望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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特別編 エルヴィン・アルデヒド その3

 

 奇怪な魔術師から手渡された奇怪な魔道具。

 

 しかしながら、使い始めるとエルヴィンとて、その性能の確かさを認めない訳にはいかなかった。

 

 本日も、彼は街の治安を守るべく、業務に勤しんでいる。

 

 これから市民からのタレコミを元に、怪しげな商人が拠点としている宿屋に踏み込み調査である。警備兵の仕事じゃない気もするが、いつだってどこも人手不足なのである。エルヴィンなら任せられる、と判断されているという事で、ここは素直に喜んでおこう、と彼は不満を穏便に処理した。

 

「今日も頼むぞ、相棒」

 

 小さく魔道具に呼びかけると、内部で触手がウネウネ蠢いて合図をする。かれこれ付き合って数日になるが、なんというか、この触手は感情が分かりやすかった。

 

 今のはまかせろ、といううねり方だな、とエルヴィンは頷き、視線を正面に戻した。

 

 今、耳のいい部下が宿屋の裏戸に張り付いて内部の様子を探っている。やがて彼が振り返り、首を小さく縦に振ったのを見て、エルヴィンは合図を放った。

 

「突撃! 容疑者を確保しろ!」

 

「いくぞぉ!」

 

 扉を蹴りとばし、内部に突進する。途中で宿屋の従業員とすれ違いながらも、二階の奥に突撃。密室で会談していた男達が振り返るよりも早く、魔道具を突きつける。

 

「な、なんだ!?」

 

「領都警備隊だ! 大人しく捕縛されろ!」

 

 叫んで、魔道具の引き金を引く。

 

 それに合わせて黄色い光が迸り、最小出力でライトニングボルトが放たれた。それによって感電した男達が、ばたばたと床に倒れ込む。

 

「よし……なんだ!?」

 

「隊長、他の部屋にも連中が!」

 

 速攻で制圧したにも関わらず、廊下から物騒な騒音が響き渡る。剣を抜いた狼藉者達と、警備隊の部下が切り結んでいるようだ。

 

「まってろ、直ぐに救援に……む!」

 

 慌てて自らも廊下に飛び出そうとしたエルヴィンは、不意に窓から差し込む光が遮られた事に気が付いて振り返る。

 

 その先で、感電して失神したかに見えた犯罪者の一人が、なんとか立ち上がって剣を振りかぶっている姿が、逆光の中浮かび上がっていた。

 

「むぅ……!」

 

 咄嗟に魔道具を盾にして受け止めて、全力の蹴りを見舞う。壁まで吹き飛ばされた相手は、それでようやく今度こそ気を失ったようだ。

 

「危なかった。すまない、だがおかげで助かった……?!」

 

 一息ついて、盾にした魔道具に呼びかける。さぞ吃驚しただろうと思っての謝罪だったが……。

 

 しかし、それに触手が答えを返す事はなかった。

 

 魔道具の内部に、ピンク色の触手の姿はなく。

 

 代わりに、僅かな灰が浮かんでいるだけだった。

 

「……相棒?」

 

 

 

 

 

 

 

『そうか……逝ってしまったか』

 

「申し訳ない!!」

 

 ヌルス氏の研究室。

 

 壊れた魔道具を前に、土下座せんばかりに頭を下げるエルヴィン。大してヌルス氏は言葉ほどにショックを受けた様子もなく、魔道具の損傷具合を手で確かめている。

 

『恐らく剣を受けた時に保存容器が割れてしまったのだろう。強度に不安あり、だな。……頭を上げてくれ、エルヴィン・アルデヒド。君が無事でよかった。あの触手も、きっとそう思っているだろう』

 

「し、しかし……」

 

『もともと魔物は、迷宮の外では生きられない。この魔道具の触手維持機構も不完全でな、もともと2週間も生きられれば御の字だったのだ。君が気に病む事はない……』

 

 そういいつつ、ヌルス氏は優しく魔道具を労わるように撫でまわした。鎧兜の向こうから、エルヴィンに視線が注がれている。

 

『私にはわかるとも。君は随分、この子によくしてくれたようだ。感謝と親愛の気持ちが、染みわたっているのが感じられる。やはりエルヴィン・アルデヒドをテスターに選んだ判断は間違っていなかった』

 

「……わかるのですか?」

 

『当然だとも』

 

 エルヴィンの問いかけに、ヌルス氏は小さく頷いた。

 

『これから、触手魔物を用いた色んな機構が世の中に出ていくだろう。だが忘れないで欲しい、触手達は螺子や歯車ではない、ある程度の感情を持った存在だ。出来れば優しく……隣人のように接してやって欲しい。たとえそれが一月足らずの命だったとしても、だ』

 

「私は……正直、承服しかねます。感情のある生き物を、消耗品として使い潰すなど……」

 

『おかしなことを言う。家畜に、心や命が無いとでも? 君達が普段食べている肉は、土から生まれたものだとでも言うのかい?』

 

 なかなか痛い指摘を受けて、ぎくり、とエルヴィンは身を強張らせた。

 

『私はそれが悪い事だとは思わないよ。食べたり食べられるのが自然の摂理なら、一方的に食べる側でいようとするのも道理だ。だからせめて、食べられる側には気を使ってやって欲しいな。その犠牲を、忘れないように』

 

「……貴方は、一体、何を目指しているのですか? 何を目的と、しているのですか?」

 

 朗々と語るヌルス氏の姿が、一瞬、人間ではないモノに見えて、思わずエルヴィンは問いかけていた。

 

 この人物の事は、以前ほど嫌いではない。だが、理解の外にあるという意味では、何も変わらない。

 

 その問いかけに、やはり真摯に、ヌルス氏は応えた。

 

『何。皆で、幸せになりたいだけさ』

 

 

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