望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百十四話 伯爵家の人々

 

 乗合馬車を襲撃した盗賊達を捕縛し、騎士団は城へと帰還した。

 

 武家たる伯爵領の城に相応しい、飾り気のない武骨な砦のような拠点へ帰還すると、その門先で一人の少女が一行の帰還を待ち受けていた。

 

 煌めく銀色の髪に、ルビーのような赤い瞳。品の良いワンピースに袖を通し、祈るように両手を合わせて佇む姿を見咎めたシオンが声をあげる。

 

「ラフィリエ?」

 

「ああっ! シオン姉様、よくぞご無事で!!」

 

 馬上から驚いてシオンが声をかけると、少女はぱあ、と華が咲くような笑みを浮かべて走り寄ってくる。馬を止めて降りたシオンの胸に、飛び込むように抱き着く少女。

 

 シオンは驚きつつも、慈愛に満ちた笑みを浮かべて、少女の細い腰を抱き返した。

 

「駄目ですよ、ラフィリエ。私帰ってきたばかりなんだから。服が汚れちゃう」

 

「関係ありません、自分で洗いますもの!」

 

「いけません。全く、伯爵家のお嬢様ともあろうものが」

 

 苦笑しつつも、満更でもなさそうなシオン。

 

 そんな少女二人の交流を、周りの兵士達は微笑ましそうに見つめている。彼らは互いに視線で頷き合い、馬の手綱を引いた。

 

「シオン様。我々は捕縛した逃亡兵を繋いできます。あとは、ご姉妹でごゆっくり」

 

「そういう訳には……」

 

「それがいいわ! お姉さま、ずっと働き詰めなんですもの! 少しは休まないと……」

 

 有無を言わせず、シオンをの手を取り引っ張っていくラフィリエ。

 

 シオンは困ったようにしつつも、嬉しそうなのを隠せていない。彼女が申し訳なさそうに小さく頭を下げると、兵士達はいえいえ、と手を横に振った。

 

「ごめんなさい。あとはよろしく」

 

「おまかせを」

 

 馬の踵を鳴らしながら、この場を離れていく兵士達。その馬の背には、簀巻きにされた逃亡兵達の姿もある。これから彼らを尋問し、調書を取った上で国に返さなければならない。

 

 それなりに大変な仕事である。自分だけ解放される事に申し訳なさを覚えながら、しかしシオンはこの義妹の手を振り払う気にはなれなかった。

 

「ほらほら、シオン姉様! お父様もお待ちですよ! 今日はとっておきのお茶を用意していますのよ!」

 

「伯爵様までいらっしゃるのですか!?」

 

「当たり前じゃない! 大切な娘を放っておくほど、お父様は薄情者ではなくてよ!」

 

 シオンが抵抗しないのをいいことに、ラフィリエは彼女を砦の中へと引っ張り込んだ。一般兵士が立ち入りを禁止されている正門を通って、堂々と絨毯が敷かれたホールに踏み込む。

 

 窓が小さく、薄暗い砦のホール。そこで、一人のふくよかな初老の男性が待ち受けていた。

 

「おかえり、シオン」

 

「伯爵様……!」

 

 エルム・フォーリア・ヴァンダイン。ヴァンダイン伯爵家当主であり、養父でもある彼を前に、咄嗟にシオンが膝を突こうとして、ラフィリエに咎められた。

 

「もう、姉さま、家族なのにそんなに畏まるのは変よ!」

 

「そ、そうは言っても……」

 

「ラフィリエの言う通りだ。父親として、娘の様子を見に来ただけなのに、そう畏まられては私も困る。ましてや、不甲斐ない私の代わりに頑張ってくれているのだから」

 

 そういうエルムの片手は、包帯で吊られている。

 

 異変が起きた際、彼もまた、剣を片手に前線で戦っていた。その際、シャードビーストによってつけられた傷だ。魂を吸う怪異によってつけられた傷であるせいか、祈祷を以てしても治り難く、今だ治癒の目途は立っていない。

 

 そして魂を吸われた人間は大きく衰弱する。本来ならば、立っているのもやっとのはずだが、エルムは小動ともせず、己の足で堂々と佇んでいた。

 

