望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第百九十九話 宝剣新生

 

 

 アトラスがシオンに告白してから、また辺境伯領は忙しくなった。

 

 辺境伯一家は、当然シオンの事を歓迎した。もとよりそのつもりだったので当然である。が、婚約が成ったなら成ったでやらねばならぬ事がある。

 

 シオンが孤児院出身である事をとやかく言うような人間は、辺境伯領にはいない。が、人間社会には建前というものがある。

 

 他の貴族たちに要らぬ腹を探られぬよう、シオンにもある程度の社会的立場が必要だ。故に、彼女は釣り合う関係の家の養子となってもらう必要がある。

 

 そして、流石にそんな大事な事、書類だけで済ませる訳にはいかない。早速シオンはクラウスと共に、養子縁組相手の貴族の元に出かけて行った。そこでしばらく過ごして、ある程度の交流を持つのである。

 

 シオンの事は心配していない。辺境伯領に来てから、傍付きとしても子女としても相応しい教育をみっちりつまれていたので、今更マナーやら何やらにひっかかる事はあるまい。話に聞けば相手の家も相当な武闘派らしいので、迷宮踏破者である彼女が軽んじられる事はないだろう。

 

 問題は、それによって貴重な働き手が一人減った事である。

 

 ほぼ身内として機密資料の対応をしても大丈夫で、かつ頭が回り、さらに物理的な意味でもフットワークの軽い彼女はなんだかんだで辺境伯領内では非常に良い仕事をしていた。

 

 それが抜けたのだから影響は甚大である。

 

 それでもなんとかなったのは、やはりヌルスの触手ハウスのおかげである。ちょっと大型に作った改良型ハウスに住む分身は知性が高く、書類の重要度の分類ぐらいは判断できる能力がある。それらをダース単位で投入し、本当に対応しなければならない書類を分別する。

 

 この世界にはあまりにも早すぎる全自動計算機のようなものである。

 

 何はともあれ、おかげで殺人的な量の仕事は少しずつ片付けられていった。

 

 具体的に言うと……。

 

 

 

 エンシェントの里の復興計画と、それに基づく予算分配。

 

 里の存在を明らかにする上での根回しと手配、里の防衛体制の見直しや交通網の整理。

 

 シャードビーストという驚異に対する警戒網の設置と有事への対応策の決定、ギルドや魔術学院、王国への調査報告書の作成。

 

 近隣の領地を隣接する貴族との折衝。

 

 アトラスが当主を引き継ぐにあたる様々な手続き。

 

 式典の準備。

 

 全部終わった後の体制づくり。

 

 ヌルスの生み出した触手ハウスの量産、配備計画。ついでに噂を聞きつけて滅茶滅茶欲しがってる有権者達への対応。

 

 エトセトラエトセトラ……。

 

 

 

 そういった、誰もが「全部片付く前に過労で死ぬんじゃないか?」とすら思われた膨大な数の仕事は、少しずつ数を減らし。

 

 そしてついに、当主式典の2週間前、というタイミングで、最後の書類に判が押されたのだった。

 

「お、終わった……!」

 

 最後の印鑑を押したアトラスが、ぷるぷる震えながら腕を上げる。それを見て、机を取り囲んでいた面々は、歓声を上げる気力もなくその場に崩れ落ちた。

 

 クリーグ等は早速いびきをかき始めている。アトソンは、いつにもなく草臥れたような顔でズレた眼鏡の位置を戻した。

 

「ふぅ。これでなんとかなりましたね。……私はこれから、教会の方に出向いてまだ仕事がありますが」

 

「流石に一日休んでいってからにしてくださいね……誰かクリーグをベッドに放り込んでおいてくれ」

 

『うむ』

 

 ヌルスがパチンと指を鳴らすと、がらごろと部屋に入ってきた自動台車が、にゅるんと触手をクリーグに巻き付けた。そのまま台車の上に乗せると、がらごろと部屋を出ていく。

 

 クラウスが胡乱な目でそれを見送った。

 

「……あれもすっかり見慣れてしまったな」

 

「便利ですよねえ……」

 

『いやまあ、仕事量がすさまじい事になった一端も担っているので、なんとも……』

 

 しみじみとした感嘆に、しかしヌルスはちょっと居心地悪そうに頭をかいて誤魔化した。実際に頭髪がかゆかったりするわけがないのに、随分と所作が人間じみてきた物である。

 

「さしひきしてもプラスの方が大きい案件だろう。やばいのはエンシェントの里とシャードビースト絡みの案件だったしな……」

 

「お金出せばいいってもんじゃないですからねえ。辺境伯領全体の防衛体制の見直し刷新みたいなもので、普通は10年ぐらいかけて順番にやるもんですからな……」

 

