望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~ 作:SIS
ウルル・クルシュカはヴァーシス辺境伯に仕える密偵である。最近、主が変わりそうな気配があるが、それでもやる事は変わらない。
とはいえ、平和な辺境伯領ではもっぱらペット探し、市民相談ぐらいしか主な仕事はなく。
それだって毎日有る訳ではない。
それでは食べていけないと、基本的には拠点でもある偽装喫茶店の店員として働いている。
仕事の割合としては、もはやこっちの方がメインではあるが。
「らっしゃーせ。……げっ」
「うむ。失礼するぞ、ウルルどの」
しかし、その日訪れた客はいつもとちょっと毛色が違った。
銀髪の髪をなびかせた絶世の美女。蠱惑的な肢体を魔術師のコートの下に隠した、辺境伯お付きの魔術師。
「ヴィヴィアン様……」
ウルルとは立場を同じにする同僚といえるが、その本性を知っている彼女はうげげ、とカウンターの後ろで後ずさった。
いや、別に性格が悪いとか、影で人を食ってるとか、そういう訳ではないのだが。
むしろ、人格的には善良かつ立派な人物である。それであっても、やはり見た目と中身と本性のギャップがちぐはぐすぎて、話していると混乱するのだ。
「きょ、今日は何の御用で……?」
「ははは、そんなに警戒しないでくれたまえ。今日はあくまで客として来たのだ、客だよ客」
「は……?」
困惑しつつもとりあえずテーブルに案内する。
銀色の魔女は目を好奇心にきらきらさせながら椅子に座ると、うきうきしたようすでメニュー表を手に取った。
「喫茶店というものには入った事がなかったのでな! せっかくだから体験しようと思ったのだ。アトラスから聞いたぞ、ここのメニューは評判がいいと!」
「は、はぁ……」
え? まじでただお茶しにきただけ? と困惑しつつ、ウルルは頷き返した。
この喫茶店のメニューは、普段から裏に引きこもって出てこないマスターが用意しているものだ。偏屈な拘り性のおっさんで、店員であるウルルにすらめったに話しかける事もなく、店番をまかせっきりにして豆を炒ったり粉にしたりしている。早い話が変人だ。
「この、フィーカってのが美味しいと聞いたぞ! ところでこのフィーカってのはなんなんだ? 豆の飲料と聞いたのだが、豆の煮汁か?」
「ちょ、やめてくださいよ、そんな頓珍漢な意見マスターに聞かれたらぶっ殺されますよ!?」
慌てて無軌道不定形生命体の口を封じるウルル。聞かれてないよね? とカウンターから通じる裏への扉に目を向けた彼女は、動きがない事にほっとした。
「ふぅ……フィーカってのは、豆を炒って磨り潰した粉で炒れるお茶ですよ。お茶はわかりますよね、さすがに」
「それぐらいわかるぞ! なるほど、炒って磨り潰す……面白い事をするのだな? 起源はなんなんだ?」
「んー。伝説によれば、初代ヴァーシス辺境伯がまだ辺境伯じゃなかったころに、このあたりで盗賊に襲われたそうなんです。辺境伯は腕に覚えがありましたが、いかんせん多勢に無勢。愛剣サダラーンでも数の利を覆す事はできず、森の奥に逃げ込みました。その先で、動物達が不思議な木の実を食しているのを目にして、自らもそれを口にしてみたのだそうです」
まあ、よくある昔話だ。ちなみにこの初代辺境伯の出自にもまたいろいろと噂があるが、そっちにウルルは特に興味はない。
「するとあら不思議。モリモリ元気がみなぎってきて、辺境伯は森から打って出るとたちまち盗賊たちをぼこぼこにしてしまったのだそうです。地元住人の話によれば、この木の実はフィーカと呼ばれており、食べた人間に不思議な力を与えるのだとか。その伝説にあやかり、飲むようになったといわれています」
「おぉー。由緒正しい飲み物なのだな!」
目をキラキラさせて小さく拍手してくる銀の魔女。
挙動が幼女みたいだなこいつ……とウルルはちょっと癒された。
「ところでなんでそれが豆を炒って磨り潰してお湯でこす、なんてややこしい飲み方になったのだ?」
「さあ……それまでは……」