 その頬に、小さな汗が浮いているのを見て、シオンは見なかったことに、と目を伏せる。

 

「……いえ。それを言うならば、家族の事ですから」

 

「ならば、互いにお互い様だ、という事だな」

 

「伯爵様……」

 

 ぽん、と無事な手で、シオンの肩を叩く伯爵の視線は慈愛に満ちている。気まずそうにしながらも、彼女はその視線から目を逸らす事はなかった。

 

 血の繋がらぬどころか、シオンとの親子関係は何ならアトラスとの結婚の為の箔づくりに過ぎない。にも関わらず、実の娘に向けるような深い慈愛を向けてくる伯爵に、シオンは躊躇いつつも実の親にも似た親愛を抱いていた。

 

 そして伯爵も、この武勇に秀でた、本当は寂しがり屋の娘の事を、実の娘のように思っている。妻に先立たれて長年、まさか娘が増える事になるとは思わなかった。ラフィリエも、まるで昔からの姉妹のようによく懐いている。

 

 だからこそ、現状が口惜しい。

 

 本来ならば、自分が成すべき事を、娘に押し付けている。本当ならば、部屋に籠って泣き明かしたいのは、彼女の方であろうに。

 

 ぎこちないながらも、義理であっても、親子として情をかわす三人。

 

 その穏やかな空気を、しかし空気の読めない拍手が台無しにした。

 

「これはこれは、感動の光景、という奴でありますかな」

 

「貴方……」

 

 乾いた打擲音と共に心にもない事を口にしながら姿を見せるのは、ひょろりとした禿げ頭の男だった。鼠のような猛禽のような、見る者に不快感を与える淀んだ視線に、ラフィリエがひっと息を呑んでシオンの背後に隠れる。その彼女を庇いながら、シオンは内心で舌打ちをした。

 

 人の容姿をどうこう言うのはよくないが、目は違う。視線には、その人間の本質が現れるものだ。この男の視線は、明らかに捻じ曲がり腐りきった、腐臭のような不快感を含んでいる。

 

 到底ろくな人間ではなく。

 

 事実、伯爵家にとっては災厄のような男である。

 

 ロバート・ギルウィン。王都から派遣された、審問官であり看視者である。

 

「本日もお見事、シオン殿。御下命通り、逃亡兵は一人も殺さず、ひっとらえたようで」

 

「……ええ。そういう指示だったからね」

 

「ひっひっひ。例え逃亡兵といえど、国家の財産。一人たりとて、損なってはなりません。ましてや今は、軍はどこも人手不足……。最も、伯爵家様は流石に、人材に困ってはいないようですなあ、ひひひひ」

 

 いやらしく、ねちっこく嘲笑うような言葉を、誰が称賛と受け取ろうか。明らかに、ロバート審問官は伯爵家への悪意と敵意を隠そうともしていなかった。

 

 しかし、仮にも王家からの使者。

 

 礼を逸しては、伯爵家にとって不利になる。少なくとも伯爵家は、疑いをかけられたように、王家への隔意はもってはいないのだから。

 

「何のご用事かな、ギルウィン殿? 仰る通り、今は任務を終えて帰還した我が家の長女を労っている所でな。捕虜の話であれば、兵長の方にお願いしたいのだが」

 

「いえいえいえ、私としても心苦しいのですが、しかし次の任務の話がありましてねえ。早速、シオン殿にはご出立願いたいのですが……」

 

「ふ……ふざけないで! お姉さまはもう一週間も働きづめなのよ!? 少なくとも数日は休暇を取るべきですわ!」

 

 下卑た笑みを浮かべて、形だけは申し訳なさそうに振舞うギルウィンに、ラフィリエが声を上げた。

 

 とっさに伯爵が静止しようとするも間に合わず、彼女は感情のままに声を張り上げる。

 

「ラフィリエ、不味い……っ」

 

「だって! お姉さまは成果は十分上げているはずよ! いくらなんでも、あんまりです!」

 

「それを決めるのは、貴方でも私でもありませぇん。判断するのは、王家の方々……それとも」

 

