望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~ 作:SIS
光を放つ純結晶。
それを掲げるオメガ・マギアスの全身が光り輝く。構造を変更する事で、自らを魔術回路に……魔術師の杖へと作り替えているのだ。
それにより、およそ尋常の存在では詠唱不可能な極大魔術式も辛うじて展開できる。それでその想像を絶する負荷の齎す苦痛に、ヌルスは悶えるようにして耐え抜いた。
『ウギギギギ……』
純結晶は今、ヌルスの体にない。今の状態で多数の触手を失えば、本体と呼べるものの無いヌルスという存在はそのまま消滅してしまう。
そうなれば最後まで術式を展開できない。燃え尽きそうになる意識を必死に繋ぎとめて、ヌルスは魔術を展開した。
純結晶から放たれた光が、無数の線を、図形を描いていく。
それはこれから展開する魔城の原型、基礎のようなもの。空に輝く波紋が広がっていき、それはやがて、ほぼ辺境伯領そのものを覆い尽くす。
それを、窮地にある人々は見上げる余裕も持ち合わせていなかった。
ある村では、津波のように襲い掛かってくるシャードビーストを前に逃げ出すも逃げ切れず村人全員がその牙に呑まれ。
隊列を組んで抵抗する兵士達が一度はその津波を跳ね返すも、終わる事無く繰り返される波濤に押しつぶされる。
少しだけマシだったのは防壁を持った街だったが、それらも巨大なシャードギガンテスの拳で防壁が砕かれ、大量のシャードビーストが内部になだれ込んでいく。
生きている人々は、その猛威に抗うので必死。空を見上げる余裕などない。
故に。
その天の輝きを見咎めたのは、今から死に逝く者達だった。
ヴァーシス辺境伯本館。
多数の兵士やシャードビーストの亡骸が横たわるその中庭に、当主であるクラウスもまた血を流して倒れていた。
辺境伯領全土へのシャードビーストの投下、それは領都も例外ではない。防壁が巨人の侵攻を阻んでいる間に民や家族を逃がそうと、空から直接降ってくる相手にクラウスは配下と共に時間稼ぎに打って出た。館に多数配置されていたヌルスの分身の力を借りて、一刻の時間を稼ぐ事ができたが……それが、彼らの限界だった。
手にした愛刀を持つ指にも、もはや力が入らない。起き上がる事も出来ず、クラウスはただ、薄暗い空を見上げる他はなかった。
妻とテオスは逃げ切れただろうか。この災害の元凶へと向かったヌルスとアトラスは無事だろうか。
ただ、家族の心配と、己の力不足に歯を噛みしめるクラウス。
空に広がる輝きが彼の目に入ったのは、その時だった。
「お……おお……」
クラウスには魔術が分からぬ。
それでも、ヌルスと共に暮らす内に、ある程度の理解を得る事はできた。それ故に、彼にはすぐにそれがヌルスの魔術であり、ヌルスが何か途方もない事をしようとしているという事はすぐに分かった。
恐れはない。
あの心優しい触手のする事だ。きっと、民の為を思っての事だと、疑う余地はない。
空に広がる光の線から、地上に向けて光の壁のようなものが降ってくる。それを前に、まるでシャードビースト達が逃げ出そうとするかのように空を舞っているのがクラウスの目にも見えた。
もう遅いわ、と彼は嘲笑した。本能だけで生きる化け物どもが、叡智の御業に気が付いたところで、もはや逃げ出す隙などありはしない。
最初はどうなる事かと思ったが、やはりヌルスは偉大な魔術師であり、大切な友人だった。
惜しむべきは、その誠意に、もはやクラウスは応える事叶わぬ、という事だ。
少しずつ、彼の視界が灰色に閉じていく。焦点がぼやけて、世界が曖昧になっていく。
その中で、小さく彼を呼ぶ声が聞こえた。
『クラウスサマ』
「お前、は……」
呼び声に顔を向けると、傍らで転がる小さな箱から、何かが這い出して来るのが辛うじて見て取れた。
壊れた触手ハウス。その中に入っていた触手が、何故か灰になる事なく、ハウスの外に出てきている。
弱弱しく這いながら、それはクラウスの元に近づいてきた。
『サイゴ。オトモシマス』
「……ああ。そうか……」
クラウスは小さく苦笑し、なんとか指先をその触手に近づけた。指と触手を絡み合わせ、彼は小さく嘆息する。
てっきり、このまま一人寂しく死に逝くものかと思ったが。
「ありがとう。……ふふ、奇妙な連れも、あった……もの…………だ…………」
最後の息を言葉と共に吐き出して、かくり、と辺境伯の首が落ちる。
それと同時に、彼の指先で触手も灰となり……優しく吹いた一陣の風が、その灰を攫って行った。
