望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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特別編 テオス・D・ヴァーシス

 

 ヴァーシス辺境伯一家の次男、テオス。

 

 彼には最近、気になっている人物がいた。

 

 残念ながら恋愛的な意味ではない。単純に、その人物が不可思議かつ面白可笑しい怪人物だからである。

 

「どきどき……」

 

 今日も、テオスはこっそりその人物の研究室の入口から中を覗き込む。かつて倉庫だったその部屋は、件の人物の手によってすっかり意味不明な物体が立ち並ぶ異界と化していた。

 

 透明な筒がいくつもならび、得体の知れない機械が常にガチャガチャ動き、大鍋は一日こぽこぽ言いながら煮込まれている。本棚にはテオスからすると用途の分からない専門書がびっしりと詰め込まれ、床に敷かれた絨毯は得体の知れない赤紫の染みで汚れ、ところどころ溶けたように穴が空いている。

 

 そんな明らかにヤバそうな雰囲気の部屋の中で忙しそうに動き回っているのは、銀色の髪を靡かせる美しい魔女。

 

 ヴィヴィアンである。

 

「~~♪ ~♪」

 

 彼女は鼻歌を歌いながら大鍋から液体をひとさじ、ビーカーに移すと水を加え、かしゃかしゃとかき回す。緑から青、青から黄色、黄色から赤に変じた液体を見て、何事か頷いてぐい、と飲み干した。

 

「ひぇ……」

 

 美女が毒物にしかみえないものを飲み干すのはなかなか刺激的な光景で、テオスは思わず口元を押さえた。

 

 その間もヴィヴィアンは何やら参考書を開いて確認すると、机の上で薬草を刻んだ。赤紫色の毒々しい色合いの葉っぱをとんとんとん、と刻み、大鍋に加えるとぼふん、と煙があがる。刺激臭のする匂いは換気扇に吸い込まれて外に排出されるが、テオスはしっている。最近、換気扇の出口の周りに得体の知れないキノコが生えるようになった事を。庭師が愚痴っていた。

 

「はわわ……」

 

「ふむ……」

 

 大鍋を一しきりかき回したヴィヴィアンは、その鍋の中身を一部、今度は小さな鍋に移し替え、水を加えてぐつぐつと煮込んだ。

 

 そして火を止めると、今度は壁に並ぶ透明な筒の元に向かう。

 

 筒の中では何やらかすかに緑色の液体が満たされ、こぽこぽと泡を立てている。その中には、うねるピンク色の触手のような生物が、ゆらゆらと漂っている。ヴィヴィアンが近づくと、それに反応して触手達がうねうねと動き始めた。

 

「よーしよし」

 

 ヴィヴィアンは小さく声をかけると、傍らの配管の中に、どぽどぽと鍋の中身を注ぎ込んだ。すると透明な筒が、忽ち真っ赤に染まっていく。

 

 その内部で、びくびく! と触手達がのたうつように蠢いた。苦しみに悶えているようなその姿に、テオスはひぃ、っと息を飲んで後退る。その際、思わず彼の足が何かを踏む。

 

 小さな三角形の破片。ドアストッパーが何故か床に転がっていた。

 

 カタン、という物音に、銀髪の魔女が振り返った。

 

「誰だ!!」

 

「ひゃわわ」

 

 逃げ出す暇もなかった。しゅるりと魔女の袖から伸びてきた触手が、テオスに絡みつくと部屋へと引き込んだのだ。

 

「わあああ……」

 

 哀れ、テオスの運命はいかに……。

 

 

 

 ……という展開にはもちろんならず。

 

「栄養剤?」

 

「うむ」

 

 部屋の中で、椅子を用意されたテオスに説明するヴィヴィアン。テオスの手にはお茶の入ったカップが渡されていたが、当然彼は迂闊にそれに口をつける事はなかった。

 

「我々魔物は魔力で存在を維持しているが、触手魔物は例外的に現実の有機物を摂取する事が出来る。迷宮のスカベンジャーであるがゆえにな。それで、魔力供給以外にもそういった栄養剤で、存在を維持できないか試していたのだ。もしできれば、触手の一般普及へのハードルが大幅に低くなる」

 

「はぁ……」

 

 テオスは要領を得ない顔で、壁際に並ぶ透明な筒に目を向けた。

 

 うっすら赤色に染まった液体の中で、触手が激しく動き回っている。心なしか太くなったそれらは、時折筒の内側にごちんとぶつかって潰れていた。

 

「あ、死んじゃった」

 

 そして灰になる。

 

 ヴィヴィアンが頭を抱えた。

 

「活性化した結果、自滅するとはな……。我が事ながら貧弱すぎる……しかし、栄養剤としてはそれなりに効果があるようだ」

 

 実験結果に満足そうに頷き、ヴィヴィアンは手にしたカップをひょい、とテオスに差し出した。中に満たされているのが何かは言うまでもない。

 

「……どうだ? 一杯」

 

「慎んでお断りさせていただきます……」

 

 距離を置いてみている分には面白い。

 

 それがしばらくヴィヴィアンを観察して出したテオスの結論だった。

 

 

 

 

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