望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百九十三話 『告白』

 

 

 はてさて、そうしてピンチヒッター二人を加えた辺境伯一行だが、まあ、その程度で変わるほど簡単な仕事ではない。

 

 実際の所、外様の二人を機密に触れさせるわけにもいかず、大事な事は全部自分でやらざるを得ず。結局忙しいさに翻弄されるまま、一月ほどが経過した。

 

 それでも、終わらせれば仕事は減っていく。

 

 ある程度山積みの問題が解決し、屋敷の人間にも多少の余裕が戻ってきたころ、ヌルスの研究室をある人物が訪れた。

 

 

 

『それで、今日は何のようだい?』

 

 男か女か、年寄りか子供か分からない奇妙な発音で訪ねるのは、鎧の魔術師ヌルス。銀髪の魔女と呼ばれたヴィヴィアンと違い、辺境伯の領民から奇異の視線と畏れをもって迎え入れられたヌルスだが、少なくともそれを気にするような繊細なメンタルは……いや、十分に気にしてはいるが、表向きは超然と振舞っている。

 

 そんな彼が対面する来訪者は、金色の髪をくしゃっとやって、誤魔化すように愛想笑いを浮かべた。

 

「いやあ……その、なんていうか……」

 

 アトラス・D・ヴァーシス。近々行われる儀式を終えれば、愛でたく辺境伯当主となる男。最近は忙しさも落ち着いてきたからか、化粧せずとも目の下の隈は大分薄くなってきていた。

 

 彼は曖昧に笑うと、研究室に目を向けて、しみじみと本題とはズレた言葉を口にした。

 

「それにしても、随分研究室も様変わりしたね。研究は順調かい?」

 

『ぼちぼちといった所だ』

 

 元々、アトラスからすればよくわからない物体が並んでいた研究室。しかし、今はその意味合いがさらに複雑怪奇なものになっている。

 

 壁には複雑な金属の立方体を組み合わせたような奇怪な形状のオブジェが立ち並び、その周囲では金属ブロックのようなものがふわふわ漂っている。かと思えば、傍らでは幾つもの水槽が繋がれた機械がごぽごぽと泡を立てながら溶液を巡回させ、最終的に青白く光る何かをタンクの中に注ぎ込んでいる。さらにその横では、今も一時も止まる事なく自動書記装置のようなものが分厚い辞書のようなものにひたすら文字や図形を書き込み、何事かを記録中だ。

 

 まるで迷宮の深部のような奇怪な光景が、ヌルスの研究室に広がっている。

 

 だがそれも、ヌルスのやっている事を考えれば仕方のないことなのかもしれない。

 

 最近、ヌルスはついに己の分身である触手の工業的利用に成功した。

 

 ヌルスの言う所の“小さな迷宮”を人為的に再現する事をついに達成したのである。

 

 その結果、触手の生存時間は一か月近くと大幅に延長した。それにより、研究室の外でも触手の活動が可能になり、様々な応用が期待されている。

 

 今現在は試験運用という事で、辺境伯の館や、理解のある協力者の所に触手ハウスを出荷し、運用して貰っているが、どれも評判はすこぶるよい。

 

 何せ、どの触手もヌルスの分身……つまり、人間に対し好意的で頭が良い。触手の規模が小さいので複雑な思考能力こそないものの、人間の5歳児ぐらいの判断力は持っている。それをどう利用するか、というのは人それぞれだが、概ねどのジャンルでもそれなりに活躍しているようだ。

 

 いくつか例をあげると、例えば、辺境伯の屋敷では警備員として用いている。触手ハウスを庭に設置して、不届き者の監視をさせているのだ。まあ平和な辺境伯の事なのでそうそう犯罪者は出ないが、夜中に酔っぱらって塀を越えていた男を痺れさせてそれ以上の狼藉を封じたり、庭を荒しに飛んできた野鳥をびっくりさせて追い払ったり、それでいて庭師にはフレンドリーファイヤを決してしないと評判である。

 