 アトラスと幹部の一人がヌルスをとりなす。実際、触手ハウスに関してはそれほどの問題ではなかった。というか、必要なあれこれの手続きの半分ぐらいは外ならぬ触手ハウス自身が自動処理してしまったので、本当に大した事ではない。

 

 書類作業の自動化というものがこれほどまでに効率的とは。アトラスはしみじみと感じ入った。

 

「書面の不備のチェックとか、内容ごとに分類とか。それらを自動的にやってくれるだけで、これほどまで楽になるとはなあ」

 

「簡単な仕事ですが、これをマンパワーならぬ触手パワーで数に物言わせて処理してくれると、ほんっと楽なんですよね……」

 

『そ、そうか。そう言って貰えると助かる。嬉しい』

 

 今度は照れ照れと頭に手をやるヌルス。初見でこれを人外だと見抜ける人間、そう多くはないだろうなあ、とアトラスはぼんやりと思った。

 

「まあいいや、何はともあれ、ようやくこれで通常業務に戻れる。皆も無理せずに、ゆっくり疲れを取ってくれ」

 

「長期休暇とって休みに行きたいですね……」

 

「流石にそれは無理だ。式典と、あとシャードビーストの件が片付いてからにしてくれ」

 

 一体いつになるんでしょうねえ、と幹部がぼやいたのが、妙にヌルスの心に印象にのこった。

 

 

 

 そしてそれから数日後。

 

 ヌルスの研究室にて。

 

 今日も今日とて、ヌルスは研究と実験に明け暮れていた。ヌルスにとってはそれが息抜きのようなものである。

 

『ふむ……』

 

 作業台の上に置かれた剣の刃を、まじまじと検品するヌルス。

 

 これはヌルスが提供した素材で、辺境伯領一番の鍛冶師が打った剣である。正確には、これに握り手とガードをつける事で、剣になる。今はその前の段階、抜き身の状態だ。

 

 かつてのサダラーンの代用品となるべく、特殊合金をふんだんに使用したそれは、まさに名剣といっても過言ではない強度と切れ味を誇っている。このまま市場に放出したら問題になるレベルの出来栄えだ。

 

 しかし、サダラーンを名乗るにはそれだけでは到底足りない。大事なのは、自動発動する魔術式である。光の力場による刀身強化こそがサダラーンの本領であり、それを再現できていなければ失敗作も同然。

 

『うし、やるか』

 

 ヌルスはひょい、と剣を抱え上げるとクレーンに吊るし、ぎこぎこと部屋の片隅に置かれた大きなシリンダーの前まで持って行った。

 

 シリンダーの中には、得体のしれない緑色の液体が満たされている。その中にそっと剣を漬け込むと、忽ちじゅわああ……という音と共に白い煙が立ち上り始めた。

 

 ごぽごぽ、と泡立つ溶液。換気扇がフル稼働し、ヤバ気な煙を外に放出していく。

 

『ふむ……』

 

 ヌルスはそんな様子に微動だにせず、時計をじっと見つめながらしばらく待つ。そして15分経つと、シリンダーに近づいて備え付けのバルブを操作した。

 

 すると今度は別の液体がシリンダー内部に注ぎ込まれ、ごぼぼぼぼぼ!! と凄まじい泡が立つ。しばらくすると発砲は急激に落ち着き、シリンダーの中の液体は透明になった。その中に、吊るされた剣がピカピカしている。

 

『よし』

 

 じゃらららら、と剣を引き上げる。

 

 今度は剣を水槽に沈めて純水で洗浄。

 

 全てが終わると、ヌルスは剣を再び作業台の上に置き、自らの鎧の籠手を外した。内部の触手を剥き出しにして、剣に絡みつかせる。

 

 見れば剣の根元に小さな穴が空いている。ヌルスはそこに触手をどんどん潜り込ませて、その内部の形状を確認しているのだ。

 

 そう。

 

 これこそが、ヌルスが考案した魔術回路の構築案である。まず、特殊合金の形状を合金Aで成形し、それを鋳型にセット。今度は合金Bを流し込んで、剣の刀身を形成する。その後は普通に鍛冶師に普通の刀と同じように刀身を鍛えてもらって、それが済んだら溶液で合金Aだけを溶かすのである。合金Bはこれらの溶液で溶けず、かつ強度的にも大幅に上回る素材。十分合金Aが溶解したら液を中和すれば、中に回路の形の空洞が出来る、という考えである。

 

