望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百十話 魔王

 

「……とまあ、そういう訳で、ヌルス様はヴァーシス辺境伯領の御付き魔術師として、それなりに楽しく過ごしていらっしゃったようです。何度も、それこそ何度も貴女の事をお見舞いにも来てくれていたんですよ。そちらは、覚えていらっしゃいますか?」

 

「……すいません。そちらは、全然……」

 

 語られる、奇妙な魔術師の愉快な日常。

 

 そう、ヴァーシス領に来てからのヌルスの生活は、伝え聞く限りでも充実していたと言っていい。気心の知れた仲間、頼ってくれる純朴な領地の民、理解ある上司に囲まれて、ヌルスは楽しく毎日を送っていた。

 

 唯一の気がかりであったアルテイシアの事も前進し、思う存分魔術の探求と、自らの可能性の追求を行いつつも、ヌルスは頻繁にスカーシハの元にも顔を出してくれる。それはひいては、スカーシハにとっても幸せな毎日だった。エンシェントの民の皆も、その様を見て色々諦めつつあったぐらいである。

 

 だが、幸せな日々は長くは続いてくれなかった。

 

「……それが終わりを迎えたのは、あまりにも突然の事でした。シャードビーストの信じられぬほどの大群が、辺境伯領を襲ったのです」

 

「シャードビーストというのは……このエンシェントの里を襲ったという……?」

 

「はい。ですが、辺境伯領を襲った群れに比べれば、この里を襲撃した群れは先遣隊のようなものでした。話に聞く蝗害のような無尽蔵の群れが空を覆い、地を埋め尽くし、まるでこの世の終わりのような光景が、ある日突然現出したのです」

 

 その時の、血の気が引いていくような畏れを、スカーシハは今もはっきりと覚えている。

 

 本当に突然の事だった。

 

 不意に空が赤黒く染まり、驚愕する侍従に呼ばれて神殿の上から平野を見下ろしたスカーシハの目に入ったのは地獄のような光景だった。

 

 そして、見た。

 

 空に君臨する、怪異の源を。

 

 半神の時代を知るスカーシハですら想像もしなかった、理外の存在の実在を。

 

「あれが何だったのか、私には未だわかりません。唯一つ言えるのは、あのままアレを放置していれば、世界は全て食い尽くされてしまったであろう事だけです」

 

 しかしそうはならなかった。

 

 たった一匹の魔物の抵抗によって、シャードビーストの野望は挫かれた。

 

 今もスカーシハはハッキリと瞼の裏に思い描く事が出来る。無望の荒野に君臨する黒き魔神の姿と、天を割いた紫色の閃光を。

 

 《オメガ・マギアス》。

 

 仔細は分からねど、それがヌルスが生み出した物である事はすぐに分かった。かの者は、半神の想像すら容易く超越していく、それがどこか嬉しかった。

 

 しかし……それでも、まだ届かなかった。

 

 本体に致命打を与え、無尽蔵に湧きだすシャードビーストの後続こそ断ったものの、奴らは残された力をヌルスの撃破に集中させてきた。

 

 それに、ヌルスは恐らく限界をむかえて、最後の切り札を切った。

 

「……あの城が生み出されたのは、その時の事です。恐らくヌルス様は最後の力を振り絞り、展開した迷宮にシャードビーストを閉じ込めたのでしょう。事実、あれからシャードビーストは一体足りとて観測されてはいない……」

 

 茶の席、窓から覗く先には、山と見まがうような巨大な白亜の城が佇んでいる。その中央塔の切っ先は雲より高く伸び、遥か彼方天空にまで達している。

 

 人間達が魔城と呼び、エンシェント達が聖域と呼ぶ、ヌルスの城だ。

 

「ヌルスさんは……」

 

「…………」

 

「ヌルスさんは、どうなったんですか……?」

 

 話を黙って聞いていたアルテイシアが、縋るように問いかけてくる。

 

 彼女にとっての一大事はそこだ。辺境伯領の民やアトラス達がどうなったかも気になるが、一番はやはりそこだ。

 

 ヌルスが迷宮の外でも生きていられたのは純結晶があるからだ。それを自ら取り出し、迷宮の核にしてしまったのなら、それは……。

 

 最悪の想像を、スカーシハは否定した。

 

「……ヌルス様は、今もご健在です。あの城で、生き残った辺境伯の民を導き、シャードビーストに抗い、そして人類と争い続けています」

 

「ぶ、無事なんですね! よかった……え? 今、なんて?」

 

 まずはヌルスの無事に喜び。しかし、その後に続けられた聞き捨てならない一言に、アルテイシアは思わず問い返した。

 

 聞き間違えた訳ではない。

 

