望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百九十二話 懐かしい顔ぶれ

 

 

 なんかやかんやで色々あったヴァーシス辺境伯領。

 

 しかしながら、それはそれで、元々予定していた業務は進めなければならない。

 

 具体的に言うと、正式なアトラスへの辺境伯当主の引継ぎである。

 

 エンシェントの里への支援、それに伴う近隣領への折衝作業、さらにはシャードビーストへの警戒と、とてつもない忙しさで皆がわたわたしながらも、着実に準備は進んでいく。

 

 しかし、やはりどうしても人手が足りない。

 

 それも、出来るだけ優秀で信用できる伝手が欲しい。あとついでにいえば、外部組織の役員か何かだとありがたい。

 

 そんな都合のいい伝手が……実はあったりする。

 

「つー訳で呼ばれてきたぞ」

 

「お久しぶりです、皆さん」

 

『クリーグ! アトソン! 久しぶりだな!!』

 

 その日、辺境伯本家を二人の客が訪れた。

 

 一人は赤い髪の剣士。もう一人は初老のクレリック。

 

 かつてアトラス達と迷宮に挑んだパーティーの仲間達。

 

 思わぬ再会に、ヌルスは鎧のままぴょんこぴょんこ跳ねるようなステップで歩み寄って手を取った。

 

『助けを呼んだとは聞いていたが、君達だったのか』

 

「おぅ。てめーも元気そうで何よりだ、あー、今はヌルスでいいのか?」

 

 鎧の指でクリーグと握手を交わす触手。

 

 ぶっきらぼうだが、気配りの出来る男。それを後ろでにこにこ見守る初老のクレリック。

 

 何もかもが、あの迷宮の中のやりとりと同じでヌルスは懐かしさを覚えた。

 

 別れてからまだ二ヵ月ほどしかたっていないのに、共に冒険したのが随分と昔のように感じられる。

 

 なんだかんだで、ヴァーシス領に来てからの時間もなかなか濃かったからだろうか。

 

『ヌルスで構わない。ヴィヴィアンでなくて残念だったか?』

 

「はは、あんなガキに興味はないね、あと10年年喰ってから出直してくるんだな」

 

 笑いながら、ちらり、とクリーグの視線が品定めするようにヌルスの全身を……アトラスが用意してくれた全身鎧を見る。

 

「なかなかいい鎧じゃないか。迷宮でかぶってたオンボロとはえらい違いだ」

 

『実際別物だな。私が来ていたのはとんだガラクタだったと思い知っている所だ、持ち主達には悪いがな』

 

「ま、そんなの着ていたから死んだんだろうな。しかし、名前はヌルスでいいのか? その名前、ギルドじゃヴァルザークの偽名で通っているんだが」

 

 今はギルド所属の指導員であるクリーグがちょっと眉を顰める。ヌルスはどきりとした。

 

『……やっぱ何か問題になっているのか?』

 

「いんや、こんな辺境の地で誰がどう名乗ってるかなんてギルドは気にしねーよ。だがアトラスがそのあたり気にしないとは思わなかったからな」

 

 当面問題はないとはいえ、今後もヌルスが辺境伯の元で活動するならそのうち名前がギルドの耳に入る事もあるだろう。その時、要らぬトラブルを引き寄せるのではないか、とクリーグは心配しているのだ。

 

 その疑問に対する答えはすぐに提示された。

 

「それを踏まえた上で、咄嗟の時に対応が遅れる方が怖いと思ったのさ。やあ、クリーグ、アトソン。よく来てくれた」

 

「アトラス! へえ、あのケツの青いお坊ちゃんが、随分と垢ぬけたじゃねえか。ぴっかぴかの鎧を着て、いかにも初心者ですって顔でカモられそうになってたのとは別人だな」

 

「その話はよしてくれよ。というかいつまでそのネタひっぱるつもりだい?」

 

 そこに顕れたのは、貴族らしい装束に袖を通したアトラスだ。彼は薄汚れた戦士装束のクリーグと握手を交わし、軽く肩を抱き合った。

 

「来てくれて助かった、クリーグ。千の援軍を得た気持ちだ」

 

「そこは嘘でも万て言っとけよ。で、なんだって? 咄嗟の時がどうたらって」

 

『あー。うん、私の方の問題でな』

 

