望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百四話 オワルセカイ

 

 

 爆発にともなく強烈な閃光によってホワイトアウトしていた視界が、徐々に戻ってくる。

 

 気を取り直したアトラス達は、恐る恐る丘の上に登り、激戦の跡に目を向けた。

 

 滅茶苦茶に荒らされた荒野の中に、オメガ・マギアスが佇んでいる。

 

 さしもの魔人も、極大出力で悪魔の魔術を使ったとあってはただでは済まなかったようで、今は大地に膝をついている。

 

 その右腕は酷く破損し、肘から先が失われていた。漏出した魔力がばちばちと光になって弾け、赤黒い液体がぼたぼたと破損部から垂れている。

 

 その右腕が、付け根から切り離される。パージされて地に落ちた腕は、忽ち赤黒い錆びに覆われ、急速に劣化。自重で潰れて灰になり、速やかに消滅する。

 

 そして、胸部や肩部を覆う装甲だったものが移動、可変して、新しい右腕になる。確かめるように腕を曲げたり指を開いたりする様子を見て、あれはああいう意図のデザインだったのかと、アトラスは納得した。

 

 歪みの魔術、悪魔の魔術それぞれの危険性を知るクリーグが、感心したように頷く。

 

「へえー。なるほどな。ああやって腕を交換式に出来れば、自爆魔術を使っても問題ねーって事か。考えたな。他の誰も真似できねーけど」

 

「ああ。それより、シャードビーストはどうなった?」

 

 爆心地に目を向ける。

 

 禁忌の魔術が炸裂した地点は、大きなクレーターになっていた。大地が深くえぐられたその底からもくもくと煙が立ち上り、灰色の帳の向こうでバチバチ、と紫色の輝きがまだ弾けている。

 

 周囲に、動くシャードビーストの姿はない。

 

 その全てを結集させて作り出したあの巨体も、今や跡形もない。多少、荒れ果てた大地にシャードビーストの死体が転がっているぐらいだ。

 

 気が付けば、暗く淀んでいた空も今は晴れ渡り、透き通った青空が広がっていく。さんさんと降り注ぐ陽光が、陰鬱に荒れ果てた大地の凹凸を浮かび上がらせている。

 

 腕の換装を完了したオメガ・マギアスが膝をついた状態から立ち上がり、その頭がアトラス達を見下ろすように傾げられた。

 

『……シャードビーストの全滅を確認した。奴らの反応は、周辺にはない』

 

 殲滅宣言に、はぁ、とアトラスがふぅ、と息を吐く。

 

「一時はどうなる事かと思ったが……流石だ、ヌルス」

 

『なぁに。お安い御用というものだ』

 

 巨大な魔人が小さく頷き返すのを見て、アトラスは部下達に命令を発した。

 

「よし。何人かは陣地に戻り、本隊を呼んできてくれ。被害状況を確認する必要がある。……どうした? 何をぼおっとしている?」

 

「あ、いや」

 

「その……」

 

 アトラスの指示に、しかし精鋭のはずの部下達は戸惑ったような返事をするばかり。眉をひそめるアトラスに、クリーグが苦笑いしながら苦言を呈した。

 

「お前な。そりゃ当たり前だろーが。突然あんな山よりでけー怪物が出てくるわ、それに対抗してバカでかい鎧が現れるわ、その二つが激しくやりあったあげくに盆地が吹き飛ぶとか、それを目の当たりにして平静でいろってのが無理だっつうの。ヌルスに毒されすぎだぞお前」

 

「お言葉ですが……私もクリーグに同意と申しますか……」

 

「う゛っ」

 

 クリーグどころかアトソンにまで苦言を呈されて、アトラスはものすごい渋面で押し黙った。

 

 朱に交わればなんとやら。いつの間にか触手色に染まっていた事を指摘されたのは彼には随分とショックであった。

 

 一方のヌルスはのほほんとしたものである。

 

『まあまあ。とりあえず何とかなったんだからいいじゃないか。とはいえ、こんなちょっとこけただけで街を潰してしまうような巨体、あまり近くに居座られるのも不安か。本当はもうちょっと小さくしたかったんだが……あんなデカブツが出てきたのなら結果オーライだったな』

 

「あれ、意図してその大きさにした訳じゃねえの?」

 

