望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~ 作:SIS
喫茶店の朝は、フィーカの準備から始まる。
店の裏から引っ張ってくるのは、緑色の豆が満たされた篭がいくつか。全て、煎る前のフィーカの豆である。
それらは品質によってランク分けされており、店主が直々に一粒ずつ選別し寄り分けた最上級の豆だけが満たされているのがランクA、店では基本的に出す事はなく辺境伯一家等のお得意様だけに卸されているものだ。
それらの選別からあぶれたちょっと傷があったりするものを集めたのがランクB。店主のこだわりが強すぎるだけなので、このランクBが一般的な喫茶店の最上級で通る。ウルルからすると、何が違うのか分からない。
そして、素人目でみても傷が入っているのを集めたランクC。これはもう明確に一段味が落ちる。喫茶店ではこのランクCを割引価格で提供している。
ちなみに喫茶店で一番売れ行きがいいのはこのランクCだ。味が落ちるとはいえ、お客様はこれで満足している。
ウルルに手出しが許されているのもランクCまでだ。豆を計量カップで掬い、取っ手の着いた缶のような器具に投入する。あとはこれで豆を煎るのだが……。
そこまで作業を進めて、ウルルは小さくため息をついた。カウンターの向こうから、好奇心で目をキラキラさせて覗き込んでいる銀髪の美少女に声をかける。
「…………ヴィヴィアン様。気が散るので、そんなに注視しないでください」
「おっと、済まない」
あやまって首を引っ込めるヴィヴィアン。だが、首筋にちりちりする注目の気配が一向に途絶えない。凄腕の暗殺者に一挙手一投足を監視されているような居心地の悪さに、ウルルのストレス係数が加速度的に上昇していく。
ヴィヴィアンは何やら喫茶店というものに酷く関心があるらしい。面通しの後も、こうして数日に一度やってきては朝から興味津々で覗き込んでくる。
それそのものはいいのだが、こう観察されると落ち着かない。かといって、相手は立場的には遥か目上の存在だ。実体は次期辺境伯当主のペットのようなものだとしても、ウルルからしかりつけるのは難しい。
はてさて、どうやってヴィヴィアンを遠ざけようか。少し思案したウルルは一計を案じてみることにした。
「……何なら、やってみますか?」
「いいのか!?」
まるで待ち構えていたかのようにばひゅう、と隣までやってくるヴィヴィアン。ウルルは彼女の背中にぶんぶん振られる子犬の尻尾を幻視した。
「このコンロに火をつけて、缶ごと炙って中の豆を煎るんです。豆は油が多いから、直接火をあてると焦げちまうんですよ。できます?」
「やってみる!」
にこにこしながらロースト器具を受け取るヴィヴィアンに、ウルルは内心でにやりと悪い顔をした。
実はこの作業、なかなか熟練がいる難しいものなのだ。ちょっと煎りすぎるとすぐ真っ黒こげになる。ウルルも、店長から及第点をもらうまでに一年かかった。
そもそも、素人にはコンロの薪に火をつけるの難しいだろう。
まあお手並み拝見、とほくそ笑むウルルの前で、ヴィヴィアンはよし、と気合を入れた。
なお。
『(呪文詠唱)』
一瞬で薪に着火。
「るんるるるー(魔物アイで缶内部の豆の火の通り具合を確認)」
上手に煎れました!!
「らんらららー」
ミルの扱いも完璧、むらしもばっちり、美味しいフィーカができました!
店長も絶賛!
ウルルはその日、午後から有給を取って店を休んだ。
自分で淹れたフィーカは、涙の味がした。