 ただ、あまりにもヌルスから遠い一言で、聞き間違えたと信じたかったのだ。

 

「冗談……ですよね?」

 

「残念ながら。今現在、ヌルス様は隣接する人類国家と敵対状態にあります。それらの国家からは、ヌルス様は魔王と呼ばれており……このエンシェントの里が折衝に明け暮れているのもそれが理由です。人間達は疑っているのです、この里のエンシェントもまた、魔王に従う人類の敵ではないかと」

 

「嘘ですっ!!」

 

 ガタン、と机をたたいてアルテイシアが立ち上がった。

 

 その顔は真っ青で、歯の音がガタガタと震えている。それでも、虹色の瞳がまっすぐにスカーシハを見つめ返した。

 

「ヌルスさんが……そんな事! たしかにヌルスさんは魔物です、本来は人間と敵対するはずの存在……だけどあの人はそれを理性で乗り越えました! 人は愚かで浅慮な存在だとしても、それもまた多様性の形、人という生き物の有り様として受け入れてくれたんです! そんなヌルスさんが、人間と争うなんて……っ」

 

「…………。……アルテイシア様。そのまま、少し右を御覧なさい」

 

「え?」

 

 激昂したアルテイシアに向き合ったまま、突然そんな事を言い出すスカーシハ。毒気を抜かれて、アルテイシアはきょとん、としたまま、言われた通りに顔を巡らせた。

 

 椅子から立つと、窓から魔城の様子がよく見える。そして、その近隣の有様も。

 

「そう、もう少し右。身を乗り出すようにして……そうすれば、よく見えるでしょう?」

 

「…………」

 

 スカーシハには応えず、アルテイシアは無言のまま、窓枠に縋りつくようにして身を乗り出した。

 

 そう、スカーシハの神殿の高さから、辺境伯領はよく見える。魔城と、恐らくは近隣の領地と隣接する境界線もまた。

 

「……嘘、です」

 

 そこには。

 

 破壊しつくされた荒野が広がっていた。

 

 軍隊を展開するのにちょうどいい、開け放たれた平原。かつては草原が生い茂っていたであろうその平野は、今や無数のクレーターを残し、地面が彫り返された荒地と化していた。虹色の目が輝き、今もなお色濃く残留する人知を超えた魔力の名残を彼女に伝える。

 

 無数に残る爆撃の後には、未だなお回収されぬ、馬車やテントの残骸のようなものが散乱されている。さらにその遥か後方……荒野の向こうに屹立する山脈は、上半分がまるでスプーンで抉ったような歪な形に変形していた。

 

 アルテイシアは天才だ。

 

 その頭脳がこの、一見すると天変地異にしか見えない大破壊、それがある存在によって引き起こされた大惨事である事を、冷静に分析、把握してしまう。それは自分でも止められない無意識の領域での思考だった。

 

 答えは、たった一つ。

 

 こんな事が出来るとしたら……それは、話に聞いたヌルスの、オメガ・マギアス以外に他ならない。

 

 普通であれば、説明されても信じられないであろう超越級の大魔術。しかしアルテイシアは、理論上それが可能だと理解できた。そしてそれが、実質的に巨大な迷宮である事も、その迷宮そのものを魔術回路とする事で人知を越えた規模での魔術行使が可能な、巨大な魔術の杖であるという事も全て理解できた。

 

 理解などしたくなかったのに。

 

「嘘です……」

 

 それは、すなわち。

 

 ヌルスが、その力を振るい、大量の人間を殺戮したという事にほかならなかった。

 

「嘘……あああ…………」

 

「嘘ではありません。残念ながら、事実です」

 

 窓にしがみつくようにして床に屈みこむアルテイシアの肩にそっと手を置き、痛ましげに見やるスカーシハ。

 

 彼女の気持ちはとてもよくわかる。

 

 だが、全て事実だ。

 

 他ならぬ、スカーシハ自身がこの目で、一連の殺戮を目にしたのだから。

 

 

 

 

 

 その日。人間達が軍を動かしたと聞いたスカーシハは、直ぐに里の者達を世界樹の内部、ユグドラシルの泉に避難させた。

 

 仮に何かしらの悪意が里に向けられたとしても、迷宮は外部からの攻撃では基本的に破壊できない。里は唯では済まないかもしれないが、人命は守れる。

 

 そう手配しながらも、しかし、敢えてスカーシハは外に残った。彼女には、エンシェントの里をこれまで導いてきた者としての責任がある。例え無力であっても、その責任を果たさなければならない。

 

 食い下がるエヴィリンを説き伏せ、泉に向かわせた後、彼女は一人、誰も居ない神殿から、下界の有様を一望した。

 

