望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

212 / 265
第二百五話 抗う者達

 

 

『うぉおおおぉ!!』

 

 雄たけびと共に疾走するオメガ・マギアスが巨大なシャードギガンテスの頭に、踵落としを叩き込む。胴体半ばまで足をめり込ませて動きを止めた巨人に、素早く足を引き抜いて空中で回転、今度は回転蹴りを叩き込む。

 

 倒れ込み、バラバラに崩壊するシャードビーストに、至近距離から最大出力の雷霆を叩き込む。大気を焼き焦がして、雷鳴に死滅する無数の群れ。

 

 しかしその隙をついて、残り二体がオメガ・マギアスへと襲い掛かった。

 

 左右から挟み込むようにして巨大な拳を振るう。

 

 咄嗟に翼でガードするも、黒鉄の翼は衝撃に軋み、展開されていた術式回路が歪む。激しく光をスパークさせる翼をヌルスは切り捨てると、その場を跳躍して離脱した。

 

 切り離した翼が爆発し、無数のシャードビーストを巻き込んで消滅する。

 

 しかしその炎の中から、ゆっくりと二体の巨人が姿を現す。

 

『ぐ、ぐぅ……くそ、キリがない。アトラスは!?』

 

 ちらりと背後に視線を向けると、洪水のようなシャードビーストの群れの中、輝く刃が縦横無尽に振り回されているのが見えた。

 

 アトラスと、彼の振るうサダラーン。

 

 生き残った者達は円陣を組み、全方位から襲ってくるシャードビーストに抗っている。失敗作よりかと思われた、過剰に長い光の刃が、しかし、今この場においては縦横無尽に活躍していた。

 

 視線を合わせたアトラスが、青い顔で頷く。その意図を見て取って、ヌルスは目の前の敵に集中した。

 

 アトラス達は大丈夫。

 

 この状況の打開策を考えるのは後。

 

 まずは、目の前の脅威を撃滅する。

 

 割り切って意識を切り替え、ヌルスは雑念を振り払った。冷静に、冷徹に、一つの戦闘マシーンである事に専念する。

 

『ボルテックス……ディスラプター!』

 

 放つのは、漆黒の雷鳴。薙ぎ払うように繰り出した一撃が、津波のように押し寄せるシャードビーストの群れを一層し、さらにギガンテスにも致命傷を与える。戦場に一瞬、敵が駆逐された空白地帯ができて……そこを埋めるように、再び無数の個体が押し寄せる。

 

 致命打を与えたはずのギガンテスも、構成する質量を補充されて再び動き出す。

 

 が、そこに右手を黒く燃やすオメガ・マギアスが躍りかかった。

 

『オールオーバー・ヌルブレイド!!』

 

 手刀一閃。

 

 弧を描いて振りぬかれた一撃が、二体のギガンテスを両断する。歪みの力そのものを纏った一撃を直接叩き込まれて、合体していたシャードビーストが纏めてその魂を砕かれる。小型の個体などは、空間に刻まれたその軌跡に触れるだけで死滅する。

 

『ぐ……!』

 

 だが、代償も大きい。

 

 ヌルスは魂に響くような激痛に呻きながらも、指先からボロボロと急激に朽ちていく右腕をパージ。最後に腕の内部にありったけの熱量を顕現させて、切り離した腕を左腕で掴み、押し寄せる敵の群れの中に叩き込む。

 

 巻き起こる大爆発に目もくれず、三本目の右腕を展開。

 

 しかし、理論上は問題ないはずの動きが、少しぎこちない。失ったはずの、切り落とした筈の腕の痛みを、ヌルスは言葉にならない唸りと怒りで噛み殺した。

 

『雑魚を始末していてもキリがない! ならば……!』

 

 空を仰ぎ見た先には、果てしなく巨大な魔眼が今もなお大地を見下ろしている。

 

 とにかくあれがシャードビーストの発生源なのは間違いない。一体何なのか、それは今も想像もつかないが、とにかくあの目玉を排除しなければこの状況は収まらない。

 

『魔槍、抜錨』

 

 胸部の装甲が展開され、巨大な顎のように開かれた開口部から黒い石突きが突き出す。それを両手で握りしめ、ヌルスは切腹の逆再生のような動きで、オメガ・マギアスの内部……迷宮の最深部から、漆黒の槍を引き抜いた。