溶けるように消えていく、僅かな灰。それが散っていく先に、光に包まれる辺境伯領が広がっている。
全てが、混沌の光に呑まれていく。
それはやがて確固たる形を成し、天地へと聳え立つ。
光の線は面となり、やがて聳え立つ城壁へ。次々と鋭い尖塔が聳え立ち、暗く閉ざされた天を穿つ。
その光の構造物に、シャードビーストが次々と取り込まれていく。空に鎮座する死にかけの巨大な眼球を、聳え立つ摩天楼が貫いた。鋭い尖塔の切っ先の群れが、のたうつ怪物を串刺しにする。
《ピギギギィ!?》
断末魔の声を上げる天蓋の怪物すら飲み込んで、果てしなく成長していくその輝き。
光の只中で、手綱を握るヌルスが苦悶の声を上げる。
『ぐ……そ、想定より……なんだこれは!? 魔力が多すぎる、破裂する……?! シャードビーストを取り込んだ影響か?! いかん、このままでは……!』
慌てて術式を改竄するヌルス。純核から供給される魔力に合わせて作った術式だが、想定よりも遥かに大きな魔力が流れ込んできている。
原因はシャードビーストだ。奴らは魔力を食らい、そして同様に生命力を食らう。あるいは、主目的は生命力で、限りがあるそれよりも多く得られる魔力を狙っているのかもしれないが、ともかく、どうやら彼らの蓄えたエネルギーは魔力と本質的には同じものらしい。
そしてそれは、空間を開く力の源も同じ、という事。あの巨大な本体を顕現させる程の亀裂、それを展開・維持する力も取り込んだ事による想定外だ。
このままでは術式が破綻する。消費と供給が釣り合うように、迷宮の特定区画を無限回繰り返し処置し、拡張する。それによって当初の想定よりも遥かに、魔の城が成長していく。
その光は、やがて辺境伯領全てを飲み込んでいく。
破滅を齎すのではなく、全ての民を救済する為に。
ある都市で、生き残った市民がシャードビースト相手に決死の戦いを繰り広げていた。そこに、風よりも早く広がった光の壁が到達し、諸共皆を飲み込む。
平原でシャードビーストの群れから逃げようとする馬車とそれを追う怪異、足止めに速度を落とした騎馬を、後ろから追いついた光の壁が諸共飲み込む。
そういった光景が、辺境伯領のあちこちで垣間見られた。
光に包まれた人々が目を開くと、そこは真っ白な白の回廊の只中。呆然とする彼らの周囲にシャードビーストはおろか、あらゆる危険は存在しない。
一方、隔離されたシャードビーストは、処刑場へと送られた。
完全に封鎖されたドーム状の空間。状況を怪物達が理解するよりも早く、揺れる燭台の光が生む影から、のっそりといくつもの影が立ち上がる。
魔物。
それもヌルスが迷宮構造と共にデザインした、最強クラスの魔物達。冒険者の動きをコピーした動く鎧、翼持つ合成獣、強酸の煙を立てる粘液塊、九つに分かれた触腕を持った伝説的な触手の怪異、等等。
そういった、歴戦冒険者でも絶望を覚えるような最上級魔物の群れが、捕らわれたシャードビーストの群れに襲い掛かる。
所詮は数に物を言わせるだけの小癪な怪異など、分断され質でも量でも上回る魔物を相手にすれば、技も覚悟もないそれらは殲滅されるのみだ。
ただシャードビーストもやられるだけではない。状況の劣勢を悟ってか、新たな亀裂が開かれる。座標が判明済みであれば、向こう側から無限の増援を送る事が可能……だが、開いた亀裂を待っていたのは、暗く閉ざされた魔城の処刑場。飛び出した無数の個体は忽ち処理され、それどころか、開いた亀裂を通して生命エネルギーが吸い出されていく。
亀裂を開く事はできても、閉じる事は出来ない。亀裂が維持できなくなるまで、干からびるまで生命力を吸い上げられ、それに応じるように魔城は果てしなく成長していく。
それはまるで、迷宮そのものが生きているようだった。
そして一日の後には、かつてヴァーシス辺境伯領と呼ばれていた大地には、雲よりも高く聳え立つ、巨大な城のような構造物が鎮座していた。
近隣の領地、王都はすぐさま対応に動き、かつて辺境伯領だったその城を包囲する。やがて、これを成した人類の裏切り者の名は、広く世界に知られるようになる。
その名は、ヌルス。
魔城の主……魔王、ヌルス。
◆◆
魔城の降臨から数か月後。
落ち着きを取り戻したエンシェントの里、スカーシハに仕える侍女の一人が、世界樹の回廊を昇っていた。
彼女はスカーシハ直々に、ある大切な用事を頼まれていた。敬愛する半神の愛する者の大切な人物の介護が、彼女の仕事である。