 そこに広がっていたのは、巨大な魔城と、それを取り囲む無数の軍隊の姿であった。一か国ではない、辺境伯領に接する二か国、そして辺境伯の属する王国の旗までもが、軍勢の間ではためいている。三国合同軍、といった所か。そしてその中に紛れて、教会と魔術学院の存在が示されているのを目敏くスカーシハは見て取った。

 

 恐らくこの様子だと、ギルドも動いているだろう。流石に彼らは、恥を知っていたようだが。

 

「……痴れ者どもが」

 

 スカーシハは侮蔑の言葉と呟き、手元の手紙に視線を落とした。

 

 この手紙は、魔城展開後にヌルスが各方面に送った事情を説明する手紙だ。この文面で、ヌルスはこの事態が極めて不本意である事、やむを得ずの緊急手段である事に加え、シャードビーストという驚異の深刻さについて詳細に書き連ねていた。それに加え、この迷宮は魔素の濃度が一定以上にならないように人為的に調整したものであり、どれだけ規模がおおきくなっても魔素災害が発生しない安全なもの、という事について、検証用の理論や実験手順と共に書き添えられていた。

 

 およそ考えうる限りの事情を書き連ねたそれは、全ての真相を明らかにするものであり、何一つ隠してはいない明け透けな物。この事態において、人間達との争いは何としても避けたい……そんなヌルスの気持ちがありありと書き連ねられていた。

 

 しかし、それでも人間達は軍を動かした。

 

 あまつさえ、人を導くべき立場であるはずの教会までもが先導するようにこの状況を誘導し、とうとう辺境伯領を包囲してしまった。以降、何日もの間睨み合いが続き、その間に多くの兵士が魔城に送り込まれていくのをスカーシハは見た。

 

 とはいえ、あの凝り性のヌルスが生み出した魔城である。一朝一夕で踏破など不可能であり、悪戯に人間達は時間を浪費していくかに思われた。

 

 その予想を裏切ったのは、轟く大砲の音。

 

 包囲していた人間達が、何を考えたのか魔城への攻撃を開始したのだ。恐らく、正攻法で攻略がままならなかったので、魔城を物理的に破壊し、本城に乗り込もうというのだろう。地下にではなく、地上に展開したのが仇になった。最も、その目的上、地下に展開する訳にはいかなかったのだが……あの人間達を率いるものは阿呆なのかと、スカーシハでさえも正気を疑った。

 

 あの魔城は、シャードビーストを封じる為のものだ。奴らが突き止めたこの世界に辿り着くための座標、それをあの迷宮が取り込み封じているからこそ、この世界はまだ滅びずにいられる。その災いを封じる希望の函を、自ら打ち壊す愚か者が居るだなどと、スカーシハには信じられなかった。

 

 ……そして、こうなっては、ヌルスも動かざるを得ない。

 

 

 

『全ての道は、ここに途絶える。業臨せよ、《オメガ・マギアス》!!』

 

 

 

 だが。

 

 そうだとしても。

 

「……何故です、ヌルス様。どうして、そこまで……」

 

 魔城から出現した黒き魔神の姿に、スカーシハは問いかけずにはいられなかった。

 

 確かに、人間達は愚かな真似をした。

 

 だからといって、それを持ち出せば……後は、虐殺にしかなりはしない。

 

 その想像通りに、オメガ・マギアスは圧倒的な力を以て、人類の軍勢を打ち滅ぼした。

 

 翼から降り注ぐ雷鳴が降り注ぎ、ちっぽけな人間の群れを消し飛ばす。熟練の魔術師が数人がかりで唱えた大魔術は、ただの腕の一振りで弾き返され、返礼と言わんばかりに数十倍の規模で魔術が撃ち返される。

 

 大人と子供、などというレベルではない。もはや、蟻と炎だ。仮に蟻が何十万匹集まろうと、燃え盛る炎を消す事などできはしない。

 

 散々に城を取り囲む軍勢を打ちのめしたオメガ・マギアスは、さらにはその腕から弓状のパーツを展開させると掌から鏃を取り出し、それを番えて、遥か彼方を狙って矢を放った。

 

 それが今回の軍に参加していた王国の主都に降り注ぎ、安全地帯にいたつもりの者達に破滅を齎したと知ったのは後日の事だ。

 

 燃え上がる天幕、地を埋め尽くす人々の苦悶の声。黒く染まる空の下で翼を広げる黒き魔神を、清く正しい物だとは、もはやスカーシハにも言えなくなっていた。

 

 何故。

 

 どうして。

 

 しかし、その問いかけに応える事なく、黒き魔神は姿を消し。

 

 以降、今日に至るまで、魔王ヌルスと人間達は距離を置いて睨み合いを続けている。

 

 それが、事実であった。

 

 

 

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