『うむ。流石に、迷宮構造の応用、という事でサイズ調整にも限界があってな。もっと設計図を洗練したらそのうち人間サイズにできるかもしれんが、今はとても無理だ。設計する側からすると、でかければでかいほど図面が引きやすいんだ』

 

 大きければその分詰め込める訳である。

 

 クリーグはクリーグで「そういえば人間が入れないようなサイズの迷宮は聞いた事ねえな」と納得した。人間に都合がいい話だと思っていたが、なるほど、迷宮が構造として成立するには一定のサイズが必要だから、と言われれば、納得できる。

 

「まあ、とにかく、これで一件落着ですな。しかし……」

 

「ああ……残念だが、式典は延期だろうな。シャードビーストの被害者を弔わなければならないし、被害規模の調査も必要だ。どうやって連中がやってきたのか、次はいつなのか……本格的に調べなければ」

 

「おっちんじまった奴らには悪いが、これだけの被害がでれば、周辺の領地や国も重い腰を上げるだろうよ。やれやれ、また机に縛り付けられるのか」

 

 荒れ果てた盆地に目を向けて、一同が嘆息する。

 

 かつて豊かな牧草地だった盆地は、今となっては荒地が広がるばかりだ。視界の片隅に積み上げられた瓦礫の山は、かつて村だった場所だろうか? ここから西の地域が全域このような有様になっていたとしたら、どれほどの被害が出ているのか……。

 

 少しでも生き残りがいればいいのだが、と痛まし気に見つめていたアトラスに、不意に大きな影が落ちた。

 

「?」

 

『なんだ、急に暗く……?』

 

 アトラスが不思議におもってヌルスに目を向けるが、彼はその場から動いてはいない。それどころか巨大なオメガ・マギアスの体にも黒い影がかかっている。どうやら急に空が曇ったようだ。

 

 一雨くるのかな、そう思って何とはなしに、アトラスは空を見上げて。

 

 

 

 そして。

 

 

 

「……………え?」

 

 

 

 空からこちらを見下ろす巨大な何かと、目を合わせた。

 

 空の天蓋を割くように広がる、巨大な亀裂。それ一杯に広がる、灰色の何か。変な形の雲だ、目の錯覚だ、と必死に理性が取り繕うとする傍らで、本能が淡々と現実を指摘する。

 

 あれは、目だ。

 

 灰色に曇る、途方もなく巨大な、瞳。

 

 言葉を失う一同の視線を受けて、ぎょろり、と裏がえっていた白目が回転し、真っ黒な瞳孔を露にする。

 

 渦巻く闇のような、不定形の黒い瞳。夜の空よりもつかみどころのない渦巻く悪意が、地上に立つちっぽけな人間達を見下ろしている。

 

 亀裂が歪む。目尻を吊り上げ、目を細めて、反して瞳は大きく広がる。

 

 それは。嘲笑だった。

 

『な……!』

 

 この中にあって、一番冷静だったのはヌルスだろう。

 

 ヌルスにはかつて迷宮で似た経験をした覚えがあった。壁と見まがうような巨大な瞳、信じられぬほど巨大な魔物に襲われ、飲み込まれた記憶が、ヌルスにその時との類似性を思い起こさせる。

 

 だとしても、あまりにも荒唐無稽にすぎる。

 

 巨大なオメガ・マギアスと比較しても、なおも途方もないほどの巨大な瞳。あれが実体だったとしたら、恐らく辺境伯領そのものと同じかそれ以上の尋常ではないサイズであるという事になる。

 

 シャードビーストのように瞳だけの生物だったとしても、規格外にすぎる。

 

 迷宮と同じ、この世界に存在しない別次元の概念。ヌルスの頭に仮初の答えが過ぎった。

 

 そうこうしている内に、次元の瞼の縁から、どす黒い何かが滴り落ちる。涙のように見えたそれはその実、無数の何物かの影であり、黒く見えたのはあまりにも多くの色がまじりあったからである。

 

 魔眼でそれを見たヌルスは、すぐにその正体を理解し、戦慄した。

 

『空の瞳から……シャードビーストがあふれ出してくる!? じゃ、じゃあ、空のあれが……まさか、奴らの本体!?』

 

 慄きつつもオメガ・マギアスを立ち上がらせる。

 

