望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百十五話 絡みつく慕情

 

 シオンが兵士の詰め所に戻ると、すでに通達は済んでいたようで、交代の兵士が出立の準備を整えていた。彼らも披露の色は濃いが、交代制である事もあってシオンよりは余裕がある。テキパキと準備を進める兵士達をシオンがぼうっと見ていると、兵士長が駆け寄ってきてシオンに敬礼をした。

 

「シオン様。あと1時間もあれば、出立の準備は整います。流石に遠いので、食料の手配などに少し手間取っておりまして」

 

「わかった」

 

 頷くシオンだが、どうにも返事に覇気がない。

 

 ただの連勤ならともかく、一度はキリがついたと思った仕事、さらには家族との一時の談話による脱力からの落差が、それなりにきついようだった。

 

 それを見てとった兵士長が、痛ましげに目を細める。

 

「……少し、お休みになった方が」

 

「あの審問官の手の者ががいつどこで見ているかわからん、横になる訳には……」

 

「では、せめて柱に身を預けて、楽な姿勢を取られた方がよろしいかと。少しは違うと思います」

 

 兵士の進言に「それもそうだな」と頷くと、シオンは兵舎の壁に背を預けて小さく首を傾けた。忽ち、小さな寝息を立てはじめるのを見て、兵士達はそっと物音を小さくする。

 

「……どうする?」

 

「俺が責任を持つ。資材の手配を間違えた、という事にして、出立は3時間遅らせよう。誰か、ラフィリエ様にも通達を」

 

「了解。……って事は、あの禿げ頭にも連絡しなきゃならんのか。行きたくねえなあ」

 

 兵士達がこっそりひそひそ話をする。……ここに居るのは、皆、伯爵に中世を誓った伯爵領出身の兵士達のみである。審問官の、王都の手の者が入り込む余地はない。

 

 だからこそ、彼らはシオンに気を使いつつ、同時に決定的な一言を告げる事はない。

 

 ……もし、シオンが自分の事だけを考えるなら。彼女は、とっとと魔王城に亡命すればいいのだ。なにせあちらは、シオンの婚約者がいる。諸手を上げて歓迎してくれるだろう。

 

 だが、彼女は決してそれをよしとしないだろう。そうすれば、伯爵の立場は決定的に悪くなってしまう。その為に身を粉にする彼女を思うからこそ、兵士達もそれは忠言しない。もし彼女にそれを勧めるものがあれば、それは忠誠からの忠言ではなく、伯爵家とシオンを貶めるための甘言である。

 

 とはいえ、思う所はある。

 

「……魔王城の連中はどうしてシオン様を助けに来ない。連中に強奪されたとか、攫われたとかなら、まだ言い訳もたつのに」

 

「アイツらだって今はいっぱいいっぱいだろ。それに、最善を尽くした結果が、アレだ。迂闊には動けまい」

 

 魔王城成立前後の正確な情報は、伯爵家とて持ち合わせていない。あまりにも混沌としすぎ、さらには国側が性急かつ強引に事を運びすぎた。必要な情報は散逸しており、誰が何を知っているのかもわからない。事情の追求には綿密な調査が必要だが、王都からの横やりでそれは今の所できていない。あるいは、シオンへの嫌がらせはついでで、伯爵領の調査を妨害するのが、王都の本当の狙いなのかもしれなかった。

 

 それでも、最前線であったからこそ、知っていることもある。

 

 一つ、シャードビーストの脅威は、本当に国を滅ぼしかねない恐ろしい物である事。

 

 二つ、魔王城の主である魔王ヌルスは、しかし、周辺諸国に対して最大限の説明義務を果たそうと、使者や手紙を送った事。

 

 三つ、それでもなお、あの大惨事は避けられなかった事……。

 

「どうすりゃよかったんだろうなあ……」

 

「それを一番聞きたいのはシオン様だろう。あ、それと俺、多分今回の責任で降格されるから、書類仕事とかの面倒くさい事、お前頼むな」

 

「げっ。まさかそれが狙いじゃねえだろうな」

 

 小さな笑いが、兵舎に広がる。

 

 壁に寄りかかって眠るシオンは、それに気が付く事もなく、すやすやと眠りこけていた。

 

 

 

 

 

◆◆

 

 

 

 

 

「おのれ……政治家どもが」

 

 伯爵家の自室。

 

 盗聴対策などは万全にした部屋に鍵をかけてこもりつつ、伯爵家は普段人前では見せない怒りの形相を露に、机の上に拳をガン、と叩きつけた。

 

 本来、伯爵は激情家である。しかしそれでは成り立たないからこそ、普段は温和な表情を崩さない。

 

