望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百九十七話 大自然の驚異!

 朝からひと悶着あったが、崖の途中でお説教する訳にもいかない。

 

 まずは上まで登りきる。ひと段落してからしおしおになるまでお説教すると腹を決めて、アトラスはおとなしく触手にしがみついた。

 

 一方のヌルスは、自分の抱えるアトラスからの激おこオーラにびくびくしながら、速やかに断崖絶壁を登り始めた。

 

 触手の片隅でわざとゆっくり登って時間を稼げばアトラスのお怒りも冷めるのではないか、というちょこざいな考えが頭をよぎったが、ヌルスはその誘惑に耐えきった。

 

 アトラスがその程度で考えを変えるような男ではないという事をヌルスはよくよく知っていたし、逆にそんな小細工がばれればもっと怒られるよね、と考える程度には、ヌルスは賢かった。

 

 やがて山の片隅から顔を出した太陽が天頂に向かって昇り始めたころに、二人はなんとかヴァルナ山の山頂付近に到着した。

 

『到着! でございます、ご主人様!!』

 

「よろしい」

 

 触手から降ろされて、ぱんぱん、と衣服を払うアトラス。まあ実際は粘液でべっちょりだったのだが、これは時間経過で消滅するので形だけである。

 

 相変わらず便利というかよくわからん存在だなあ、と頭の片隅で考えつつ、アトラスはヌルスをいかめしい顔で見下ろした。

 

「さて、ヌルス君。本当ならば、さきほどの危険行為について、私からみっちりお説教があるのだが……」

 

『ひぃいぃい、やっぱり……』

 

「……だが! 速やかに登山し、予定よりも大幅に行程を短縮できている事を顧みて、今回は特別に許そう。本当に特別だぞ? 本来はしなしなになるまでお説教する所だからな?」

 

 腕を組んで見下ろしつつ、しかしアトラスは温情に満ちた判断を下した。

 

 ぱちくり、とヌルスが体表に生み出した無数の目が瞬きする。

 

『え? いいの?』

 

「君の殊勝さに免じての事だ。もしあそこでわざとゆっくり登ったりしてたら、ただではすまさない所だったが……」

 

『ひぃぃいん』

 

 変な考えに従わなくてよかった!! とヌルスは心の底から安堵した。

 

「さて、せっかく早く到着したんだ。すぐに探索を始めよう」

 

『あいあいさー!』

 

 気を切り替えてのアトラスの命令に、ヌルスは全身全霊で追従した。変な事いって彼の気が変わっては困る。

 

 さて、ヴァルナ山の頂上付近だが、ここまでくるともう完全に緑はない。灰色とも黒色ともつかない暗い色合いの岩石が、ぼこぼこと張り出して地形を形成している。さらにそれなりの高度に達しているせいか、非常に寒い。

 

 しばらく這いまわってるうちに、ヌルスはアトラスの身を案じてげろり、と触手の奥からコートを吐き出すと彼に渡した。

 

『アトラス、これをどうぞ』

 

「ああ、助かる。……まて、今どこから取り出した?」

 

『何って腹の中に抱えてた荷物だけど』

 

 指摘されてヌルスは絡まっていた触手をほどく。すると内部に、擬装用の鎧やら登山用の荷物やらがからめとられている。先ほどのコートはここから出したようだ。

 

「……てっきり、水みたいに触手の中にしまっていたのかとおもって吃驚したんだよ」

 

『はははは、流石の私も物理法則は無視できないよ』

 

「いや、水に関しては思いっきり無視していると思うが……」

 

 なんせ、あきらからに見た目の体積よりも多い量の水を貯えたりできるし、その逆もしかり。研究所で使っている特殊な溶液もほとんどが、ヌルスのその特性を利用して分泌したものである。

 

 等価交換、なんて言葉が世の中にはあるが、その原理を全力で踏み倒す目の前の触手に、あらためてアトラスは理不尽なものを感じずにはいられなかった。

 

『それよりも、エアリアル・ストーンだったか? 一体どういうものなんだ? そういえば聞いていなかったな』

 

「ああ、そっか。そうだな……青空を凝縮したような、青い石なんだが。そのなかでも特に透き通って奇麗なものを、宝石として扱うんだ」

 

『なるほど。青い石、ね』

 

 ヌルスは無数の目玉を生み出し、周囲を観察した。

 

 言われてみればなるほど。黒や灰色の岩山の間に、日の光を受けてキラキラと輝く青い石のようなものがある。あれがエアリアル・ストーンとやらなのだろう。

 

『いっぱいあるぞ。しかし……』

 