 また治安維持要員の詰め所になっている喫茶店では、全自動コーヒーマシンとして活躍しているという事だ。近くに豆と道具を置いておくだけで、頼めばすぐにコーヒーを淹れてくれるのだという。しかも絶品。まあ、触手に負けた事にショックを受けた店員が退職届を出してトラブルになるなど、仕事を奪われる人間の配慮は今後必要そうだが……。

 

 とにかく、そういう感じでヌルスの分身たる触手の畜産化、そしてその工業的利用によって、辺境伯は大きく発展する可能性を見せていた。

 

 そしてこの研究室はその研究最先端である。もはや、門外漢であるアトラスには理解できないような研究機材が並んでいるのも仕方ない話であると、彼もわかっていた。

 

 なお、この研究室を魔術学院のお歴々が目撃した場合、その日の内にダース単位で暗殺者が送られてくるのだが。ここが辺境で命拾いした事をアトラスもヌルスもまだ知らない。

 

『今日はスポンサーとして、研究結果の報告でも聞きに来たか? 残念ながら定期報告から大して進んでいないぞ、なんせ昨日の今日だ。それともなにかな、個人的な研究の進展について聞きに来てくれたとか? わくわく』

 

「あー、それは、個人的にも興味はあるんだが……残念ながら今日は別の話だ。辺境伯直属魔術師ではなく、私の友人としてのヌルスに話がある」

 

『ふむん? 何かな?』

 

 アトラスの対面に腰を下ろすヌルス。全身鎧の重量に、頑丈に作ってある椅子が軋む音を立てた。

 

「そ、そのだな。実はな……ええとな……」

 

『ふむ、ふむ?』

 

 何やら言い淀むアトラスに、ヌルスは珍しいなと思いつつもせかす事無く言葉を待った。そんなヌルスの態度に踏ん切りがついたのか、アトラスは少しだけ声を張り上げるようにして、その秘密を打ち明けた。

 

 

 

「そ、その……この度、シオンに告白しようと思っていてさ……」

 

 

 

『……ふむ』

 

 その、アトラスの一世一代の決意表明に、ヌルスは小さく頷くと、椅子から立ち上がった。

 

 かつかつ、と歩いて部屋の本棚に向かう。

 

「……ヌルス? どうした?」

 

『なに、ちょっとまて。告白ね』

 

 本棚から本を取り出し、ぱらぱらと捲る。その、少なくとも驚いてもいないし歓迎してもいない様子に、アトラスの顔が曇った。

 

「その……やはり、君も反対かい? そうだよな……立場が違うものな……」

 

『いや、いや。だからちょっと待て。……告白、告白。あ、これか』

 

 肩を落とすアトラスに手を振って、ヌルスは取り出した本のページに目を通す。そこでアトラスもなんか変だな? と違和感に気が付いた。

 

 ヌルスの持っている本に目を向ける。

 

 辞書。

 

 彼は全てを察した。

 

『こくはく、酷薄、刻薄……これか、告白。なになに……男女が……何々……』

 

 ページを探っていたヌルスの指がぴたりと止まる。

 

 数秒、時が止まったように完全に停止する全身鎧。この後に備えてそっとアトラスが耳を塞いだその直後。

 

 

 

『………告白ゥウウウウウウウウウウウウウウウウウ!?』

 

 

 

 部屋を震わせる大音声が、鎧の奥から響き渡った。あらかじめ耳を塞いでいても骨に響く大絶叫。びりびりびり、と部屋に置いてある実験器具が衝撃に揺れている。

 

 もしこの部屋が防音仕様になっていなかったら、今頃屋敷中の者の耳に入っていただろう。ここを通達場所に選んでよかったとアトラスはほっと胸をなでおろした。

 

 一方、突然の真実を知ってしまったヌルスはそれどころではない。驚愕のあまり、肉体の操り方も忘れてしまったのか辞書を取り落とし、人型が崩れた鎧の塊ががたぶる震えている。

 

『告白ぅ!? 誰が、誰に! アトラスが、シオンに!? え、まじ、本当!? どっきりじゃなくて!?』

 

「ああ、うん。本気のつもり……」

 