 

 これが使えるのは、オメガ・マギアスを展開してからたった一度だけ。

 

 使ってしまえば後がない。

 

 だが、これを切るべきタイミングも、いましかない。

 

 ヌルスは槍を構えて大きく振り返り、空に瞬く巨大な瞳に狙いを定めた。

 

『はぁあ……!』

 

 これで駄目なら、もはや打つ手はない。

 

 世界はあの怪物に飲み込まれる。そのプレッシャーを責任感に変えて、ヌルスは最後の力を振り絞り、魔術を発動した。

 

 それこそ、ヌルスの扱いうる最大の歪みの魔術。

 

 ヌルスが最も大切に思う相手の名を与えた、最後の切り札。

 

 それこそ……。

 

『魔槍・アルテイシア……いっけえええ!!!!』

 

 闇の爆発と共に、漆黒の魔槍が打ち出される。反動でオメガ・マギアスの右腕どころか右半身が砕け散り、バランスを失った巨体が片膝をつく。

 

 射出された槍は、魔力結晶の励起に伴い紫色のオーラを球状に発生させながら、音速の数倍の速度で空へと駆け上がっていく。

 

 音速の壁を越えた事で発生した白いリングを発生させながら、怪異の根源を貫かんと飛翔する黒い魔槍を、巨大な瞳がしかと見据えた。

 

 途端、その眼窩が血走った。

 

《ギィイイイィイ……》

 

 世界が軋むような嘶きを上げて、魔槍と瞳の間に無数の帳が開かれる。

 

 凄まじい数の空間の亀裂が開かれ、そこからあふれ出す無数のシャードビーストが、その身をもって黒い魔槍の突撃を阻止しようとする。

 

 が、それらはかたっぱしから、触れる事なく蹴散らされていく。ヴァルザークのギャザリングストームの中でも消失しなかった、無と有の循環という性質を持つ魔槍の力を前に、ただの肉壁など何の役にも立たない。

 

 ましてや、空間の裂け目などという曖昧なものなど。まるで薄絹を割くようにすべての亀裂を逆に引き裂いて飛翔する魔槍が、ついに巨大な眼窩の中央へと突き刺さった。

 

 そして。

 

 そこで、貯め込まれた極大の魔力が解放される。

 

 紫色の光の柱が四方へと噴き出し、巨大な爆発が宙を覆った。空間が内側に捩じ切れて、世界がしばし、その形を歪ませる。

 

 ヌルスも、アトラス達も、クリーグや兵士達もが皆、反射的に目を庇い、顔を伏せた。

 

 それに対し、生命としての危機感を感じる事が出来なかったシャードビーストの群れはその輝きを直視し、飛び込んでくる破滅の光に網膜を割かれた。怪しい輝きは瞳の奥を切り裂き、癒えぬ傷を与える。悲鳴と共に、何万というシャードビーストが絶命する。

 

 天を滅びの光が満たしたのは、数秒の事。

 

 顕れた時と同じように唐突に、歪みの魔力が消滅する。現実の修正力によって、開いた無の大穴も消えてなくなる。

 

 暴走する魔力の輝きが消え去ったのを確認して、ヌルスは恐る恐る目を開いた。

 

『……どう……なった……?』

 

 不安を胸に、顔を見上げる。

 

 そこには……。

 

『な……』

 

 空には、まだ巨大な眼球は健在だった。

 

 それは大きく傷つき、その大半が抉り、消し飛ばされ、当初の原型など留めてはいない。生物として見るならほぼ9割死しており……どう考えても、致命傷。

 

 だが、まだ死んではいない。

 

 まだ辛うじて、動いている。

 

 その眼窩から流血のように瀑布のようにシャードビーストの群れが地に降り注ぎ、オメガ・マギアスの奮戦によって蹴散らされた地上の戦力が溢れかえっていく。

 

『ぐ、ぅ……!』

 

 折れそうになる心を、しかしヌルスは客観的に一喝した。

 

 今の一撃は確かに本体を仕留めるには至らなかった。至らなかったが、致命打である事に変わりはない。今すぐ死なないというだけで、奴は直に死滅する。それに、辺境伯領全体へのシャードビースト投下は途絶えている。