 ヌルスはとりあえず、手近なうちで一番きれいな石に目をつけて、触手でえいやっともぎ取った。人間の数十倍の力で、硬い岩があっさりと砕かれる様をみてアトラスは苦笑する。

 

「ヌルス。そんな取り方したらストーンも崩れちゃうよ」

 

『む。……難しいものだな』

 

 ぼろぼろと崩れる青い石をかかえて、失敗した―、とつぶれるヌルス。それなりに大きい原石だが、すっかり割れてしまっている。断面から芯がのぞいているのをみて、あちゃあ、とアトラスは首を振った。

 

「割といい感じの原石だったけど、芯が割れてるね。残念、これだと使えない」

 

『むむむむ』

 

「まあ、しょうがないさ。二人で手分けして探そう。次は慎重にね」

 

 むにむにする触手と二手に分かれて、それぞれエアリアル・ストーンの鉱石を探す。

 

 アトラスは小さなピックを荷物から取り出して、目についた良さげな原石に打ち込んだ。かーん、かーん、と数度叩くと、ぽろり、と石がとれる。それを袋にしまい込んで、次に。

 

 割ってみなければ中身がどうなのかはわからない。とりあえずはできるだけ良さそうなのを持って帰って、職人に見てもらう。

 

「素人意見は付け焼刃、ってね……さて、ヌルスの方はどうなったかな」

 

 袋一杯に石を詰め込んで、アトラスは作業を切り上げる事にした。

 

 分かれて作業をしているヌルスの事も気になる。……まあ、勿論、シオンへのプレゼントは、彼が自ら採取した石からのみ選ぶつもりだが。流石に、触手が選んだ石を婚約指輪には使えない。それでもヌルスに石を探すのを手伝うように呼び掛けたのは、まあ、要らぬお節介という奴だ。

 

 アルテイシアにしろ、スカーシハにしろ、まああの様子だとくっつくのは時間の問題。その時に準備が済んでいればいいというものだ。

 

「エンシェントの里の皆さんには悪いけど、私は割とお似合いだと思うんだよね、スカーシハ様とヌルス」

 

 ヌルスは幼げな言動もあるが、その一方でなんというか……義理堅いというか、極端に男気を見せる事がある。

 

 つべこべ言わずに行動で示すというか。アルテイシアに対する行動がそうだ。自らの命をもなげうって彼女を救おうとし、それがままならなければすべてをなげうって彼女の救済のために動いた。そこに私はなく、徹頭徹尾、ヌルスの行動はアルテイシアのためだった。

 

 人間で、あそこまで無私で誰かのために動く事ができる者が、どれだけいるだろうか? それが良い事とは限らない、何もかも顧みない行動は時に周りに不幸にする。

 

 だがヌルスは最低限そのあたりを考える事ができるし、何より、大切に思う相手を決して裏切らない。

 

 神々に見捨てられ、一人この世界に残されたスカーシハの隣に立つには、なかなか好条件の人材だ。問題はまあ、触手型魔物であるという事だが、当の半神が全く気にしていないのだからそこはよかろう。

 

 それに、寿命の問題もある。

 

 アトラス達は所詮人間だ。100年も生きる事はできず、いつか必ずヌルスを置いていく事になる。

 

 だが魔物は、魔力の供給がある限り行動を続けるという。数百年ものの伝説的迷宮には、長い年月を生きて特殊個体と化した魔物……いわゆるネームドモンスターというものもいるらしい。

 

 魂をもったというヌルスが同じように生き続けるかはわからないが、少なくとも人間よりは長生きするのは間違いないだろう。そういう意味でもスカーシハはお似合いである。

 

 何せ、恐らくあの半神には寿命とよべるものがないのだろうから。

 

「ま、これ以上はお節介とおりこして迷惑だろうから、あとはヌルス次第だな」

 

 少なくとも事が動くのはアルテイシアが目覚めてからの事だろう。

 

 それまでに、シャードビーストの一件に決着をつけねばな。そう思いながら来た道を引き返すアトラスは、しかし、背後に立つ気配に腰の剣に手をやった。

 

「……こんな生き物のいない山の上まで、ご苦労な事だね」

 

『グルルルル……』

 

 剣に手をかけたままばっと振り返る。

 

 果たしてそこには、アトラスの倍以上の背丈を誇る毛皮の塊が、少し距離を置いて彼を凝視していた。

 

「熊か。これだけデカいのは初めて見るな」

 

『グァオ……』

 

 両手を広げるようにしてじりじり迫ってくる巨体に、アトラスもまたじり、と後ずさりながらタイミングを計る。

 

