望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~ 作:SIS
「な、なんだこれは……?!」
シャードビーストとの戦いに駆り出された、不幸にして幸運なる兵士達。彼らは眼前に広がる、現実とは思えない光景に自分の目を疑った。
丘の向こうで佇む二体の巨人。
片や混沌の塊のような、サイケデリックなモザイク模様のいびつな巨人。こちらは、いうなればシャードギガンテスとでも呼ぶべきだろうか。首もなく、幼児が泥をこねて作り上げたような辛うじて人型と取れる怪物が、地響きと共に一歩ずつ歩む。
それに対するのは、黒い鋼で編み上げられた巨人……オメガ・マギアス。大きな翼と尻尾を持ち、憤怒を形にしたようなその相貌は、人というよりは悪魔か竜のよう。左手を前に突き出し、右手を大きく引いた格闘家のような構えで、じっと動かず相手の巨人を待ち構えている。
まさに、神話から飛び出してきたような、人知の及ばぬ驚異の激突が、目の前で始まろうとしていた。
《ピギィイイ!》
『むぅ!』
衝突、そして衝撃。
正面から、二人の巨人がぶつかり合う。質量に物を言わせてぶつかってくるギガンテスを、オメガ・マギアスが正拳突きで迎え撃った。
ギガンテスのどてっぱらに、黒い拳が叩き込まれる。衝撃波がリング状に広がり、大質量の高速移動による突風が周囲に吹き荒れた。
『せいっ! てやあっ!!』
さらに連撃。続けて左の拳も撃ちこみ、完全に突撃の勢いを押し返した所で、右のハイキック。上半身を強打されて、仰け反るようにしてギガンテスが姿勢を崩す。
その巨体が地面に倒れ込み、大地が衝撃で揺れる。丘が罅割れ、メキメキと音を立てて地面が陥没、あるいは隆起する。乗っている馬が恐慌の嘶きを上げるのを、人間達はなんとか宥めてやり過した。
「だめだ、もっと距離を取れ!」
「どういう規模の戦いだよこりゃあ!!」
人間達が悲鳴を上げてさらに距離を取る。
その様子を一体化したオメガ・マギアスの頭部から確認し、ヌルスは再び目の前の敵に視線を戻した。
倒れ込んだ衝撃で、ギガンテスを構成するシャードビーストの何割かが死に絶えたようだ。群体型の欠点だ。群れて強くなっても、個々の能力は変わらない。耐久力は高いが、防御力はない。
『よし……!』
たしかな手応えを覚え、やはり人型の形を取ったのは正解だった、とヌルスは気合と共に拳を固めた。
人は、確かに獣に比べれば弱いかもしれない。牙もなく、爪も貧弱、武器を持たなければそこらの野生動物相手でも危うい生き物。
だがだからこそ、人は戦いの技術を磨いた。武器を振るう術だけでなく、素手であっても生身で戦う技術すらある。弱いからこそ磨かれたその技は、爪を持たぬ人の拳を、剣の如く致命的な一撃とする。
それは、もとより強い獣にはないものだ。もし、獣が同じように格闘技を習得すれば人間より遥かに強い存在になれたろうが、もとより筋力に優れ、爪や牙を持つ獣はその必要性を感じない。
故に、鍛え極めた格闘家は、素手で獣をすら打ち倒す。
弱いからこそ、人は戦いを窮めた。
それを、鋼鉄の拳、爪や牙を遥かに超える漆黒の鋼で編んだ肢体で繰り出せばどうだ?
その答えがここにある。
『弱いからこそ、人は強い。その意味は、貴様ら天性の化け物には分かるまい……!』
それが、オメガ・マギアスが人型をしている理由。
その正しさを、この怪物を打ち倒す事で証明する。ヌルスは油断なく、ギガンテスへと追撃を繰り出した。
倒れた相手へのスタンピング。鉄槌に等しいその一撃、決まればギガンテスを構成するシャードビーストを大きく減らせるが……。
『む!』
返ってきたスカスカの手応えにヌルスが緊張感を漲らせる。見れば、ギガンテスはその体を分解し、無数の小型にわかれてヌルスの追撃を回避していた。咄嗟に背後に下がるオメガ・マギアスを、無数の触手のように小型個体の集団が後を追う。
気が付けば、周囲を無数のシャードビーストに取り囲まれている。
このまま圧殺するつもりか、とヌルスは判断し、しかしその目論見の甘さに嘲弄を放った。
『その程度で、私をどうにかできるとでも!?』
地面を蹴って、跳躍するオメガ・マギアス。それを追って大地からいくつもの触腕が伸びていくが、勿論逃げる為ではない。
欲しかったのは射角だ。この高度からなら、地面に広がるシャードビーストの群れがよく見える。
『竜翼展開』
ジャコン、と背中に広がる翼の装甲がスライドし、その内部の輝く膨大な魔術回路を露にする。
人間どころか、魔物であっても制御不可能な、超巨大な魔術回路。それを完全に掌握、コントロールし、ヌルスは規格外の魔術を解き放った。
『イスカ・ディールの霹靂!』
嵐の轟雷そのものが、広げた翼から地に降り注ぐ。稲光で空を染め、轟と共に大地を打ち死と豊穣を齎す大自然の驚異、それそのものと見まがう雷撃が、幾柱も竜の翼から放たれる。