 困ったようにヌルスが首を傾げる。無論、触手の塊であるヌルスに首も何もないのだが、人間ならこうするという学習の結果だ。ある意味、随分と人間臭くなったものである。

 

『偽名も悪くないのだが、私の自認はあくまでヌルスだからな。違う名前で呼ばれたら、反応が遅れそうで……』

 

「あー。まあ、言いたい事はわからんでもないな……」

 

「まあ、後ろめたい事をしている訳でもないのに名前を名乗れない、というのも不健全ですしね。珍しい名前ですが、同姓同名の人間だっているのです。そう、おかしくはないでしょう」

 

 メンバーの中で一番の良識派かつ常識人であるアトソンに苦笑交じりとはいえ保証されて、ヌルスはほっと触手を撫でおろした。

 

 名前の話はそこで終わり。クリーグは、おちゃらけた雰囲気を控えて、眉を小さく潜めて尋ねかけた。

 

「……そんなにヤバイのか?」

 

「杞憂だといいんだが、本当に奴らが動きだしたらそうも言ってられない」

 

「シャードビースト、でしたか。私も教会における異端の記録を調べましたが、似たような生き物は見つかりませんでした」

 

 クリーグもアトソンも、疑っている訳ではないが信じがたい、といった顔だ。

 

 勿論その反応は予想済み。アトラスだって、当事者でなければ訝しんだだろう。

 

 だからちゃんと用意もしてある。

 

「ヌルス」

 

『うむ』

 

 鎧の指をぱちん、と鳴らすと屋敷の奥からごとごとごと、と音がする。

 

 廊下の奥からやってきたのは、勝手に動く大きな台車のようなもの。誰に押されるでもなく一人でにやってきたそれは、四人の前で動きを止めた。

 

 その台車の上には、ガラスの瓶が置かれている。液体で満たされたその瓶の中に浮かんでいるものを見て、クリーグとアトソンが息を飲んだ。

 

「うげっ」

 

「なるほど、これが……」

 

 瓶の中に浮かんでいるのは、シャードビーストの一匹、菱形の眼球の亡骸だ。ヌルスが分泌された防腐剤の中に、白く濁った瞳がぷかぷか浮いている。

 

「きっもちわるっ。話に聞いてた以上に気味悪いな」

 

「魔物であれば珍しくもない造形なのでしょうが、こうして灰になっていない所をみるとやはり……生き物という事なのでしょうか」

 

『うむ。魔力、あるいはそれに類する物を主食にしているというだけで、臓器も存在するちゃんとした生き物のようだ』

 

 ヌルスも、まじまじと標本を観察する。

 

 菱形をした瞳、という特徴的な形状。これは鋭角的な結晶の内部に丸い瞳が浮いているのではなく、こういうカタチをした眼球の内部に視素とでもいうべき感覚器官が集合する事で形成されているらしい。死ぬとそれが拡散し、白目を剝いているように見えるわけだ。大ボスであったシャード・ヒュドラは結晶体の内部に無数の瞳が浮いているように見えたので、また違うのだろうが。

 

 そして裏面を見ると、グロテスクな黒く濁った赤紫色の体皮が見える。そしてこちらには一転して、無数の脚のような突起物がびっしりと生えている。昆虫の足のようであるが節がなく、どちらかというと人間の指に近い。これで他の個体と結合して、大きな戦闘体を構築しているようだ。

 

 単体でひゅんひゅん飛行する原理についてはわからない。

 

「魔力……と、それに類する物? なんかあんのか、そんなもん」

 

「魔素……という事ですか? しかしあれは、自然界には魔力と同じく微量にしか存在しないのでは……」

 

『……あるぞ。あくまで推定だが』

 

 ヌルスの言葉は感情を掴みづらい。だが、それでも明らかに沈んだ雰囲気の声色に、クリーグとアトソンは嫌な予感を覚えた。

 

 

 

『……魂だよ』

 

 

 

 その時、人間の二人が覚えた感情は、恐らく戦慄と呼ばれるものだ。

 

 言葉を失う二人に、淡々とヌルスは事実だけを通達する。

 

『エンシェントの里をおさめる半神スカーシハ様の言葉だ。連中は、魔力を主食にする一方で、それがなければ生き物の魂を代用品にしている。その為に、奴らは命あるものを襲い、傷つけ、その亡骸から染み出す魂を啜っている。人間が生き物を殺し、その死体を加工し、食事という形で栄養を得ているようにな』

