望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百十二話 積み上げろクンフー!

 

 自ら、真実を見定めるとスカーシハに宣言したアルテイシア。

 

 しかしながら、すぐに彼女が動く事はなかった。というか、スカーシハが許さなかった。

 

 忘れてはいけないが、アルテイシアはそもそも、半年以上続いた昏睡状態から目覚めたばかりなのである。

 

 さらに加えて、彼女の今の肉体は複数の要素が入り混じって不安定な状態だ。肉体に融合していたヌルスの魔力の残り香、肉体を復元した世界樹の滴の影響もあり、とてもではないが一人で外に出せる状態ではない。

 

 よって、アルテイシアはしばらくの間、エンシェントの里でリハビリに励む事となった。

 

 なった、のだが……。

 

「よっ、ほいっ、たぁっ!」

 

「お、おおー……」

 

 エンシェントの里にある修練場。その一角に、ちょっとした人だかりができていた。

 

 塀の外に集まった人々の視線を一身に受けつつも、まるで気にならないように鍛錬に励む金髪の少女が一人。

 

 アルテイシアである。

 

「てぃやっ! とうっ!」

 

 この修練場は、深い堀の中に、点々と木の柱が並んでいる、という構造をしている。この柱を落ちないように渡りつつ、決められたポーズを取る、というこの修練は、深い森の中で木々の枝を素早くわたり弓の狙いをつける、というエンシェント特有の戦闘スタイルを鍛える為のものだ。

 

 その、人間を越えるバランス感覚を持たねば到底立つ事もできないような難行を軽々とこなしていくアルテイシア。見守るエンシェントの人々から拍手が上がった。

 

「やるなあ、あの姉ちゃん。スカーシハ様の客人だったか?」

 

「ヌルスさんのいい人らしいわよ。スカーシハ様という人がありながら……全く!」

 

「でも聞いた話だと一方的にヌルスさんが入れ込んでるだけで彼女はフリーらしいぞ。それならスカーシハ様にもまだチャンスはあるだろ?」

 

 聞こえてくる赤裸々な噂話に、おわととと、とアルテイシアがバランスを崩す。凄まじい柔軟性とバランス感覚で体勢を立て直したアルテイシアは、真っ赤な顔でくしゃくしゃと髪をかき乱した。

 

「も、もー、根も葉もない噂話はやめてくださいよ、びっくりしちゃいます」

 

「ふん。噂の一つや二つでぶれているようではまだまだだな、客人」

 

「あっ。神殿警護の方!」

 

 と、そこに乱入者。人垣から跳躍し、空中で綺麗な三回転半を決めて柱の上に着地したのは、アルテイシアも顔見知りの警護兵だ。

 

 黄緑色の髪をポニーテイルにした若い女性。彼女は、肌着に薄い道衣を纏っただけの軽装で、ひゅん、と風を切って拳を構えた。

 

 出来る。

 

 アルテイシアの表情が緊張に顰められる。

 

 殺意は無いが、敵意のようなものはビシバシと感じる。いや、これは……闘気?

 

「ヌルス様の直面しているのは、我々ですら手出しできぬ魔境の脅威。私程度を越えていけぬようでは、到底お前を里の外に出す訳にはいかぬ。どれ、仕上がりを見てやろう!」

 

「いいでしょう! いざ、尋常に勝負!」

 

 突然始まった試合に、周囲を取り囲むエンシェント達が困惑する中、当事者の二人は聊かの躊躇いもなくガチバトルを開始した。

 

 同時に柱から跳躍し、空中で激突。パシパシパシッ! と乾いた木を打つような音を立てて、互いの肢体が空中でぶつかり合う。すれ違いざまの攻防は互角、柱に着地した二人はそのまま、跳躍の度にぶつかり合いながら、修練場を縦横無尽に駆け抜けた。

 

 警護兵がとん、とん、と柱を数本後退しながら、口元を歪めてアルテイシアを称賛した。

 

「大したものだ! 人間の魔術師など、部屋に籠って本を諳んじているばかりの根暗だと思っていたが、なかなか大した身のこなし!」

 

