望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百一話 宿命の時、来る

 

 

 そうして、表向きは穏やかな日々が流れた。

 

 着々と式典にむけて行われる準備。多くの人々はただ無邪気に、そしてごく一部の者は緊張をもって、その日を待つ。

 

 ああ、だけど、誰もが内心察してはいたのだろう。

 

 その知らせが来た時、胸に去来したのは驚愕ではなく、ついに来たか、という納得であった。

 

 式典まであと二日。

 

 急な知らせが、辺境伯館の扉を打った。

 

「ご報告です! ヴィンス村近郊にて、シャードビーストと思わしき奇怪な怪物の発見報告あり! 急遽お知らせに参りました!」

 

 その知らせが来た時、偶然にも辺境伯一家、そしてその来賓はリビングにいた。

 

 静かにアトラスが口にしていたカップをテーブルに置き、小さく嘆息する。

 

「……来たか。ヌルス、クリーグ、アトソン」

 

『了解した』

 

「やっと出番か、肩がなまるかと思ったぜ」

 

 リーダーの合図に、壁際に背を預けていた鎧姿の魔術師が身を起こし、ソファからクリーグ達が立ち上がる。

 

 そんな彼らを、クラウスは座ったまま見守っている。

 

「行くのか」

 

「はい、父上。恐らく式典には間に合わないでしょう」

 

「やむを得ない、か……」

 

 今回の件、一番精力的に手配に動いていたのはほかならぬアトラスだ。そのアトラスが、いざという時に動かないのでは示しがつかない。

 

 流石に主役がいなくては式典にならない。残念ながら、今回は中止だろう。

 

「関係者や諸侯にも連絡を。私は部隊を率いてヴィンス村に急行する」

 

『シオンはどうする?』

 

 ヌルスの問いかけに、アトラスは少し顎に手をやって考えに耽る。

 

 シオンは養子縁組と花嫁修業の為に、ヴァーシス辺境伯と関係が深い貴族の元に身柄を預けている。二日後に迫った式典の為に、恐らくはすでに出発し、こちらに向かっているはずだが……。

 

「……待っていては手遅れになる可能性がある。それに式典はどうせ延期だ、彼女にはあちらで待機していてもらおう」

 

「それがいいだろうな。花嫁を結婚前に傷モノにする訳にもいかねーだろうし」

 

「クリーグさん。少し、言い方が下劣ですよ」

 

 聖職者であるアトソンに窘められて、おっとすまん、と素直に謝るクリーグ。一方ヌルスは、そうか、シオンとは合流できないのか、とちょっと寂しく思った。

 

 だがアトラスの判断に異論はない。

 

「父上は、関係各位への連絡をお願いします。私達は、すぐにでも」

 

「うむ。……武運を祈る」

 

 重々しく頷き返すクラウスに頷き、アトラスは戦支度をするべく、リビングを後にした。

 

 その後は、まさに電光石火。

 

 装備を整えて館を出る事には、すでに出立の準備が整っていた。馬車に乗り込み、急いでヴィンス村に向かう。領都からも兵士は出すが、多数の兵士を動かすには時間がかかる。

 

 とても待ってはいられない。

 

 急ぎ足で車輪を回す馬車の荷台で、アトラスは地図を広げた。ヌルス達も周辺の地理、兵の配置は理解しているが、改めて確認する。

 

「ヴィンス村はここから西だ。……国境からはそれなりにある、状況から見てもやはり、奴らには人間の国境だの境界線だのは関係ないようだな。恐らく、突然辺境伯領内に空間を裂いて突如出現したんだ」

 

「その、ヴィンス村には、連中を引き寄せるような何かはあるのか?」

 

「……恐らく、無い。当然近くに迷宮はないし、魔力に関わるようなものはない。ただ……」

 

 地図をなぞるアトラスの指が止まる。

 

「ヴィンス村は、酪農を営んでいる。ヴァーシス領でも、もっとも家畜が多い。また、エンシェントの里からもそこまで遠くない……」

 

「ぞっとするぜ、ちっ」

 

「狙いは、家畜の命、ですか……」

 