 

 だから無意味ではない。

 

 そのはずだ。

 

『う、ぉおお……!』

 

 魂に響く激痛を飲み干して、ヌルスはオメガ・マギアスを立ち上がらせる。右腕どころか右肩口から丸ごと吹き飛び、全身にヒビをいれながらも、赤い光を漲らせて立ち上がる黒き魔人。

 

 その魔人に対するように、押し寄せるシャードビーストの津波の中から、再び幾つもの巨体が立ち上がる。

 

 3体のシャードギガンテス。

 

 その絶望を前に、しかしヌルスは敢えて不敵に笑い、左拳を強く握りしめた。

 

『馬鹿の一つ覚えとはこの事だな! 同じ手が私にいつまでも通じると……!?』

 

 高らかに歌い上げる口上が、戸惑ったように途絶える。

 

 ヌルスの見る前で、シャードギガンテスが手をつなぐようにして、その身を融合させていく。見る間に巨大化していく黒い影に、オメガ・マギアスの頭部が大きく傾いた。知らず、一歩後ろ足が下がり……ヌルスはそれを強く恥じ、下がった足を前へと踏み出した。

 

『コイツ……!』

 

《ピギギギィイイ……》

 

 目の前にあったのは、もはや不細工な巨人ではなかった。四本の脚で大地を踏みしめ、翼を広げる巨大な怪物、そしてその上にまたがる、巨人の兵士。これまでの粘土を適当にこねたような造形はなんだったのか、微に入り細を穿つその造形は、神々しさすら覚えるほどの完成度の高さだった。これで肉体を構成するシャードビーストのステンドグラスのようなけばけばしい斑模様がなければ、神像としても通じたかもしれない。

 

 まるで黒鉄の竜人たるオメガ・マギアスに対抗するかのような、竜にまたがった狩人の姿に、ヌルスはひるんだ心に鞭を打つかのように、ふん、と乱暴な言葉を口にした。

 

『所詮、見た目を真似ただけの紛い物! どこでそれを見たのかは知らんが……本物に敵う事はないと教えてやろう! いざ、参る!!』

 

《ピギィイイ!》

 

 

 

 一歩、窮地に立たされているのはアトラス達も同じ。

 

 ヌルスの大立ち回りのおかげでシャードビーストの大半はそちらに引きつけられていたが、それでもかなりの数が彼らにむかって襲い掛かってきていた。

 

 円陣を組み、それらを迎撃するアトラス達。

 

 本来であれば、これだけの戦力差。いかんともしがたいはずであったが、それを埋めてくれたのはヌルス謹製の魔術武器であった。

 

「はあ!!」

 

 アトラスが気合と共に刃を一閃すると、その軌道上のシャードビーストがまとめて引き裂かれる。

 

 その長大な間合い故に事故も起こしたサダラーンの光の刃だが、見渡す限り敵しかいない、という状況ではメリットのみを享受できる。

 

 その背後を守るクリーグや兵士達も、同じくヌルスの作った武器で武装している。クリーグが雷撃を放つ剣で切り裂けば中型のシャードビーストがまとめて感電し、兵士達がクロスボウ型の魔術武器の引き金を引けば、冷気や炎、雷といった魔術が放たれてシャードビーストを蹴散らしていく。

 

 また一体、シャードビーストを切り捨てたクリーグが快哉を上げた。

 

「全く! 対したもんだなこの武器! 戦後は軍需産業で大儲けできるんじゃないか!?」

 

「ははは、ヌルスさんがそれを望むとは思いませんがね」

 

「これが領外に流出したら、とと、大ごとですよっ!!」

 

 アトソンの言葉に、兵士が魔力結晶を交換しつつ、どもりながら追従する。装填を終えて引き金を引けば、ファイアボルトの魔術が怪物を打ちぬいた。

 

「その心配はねーだろ、制御してるのは中に入ってる小さなヌルスの奴だしな! アルテイシアと辺境伯には死んでも刃は向けねーだろ」

 

「?? 中に入ってるのは触手魔物ですけど……?」

 

「おっと、なあに、ヌルスが生み出した触手だからな、あいつの命令には従うって意味だよ!」

 

