望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~ 作:SIS
エルヴィン・アルデヒドは、ヴァーシス辺境伯領における最大の都市、領都の警備兵である。
分厚い壁に覆われ難攻不落を誇る都であっても、犯罪者や野生の獣による被害が皆無、という訳ではない。むしろその分厚い壁の向こう側で、こそこそとずるがしこい事を考える小悪党は後を絶たない。
どんな大火事も、始まりは小さなボヤから。
例え世間から役に立たない、コケ脅し、などと陰口をたたかれようと、その小さなボヤを消して回る立場である事に、エルヴィンは誇りをもって仕事をしていた。
陰口悪口なんのその。なんせ、自分達警備兵には、ほかならぬ辺境伯自ら目をかけて頂いているのだ。辺境伯の最大権力者に頑張れ、と肩を叩かれて、奮起しない者はいない。それに比べれば、市民の些細な悪口など気にするほどの事でもない。
嘘。けっこう気になる。
まあそんなこんなで、やりがいと不満を抱えつつも、日々を過ごしていたエルヴィンだが、ある日、彼はある人物に呼び出される事になった。
『やあ。君がエルヴィン・アルデヒドだね?』
「あ、ああ……」
呼び出された、衛兵詰め所の応接間。新人の面談などを行うその部屋で、エルヴィンと机を挟んで椅子に座っているのは異様な風体の人物であった。
全身真っ黒な金属鎧。肌は全く露出しておらず、顔が見えないようにフルフェイスの兜で頭を守っている。さらにおかしなのは、その上から魔術師のローブらしきものを羽織っている事だ。防寒具としてのサーコートではなく、そんなものを羽織っているのは見た事もない。
あきらかに後ろ暗い所のある怪しい人物。
しかし、それはエルヴィンがかねてから伝聞で聞いていた通りの人物像であった。
『初めまして。今更名乗るほどのものではないが、私はヌルスという』
鎧の魔術師、ヌルス。
銀色の魔術師と呼ばれたヴィヴィアン氏が負傷を理由に退いた後、新たに辺境伯御付きの座についた魔術師である。正体不明、経歴不明。明らかに怪しい人物でありながら、辺境伯の信頼は篤く、また実力も確かでヴィヴィアン氏に負けず劣らず、辺境伯領の為に活躍しているという話だ。
ただ、前任者のヴィヴィアン氏も含めて、これまでエルヴィンとは縁の遠い人物であった。
魔術師達の仕事は産業の確立や人力ではどうにもならないトラブルの解決であり、衛兵の仕事とは関わる事がなかったのである。
たかが盗人、たかが野生動物に魔術師を駆り出していてはキリがない。
そんな魔術師が、エルヴィンを呼び出した。
一体いかなる理由なのか、緊張に彼はごくりと唾をのんだ。
「これは、どうも。それで、ヌルス氏。今日は一体、どのようなご用事で……?」
『うむ。単刀直入に言おう。君の実力、人柄を見込んで、特殊な武器の試験運用を手伝ってほしい』
「武器……?」
『うむ、これだ』
そういってヌルス氏がそっと差し出したのは、真鍮色に輝く何かの機械の塊であった。
機械自体、エルヴィンには馴染みの無いものではあるが、それを踏まえてもあきらかに特殊なものであるというのが一目でわかる。
「なんですか、これは?」
握り手のついた、長方形の箱型の物体。持ち手の近くに丸い水晶玉のようなものが埋め込まれており、よくみると箱型なのは外装で、内部には無数の薄板を重ね合わせたような複雑な構造があるようだ。先端には穴が空いており、そこから一本の針のようなものが突き出している。側面には、用途の分からないメーターやスイッチのようなものが複数。
機械、とはいったが、ぱっと見、クロスボウのように見えなくもない。とはいえ、弦も弓もないのだが。
「変な機械ですね。クロスボウに似ているけど違う……あ、触ってもいいですか?」
『どうぞどうぞ。あ、でもビックリしないでね』
「?」
びっくり? 何に?
そう思いながらグリップを握り、手に取ってみる。
やはりクロスボウっぽい感じだ。何かを射出するための装置なのだろうか。しかし、弦もないのにどうやって?
まじまじとグリップ近くの水晶玉を覗き込むエルヴィン。と、その内部で、こぽり、と水泡があがった。
「? 中に液体が入ってる?」
もしかしてこの水を打ち出すのだろうか。顔をよせてエルヴィンが水晶玉を覗き込むと、その奥で何か、ピンク色の物体が蠢いていた。
「ん? これは……うわぁああああああああああ!? なんだこれぇーーーー!?」