望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百十八話 月夜の死神

 

「くっそ、何匹いんのよ……っ!」

 

 雷を迸らせる刃を振りぬき、シオンが愚痴る。その目の前で、首と胴を解体された魔物がぐずぐずと朽ちて消滅する。

 

 息を荒くして膝をつくが、いつまでも休んではいられない。気合を込めてシオンは立ち上がった。

 

 視界に映るのは、月光の下で荒らされつくした兵士の野営地。テントは崩れ、焚火にかけられていた鍋は地面に転がっている。

 

 消えかけの焚火を、兵士のブーツが踏み消して、火の粉が舞い散った。

 

「うわああ!」

 

「くっそ、アルペンのフォローに回れ!」

 

「この化け物め!」

 

 兵士達が怒号を上げて立ち回っている。

 

 シオンにまかせてばかりではない、彼らも考えて連携し、巧みに魔物と渡り合おうとしている。少なくとも、武名を誇るヴァンダイン家の兵士という事もあり、彼らは決して弱卒ではなかった。

 

 だが今回ばかりは、相手が悪いと言わざるを得ない。

 

『ギシャシャシャ!』

 

「うわあ!?」

 

 魔物が腕を大きく振り回し、包囲していた兵士達が逆に蹴散らされる。巨大な大剣のような腕による一撃は、品質がいいとはいえ数打ちの槍で受けられるものではない。多くは半ばからへし折れ、場合によっては断ち切られてしまったものまである。痛烈な強打の一撃で、兵士達が得物ごと吹き飛ばされる……しかし、その隙をついて、一人の兵士が槍を突き出した。

 

「隙あり……ええっ!?」

 

 が、その一撃は頑丈な甲殻の前に火花を散らして弾かれる。

 

 勿論、兵士とて無策ではなく、ちゃんと甲殻の隙間を狙った。だが動き回る魔物の、僅か数ミリしかない甲殻の隙間を狙って槍を突き刺すのはあまりにも難易度が高い。

 

 そもそも、この魔物は強すぎる。

 

 シオンの想定では、エトヴァゼルでいえば8階層以降は固い。通常の人間相手の訓練しか受けていない兵士では、いかな精鋭といえど対応できるような相手ではない。

 

「あ、わああ……」

 

 槍を弾かれ、つんのめって体勢を崩した兵士。彼に向かって、魔物がお返しと言わんばかりに腕を振り上げる。超硬度と超重量を併せ持つ頑強な前足を、怪物の怪力で振り回すのはただそれだけであまりにも致命的な一撃。

 

 無慈悲な処刑人の刃が、哀れな兵士に振り下ろされんとした、その瞬間。

 

「させるかぁーーー!!」

 

 閃くのは炎雷の双刃。文字通りの電光石火で翻った刃が、魔物の関節部をすり抜けるように切り裂いた。

 

 ばらばらと解体される魔物の背後に佇む小柄な影。息を切らして間一髪、部下の救援に間に合ったシオンは安堵の息を吐いた。

 

「大丈夫!?」

 

「は……はいっ、助かりました!」

 

「ならよかった。何にせよ、これで大分数も……」

 

 すでに魔物の数は半分を切ったはずだ。この調子なら、なんとかならなくもないか……そんな楽観論で自分を励まし顔を上げたシオンは、戦場を確認した。

 

「え……?」

 

 そして。変わらず、兵士達を蹂躙する、魔物の群れを認識した。

 

 おかしい、数が合わない。

 

 茫然自失するシオンの目の前で、突然地面がモコモコと隆起する。愕然とする彼女の目の前で、地面から這い出してきた銀色の魔物が身震いし、まとわりつく土くれを振り飛ばす。

 

 真新しい銀色の外骨格を煌めかせ、向かってくる魔物に向けてシオンは機械的に刃を向けた。されどその切っ先は、動揺に震えている。

 

「な、なんで。そんな、これじゃキリがない……っ」

 

 ただでさえ魔物が迷宮の外に出てくるという異常事態、おまけに一体一体が洒落にならないほど強いと来た。

 

 それにくわえて、倒しても倒しても補充される。

 

 これは一体……。

 

 現実逃避、あるいは思考の迷宮に陥りかけながらも、シオンの戦いは危なげが無い。魔物の大振りの攻撃を回避して背後に回り、的確にカウンターのように突き出される一撃を紙一重で回避し、すれ違い様に腕を切り落とす。隠し札の口吻を切るよりもはやく、手慣れてきた手つきで首を落とし、手足を切断する。どずん、と地を揺るがして崩れ落ちる魔物を見下ろし、シオンは決断を下した。

 

 確かめるように、胸の内……懐にしまった指輪に、重ねるように手を当てる。

 

「…………ごめん、アトラス」

 