 

 それが、エンシェントの里、ユグドラシルの泉に根を張ったシャードビースト達が、外にでてエンシェント達を襲った最大の理由。

 

 彼らは、人間より強靭な肉体を持ち、その寿命も遥かに長い。一人当たりでいえば、人間より遥かに大きな魂を持っていると言えなくもないだろう。

 

 シャードビーストから見れば、ご馳走の山に見えたのかもしれない。

 

『発覚したのは、つい最近だ。怪我人の中に、明らかに怪我の治りが一定でない者が混じっていてな。重病人が復帰しても、いつまでも軽い傷が治らない者達……スカーシハ様が確認した所、そういった者は魂が大きく衰弱していたそうだ。話を聞けば、そういった者は必ず、交戦中にシャードビーストに組み付かれた覚えがあった。……重傷人に居ないのは、そういった者は魂を吸いつくされて死んだからだろう』

 

「おいおいおい、魔物よりよっぽど魔物らしいじゃねえか……」

 

「そのような悪魔のごとき生物が……本当に……?」

 

 再び、生物標本に目を向ける二人。だがその視線は、先ほどまでとは意味合いが違う。

 

「ヌルスさん。その、魂を啜られた方達ですが……治るのですか?」

 

『問題ない。生きてさえいれば、魂は再び力を取り戻す。だが、今やエンシェントの民は大きく衰弱している。……もしシャードビースト達が再び現れた時、狙うのは彼らではない。人間だ』

 

「そりゃあ、人間は数が多いのが取り得だからな……」

 

 なるほど、とクリーグとアトソンはようやく納得がいった。アトラスが、自分達を緊急で呼びつけた本当の理由。

 

 視線を受けて、アトラスは我が意を得たり、と小さく頷いた。

 

「そう。二人を呼んだのは信頼できる仲間だから、というのもあるが、その立場もあったからだ。クリーグはギルドに、アトソンは教会に伝手がある。このシャードビーストの脅威を、この二つの組織に通してほしい」

 

「オーケー、まかせろ。といってもどこまで信じるかは怪しいがな」

 

「とはいえ話を通しておくのは無駄ではないでしょう。承りました」

 

 クリーグはギルドの指導員、アトソンは教会に所属するクレリックだ。どちらも、部外者であるアトラスよりは話が通りやすいはず。

 

「勿論、二人の助けも当てにしているよ。やる事は山ほどあってね。ヌルス」

 

『うむ。これが二人にやってほしいリストだ』

 

 台車の引き出しから、ヌルスが何やら薄い金属板のようなものを取り出す。それにびっしり文字が打刻してあるのを見て、クリーグがたらりと冷や汗をかいた。

 

「……なんだこれ」

 

『新素材の実験過程で出来た……まあ、薄い金属板みたいなもんだと思ってくれ。私の所からしかでてこないし、紙と違って書き直したりして修正できないから、今現在辺境伯では重要書類は今これでやってる。二人には山ほどやってもらいたい事があるからな、本当に助かる。これとこれとこれとこれも追加だ』

 

 そういって、どんどん二人の手に積み重なっていく金属シート。

 

 みっちり書き込まれたお仕事の依頼に、クリーグとアトソンは「これ、普通に過労死できるのでは……?」と冷や汗を流した。

 

『いやあ助かる! これで私も何とかなりそうだ! 忙しすぎて手が文字通りたくさんあっても頭が一つじゃどうしょうもないってな、ひゃははははははは! ……ひぃん、アルテイシアのお見舞いにいきたいよぅ。ぴぃん』

 

「……なあ、アトラス。こいつ、今何徹め?」

 

「聞きたいか? 聞かない方がいいだろうが、いや、聞いていけ」

 

 そういってアトラスはにたりと彼らしくない笑みを浮かべる。よく見れば化粧で隠しているだけで、彼の目の下には真っ黒な隈が浮いていた。

 

「10徹目だ。あと私は2徹目。私もそろそろ寝たいのでよろしく頼む」

 

 どうやら、家の侍従とかが出迎えに来なかったのはそういう理由らしい。忙しくて手が離せないか、多分館の裏で倒れてる。

 

 二人は助けに来た事をちょっとだけ後悔した。

 

 

 

 

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