『えらいこっちゃではないか! 式はいつ!? 出産は!? こどもの日は!? 幼年学校の予約は済ませたのか?!』

 

 前から思っていたが、人間、自分以上にこんがらがっている奴を前にすると、不思議と冷静になるものである。アトラスは目の前の触手をとりあえず人型に戻す事から始める事にした。

 

「いいから、ヌルス。落ち着いて。まずは人型に戻って。深呼吸、はい」

 

『すぅーーー、はぁーーーー……って、私に人間みたいな肺はないんだけどっ』

 

「そこを突っ込めるなら大丈夫かな。ほら、椅子に戻って」

 

 アトラスに宥められて、なんとか平静を取り戻したヌルスが、人型を取り戻して椅子に座る。まあ、関節の向きが逆だがこの際些細な事だろう、多分。

 

「落ち着いた?」

 

『落ち着いたが……いやちょっとまて、マジなのか? いつから?』

 

「ええと……なんだ。そもそも、この地にシオンを連れてきた時点で、そういうつもりはあったというか……」

 

 気恥ずかしそうに目を泳がせるアトラスに、再び硬直するヌルス。

 

『き、きがつかなかった……! てっきり優秀なシーフだから、傍に置いておきたかったのかと……』

 

「それもあるけど。彼女、育ちの割にすごく賢いし、頭が回るし、勇気もあるし、勝ち気で明るいし、でも優しいし……。こう、孤児院の年下の子達に接してるの見てて、なんかいいお母さんになれるよね、と思ったらこう、ね……なんか、手離したくないなって……」

 

『お、おぉ……?』

 

 照れ照れしながらアトラスが口にする惚気以外の何物でもない言葉に、ヌルスは正直困惑した。が、彼が言いたい事は分かる。シオンは、そういう優しくて強い子だ。アトラスが惚れた、と言われても突然の事に吃驚はしたが、納得の方が大きい。

 

 それはそれとして。

 

『え、じゃあもしかして私も? 照れるなあ……』

 

「いやヌルスは悪いけど完全にペット枠だったから。眼中にないからその辺りよろしく」

 

『…………あ、うん。そうだよね。知ってる』

 

 だったら何故肩を落とすような仕草をするんだい、とアトラスは思ったが、あえて突っ込まずにしておいた。面倒くさい。

 

「だいたい君をそんな目で見たらアルテイシアに悪いじゃないか。さらに今はスカーシハ様までいるし」

 

『え? なんでこの話でその二人が出てくるんだ?』

 

「あ、やべっ」

 

 口が滑った事を自覚してアトラスが口を押える。が、発言そのものを取り返せるわけではない。

 

 目の前で小首をかしげるような仕草をするヌルス。だがしばらくたつと、その全身ががたがた震え始めた。

 

『え……まさか……二人が私と仲良くしてくれたのって……そういう……?!』

 

「気が付いてしまったか……」

 

 もう少しその辺りに気が付かないまま、無垢なペット枠で辺境伯の為に働いてほしかったのだが。アトラスは自分の失言を悔やんだ。

 

 勿論ヌルスはそれどころではない。

 

 ヌルスの脳裏にフラッシュバックする、アルテイシアやスカーシハとのあれこれ。これまでただの友愛、親愛だと思っていたそれに、今しがた辞書から引いたばかりの概念が添付される。

 

「ヌルスさん(ハート)」。「ヌルス様(ハート)」。これまで、こんな触手にも気を使ってくれて二人は本当に優しいんだなあはははは、と呑気に考えていたヌルスにとって、その衝撃はあまりにも強烈だった。

 

 だがまってほしい前提として私は触手だぞ女の敵、という弁解にも、その女の敵にやたらとべたべたひっついていたのはじゃあなんだ? という反論を自分で出来てしまう。理論的に考えれば考えるほど、ヌルスの思考はどつぼにはまり、そして……

 

『ま、ままま……まままままま゛!?』

 

「あっ」

 

 そして限界を超えたヌルスは、そのままバラバラと全身を崩壊させながら崩れ落ちた。

 

 

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