望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百九話 ごめんなさい

 

 時間はしばし巻き戻る。

 

 エンシェントの里で、昏睡状態から回復したアルテイシア。

 

 彼女が目覚めた直後は、まあそれなりに大変だった。

 

 何せ、彼女はもう一年近く意識を失っていたのである。

 

 それも迷宮の中で意識を失ったはずが、気が付けば見知らぬ場所で寝かされている。その前後の脈略の無さは、彼女にとって大きな恐怖だったろう。

 

「出して、ここから出して! ヌルスさん、ヌルスさんはどこ!?」

 

「落ち着いてください、今の貴方じゃ数歩歩くのが精いっぱいなんです!」

 

「いやあ! ヌルスさぁん!!」

 

 ベッドの中で混乱してじたばたするアルテイシアを、エンシェントの看護師が宥める。幸いというべきか、ヌルスが抜けてしまった事もあり彼女の力はか弱く、取り押さえる事は容易かった。

 

 しかし取り押さえられれば押さえられるほどアルテイシアは混乱する。ほとほとエンシェントの看護師の皆さんは困り果てていた。

 

 それをとなしたのはスカーシハである。

 

 魔城出現の混乱の中、人間たちとの折衝に明け暮れていた彼女は話を聞くや否や飛んで戻り、アルテイシアのベッドの横に顔を出した。

 

「落ち着いてください。貴方は、ヌルス様にここへ預けられたのです」

 

「ヌルスさんの……貴女、誰ですか?」

 

「私はスカーシハ。その……ヌルス様の、友人のようなものです」

 

 そういって、スカーシハはヴェールで隠していた顔を露わにする。

 

 半人半樹のその顔を見て、優秀な魔術師であるアルテイシアは万の言葉よりも確かな確信を得ておとなしくなった。

 

「その顔……それにこの感じ、まさか、貴方……半神?」

 

「話が早くて助かります。ヌルス様のおっしゃる通り、優秀な魔術師様でいらっしゃるのね」

 

 流石に半神相手では礼を失する訳にはいかないと佇まいを直すアルテイシア。一目でスカーシハの出自を理解するその聡明さに、半神の女神はうっすらと笑みを浮かべた。成程、事あるごとにヌルスが彼女の事を天才、天才と褒めたたえていただけの事はある。

 

 負けるつもりは毛頭ないが。

 

 そんな事を考えているあたり、スカーシハもやはりまだまだ大分混乱していた。

 

 内心盛大にぱにくったまま、二人の女はお互いに取り繕った顔をして情報交換を始めた。

 

「その、ここがエンシェントの里、というのは分かりました。ですが、その、どうして私はここに……?」

 

「……それについては、ヌルス様のこれまでの経緯を語らねばなりません。まず最初に確認したいのですが、アルテイシア様。貴女は、どこまで記憶がありますか?」

 

「え、えーと……確か。そう、巣窟迷宮エトヴァゼルで、そうだ、マンティコアと戦って、破れて……ヌルスさんに……」

 

 頭を抱えて記憶を反芻するアルテイシア。その顔色が、にわかに青くなる。息を荒くしてベッドの上で体を折る彼女にそっと身を寄せ、スカーシハは優しく背中を撫でながら彼女の体を支えてやった。

 

「落ち着いて。深呼吸……そう、いい子。ゆっくり息を吐いて……ええ。上手よ」

 

「あ、ありがとうございます、スカーシハ様……。そうです、エルリックとエミーリアが殺されて、私はその場を離れて……致命傷を受けた所で、ヌルスさんが助けに来てくれて……」

 

 顔色は青いままだが、よりそうスカーシハに背中を撫でられて気持ちが落ち着いたのだろう。少しずつ、記憶を思い返すアルテイシア。

 

「そうだ……私、ヌルスさんに食べてって……あれ、じゃあ、なんで? ヌルスさんが体に触れてきて……そのまま、私の脳を食べた筈じゃ……」

 

「……アルテイシア様。よく考えて御覧なさい。あの方が、いくら頼まれたからと、友人の脳を食らうような真似、出来る筈がないでしょう?」

 

「そ、それは……」

 

 記憶の終点に達したアルテイシアが胸を押さえる様子に、少しだけ苛立ちを覚えながら、それを表に出さずにスカーシハが彼女の間違いを訂正する。

 

 冷静であれば至極当然の答えをアルテイシアもまた浮かべたのだろう、彼女は口元を押さえて、虹色の瞳に涙を浮かべた。

 

「それは……そうです、そんな事……ヌルスさんがするはずが……っ。私、私、彼になんて事を……っ!」

 

「……やはり、そこから先の記憶は本当にないようですね。……いいでしょう、私から説明しましょう。あくまで、ヌルス様本人から聞いた伝聞ですが……」

 

 そしてスカーシハは、ヌルスのそこからを語り聞かせた。

 

 アルテイシアの死に立ち会ったヌルスは、彼女を食べる事ができなかった事。

 

 それどころか逆に、自らの命を賭してアルテイシアを救おうとした事。

 

 しかし敵わず、不本意な形でアルテイシアの肉体を乗っ取ってしまい、『ヴィヴィアン』を名乗って迷宮脱出の為に活動を開始した事……。

 

 しかし、語る事が出来たのはそこまでだった。

 

 話を聞かされたアルテイシアが、尋常ではない様子で頭を抱えて震え始めたのだ。

 

「あ……ああ……あああああ……っ!」

 

「アルテイシア様?」

 

「知ってる……ああ、知ってる、私少しだけ覚えてる……っ! わ、わ、私、私ぃ、なんて……彼に何て惨い事をっ!!! ああ、ごめんなさいヌルスさん! 私、酷い事を貴方にっ!! あああああっ!!」