 ちなみに内部に仕込む魔術式も未知の物であったというのが難点であったのだが、これについては全く手掛かりが無かった為諦めた。代わりに、ヌルス自身が触手で魔術回路を構成するのと同じ理屈で、エジニアス式の魔術式を組み込んである。発動するのは、見様見真似のアストラルセイバー。オリジナルの術式は闇に葬られてしまったが、アルテイシアの断片的な発言から似たような魔術の再現を試みてみた。ただそのままだとあまりにも自傷の危険性が高いため、多少のアレンジは加えてある。

 

 果たしてその考えは上手くいったのか。

 

 触手で内部を満たして形を確認するヌルスは、うむ、と小さく満足気に頷いた。

 

『いいぞ。多分、うまくいってる。形状は多少変わってるかもしれないが、許容範囲だ。さっそく試してみよう』

 

 剣から触手を抜き、用意していた握り手に嵌め込む。螺子を硬く締めて固定すると、簡単に抜けないか魔物の力でぶんぶん振り回す。

 

 安全を確認したヌルスは、いよいよ本命である魔術式の起動に移った。

 

 オリジナルのサダラーンは周囲の魔力を吸収して魔術式を起動していたそうだが、それではいくらなんでも条件が限られすぎている。伝説の「運命の時に光り輝く」というのも、恐らくは周囲の環境が魔力で満たされるような異常事態の事を示しているのだろう。そのような状況が運命的な事件の現場でなければなんだというのだ、という訳である。

 

 だがそれでは武器としていくらなんでもあんまりなので、ヌルスは本来、外付けの魔力供給システムがあったとみている。どうも話を聞くに、サダラーンは剣そのものは引き継がれたものの、鞘についての伝承がないらしい。恐らくは、鞘に納めている間に充電し、抜く事で発動するのだとヌルスは想像している。

 

 しかしそれでは鞘が失われれば同じ事になる。よってヌルスは、グリップの部分に魔力結晶をはめ込む事で効果が発動するように設計した。

 

 剣の反対側、槍であれば石突である部分に、台座のようなものがある。そこに魔力結晶をセットする。

 

『さあて、どうだ?』

 

 ちょっとどきどきしながら、ぎゅ、と剣を握りしめる。この状態で一定以上の圧力をかければ、魔力ラインが繋がって魔術式が発動する筈。

 

 せーの、でぎゅっとグリップに力を籠める。

 

 果たして、ギミックは上手く発動するのか。

 

 本来、魔術は間に魔術師が挟まって調整を行って初めて使い物になる。エジニアス式は魔術式を規格化する事で誰が扱っても同じ結果が得られるように発展したものだが、流石に魔術師でもない、魔力が扱えないものが運用する事は想定していない。

 

 アトラスをはじめとする門外漢の人間でも発動できるように工夫はしたが、さて、どうなるか。

 

 

 神妙に見守るヌルスの前で、セットした魔力結晶が剣の内部、魔術回路へ流れ込んでいく様子がヌルスの目にははっきりと見えた。

 

 そして……。

 

『お、おお……!』

 

 ヴィイイ、と剣の切っ先から、白い光がしゅいーんと伸びる。

 

 間違いない、想定通りの仕様だ。安全の為、剣の切っ先からアストラルセイバーが伸びるように設定したのだが、その通りに発動している。

 

 実験は成功だ。

 

『やったあ! これで式典に間に合った! ふふふ、サダラーンV2と名付けよう。これでアトラスに恩の一つをようやく返せる……うん?』

 

 一しきり喜んだヌルスだが、そこでふと、伸びるアストラルセイバーの切っ先が見えない事に気が付いた。

 

 正確には、ながーく伸びた切っ先が、壁をぶち抜いて外に出ている。

 

『…………』

 

 試しに小さく丸を描くように動かしてみる。

 

 それに合わせて切っ先が翻り、研究室の壁が丸くくり抜かれた。

 

『……………………』

 

 無言で術式を切り、ヌルスは部屋の外にでた。庭にでて、自分の研究室の壁を確認する。

 

 何度見ても綺麗に穴が開いている。そして庭側に目を向けると、植木の一つが幹を丸くえぐられていて、その向こうの壁に穴が開いていた。

 

 館の外に出る。

 

 ……館の外にある民家にも、小さな穴が開いていた。

 

『……………………』

 

 鎧の中で、粘っこい脂汗のような粘液がだばだばと溢れ出す。

 

 ヌルスは踵を返すと、大急ぎでアトラスの元へ駆け込んだ。

 

『あああああ、アトラスゥウウウ!? ごめぇえええーーーーん!!』

 

「何ごとぉ!?」

 

 

 

 結局、伸びたアストラルセイバーの切っ先は、家を4軒先まで貫いていたらしい。これに巻き込まれて怪我をした人間が居なかったのが、本当に不幸中の幸いであった。

 

 なお罰としてヌルスは一週間の謹慎を命じられました。

 

 

 

 

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