 それはつまり、ヌルスがアトラスと話した、シャードビーストの侵攻先の選定方法が一面において正しいという事を示してもいる。

 

 鎧兜の奥で、ぬぬぬぬ、とヌルスが唸った。

 

『兵はどうする?』

 

「事前に対応策を通知してある。ヴィンス村が狙われた場合は、最寄の大きな街から兵士を出す事になっている。まずはそれと郊外で合流し、鎮圧に向かう」

 

 勿論、それらの部隊には可能であればアトラス達を待たずして調査に向かうように指示がなされているが、それで事態が解決する、とは見ない方がいいだろう。

 

 シャードビーストの戦闘力はアトラス達が一番よく知っている。悪戯に兵士を近づかせても、戦力を浪費するだけだ。

 

 可能な限り迅速に、かつ最大戦力を叩きつけて、増える前に制圧する。それがシャードビーストと対する上で、唯一にして最大の対抗策だ。

 

 しかし、とヌルスは言葉に出さずに思案する。

 

 自分達は可能な限り迅速に動いた。それは、シャードビーストの恐ろしさを肌で知っているからだ。

 

 それを知らぬ、伝聞でしかその脅威を知らされていない領民が、どれだけ迅速に動けたのか。こうして連絡が来たのは、辺境伯が領内をよく管理し、そして信頼されているからこそであり、それはとてもよくやっていると言えるが、末端の人間が全て生真面目で働き者、という事もあるまい。

 

 そもそもの第一報がどれだけ遅れているか。それで、被害の規模は決定するだろう。

 

『報告によれば、村人が郊外で変なものをみた、という話だったな?』

 

「ああ。事前にお触れが出回っていたので、もしかすると、という事で連絡を入れたそうだ。それが届くまで、およそ二日。そして我々が全速力で向かっても、到着するまで凡そ一日。三日のずれがある。その間に、どうなっているか……」

 

「流石にダンジョンコアみたいな魔力供給源はねえんだ、話に聞いたみたいな大量増殖はしていないんじゃないか?」

 

 直接戦った事はないものの、その脅威について聞いているクリーグの意見は、なるほど確かに、道理が通っていた。だが、ヌルスはその意見に、小さく首を振った。

 

『奴らの生態はまだ謎が多い。楽観視は危険だ』

 

「……そうだな。ヌルス。もしもの時は、手段を選ぶな。辺境伯領次期当主の名において、あらゆる手段を許可する。どんな手段でも、だ」

 

『それは……』

 

 つまり、いざという時は躊躇わずにオメガ・マギアスを使え、という事か。そうヌルスは解釈した。

 

 一応、あの魔術は門外不出である。辺境伯内でも、あれを知っているのはアトラスとシオンの二人のみ、あとはエンシェントのエヴィリンだ。

 

 何せ、オメガ・マギアスは強力すぎる。エンシェントの里で披露した未完成版でも、城の一つや二つ、単体で落としておつりがくる。ましてやあれから十分に時間があった今、術式はより完成度を増している。ヌルスとしては、完成した黒き魔人を脅かせるようなものは“この”世界に存在しえないとまで断言できるが、一方で人の世が、力だけで回るほど単純なものではないという事も理解している。

 

 それでも、いざという時は使え、と。ヌルスは小さく、しかし重々しく頷いた。

 

『了解した。いざという時は、手段を択ばん』

 

「頼むよ、ヌルス」

 

「……なんだ? まーたびっくりどっきり魔術、仕込んでるのか?」

 

 悪魔王と共に戦った事のあるクリーグが怪訝な顔をする。

 

「悪魔でも召喚するのか?」

 

『いやいや、そんなもんでは……うむ? ある意味近くはあるのか……? ってアトソン、何で耳を塞ぐ。おい。何故目を閉じる』

 

「私は何も聞いておりませんし見ておりません……おお、神よ……」

 

 仲間二人の反応に、ふんがー、と憤慨するヌルス。

 

 それをアトラスが「どうどう、落ち着いて」と宥める。その様子を見て、思わず吹き出すクリーグとアトソン。からかわれたと気が付いたヌルスが、不貞腐れて鎧の奥に縮こまる。

