望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百六話 約束

 

 

「アトラス! しっかりしろ!!」

 

 倒れたアトラスに、即座にクリーグがカバーに入る。彼は大振りの一撃で周囲のシャードビーストをけん制すると倒れたアトラスに覆いかぶさり、ナイフの一撃で突き刺さっていた小型個体を仕留めるとそのまま引き抜いた。

 

 血が少量飛び散り、彼とアトラスの頬を汚す。

 

「兵士達、防御円陣! アトラス、返事!」

 

「私が治療を!」

 

 兵士達が咄嗟に肉壁となって立ちはだかる内側で、アトソンが祈祷で傷を癒しにかかる。

 

 暖かな光が傷口に降り注ぎ……しかし、その治りの遅さにアトソンが険しく眉をひそめた。

 

「治癒が遅すぎる……これが、魂を吸われるという事なのですか!?」

 

「いいから治療を続けろ! 遅くても治ってんだろ!?」

 

「は、はい!」

 

 クリーグの檄に、アトソンが再び瞼を閉じて、意識を集中させる。輝きを増す白い光が、傷口を塞ぐとはいかなくとも出血を止める。

 

 しかし、それは同時にこの混沌の戦場で悪目立ちするという事である。

 

 祈祷の輝きを見咎めてか、無数のシャードビーストが殺到してくる。それを兵士達、そしてクリーグが武器を振るって叩き落す。

 

 魔力結晶を交換する隙も無い。エフェクトの無くなったただの刃物を、それでも必死に振るって切り結ぶ。瞬く間に彼らの傷が増えていく。

 

「くっそ、便利なもんに一度慣れると当たり前が辛いぜ!! お前ら大丈夫か!?」

 

「はい! 魔術が起動できなくとも、刃物としてもかなり高品質のようですので! はは、普段の官給品よりよほど切れ味がよいですね!」

 

「ははは、そりゃあいい、ヌルスの奴は凝り性だったからな! どれ、もうひと踏ん張り……!?」

 

 有りもしない余裕を見せて軽口を叩き合い、シャードビーストに抗うクリーグ達。

 

 だが、そんな彼らの目の前に大型の個体が姿を現す。

 

 巨大なサソリのような形状を取ったそれが振り回す腕が兵士達を薙ぎ払い、クリーグ目掛けて毒針が振り下ろされた。

 

「く……っ!」

 

 辛うじてその一撃を防ぐものの、大きく突き飛ばされるクリーグ。吹き飛ばされた彼の視界に、アトソンとアトラスめがけてハサミを叩きつけようとする大型個体の姿が目に入った。

 

「逃げろ、アトソン! アトラス!!」

 

 叫ぶ声も虚しく、大型個体の腕が振り下ろされ……。

 

『させん』

 

 それよりも早く、天から降ってきた拳が、シャードビーストを叩き潰した。怪物の巨体は粉微塵に砕けて弾け、汚らわしい体液が周囲に飛び散る。

 

「ヌルス! ……?!」

 

 喜色の声を上げるクリーグ……だがそんな彼の喜びは、すぐに愕然とした衝撃にとってかわられた。

 

「お、お前……」

 

『だ い丈夫 か? アト トラスは無事、か?』

 

 辛うじて助けに間に合ったヌルス、しかし、そのあり様は誰がどう見ても瀕死寸前の凄惨なものだった。

 

 もはやオメガ・マギアスの巨体に、傷の無い場所など一つもない。右腕は肩からもげ落ち、右足も膝から先が大きくえぐられて太さが半分になっている。両の翼は付け根からちぎられ、胴体も斜めに大きくえぐられており、今も赤紫の血が大量に滴っている。黒い装甲にも隈なく罅割れが走り、赤く光っていた装甲の隙間は、今はまるで死にかけの吐息のように頼りなく明滅するだけだ。

 

 その頭部も左半分がごっそり抉られ、内部で蠢く肉塊……ヌルス本体が露になっていた。その剥き出しのギョロ目が、アトソンとアトラスを見つめている。

 

『アトソ ン、治療 は?』

 

「出来る限りの事はしましたが、酷く衰弱しています。一刻も早く安全な場所に移動させなければ……」

 

『わかっ た。なん とか、スル』

 

 アトソンの言葉に、ぐぐぐ、とオメガ・マギアスが動き出そうとする。しかし、その動きは酷く緩慢で、さらには動く度に血が噴き出した。

 

「ヌルス様!?」

 

 兵士の一人が、事情も分からぬままに静止の声を上げた。理屈は知らないが、素人から見てももはやヌルスは限界だ、これ以上は命に係わる……説明など必要ない、一目見てもう戦えないのは明白だった。

 

「おやめください、ヌルス様! それ以上は貴方が!!」

 

『だ ガ、私、戦わなけれ、バ。守る、辺境伯、アトラ ス、皆……アゥ』

 

 無理に立ち上がろうとしたオメガ・マギアスの右膝が砕ける。

 

 地面に崩れ落ちる黒い魔人。しかし、その衝撃は悲しくなるほどに軽かった。泥まみれになって上半身を起こすヌルスの眼前、見上げる空に、渦を巻くようにして無数のシャードビーストが飛び交っている。

 

 それはまるで、必死にあがくヌルスを嘲笑っているようだった。

 

 その時の事だ。

 

 アトソンの腕の中で、うっすらとアトラスがその青い瞳を微かに開いた。

 