 

 半狂乱で頭をかきむしるアルテイシアに、スカーシハと看護師達は宥めるのに随分と手間取らされた。

 

 最終的にはやむを得ずスカーシハの魔術で強引に眠りにつかせた程である。ベッドの上で静かになったアルテイシアに、一同はほっと胸を撫でおろした。

 

「申し訳ありません、スカーシハ様。お手を煩わせて」

 

「いえ……しかし……」

 

 スカーシハは目を伏せ、ベッドの上で眠るアルテイシアを見る。

 

 彼女は何事か呟きながら魘されているようだった。

 

 ……この様子だと、恐らく余程の事があったに違いない。スカーシハがヌルスから聞いたのは、あくまで彼の視点、というよりも人に伝える上で大幅に脚色、修正が入ったものだろう。

 

 短い付き合いでもわかる。ヌルスは、自分の苦しみや辛さを、人に伝えるのが……とても、下手なのだ。

 

「ヌルスさん……ごめん……ごめんなさい……」

 

「……彼女から話を聞くのは、また明日にしましょう。今日は皆、お疲れ様でした」

 

「はい、スカーシハ様」

 

 

 

 翌日。

 

 スカーシハが茶の席で待っていると、侍女達に付き添われてアルテイシアがやってきた。

 

 ある程度落ち着きを取り戻したようで、多少ふらついているものの歩くのに支障はないようだ。

 

 しかし、その顔には憔悴の色が隠せない。たっぷり寝たにも拘わらず、目の下にはくっきりと深い隈が刻まれており、その瞳はどんよりと濁っていた。

 

 力なく席に座る彼女を残して、侍女が下がっていく。

 

 俯いて黙りこくったままのアルテイシアに、スカーシハはさてどうしたものか、とまだ暖かい紅茶に口をつけた。

 

 そこではたと話題を思いつく。

 

「この紅茶。ヌルス様もお気に入りの品でして。随分と褒めてくださいましたわ」

 

「…………。……ヌルス、さんの?」

 

 触手の話題を出されて、濁りきっていた闇の中に僅かに光が灯る。日焼けした貝殻の裏の虹色のような瞳が見返してきて、スカーシハは微かに微笑んだ。

 

 仕草で促すと、おずおずとアルテイシアはカップに手を伸ばした。両手でぎこちなくカップを以て、一口。

 

「……美味しい……」

 

「ふふふ、よかった。茶を淹れるのは、少し自信があるのですよ」

 

 にっこり笑う、半人半樹の女。その笑顔を呆然と見返して、小さくアルテイシアは目を伏せた。

 

「……。……その、すいません。お忙しい中、私の為にこんな時間を……」

 

「あら。一体、誰からそのような話を?」

 

「目で見れば、分かります。皆、そわそわしていて、トゲトゲしていて……里全体に凄いストレスが満ちています。何か面倒な事に見舞われていて……その頭であるスカーシハ様が、お暇なはずがありません」

 

 アルテイシアの返しに、スカーシハは成程、と納得を得た。

 

 随分と生き辛い目をしているらしい。

 

 ヌルスから、彼女が特殊な目を持っているらしい、という話は聞いていたが、それをこうも使いこなしているあたり、余計な物が見えすぎるようだ。聡いというのは強みではあるが、過ぎるのも問題である。

 

「お気になさらず。客人をもてなすのは長の仕事でありますし、そもそも周囲からも休むように言われてまして。今は、里長が私の代わりに頑張ってくれています」

 

 ちなみに休むように言ったのも、代わりに頑張っているのもエヴィリンである。ニキッチを引き連れて、今も人間の国とそこに住まうエンシェントと渡りをつけて交渉に望んでいるはずだ。

 

 ちょっと心配はあるが……幸い、人間達の勢いも随分大人しくなった。問題はないだろう。

 

 大人しくなった、その理由を考えると、胸がチクリと痛みはするが。

 

「……っ。何か、ヌルスさんにあったんですか?」

 

「あまり、人の心を覗き込むものではないですよ。まあ、その虹色の目、まだ慣れていないのでしょうけども」

 

「す、すいません……」

 

 やんわりと窘められて、アルテイシアが恥じて顔を伏せる。

 

 それにしても目覚めてからずっと、ヌルスさん、ヌルスさん、である。思えばヌルスも二言目にはアルテイシア、アルテイシア、だった。

 

 二人の両想いっぷりにちょっと焼けますねえ、とスカーシハは微かな嫉妬を覚えつつ、それを極力心の縁に沈めてアルテイシアに語り掛けた。

 

 できれば、この哀れな小娘の事も好きになりたい。それはスカーシハの偽らざる本音だった。

 

「出来れば、貴方とヌルス様の昔話をゆっくりと聞かせて頂きたいのですが、それはまた今度にしましょう。見た所、どうやら、ヌルス様と貴方が融合し、ヴィヴィアンと名乗って行動していた時の事、朧気には覚えているのですね?」

 

「は、はい……微かな記憶というか、知らない知識が頭の中にあるような、不思議な感じではありますが……」

 

「……ヌルス様は貴方の魂を上書きしたのではなく、体の奥底に匿った。半ば眠っているような状態でも、魂は活動を続けていたからでしょう。であるならば、貴方が知るべきはその先……このエンシェントの里でヌルス様と貴方が分離し、ヌルス様が里を出てからの話でしょう。もっとも、多くが伝聞になるのですが……」

 

 そう前置きして、スカーシハは語り始めた。

 

 

 

 

 

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