 逡巡は一瞬。懐から笛を取り出し、甲高く、一定のリズムで吹き鳴らすシオン。

 

 それを聞いた兵士達が顔色を変えた。

 

「……撤退指示?!」

 

「だ、だがこの合図は……シオン様が殿を!? そんな!?」

 

「お待ちください、そのような事……ぐわあ!?」

 

 総員撤退。殿は部隊長。

 

 暗号じみた符丁で指示された命令に、兵士達が動揺に崩れる。崩れた守りは、あっさりと魔物に打ち砕かれ、兵士達はもはや交戦もままならず、散り散りになって後退していく。

 

 認めざるを得ない。自分達では、この魔物相手に力不足だ。

 

 だが、だからといって……。

 

「シオン様を置いていくなど……!」

 

「……了解した。総員撤収! ここはシオン様に任せ、撤退する!」

 

「兵長!? 何を!?」

 

 気持ちを同じにしていたはずの上司の裏切りに、兵士達が非難の声を上げる。

 

 しかしその非難を、兵長は切って捨てた。

 

「戦場に弱者など、居るだけで邪魔になる! 我々の存在があの御方の足手まといだとわからないか!?」

 

「しかし……!」

 

「これは明らかに異常事態だ! ただの魔物ではない……最悪、王家か、敵対する貴族、あるいは敵国による謀略の一部と考えられる! ここで誇りを枕に討ち死にするのが、伯爵領への貢献になると思うか!? どれだけみじめでも生きて帰り、この情報を伯爵様にお伝えする! それが我らの使命だ! 理解しろ!!」

 

 血を吐くような苦渋の決断を、部下にむかって怒鳴りつける兵長。その言葉の正しさを、逆らっていた兵士達とて、受け入れぬ訳にはいかない。

 

「……っ、了解、しました」

 

「撤退! 撤退~~!! 動けぬ者は周りで助けろ!」

 

「引け、引けーーーっ!!」

 

 そうと決めれば、流石に精鋭。その撤収の手際は鮮やかだった。

 

 この状況でも、訓練された軍馬は逃げ出したりはしていなかった。慄きつつも綱に繋がれていた馬の所に走って戻り、荷物も持たずにその背に飛び乗る兵士達。怪我をして動けぬ者は、無事なものが肩を貸して引きずっていく。

 

 その無防備な背中に、銀色の魔物達がのそのそと敵意を向ける。が、その視線を遮るように、月夜の下で白刃が煌めいた。

 

「ここから先は、いかせない」

 

 シオンが、最後の力を振り絞って魔物達へと躍りかかる。

 

 もはや戦場に人間は彼女一人。守る者もおらず、救うべき者もいない。彼女は孤軍である事がむしろ有利と言わんばかりに、魔物の群れに飛び込んでいった。相手の巨体を巧みに利用し、前足の一撃を魔物自身を盾に防ぎながら、縦横無尽に飛び交いながら刃を振るう。怪物の手足が、首が宙を舞い、崩れた鉄の殻が粉雪のように舞い上がった。

 

 

 

 そして、しばらくの後。

 

 兵士達が撤収し、伽藍となった天幕跡地。

 

 その中央で、シオンは一人、息を堰切らせて佇んでいた。

 

「ぜぃ……ぜぃ……はぁ……ぜぃ……」

 

 その柔肌には滝のように汗が浮かび、装束は掠めた攻撃でボロボロ。連戦で握力を失った指からダガーが落ち、ボロボロに欠けた刃はもはや切れ味もなく。地面に刺さらず跳ね返って転がると、その場で限界を迎えて砕け散った。

 

 そして散らばる欠片の周りには、倒れ伏した無数の魔物の遺骸。

 

 今まさに朽ちて無に帰っていく骸から、風にのって銀粉がふわあ、と舞い上がり、月の光に煌めいて輝いた。

 

 それは、幻想的な光景と言えるかもしれない。

 

 銀色のヴェールにしばし見入って、シオンは再び周囲に目を向けた。

 

「……流石に、これは、無理か……」

 

 地面が盛り上がり、もこもこと魔物が次々に姿を現す。

 

 自分を取り囲むようにして展開する魔物達を前に、シオンは引き攣ったような笑みを浮かべた。

 

 予備の武器はあるが、数打ちの短剣ではこいつらに通らない。ヌルスから貰った武器を使い潰した時点で、もはや彼女に打つ手はない。

 

 だとしても、最後まであきらめない。

 

「……アトラスにもっていく、土産話の一つぐらいないと、示しがつかないよね」

 

 ぐっ、と腰を落として、無駄とわかりつつ刃を抜く。

 

 アトラスはきっと、最後まであきらめなかった。だから、あの世で彼にあった時に、私も諦めなかったよ、と言う為に、シオンは最後の抵抗を胸に抱いた。

 