 恐怖に凍り付く感情の裏で、冷徹に研究者としてのヌルスがこの状況を分析する。

 

 結論は、手遅れというものだった。

 

 ヌルスがかつて分析した持論は、正しい。シャードビーストは迷宮の外を見通せず、そしてこちら側から空間の亀裂を開くには大量の魔力を必要とする。

 

 故に、こちらに出てきたシャードビーストを殲滅すればそれ以上の被害は広がらない……それは正しくもあり、間違っても居る。

 

 そう。空間のやりとりは、一方通行ではない。

 

 確かに前提として、時空間を移動するのは、並大抵の難事ではない。力あるものほど境界線を越えるのは難しく、そして世界を越えて座標を特定するのもまた、並大抵の事ではない。だが、不可能ではない。

 

 かつて、悪魔王が自分の似姿を頼りにこちらの世界にやってきたように、何かの目印があれば、その難易度は大幅に低下する。

 

 特に、数に物を言わせて手あたり次第に洗い出せば、例え見通せなくても世界の輪郭ぐらいはつかめるだろう。

 

 これまでのシャードビーストの侵攻はそういう事だ。

 

 魔力の灯を頼りにする故、その多くが迷宮最深部に出てしまい魔物に殲滅されてきたシャードビースト。しかし数を熟す上で少しずつ、こちら側の世界の座標を特定し、そしてついに、エンシェントの里という絶好の標的を見つけ出した。そこで大きな亀裂を開き、さらには迷宮の外にすら進出した事で、シャードビーストはとうとう、獲物の潜む場所を特定した。

 

 先ほどヌルス達が撃退したのは、その先遣隊……特定した座標を確認する、斥候に過ぎない。そしてそれらが役目を果たした事で、ついにシャードビーストの本体が、この世界への浸食を開始したのだ。

 

 目の前に広がる光景は、その真実。

 

 隣あう世界は一つではない。かつてヌルスが戦った悪魔王が住まう魔界もまた、いくつも隣接している異世界の一つに過ぎない。ヌルスがヴァルザークとの戦いで垣間見たように、世界は無限に存在し、互いが絡まりあっている。その中に、他の異世界を滅ぼして回るような存在が居るのも、おかしな話ではない。

 

 かつて“一度は”防がれた大侵攻。それがついに、この世界へと牙を剝く。

 

 宙から降り注ぐ無数の濁流の一つが、この盆地にも降り注ぐ。滝の滴のように地面に降り注ぐそれは、水の飛沫のように大量のシャードビーストをとびかわせ、全てを薙ぎ払った筈の景色を再び極彩色に染めていく。煌めく水面のように大量のシャードビーストがうねり、もがき、その中からいくつもの巨大なシルエットが隆起してくる。

 

 シャードギガンテス。

 

 それも一体ではない。先ほどの最大サイズと同じものが、3体。しかもそれらを生み出してもなお、無数のシャードビーストが大地を埋め尽くそうとしている。

 

 そして、それで終わらない。

 

 これと同じことが辺境伯領全体で起きている。

 

 ヌルスの居ない場所で同じようにギガンテスが現れ、大地が無数の怪物で満たされ、力なき民が襲われている。

 

 いくら辺境伯領が危機に備えて軍備を整えていたとしても、抗えるものではない。

 

 そして、辺境伯領を食らいつくしたシャードビースト達は、今度は隣接する領地へと進出を開始するだろう。その全てを食らいつくし、伝染病のようにこの世界を蝕み、やがて何もかもを滅ぼしつくす。あとに残されるのは、荒れ果てた大地だけだ。

 

 その破滅的な未来図が、ヌルスにははっきりと予想できた。

 

『ぐ、うぅうう……!!』

 

 どうすればいい。

 

 一体、どうすれば。

 

 その答えもわからないまま、迫ってくる怪物達に対応するべき、ヌルスはオメガ・マギアスを立ち上がらせた。

 

《ピィギギギギ!》

 

《ピギギギギィ!!》

 

『く、くっそぉおおおおおお!!!』

 

 黒き魔人が、迫りくる巨人の群れに立ち向かう。勇壮なはずのその背中が、今はあまりにも儚く、非力。

 

 

 

 それは、いつかどこかで告げられた終わりの刻限。

 

 その時は来た。

 

 

 

 世界の、終焉が。

 

 始まる。

 

 

 

 

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