……本来ならば、スカーシハ直々に行っていた事だが。しかし今の半神は、残念ながら里を守るためにその敏腕を振るっており、眠る暇もない。
「御労しや、スカーシハ様……」
今も不眠不休で采配を振るっている半神の事を思い、エンシェントの侍女は涙ぐんだ。
「私に出来る事といえば、一つでもその重しを軽くしてあげる事よね……」
階段を昇る傍ら、遥か遠方に視線を向ける。
その視線の先には、白く霞む巨大な山のようなものがある。それが巨大な城であるなどと、未だに信じがたくはある。
だが、事実だ。
そしてそれに伴う、目を覆うような凶報の数々も、また。
今もあの城で世界の終焉を押さえ込んでいるピンクの肉塊を思い、侍女は物憂げに顔を伏せた。
「ああ。いっそ、この里もあの城に呑まれればよかったのに。そうすれば、スカーシハ様も、ここまで思い悩む事もなかったろうに……」
思わず不毛な空想にふけりながらも、侍女は世界樹の頂上、泉の間に足を踏み入れる。
そこで眠り続ける少女の介護が、彼女の仕事。
いつものように変わりなき事を確認し、余計な根を剪定する……それだけの仕事。
それだけの、はずだった。
「……え?」
銀色に輝く水面に、一人の美しい女が身を起こしていた。
長く伸びた髪は、根本は金色、先に向かうにつれて銀色がかっている。肌は透けるように白く、そして仄かに命の色に赤みを帯びていた。
物憂げに伏せられた“虹色”の瞳が、複雑に枝が絡み合った壁を通して、どこか遠くを見つめている。
どこか。
考えるまでも無かった。
「あ、貴方……!?」
「…………」
震える声で呼びかける侍女に、少女が反応する。
ゆっくりと振り返る視線……その動きには、明確な意思があった。
と。
そこでぐらり、と少女の体が崩れ落ちる。力尽きたような突然の動きに、侍女は慌てて駆け寄って少女の体を受け止めた。
「し、しっかりして……!」
瞳を閉じて動かない少女に、最悪を想像して顔を真っ青にする侍女。しかし顔を寄せると、少女は確かに息をしていて、脈拍も安定している。どうやら、疲れて眠っているだけのようだ。
考えてみれば、彼女からすれば自分の体を動かすのはそれこそ1年ぶりぐらいになるはずだ。まともに身動き出来るはずもない。
ほっと息をして、侍女は助けを呼ぶべく、精霊に語り掛けた。風の精霊を通じて、里に呼びかける。
『だ、誰か! 誰か来て、スカーシハ様のご客人が目を覚ました! 誰か早く!』
精霊を通して、里に呼び声が届けられる。
その傍らで、少女が小さく、夢見るように呟いた。
「ヌルス、さん……」
第二章 彷徨の禁術師 完
第三章 終焉の魔城 に 続く
を願って。
あとがき
これにて、望まぬ知恵の王、第二章 彷徨の禁術師、完結となります。
これにてタイトルにある、『冒険者に憧れた蟲が、魔城の主と呼ばれるまで』は達成した事になります。いやー長かった、感無量。
シャードビーストの襲撃、それから人々を守るために極大の迷宮を作り出したヌルス。それがなんで魔城の王なんて呼ばれるようになったか……まあ、うん。それは第三章で語られる事になります。
賢明な人がいれば、愚かな人もいる。そして賢明な人でも、時に判断を誤るのです。
第二章がどういう話だったのかを振り返ると、いうなれば幸せの意味と価値を知る話だったでしょうか。最初から幸せを知らなかった者は、幸せを失った者より幸福である、なんて話もあります。
迷宮の中で生まれたヌルスが、人と関わり合い、いろんな人が居る事を知った上で、自分の大切な人々を守りたい、そういう欲を手に入れるまでの話だった訳ですね。そうして、純粋なだけだったヌルスという存在が、区別をつけるようになり、結果ヌルスは“ヒト”になった。
選ぶという事は、何かを選ばぬという事。そして人の倫理と、世界の理屈は違う。
ヌルスは選んだ結果、戻れぬ道に踏み込んでいってしまった。それは、第一章からずっと続いてきた、選択とその責任の延長線上にある話です。
願いをかなえる力を持つが故に、一人で背負い続けたヌルスが、その重さに押しつぶされる日は、そう遠くないのかもしれません。
だからこそ。ヌルスを一人にしまいと立ち上がる人が必要です。
第三章は、これまでと違った視点で語られる物語になるでしょう。
おおよそプロットは決まっているのですが、まだ練りが足りないと言いますか……現状、割とアップアップしてるので、ちょっとお時間を頂きたいと思います。
では皆さま。
第三章で、またお会いできる事を願って。