「……ヌル、ス……約束を、頼む……」

 

『アトラス?』

 

「約束、だ……どんな、事を、しても……辺境伯領を……民を……」

 

 譫言のようなアトラスの問いかけに、しかしヌルスは悔しそうに首を振った。

 

『……駄目、だっタ、ア トラス。私に、チカラが、足りナカッた』

 

「違う……ヌルス……もう一つ……あるだろう?」

 

『もう一つ……?』

 

 記憶を思い返すように首を傾げるヌルス。だが数舜後、はっとしたようにオメガ・マギアスの巨体が、身体全体でアトラスに振り返った。

 

 一方、周囲は何が何やら。要領を得ない二人の、しかし緊迫した会話に、黙って耳を傾けている。

 

『馬鹿な……ダメだ、あれハ……! あれは、アクまで理論ノ話で……そんな事をしタラ……!』

 

「かま、わない。次期当主として命じる。……私の、民を、救ってくれ。ヌルス……」

 

 当惑し、拒絶するヌルスに、しかしアトラスは短く命じて、かくん、と首を傾けて目を閉じた。

 

『アトラス!?』

 

「大丈夫、気絶しただけです……で、ですが、ヌルスさん? 何の話を……?」

 

「まだ何かとっておきがあるのか? だったら早い所頼む、このままじゃ皆死んじまう!」

 

 二人が話している間も、シャードビーストを近づけまいと奮戦していたクリーグも声を上げる。

 

 この状況まで使わなかったのだ、恐らくかなりの代償を伴う切り札なのだろう。自己犠牲の強いヌルスがそれでも躊躇うのだから、恐らくその結果として辺境伯領に何かしらの害をもたらすもの……だとしても、このままでは領民もろとも鏖にされておしまいだ。

 

 ここで意味の分からない化け物に殺されるよりは、何が起きるかわからなくてもその最後の切り札にかけてみたい。

 

 この場に集った者達の意思は同じだった。

 

 それを受けて、俯くようにオメガ・マギアスが顔を伏せる。数秒の沈黙の後に、ヌルスは覚悟を決めた。

 

『……わカッた。やろウ。皆は……私ガ守る!』

 

 もしも。

 

 もし、この時。

 

 この時ヌルスがやろうとしている事を、本当の意味で理解している者が一人でもいれば、その者は何に代えてもヌルスの行動を止めただろう。

 

 だが、それはあくまでたら、れば、の話。

 

 安易な希望に縋った愚者達が、己の愚かさに悲嘆するあまりに顧みた、ただの仮定に過ぎない。

 

 故に。

 

 ここに、悲劇の幕が上がる。

 

 

 

『……始まりは、混沌から。混沌は煌めきに、煌めきは侮蔑に。侮蔑は孤高に、そして孤高は願望に至る』

 

 呪文を詠唱しながら、オメガ・マギアスが胴体部の破損部に左手を突き込み、何かを本体から引きずり出す。

 

 捧げるように掲げられたその指の中に煌めくのは、白と黒に輝く純結晶。元は迷宮のコアを使って生み出されたこれらは、当然のように迷宮の核となりうる。

 

 ヌルスとて、今は代替の迷宮を生み出すので精一杯。だがこれを使えば、本物の迷宮を生み出す事ができる。

 

 そう。シャードビーストを封じ込める、魔の牢獄を。

 

『願望は探求に通じ、探求は試練に届く。試練は調和を与え、調和はやがて、頂きへと届く』

 

 だがその代償は大きい。これを迷宮の核にすれば、ヌルスはもう迷宮の外に出られなくなる。

 

 迷宮そのものを鎧とするオメガ・マギアスを纏えば一時的に出る事はできるが、その黒き魔人を維持する膨大な魔力も結局、純結晶から得ているものだ。これを迷宮の核にするという事は、もう二度と迷宮の外に……アルテイシアに会う事は出来ないという事である。

 

『ああ、聖なるかな、静なるかな、誓なるかな。頂きで輝く君の元へ。我が宣誓が届かぬ事を、ただ祈る』

 

 それだけではない。シャードビーストは今や辺境伯領全体に散ってしまっている。空に存在する死にかけの本体も含めて全てを封じるとなると、辺境伯領全体を巻き込むような規格外の規模の迷宮を構築する事になる。勿論、巻き込んだ人間の安全は最大限保証するが、問題はそこではない。

 

 一つの領地を飲み込んだ、巨大な迷宮。それに対し、近隣の勢力がどのような反応を示すか未知数だ。シャードビーストの脅威は伝えてあるし、その封印の為に必要だと言っても、そのものを知らぬ者は真の理解には程遠いだろう。

 

 最悪、迷宮を巡って戦争になる恐れだってある。

 

『全ての願いはここに棄却される。害する者、癒す者、罰する者、その悉くが地に堕ちよ』

 

 だとしても。

 

 だとしても、ここに魔の城を建てねばならぬ。

 

 それがどのような結果を招くとしても、愛する辺境伯領の人々、エンシェントの里、そしてアルテイシアを守るために。

 

 

 

 そして、ここに魔城の王は成る。

 

 ヌルスは高らかに詠唱を謳い上げ、術式を起動した。

 

 

 

『ここが世界の終わり、全て朽ち行く廃棄孔。……顕現せよ! “万魔殿(パンデモニウム)”!!!』

 

 

 

 混沌の光が、世界を包み込んでいく……。

 

 

 

 

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