 見た所、相手の目は完全にアトラスを獲物だと見定めている。このあたりで獣害の話は聞いていないから、どこからか流れてきた個体なのかもしれない。このままでは自分がその第一号になりかねんな、とアトラスは皮肉っぽく口元をひきつらせながらも、ゆっくりと剣を鞘から抜き放った。

 

 ……ただの剣ではない。刀身の中央に無数の刻印のようなものがあり、柄の中心には何やら丸い水晶玉が埋め込まれ、内部で小さな触手がうごめいていた。

 

 例の戦いの後、アトラスがヌルスに懇願して用意してもらったマジックソードだ。「お貴族様の当主があんなゴテゴテした試作品を装備するのは許されない! ちょっとまて!!」と数週間待たされて出てきた代物だ。ヌルス曰く、機能を限定してコンパクトにする事で、見た目の優美さを必要以上に損なわずに形にする事に成功したのだそうだ。起動すると刀身に電撃を纏う事で攻撃力を強化するらしい。

 

 一応試し切りはしたが、これほどの大型の獣に通じるかは未知数だ。

 

 心の中でヌルスに祈願しながら、剣を正眼に構えるアトラス。対して獣は、完全にアトラスを獲物と見定めたようで、四つ足を地につけて突進の構えだ。牙の間からどろりとした唾液が滴って地面を濡らしている。

 

 初撃。突進する獣の頭部に的確にカウンターが決められるかが勝負だ。唾をのみ、アトラスも腰を低く落とす。

 

 両者の間に緊張が漂う。やがてそれが最高潮に達し、いざ、その時……。

 

 不意に、獣が目を見開いた。

 

『グ、グルル……?!』

 

「?」

 

『グルルル……』

 

 突然、何か後ずさりを始めた獣。首を傾げたアトラスだが、遅れて彼も背後に覚えのある気配を感じとった。

 

 ねちょ、ねちょ、という足音?を立てる何かが、背後に近づいてきている。

 

『おーい、アトラス。いい感じのは見つかったか……ん? なんだそいつ』

 

『ぐるるる……?!』

 

 ヌルスである。うごめく触手の塊が、機嫌よく語りかけながら太陽の光の中、逆光で影を落としている。

 

 さて。

 

 ここで、ヌルスが何だったか思い出してみよう。

 

 巣窟迷宮の攻略者。魔術師が変じた究極の魔物であるヴァルザークを滅ぼし、最強の魔物。黒き魔人の担い手。シャードビーストを一掃した破滅の化身。

 

 早い話が、伝説のブレインサッカーですら話にならないレベルの怪物である。

 

 アトラス達はヌルスがどんな性格かを知っているので恐れる事はない。だが、野生の獣にはヌルスはどう見えるか。

 

 得体のしれない力に満ちてうごめく触手の塊を、弱いだとか無害だとか、考えるような奴はそもそも野生では生きていけない。

 

『なんか可愛いな。なんだこいつ? 新しいペットか?』

 

 ぎょろり、と触手の表面に無数の目が生じて獣を見つめる。

 

 びくぅ!! と獣は竦み上がった。

 

『ギ、ギルルルル……!』

 

『おうおう、一丁前に吠えちゃって。怖くないぞー、ほらほらー』

 

 精いっぱいの虚勢を張る獣に、ヌルスがぬるぬると触手を伸ばしていく。いくつもの触手がうごめきながら、獣の顔に近づいていく。ちなみに、その一本一本が、獣の腕をからめとってへし折れるぐらいの怪力である事を付け加えておく。

 

 ぶわあ、とアトラスの背中で広がりながら触手を伸ばすヌルス。ひいき目に言ってそれは、邪悪の権化か何かにしか見えない訳で。

 

『ぎ……きゃ、きゃいん! きゃいん!!』

 

 そして獣は折れた。

 

 背中を見せて全力逃走。途中で滑ってすっころんで、そこからまた走りだすあたり、ガチの逃走である。

 

 残されたヌルスは、きょとんとしながら、名残惜しそうに触手を震わせている。

 

『あら。逃げちゃった……』

 

「ヌルス。君ねえ……いや、なんでもない。……かえろっか、いい感じの石も見つかった」

 

『お、そうか。わかった』

 

 アトラスの指示に素直に従うヌルス。しゅるしゅると縮んでいく触手の塊を苦笑とともに見つめつつ、とりあえずアトラスは礼を言う事にした。

 

「まあ、助かったよ。ありがと」

 

『???? 何の事だ? 私のせいであの獣は逃げちゃったのでは?』

 

「ははははは」

 

 ちょっと常識からずれてきている自分の感覚を強く意識したアトラスなのであった。

 

 触手は怖い魔物である。

 

 

 

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