 にたり、とロバート審問官が、ぎょろりと白目がちの目で、ラフィリエを見つめる。その非人間的な獣のような視線に、幼い淑女は息を呑んだ。

 

「伯爵家の皆さまは、王家への忠誠を示すおつもりがないと?」

 

「……っ」

 

 そこで、ラフィリエは自分が嵌められた事を理解した。

 

 涙目で唇を噛む娘の肩に優しく手を置き、伯爵は厳しい視線をロバート審問官に向けた。

 

 本来であれば、たかが審問官が一人ごとき、伯爵家のものにこのような無礼な口聞き、手打ちにしても有り余る。

 

 だが、今現在、伯爵家には弱みがある。

 

 ……魔王ヌルス、魔城の出現。その一連の事変において、辺境伯領と関係が深いながらも一時辺境伯から離れていた事で無事だったシオンを、王家は重要参考人として王都に呼び出した。

 

 それが、真っ当なものでない事を、伯爵は見抜いた。

 

 今回の事変において、王家は散々な目にあっている。道理を踏み倒して魔城の接収に踏み切った結果、反撃に遭い、軍を散々に蹴散らされ、権威の面でも武力の面でも、王家の威信は地に落ちた。

 

 そんな王家にとって、シオンは憤りを向けるに丁度良い人間だ。今回の事態に直接無関係であっても、次期辺境伯当主の婚約者、という立場から攻めれば、火の無い所に火刑場を立てる事など造作もない。魔城に対する人質か、あるいは理不尽な八つ当たりか、どちらにしろ王都に赴けばシオンの運命はロクな物ではないのは目に見えていた。

 

 だからこそ、伯爵はその呼び出しを断固拒否した。実の娘に等しいシオンを、そのような場所に連れて行かせる訳にはいかない。

 

 されど、それは王命の拒否に等しい。本来であれば、国王といえど伯爵相手にそのような理不尽、許されるはずもないのだが……しかし、状況が状況であり、大義名分は王都の方にある。

 

 その結果、派遣されてきたのがロバート審問官である。国王への忠誠が健在であるのならば、誠意を見せろ、と。以降、シオンは昼夜問わず、本来王国側が対応するべきはずの、脱走兵をはじめとする各種問題の解決のために奔走させられている。それを拒めば、今度こそ王国への叛逆とみなされる、という脅し文句があっては、従うしかない。

 

 その名目が文字通りお飾りでしかなく、本当の狙いはただシオンを苦しめたいだけという、低俗な本質を見抜いていたとしても、だ。

 

「ありがとうラフィリエ、気持ちだけ受け取っておく。で? 次は、どこに何しろって?」

 

「ひひひ、話が早くて助かります。今度は、パヴィエ村近隣に、不審な集団が出入りしているという話でしてえ。現地の住民が不安がっております。伯爵家様の皆様方につきましては、一刻も早く、領民の懸念を取り払っていただきたいかとぉ」

 

 そんな、と喉から出かかった反発を、ラフィリエはすんでの所で飲み干した。

 

 パヴィエ村は、ここから真反対の領土境界線側だ。いくらなんでも遠すぎる、馬で往復五日はかかる距離だ。

 

 さらにいえば、そのあたりとなると、逃亡兵が居る可能性は低い。不審な集団、とはいうが、そんなものが本当に存在するのだろうか。

 

 いや、居なくても向かわせるのだろう。むしろ、居もしない盗賊の為に、シオンに長距離をかけさせ、苦しめるのが主目的と見た方がいい。

 

 しかし、その悪辣な思惑を看破して尚、シオンは何事もないかのように軽く頷いた。

 

「わかった、すぐに出発する」

 

「姉さま……っ」

 

「ごめんね、ラフィリエ。お茶はまた今度」

 

 大切な義妹を優しく引き返し、シオンは踵を返しその場を後にした。躊躇う様子もなく次の任務に取り掛かる娘を伯爵は心配そうに見送り、ロバート審問官はつまらなさそうに舌打ちし、その場を後にする。

 

 遠ざかる禿げ頭の後ろ姿を、ラフィリエは忌々しそうに睨みつけていた。

 

 

 

 

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