 その心情は、煮えたぎる溶岩のように憤怒に満ちていた。

 

「ヴァンダイン伯爵家を虚仮にしおって。机の上の、文字と数字でしか現実を見ぬバカ者どもが。ああ、今回は自分の庭に一撃叩き込まれたのだったか? それで躍起になって虚勢を張っているつもりか? ふん、くだらぬ」

 

 ソファにズン、と身を預け、しかし伯爵は気持ちを落ち着ける事も出来ずに顔を押さえた。

 

「シオンには……酷い事をした。情の深い子だ、あの子が私らを見捨てる事など出来ぬと分かっていただろうに。私の未熟だ、この状況を招いたのは」

 

 シオンを庇った事に、後悔などない。

 

 だが、聊か直情的な対応だったと、今は認めざるを得ない。

 

 もし本当にシオンの事を思い、同時に当主として伯爵家を守ろうというなら、もっとダーティーな立ち回りも考慮するべきだった。人道性、道理を重んじて、真正面から対応したのが失敗だった。

 

 あるいは、信じていたからなのかもしれない。

 

 王都とて、あの穴倉の政治家どもとて、人の道理を解するものだと。

 

 浅慮であったと言わざるを得ない。

 

「正解は……召喚に応じる振りをして、シオンを道中で逃すべきだった。どの道こうなっては、辺境伯領は王国として取り潰す他はないが、魔城がある限り、それは書類上での話でしかない。実害は何もない……伯爵家は表向き辺境伯と距離を置き、シオンは思い人の所に戻れる。これが一番無難な選択肢だった。私は間違えた……」

 

 自分を責める伯爵だが、しかし、当時はその手を取るには不確定要素も多かった。

 

 魔城の主、ヌルスによる国軍の大虐殺。それは魔城が信用に値するのか、その判断を曇らせるには十分な出来事だったからだ。

 

 しかし、それ以降、ヌルスは直接的な暴力には訴えていない。それどころか、魔城に送り込まれた冒険者からの報告を聞く限りでは、魔王は恐らく超長期的な視野を持って、消極的な外部との融和を図っている。彼らには恐らく、領土的野心、経済的野心というものは微塵も存在しない。あるのはただ、シャードビーストという世界の脅威を封じ込めたい、ただその一点のみだ。

 

 シオンを預けるに足る思慮深さ。それを信じられなかった事が、伯爵の最大の失策であったと言えよう。

 

 すべては、今だからこそ言える話でもあるが。

 

「むぅ……ん?」

 

 コンコン、とドアをノックする音。どうやら、シオンの出立の時間が来たらしい。

 

 伯爵はソファからすっくと立ちあがると、憤怒を露にした渋面を穏やかな笑みへと取り繕い、扉に向かった。呼びに来た執事と何ごとか言葉を交わすと、執事が静かに扉を閉ざす。

 

 かつかつかつ、と足音が離れていく。砦の入口に、シオンを見送りにいくのだろう。

 

 そうして、誰も居なくなった、無人の部屋。

 

 その部屋の隅で、ぐにゃり、と空間が歪んだ。

 

 否。

 

 正確には、そこにずっと潜んでいた者が、その偽装を解除したのだ。

 

「……なるほど」

 

 姿を現すのは、白いフードを被った少女の魔術師。

 

 彼女は腕を組み、顎に指をあてて思慮に耽りつつ、何度か小さく頷いた。その拍子に、ぱらぱら、とその体から銀色の粉のようなものが降り注ぎ、床の絨毯に触れるまえに塵となって消えていく。

 

 金属魔術の応用。鏡のような鏡面金属の粉末を体に纏い、光の屈折率をコントロールする事で風景に溶け込む。言うほどに容易い芸当ではないが、しかし少女にとってはさして困難な魔術でもなかった。

 

 アルテイシア・ストラ・ヴェーゼ。

 

 今や人知を超えた怪異とすら呼べる天才魔術師は、盗み聞きした情報を何度も咀嚼するように吟味し、笑みを浮かべた。

 

「大体、状況は分かりました。いいでしょう、誰も不幸せにならない落としどころ、見えてきた気がします」

 

 にたり、としたその笑みは、ヌルスが視れば「悪役っぽいぞ。やめとけ」と咎めたかもしれないが、残念ながら、彼はこの場にはいない。

 

 故に、アルテイシアは誰が見ても邪悪で悪辣な魔術師のように笑いつつ、再び迷彩魔術を展開して姿を消した。一人でに扉が開き、ぱたん、と閉ざされる。

 

「ふっふっふ。まあ、なんとかなるでしょう。ふふふ」

 

 

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