「ふ、魔術の仕組みを理解するのも、人体の構造を理解するのも同じこと! 大した事はありませんよ、私、天才ですから!」

 

「ふ! 20も生きていない小娘が吠えおるわ!」

 

 再び、空中で激突。互いの蹴りと拳をいなし合う。

 

 が、そこで警護兵は眉を潜めた。

 

「む……?!」

 

「残念ながら、貴方の動きは覚えました!」

 

 里に伝わる格闘術。それをマスターした警護兵の攻撃を、アルテイシアはまるで打ち合わせたかのように軽々と裁いていく。それはぶつかる度に精度を上げていき、ついには警護兵の攻撃はアルテイシアの片手一つでさばかれ、逆に彼女の拳が警護兵の肩を打った。

 

「ぐぅ!? ば、ばかな……っ!?」

 

「まだやりますか?」

 

 柱の上でバランスを崩ししゃがみこむ警護兵に対し、アルテイシアは片足で悠々と構えを取る。すでに素人目に見ても勝敗は明らかであった。

 

「くぅ……な、何故」

 

「実に合理的な戦闘プログラムです。ですが、だからこそ理解も容易い。ましてやエンシェントと人間、基本的な骨格構造に大きな違いが無い以上、最適化を突き詰めればおのずとたどり着く場所は一緒。基本概念すら把握できればあとは手に取るように分かります」

 

 しゅしゅしゅ、と風を切って拳を、足を繰り出すアルテイシア。その動きが、格闘術における奥義である事を見て取り、警護兵は白旗を上げた。

 

「完敗だ……。聞きしに勝る、とはこの事だな。間違いなく、君は天災だ、アルテイシア」

 

「ありがとうござ……ん? 今、なんかイントネーションがおかしくなかったです?」

 

「気のせいだ」

 

 しれっとすっとぼける警護兵に、アルテイシアは釈然としないものを感じながらも拳を納めた。わっと周囲から拍手が上がる中、修練場から出て握手を交わす二人。

 

「君が里に害意を持つ人間でなくてよかったよ。本当に」

 

「いえいえ。……ところで、この修練場で最強が貴方なんですか?」

 

「上には上がいるが……最強は君もよく知っている人だよ」

 

 思わぬ返事に、アルテイシアは首を傾げた。

 

 なんだかんだで、アルテイシアの里での知り合いは少ない。何せ、目覚めた直後からスカーシハの貴賓として神殿の最奥で匿われていたのだ。顔なじみ、といえるのは世話をしてくれた侍女衆の方、政治を司る神官の方々、神殿の警備兵……そしてスカーシハ様ぐらいのものだ。そしてどれも、よく知っているとは言い難い。

 

 他の警備兵の事をさしているのだろうか。あるいは……。

 

「え? まさかスカーシハ様そんなに運動神経いいんですか??」

 

「んな訳ないだろう。あの方がここに来たら里総員で止めるに決まってるだろうが」

 

「ですよね」

 

 ちなみにスカーシハ、階段で何度かこけているのをアルテイシアも目撃するぐらいには運動音痴である。

 

「じゃあ、誰が……」

 

「ヌルス様だよ。絶対王者、誰も勝てない」

 

「……あぁ……」

 

 アルテイシアは深く納得した。

 

 触手の塊であるヌルスには、不安定な柱上という立地など関係ないだろう。触手を絡ませて固定するどころか、それを伸ばして自由自在だ。そもそも筋肉の塊で、鉄の剣を「柔らかいね」とかいいながらぐるぐるに曲げて丸めるぐらいお手の物であるヌルスに、徒手空拳で接近戦を挑むのはただのアホである。

 

 勝てる訳が無い。

 

 というか、カウントしていいのか?

