望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~ 作:SIS
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「あ、エルヴィン隊長お帰りなさい。どうでした、噂の魔術師殿は」
「あ、ああ。……変わり者だったよ。かなりの」
「そうかあ、やっぱそうなんですねえ。魔術師なのにずーっと鎧を着ているという話ですしねえ」
魔術師との面談を終えて戻ってきたエルヴィンに、部下達が親し気に語り掛ける。
しかしそれに応えるエルヴィンは気もそぞろだ。心ここにあらず、といった様子の彼に部下達は首を傾げ、ついで彼が手にぶら下げている奇妙な物体に目を向けた。
「? それ、なんです?」
「あ、ああ……。魔術師殿が作った魔道具だそうだ。これをちょっと使ってみて、感想が欲しいと……」
「へえー! 噂に聞いたあれですか! いいなー、隊長の分しかないんですか?」
どうしようこれ、という視線で魔道具を見下ろすエルヴィンとは別に、部下達は何やら羨ましがっている様子。
噂になっているなんて知らなかったエルヴィンはここでようやく意識がはっきりしてきたらしく、訝し気に眉をひそめた。
「噂? 何の話だ?」
「ああほら、アトラス様が連れ帰ってきたシーフの女の子がいたじゃないですか。彼女が最近、炎とか雷とか纏うすげーかっちょいい武器を振り回すようになっててですね。不思議に思った若い奴がどこで手に入れたのか聞いたら、ヌルス氏にプレゼントされたっていう話でして。他にもちょこちょこ、館の警備員とかがそういう装備使うようになってて、俺達の間ではホットな話題だったんですよ」
「そんな事になってたのか……」
基本、犯罪者の探索という意味合いでしか噂話に耳を傾けないエルヴィンは、こういう純粋な流行りすたりには疎い。いや、そういう流行りに外部から流れてきた反社組織が絡んでいた事もあるのだが、少なくとも今回はカバー範囲だ。
なにせ、辺境伯直々に手掛けているのだから、疑う事自体が非礼である。そういう意味で、エルヴィンの耳には入っていなかったのだろう。
「……じゃあ、結構前から使われてるのか?」
「ですよー。むしろ、だから隊長に回ってきたんじゃないですかね。概念実証は出来たから、量産化とか流通を見込んで、身内以外にも配ってテストしてるとか。それに選ばれたんだから光栄な事ですよ!」
「そういうもの、か?」
しげしげと魔道具を見下ろして、部下の言葉に首を傾げるエルヴィン。中に入っているものも合わせて、怪しげな呪術の道具にしか見えなかった機械の塊が、そういう話を聞くと少し立派なようなものに見えてくる。
考えてみれば、あのヌルスという魔術師、怪しい所は多々あるし経歴も真っ白で疑惑しかない男だが、あの辺境伯当主が直々に支援している魔術師なのである。話した限り、人格面に破綻を抱えている様子もないし、もうちょっと信頼しても良い……信頼しても……信頼……。
「いや無理だろ」
流石に無理があった。いくらなんでも怪しすぎる。
「というかお前ら知ってるのかこれ、中に触手型魔物がはいってんだぞ? うねうね動いてるんだぞ?」
「? そりゃまあ、勿論。凄いっすよね、魔物ですよ魔物。俺達この辺境伯から出た事ないから、動いてる魔物なんて見た事ないっすよ」
部下達のまさかの発言に愕然とするエルヴィン。
しかも、一人や二人ではない。部下達全員が、魔道具の中で蠢く触手に拒否感を示す事なく、むしろ親し気に覗き窓からつんつん突いて遊んでいる。
「実はシオン様にちょっと見せてもらったんだけど、愛嬌があって可愛いですよね、あれ」
「そうそう。あ、この動き、もしかして俺達に手を振ってる?」
「あ、ほんとだ。もしかして俺達の言葉を理解してるのかな? はは、まさかね」
得体のしれない溶液で満たされたシリンダーの中で、うねうね動く触手がその先端をフリフリしている。確かにその動きは、外から触手に手を振る部下達の動きに呼応しているように見えるが……。
エルヴィンは困惑した。
「か、価値観が違う……!!」
「どしたんすか、隊長。さっきから変ですよ?」
「い、いや、何でもない?」
全く触手に動じた様子のない部下達に、「もしかしておかしいのは俺なのか?」とエルヴィンは頭を抱えた。
なお、留置所で拘束している万引き犯に見せたらガチビビリして、「これと絡ませるぞ」と冗談を言ったら恐怖のあまり洗いざらい自白しはじめたので、エルヴィンはちょっと安心した。
きっと自分が可笑しいのではなく、世代間の価値観が違うだけである。
恐らく。多分。
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