

 

「なっ、っな、なん……っ」

 

 椅子の上で思い切りのけぞり口をぱくぱくさせるクラウス。

 

 予想通りの反応にアトラスとシオンはそろって苦笑いした。

 

「なんだコイツは……って、ヌルス? それは確か……ヴィヴィアン君の……」

 

 恐慌を来す直前で、はたと聞いた覚えがある名前に我に返るクラウス。このあたりの明晰さは、流石辺境伯当主である。

 

「そうか……ヴィヴィアン君は偽名だったな。となると、君が少女の肉体に入っていた本体……身体の方はどうした?」

 

『エンシェントの里の協力で、彼女の肉体を治療し覚醒させる術が見つかりました。故に、私は彼女の体から分離し、こうして元の触手魔物に戻った次第であります』

 

 ひょい、と気安く触手を掲げて応えるヌルス。それを聞いて、そうか、とクラウスは小さく頷いた。

 

「そうか……悲願が叶ったという訳だな。おめでとう。……そうなると、我が家へ仕えるという契約も終了かな」

 

『見くびらないで頂きたい。これだけお世話になっておいて、はいさようなら、というのは筋が通りませぬ。今後も、私の知恵で及ぶ限り、辺境伯の為に尽くさせて頂きたい。いや、お望みであれば、という前提ではありますが……』

 

「それは有難い。君のような優秀な人材が引き続き協力してくれるというのなら非常に助かる」

 

 内心ほっとしながらクラウスはヌルスの契約更新を歓迎した。

 

 ヌルスは異常に自己評価が低いので勘違いされがちだが、普通に優秀な魔術師である。ヴィヴィアンとして仕えた間だけでも、途方もない利益を辺境伯にもたらしてくれた。特に、エンシェントの里に赴くにあたって用意したという機械剣や機械杖、あれがもし安定量産できた場合の利益は計り知れない。報告を受けていた各種依頼の研究も、途中経過報告を見るに最終的に申し分ないものを作り出してくれるのは疑いようも無かった。

 

 正直、ここではいさようなら、となった場合、クラウスは何としてもヌルスを言い包めようと手をつくしていた事だろう。

 

 まあヌルスにそんな自分が高く買われている自覚はないのだが。

 

 そのあたりの認識の差を把握しているアトラスは、こっそりばれないように溜息をついた。

 

『では、これからもよろしくお願いします。……正直助かりました、この触手の身で放り出されたらどこにも行けずに野垂れ死ぬ他なかったので……』

 

「……エンシェントの里にいけばいいんじゃないの?」

 

『え? いやぁ、私なんぞが転がり込んでもスカーシハ様が迷惑だろう? そりゃあそれなりに仲良くなったが、こっちに住めばいいとか帰らないでくださいとかリップサービスだろう、あれは。私に気を使ってくださったんだ、お優しい方だ……』

 

 こいつ底なしの馬鹿では??

 

 その場に居合わせなかったクラウスも合わせて全員の心が一つになった瞬間であった。

 

 これでヌルス自身は、スカーシハへの矢印はそれなりに大きいのだからこれはもう病気である。

 

 勿論敢えて指摘しない。自覚されたらそのままエンシェントの里に永住されそうなので。申し訳ないが辺境伯の為に、ヌルスにはこのまま勘違いしてもらおう、とアトラスはこっそり思った。

 

 まあ、定期的にアルテイシアの様子を見る為、エンシェントの里に顔を出す予定だから、そのうちどこかでヌルスが気が付いてしまうかもしれないが、まあその時はその時だ。

 

 ……ところでアルテイシアが目覚めたら、ヌルスは彼女とスカーシハのどっちを選ぶのだろうか。ちょっとアトラスは気になった。

 

 流石に、アルテイシア相手の感情を自覚してない事はないだろうが……いや、ヌルスの事だから万が一があるかもしれない……。

 

 ちょっと確認するのが怖いアトラスであった。

 

「をほん、それで、ヌルスさんの事は今後どうするんだ? ヴィヴィアン君の名前は広く辺境伯に知れ渡っていたし、その説明もいる。まさか触手の姿で後継者です、と人前に出すわけにもいくまい?」

 

「ああ、その事なら腹案がありますよ、父上」

 

 

 

 数日後。

 

 ヴァーシス辺境伯当主の名で、辺境伯全体にお触れがあった。内容は以下のようなものである。

 

 

 

《伝説にあるエンシェントの里は実在する。今後、エンシェントの里と辺境伯は互いに協力し合い、領土の発展に努める事になる。また本件に絡んで、エンシェントの里で起きた大きな災害の復興に協力する事になった為、作業員を募集する》

 

 

 

《また、その災害で尽力した魔術師ヴィヴィアン・ル・カインが重傷を負い、現在エンシェントの里で療養中である。命に別状はないが、魔術師として働く事が困難であるため、彼女の同門であるヌルスなる魔術師が今後辺境伯に協力してくれる事になった》

 

 

 

《なお、今後辺境伯領全体で、奇怪な生物が発生する可能性がある。シャードビーストと呼称されるそれらは、多大な被害をもたらしうる危険な害獣であるため、各町村はどんな些細な異常でも報告するように》

 

 

 

『という訳で、よろしく』

 

 辺境伯屋敷の中庭、お披露目の場に顕れた全身鎧の怪しげな人物が親し気に手を振る。その男か女か若いのか年老いているのかよくわからない声色に、集まった人々は不安そうに顔を見合わせるのだった。

 

『ヴィヴィアンの同門、魔術師ヌルスだ。以後、よしなに』

 

 

 

 

 

 

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