 

「……あれはズルじゃないです?」

 

「ま、まあ、うん。しかしスカーシハ様が御認めになったので……」

 

「あの人ヌルスさんのやる事なら全肯定しちゃいません???」

 

 胡乱な目でぼやく警護兵に、アルテイシアもちょっと頬をひきつらせたのだった。

 

 

 

「それで? 何をしているのですか、アルテイシア様?」

 

「あっ」

 

 修練場での訓練を終えて意気揚々と神殿に戻ってきたアルテイシア。いい汗かいたー、と彼女がご機嫌だったのもそこまで。

 

 神殿の入口で、顔は見えないものの明らかにご機嫌斜めの半神の姿を目の当たりにして、彼女はつうっと冷や汗を流した。

 

 覚えがある。今は亡き学友も、こうして時折学生寮の入口で仁王立ちしていた。

 

 多少のなつかしさを覚えながらも、アルテイシアは逃げずに背を低くして大人しく出頭した。

 

「はははは……その、リハビリをば……」

 

「ええ。勿論、その必要性は存じております。何しろ、里の外に出たい、という貴女に、条件として修練を申し付けたのは私です。そこに異存はありませんとも、ええ。しかし、修練場で警護兵と模擬戦をするのはリハビリの範疇を越えているのではありませんか?」

 

「ああ、いえ、その……はい」

 

 ちらり、と視線を彷徨わせると、居た。

 

 神殿の入口横で、「私は大バカ者です」と刻まれた石板を抱いて座らされている警護兵の姿が。彼女は涙目だった。

 

「よそ見をしない」

 

「はひっ! あ、いえ、その。私は挑まれただけであってですね……」

 

 アルテイシアは自己弁護を図った。座らせられている警護兵がショックを受けた顔をする。見捨てられた!

 

「だとしても、断る事はできたはずですが?」

 

「…………はい。そうです。ごめんなさい」

 

 そしてスカーシハには通じなかった。しゅんとするアルテイシアの元に、こつ、こつ、と半神が歩み寄ってくる。

 

 そして。

 

「何にせよ。……怪我が無くて、よかった」

 

「あ……」

 

 そっと、伏せるアルテイシアの頭を撫でた。

 

「元気なのは結構。しかし、少しは周りの人間の気持ちも考えなさい。貴方にとっては容易い事なのかもしれませんが……そうやって、自分の才覚を振るうままにしては、人との距離は離れていくばかりですよ。息苦しくしろ、と言っているのではありません。最初からあきらめて谷を作るな、と言っているのです。わかりますね?」

 

「はい……本当にごめんなさい……」

 

 優しげなスカーシハの言葉は、アルテイシアに対する思いやりに満ちていた。優しく諭されて、アルテイシアは素直に自分を恥じた。

 

 言っているのは何から何までごもっともである。そして同時に、誰もが自分を腫物のように扱ってきたこれまでの人生で、スカーシハほどに彼女に真摯に接してくれた人はいなかった。かつての師でさえ、アルテイシアの才覚を理解するが故に、諦めている所があった。

 

 だが、この半神は違う。

 

 アルテイシアの才能が文字通り神に迫るものだと理解して、それでも尚唯の小娘として扱ってくれる。それは、彼女がヌルスの大切な人だから、ではない。きっと、スカーシハという女神は懐に入れた全ての相手にこのように心を砕くのだろう。

 

 彼女がエンシェントの里で慕われ、敬われている理由が、アルテイシアにもよくわかった。

 

「……反省したなら、よろしい。焦る気持ちはわかりますが、無茶をしない事。いいですね?」

 

「はい、スカーシハ様」

 

 お説教は、それで終わり。

 

 踵を返すスカーシハに従って、神殿に戻るアルテイシア。

 

 以降、彼女は急ぐような修練を取りやめ、無理のない範囲で、常識的なリハビリに明け暮れる事になる。

 

 そして彼女が旅立ったのは、およそ一月後の事。

 

 まずは魔術学院を焼き払う、と言い出した彼女を心配したスカーシハの付き添いの元、黄金の魔術師はエンシェントの里を後にしたのである。

 

 

 

「ところで、あの警護兵さんは許してあげても……」

 

「なりません。リハビリ中の、いわば病人に喧嘩を売るなど言語道断。しばらく頭を冷やしてもらいます」

 

「あらら」

 

 

 

 

 

 

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