一撃一撃が、万年生きた巨木を引き裂く破壊力。ただ群れただけのシャードビーストの集合体など、砂糖菓子を砕くように蹴散らされる。
『数にものを言わせたところで、この程度……! 私の敵ではない! 軽んじるな!!』
《ピギギギギ……!》
ヌルスの怒声を理解した訳ではなかろうが、応えるようにシャードビーストが動きを変える。
数で圧倒する動きから一転、無数の個体が一か所に集中する。先ほどのように地面が盛り上がるように屹立する巨体……しかし、先ほどよりもはるかに大きい。
高さにして倍以上。飛翔するオメガ・マギアスでようやく肩を並べられるような規格外のサイズのギガンテスへと合体を遂げたシャードビーストが咆哮を上げる。
ヌルスを倒すために、周囲の生き残り全てと合体したのだ。ギガンテスが地響きを上げて動き出し、空中のオメガ・マギアスをまるで蚊でも叩き潰すかのように両手で挟み込んだ。
『む……!』
咄嗟に腕を上げてガードする上から叩きつけられる巨大な掌。凄まじい圧力に装甲が軋み、あちこちで触手が弾けてヌルスの意識に激痛が走った。
だが……。
『な……めるなあ!!』
雄たけびと共に、オメガ・マギアスは関節のあちこちから蒸気を吹き出し、押しつぶそうとする手を押し返した。こじ開けた一瞬の隙に、風魔術で急加速して離脱する。
『パワー勝負では不利か!? だが、そう大きな差はないようだな!』
試作型ではヌルスの触手のみで動かしていたオメガ・マギアスだが、流石にこのサイズはそれだけでは動かない。故に、ヌルスは蓄えた大量の水と、オメガ・マギアス内部に作り出した超高熱の迷宮区画を組み合わせて、ある種の蒸気機関を動力に用いていた。
制御が困難で繊細な調整はできないが、水は状態変化して気体になるとき、大きく体積を増大させる。その圧力をパワーに変えれば、この巨体を力強く、俊敏に動かす事が可能だ。
これもまた、迷宮の中だけで生きていては知る事の無かった、人間達の叡智によるものである。
そうやって大きく距離を取り、地面に着地するオメガ・マギアス。遠距離戦ともなれば、魔術が使えるヌルスが有利に思えるが……。
『まあ、そう甘くはないだろうな』
《ピィギギギギ!!》
ギガンテスが両手を地面に突き刺し、指先が根のように伸びて大地に張り巡らされていく。瞬く間に周囲を取り込んだ両腕を、ギガンテスは重々しく振り上げた。
巨大なギガンテスの、さらに数倍近い巨大な岩盤。小さな山ほどもあろうかという大岩を持ち上げる……その次は?
『投石か。原始的だな』
だが有力な攻撃手段だ、とヌルスは認めた。
やはり最後にものを言うのは質量である。
しかしながら、知恵ある者としてはもう少し、スマートかつエレガントに事を運びたいところ。ヌルスは受けて立つ、とオメガ・マギアスの右腕を天にむけて掲げた。
『黒矢展開』
ぐわ、と開いた右の手のひらから、螺旋状に捻じれた金属塊が迫り出してくる。複数の紫色の結晶を編みこまれたその矢には、さらにヌルスの分身も三体、中に組み込まれている。
矢を完全に排出すると、そのまま右手で鏃を押さえ、さらに左手を前に突き出す。腕の装甲が変形、展開。腕全体が弓のようになった横に、そっと取り出した矢を構え、番える。
《ピギャァアアアア!!》
弓矢を構えるヌルスに対し、ギガンテスが大岩を投擲する。
とんでもない大きさの大岩が、まっすぐヌルス目掛けて飛んでくる。
いくらオメガ・マギアスが強固な魔力合金で編まれているとしても、こんなものの下敷きになってはひとたまりもない。
もはや壁が迫ってくるといっても過言ではない窮地に、しかし、ヌルスは取り乱す事無く、静かに魔術を展開した。
矢に組み込まれた魔力結晶が怪しく輝き、オメガ・マギアスが右腕を引き絞る。
『我が師よ。その御名をお借りします』
『魔弓、ヴァルザーク……発射!!』
オメガ・マギアスの右手が、激しい光を放つ。その光の作用によって、黒く輝く矢が真正面に打ち出された。弓型のスタビライザーによって余剰魔力を輩出、軌道を安定化された巨大な矢が、高速回転しながら迫りくる巨大な大岩に撃ち込まれる。
甲高い音を立てて突き刺さる矢。
一瞬の後に、それは大岩を粉微塵に砕き、なおも勢い衰える事無く、ギガンテスの胴体の中央に突き刺さった。
そこで、魔力結晶が臨界を迎える。ヌルスの分身によって制御された三つの結晶が魔力を開放、共鳴……結晶化した魔力が、一斉に解放。
《ピ、ギギギィイイイ!?》
ギガンテスの巨体から、紫色の光が噴き出す。破滅を察して構成していたシャードビースト達が逃げ出そうとするが、広がる光はそれすらも飲み込んでいく。
『……昇華!!』
完全発動した悪魔の術式が、魔力結晶の膨大な魔力を火薬に起爆。光り輝く破滅の火柱が天高く吹きあがり、巨大なシャードビーストの群体を、一匹残らず焼き尽くした。