 うっかり口を滑らしたクリーグの苦しい言い訳に、兵士はとくに深く考える事なく「そうですか? まあ、確かに」と頷き、再び狙いを定めた。

 

 ちっ、とクリーグが舌打ちし、アトソンが小さく囁く。

 

「クリーグさん。貴方の弁舌は士気高揚には必要ですが、少し舌が回らなくなってきたのでは?」

 

「すまん、ちょっと俺もそろそろ限界だわ」

 

 兵士達に聞こえないように答えるクリーグの顔色は悪い。長期戦に加え、先の見えない物量との戦いは想像以上に精神面への負担が大きい。

 

 だが、泣き言をいう訳にもいかない。

 

 今も、ヌルスは巨大な化け物と最前線で殴り合っている。丘の向こうに戦場が移ってしまった今は見えないが、凄まじい地響きと、魔術の稲光がまだ激闘が続いている事を間接的に教えてくれている。

 

「づぁっ! ……ふぅ、ふぅ……だ、だが、ここは踏ん張りどころだ。ヌルスの一撃で本体は瀕死だ、増援もほぼ断たれた。ここで抑え込めば、こちらの救援部隊が来るはずだ。それまで頑張れ!」

 

「はっ! アトラス様!」

 

 また大型のシャードビーストを細切れに変えたアトラスが、息を乱しながらも激を飛ばす。それに兵士達は希望を含んだ声で答えるが、ほかならぬアトラス自身は暗い瞳で空を見上げた。

 

 確かに、可能性はない訳ではない。

 

 見上げる巨大な瞳は大きくえぐれ、そこから滴り落ちてくるシャードビーストの数は比較にならない程減っている。負傷直後、大量の群れがここ目掛けて落とされたが、それは今の所ヌルスが押さえ込んでいる。

 

 ここを乗り切り、ヌルスが回復する時間さえあれば、もう一度さっきの魔術で今度こそ本体にトドメを刺せるはずだ。

 

 だが、乗り切る事ができるのか?

 

 先ほどまで辺境伯全土に投下されていた敵の群れ。あの一部は恐らく、残してきた調査隊本隊にも襲い掛かっただろう。ここに居る兵士は精鋭故魔術武器を持たされていたが、残った者の大半は通常の装備だ。それで、シャードビースト大型固体の群れに対抗できるのか?

 

 兵士達の練度は低くはない。だが、この状況は明らかに想定していた最悪の上を遥かに超えている。

 

 何より、ヌルスの限界が近い。

 

 あれだけの魔術を放ったのだ、いくらオメガ・マギアスといえど反動は尋常ではなかったはず。事実、先ほどまでは数分と起たず巨人を蹴散らしていたはずの黒き魔人が、先ほどからずっと同じ相手にてこずっている。もう限界が近いのだ。

 

「くそ、とにかくこの場の連中を制圧して、ヌルスの……っ」

 

「っ、アトラス!! 危ない!!」

 

 大切な友人の安否を気に掛けるばかりに、注意が散漫になったアトラス。その彼の意識の死角を突いて、シャードビーストが襲い掛かった。反射的にサダラーンの光刃で切り裂こうとしたアトラスだが、振りぬいた直後、光の刃がいつの間にか消えている事に遅れて気が付く。

 

 魔力切れ。

 

 冷静であったならするはずもないミス。例のない長期・多数の包囲戦が、聡明なはずの彼の精神力を削りきってしまっていた。

 

「しま……っ!」

 

 迎撃される事なく突き出される爪を、とっさにサダラーンの刃で受け止めるアトラス。つばぜり合いの後に、鍛えられた刃で爪ごとシャードビーストを切り捨てるが、魔術を帯びていないただの刃では殺しきれない。

 

 バラバラと崩壊するシャードビーストが、礫のように小型個体を放つ。

 

 それを咄嗟に籠手で受けるアトラスだが、しかし全ては防ぎきれず。

 

 一匹のシャードビーストが、矢のように彼の右胸に突き刺さった。

 

「あ……」

 

 しぶく鮮血。

 

 金髪の青年剣士の体がぐらり、と傾ぎ、そしてそのまま背後に倒れ込んだ。

 

「あ……アトラスゥウウ!!!」

 

 

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。