 魔物達は、彼女を包囲したまま動きを見せない。あれだけ仲間を殺されたから躊躇しているのだろうか。

 

 だとしても、すぐに襲い掛かってくるだろう。魔物に、心はないのだから。

 

「さあ、来なさい!! 私の首、そう安いと思わないことね!」

 

 シオンがなけなしの気力を振り絞って、啖呵を切った。その時。

 

 

 

 

 

 

 

「……なんていうか、呆れました。頑張りすぎじゃないです?」

 

 

 

 

 

 

 

 ぱちぱちぱち、という乾いた拍手の音。

 

 突如響いた女の声に、困惑しつつもシオンはその出所を的確に捉えていた。

 

 はっと見上げる視線の先、月が煌々と輝いている。

 

 その黄色い輝きにかぶさるように、銀色の光がぱらぱらと散った。すると、確かに今まで何も見えなかった空間に、突如として一人の人影が現れる。

 

「私としてはてきとーに脅かして、わーーっと逃げてくれたらそれでよかったんですけど。兵士の皆さん一人に至るまで覚悟決まりすぎですよ」

 

「あんた……?!」

 

 ゆっくりと、宙から地面に降りてくる人影に、警戒しつつもシオンはどこか、既視感と記憶を擽られていた。

 

 この怪人物の声、確か、どこかで聞いたような覚えがある。

 

 記憶の淵を探り訝し気に眉を潜めるシオンを前に、怪人物はフードの下で小さく首を傾げたようだった。

 

「あれ? ピンと来ないです? あー……貴女とは、そこまで長い付き合いではなかったですものね。でもそれなりにこの肉体とは同じ時間を過ごしたのでしょう? 中身が違うと、そんなに変わって見えるものなのですかね……自分ではよくわからないです」

 

「……悪いわね。でも、少なくともあたしの知り合いには覚えてる限り、魔物を操って人を襲うような奴、心当たりがないんだけど」

 

 会話しながらもシオンは油断なく、自分を包囲する魔物達に目を向けている。

 

 あの女が現れた途端、魔物達はピタリと動きを止めてしまった。奴らが、この怪人物の意を受けて動いていたのは間違いようがない。

 

 警戒を色濃くするシオンに、怪人物はしばし沈黙し……続けて、くすくすと笑い始めた。

 

「魔物……ふふ、ええ、そうですね。魔物ですね。ふふふふふ……」

 

「? 何が可笑しいのよ」

 

「あら失礼。いえ、おかしいというよりは、そうですね、これでわかりますか?」

 

 女がローブの下から右手を掲げ、ひゅいん、と円を描くように人差し指を振る。

 

 途端、シオンを取り囲む魔物達が、ぐしゃりと“融けた”。

 

「……は?」

 

 屹立する、頑強なる外骨格の魔物。その姿が、一瞬で結合を失い、水のように地面に滴り落ちる。瞬く間に銀色の水溜まりになってしまったそれらは、まるで生きているように動きだすと、女の足元へと流れていき、影に呑まれるようにして完全に姿を消した。

 

「な、あ……?!」

 

「よくできていたでしょう? これは、私が魔術で作り出した、偽物の魔物。とはいえ、モデルはよーーーーーーーーく知ってる魔物ですから、再現度にはちょっと自信があったんですよ? 正直言うと、あんなにズバズバ倒されて、ショックです。私、あれのオリジナルには勝てなくて殺されかけましたので。くすん」

 

「い、いや、え? 何いまの……金属? まさか、金属を操って魔物の姿を再現したの……?!」

 

 困惑しつつも、戦闘中の感触から即座にシオンはその正体を看破した。

 

 鉛のような手応えだと思ってはいたが、まさか本当に金属の塊だったとは。

 

「まって、金属……魔術……?」

 

 金属。魔術。そしてこの声の響き、イントネーションがあまりにも違ったので気が付かなかったが、そうだ。彼女には覚えがあるどころか、最も親しい相手の一人ですらある。正確には、あった、だが。

 

 閃きが連鎖し、シオンは驚愕に愕然と目を見開いた。

 

「ヴィヴィアン……いや、違う……貴女、アルテイシア!?」

 

「はーい、御名答~」

 

 シオンの言葉に、怪人物はぱさり、とフードを捲ってその顔を露にした。

 

 風になびく金色の髪に、人形のように整った顔に浮かぶ悪戯っぽい笑み。瞳こそ、青ではなく虹色のそれに変じているが、彼女は間違いなく、シオンの知る人物だった。

 

 ヴィヴィアン・ル・カイン。否、正しくは、その肉体を操っていたヌルスという魔物の、最愛の人物。

 

 アルテイシア・ストラ・ヴェーゼ。

 

 巣窟迷宮エトヴァゼルで僅かな間だが交流を持った、悲運の若き天才魔術師、その人に他ならなかった。

 

 

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