 

「悪い悪い、ヌルス。ちょっと揶揄いすぎた」

 

『……ふん!』

 

 

 

 そんなこんなで和気あいあいとしながらも、現地に急ぐ。

 

 道中の村や町で馬と御者を交換しながらひたすら急ぐ事一日と少し。昼夜を問わず走り続け、一行は兵士達との合流ポイントに急いだ。

 

「見えてきた、あそこだ」

 

 たどり着いた先ではすでにいくつものテントが立てられ、簡易的な陣地が作られていた。馬が何頭も繋がれ、飼い葉を満載した馬車がとめられている。

 

 アトラス達の到着を見て取ったのか、数人の兵士が走ってきて馬車の前で敬礼の構えを取る。

 

 ゆっくりと停車した馬車から降りると、アトラスは仲間に見せる温和な顔ではなく、冷徹で緊張感に満ちた領主の顔へと切り替えていた。

 

「御足労頂き、ありがとうございます、閣下! 私は、討伐隊の部隊長を務めさせていただいております、シモンズ、というものです! 平時はクリシュナという街の衛兵長を務めさせていただいております!」

 

「知っているだろうと思うがアトラスだ。シモンズ隊長、状況は」

 

「はっ! 対策本部を設置しております、こちらに! 配下の皆様方も、どうぞ!」

 

 シモンズと名乗った兵士に引き連れられて、陣地の奥に向かう。一番大きな天幕の中では、机が並べられ、多くの兵士が地図や資料を前に激しく言葉を交わしていた。

 

 その荒っぽい雰囲気に、ヌルスが鎧の中で触手を竦ませる。

 

 荒事には慣れているつもりだったが、こういう、いかにも戦争前、といった雰囲気はヌルスにとって初めてだ。ピリピリと肌を刺すような緊張感に、鎧姿の魔術師はそっと皆の影に隠れた。

 

 それに目敏く気が付いたクリーグが声をかける。

 

「なんだ、びびってんのか? まあ、しかたないか、こういうのは初めてだろうしな」

 

『う、うむ。こんなに大多数の人間が統一された意識で動いているのを見るのは初めてだ。大きな生き物の腹にいるようで落ち着かない』

 

「あー……。なるほど。面白い表現だが、納得する」

 

 ヌルスの独特の表現に、さもありなん、とクリーグは頷いた。

 

「ま、取って食われないように、気はしっかりもてよ」

 

『うむ……』

 

 仲間達がそんな事を話している傍ら、アトラスは兵士から戦況の報告を受けていた。

 

「かねてからのご指示通り、この地に陣を設置し、ヴィンス村を中心とした周辺の封鎖を最優先としました。現状、不審な怪物の侵入は確認されておりません」

 

「そうか。迅速な対応、よくやった……現地の状況は」

 

「……それなのですが、あまり芳しくはありません」

 

 シモンズの顔色は暗い。

 

「5名ほどで編成された偵察隊を送り込みましたが、誰もまだ戻っておりません。また、ヴィンス村からさらに西の村や町とも、連絡がついていません。そちらにも偵察を向かわせましたが、返ってきたのは数名。その者達の話によれば、何も無かった、と」

 

「……西側の包囲網どころか、兵士の集結も確認できなかった、という事か?」

 

 アトラスの顔が険しくなる。

 

 事態は思ったよりも深刻かもしれない。下手をすると、ヴィンス村以西の地域は、すでにシャードビーストの手に落ちている可能性がある。

 

 地図を確認する。辺境伯領全体でみればさほどでもないが、面積としては決して小さくはない。

 

 消息不明の村落は、全部で5。そのうち最大規模の人口密集地が、ヴィンス村だ。

 

 事態の発覚を遅らせるために、シャードビーストが隠密で動いた、という可能性はある。連中は、邪悪で狡猾だ。獣ではない、利己的な知性を持つ知的生物。それぐらいの事をする可能性はあった。

 

「状況は分かった。事態は想定よりも深刻な可能性がある。……すぐに動く! 兵士達に収集をかけろ!」

 

「はっ!」

 

 

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