望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~ 作:SIS
思わぬ所で、思わぬ人物との遭遇。流石のシオンも冷静ではいられない。
状況も忘れて声を上げる。
「貴女……目が覚めたの?!」
「はい、おかげさまで、数か月前に、ひょっこり」
「そ、そっか、よかった……いやそうじゃなくて! あんたここで何油売ってんのよ!? ヌルスの奴がどれだけ貴女の事心配して尽くしてたと思ってんの!? 一分一秒でも早くアイツの所にいって元気な顔見せてあげなさいよ、馬鹿!」
安堵も一瞬、反転したように怒鳴りつけてくるシオンの言葉に、う゛っ、とアルテイシアは痛い所をつかれて呻いた。
何よりも自分の状況すら棚に上げてヌルスの気持ちを代弁してくるシオンの態度が、アルテイシアには一番堪えた。さっきまで命の危機に立たされていたはずなのに、それよりも仲間の気持ちを優先する、その強い繋がりは、今の彼女には目に毒だった。辛い。
たちまち、超然と振舞っていたペルソナが、木っ端みじんに砕け散る。
「う、うう……わ、私だって、会えるものなら今すぐ会いに行きたいですよぅ。ヌルスさん、ヌルスさんにあいたいよぅ……うぅ……」
「あ……ご、ごめんね? その……言いすぎたわ……」
へにょへにょになって地面に膝をつき、べしょべしょと呻き始めた彼女に、シオンは気勢を見失っておろおろとした。
つい、ヴィヴィアンにするような勢いで言葉をぶっさしにいったが、このありさま。思ったよりも心が弱いというか、盛大に地雷を踏んでしまったというか。
さっきまでの怪しげな雰囲気はどこへやら。めそめそと這いつくばって涙する彼女に、シオンは歩み寄ると所在なさげにその背中をぽんぽんと撫でた。
「ま、まあ、貴女にも多分色々と事情があるんでしょ? ごめんね、よく知らないまま酷い事いって……」
「い、いえ、指摘された事は御尤もですので……うぅ……」
「ほ、ほら、泣かないで。ハンカチ使う?」
差し出されたハンカチを素直に受け取り、チーン! と鼻をかむアルテイシアを見て、シオンはあれ、なんでこうなったんだっけ? と心の内で自問自答した。
この、一瞬で緊張感がどっかに消し飛んでいく感じ、ある意味ヌルスと同じというか。エトヴァゼルではあくまで、同じ冒険者の一人、というだけで、知らない仲ではないが深い仲でもなかったので、こういうキャラとは知らなかった。
多分、あれだ。
似た者同士は相性がいいというか、ヌルスの同類だ、これ。
所謂天然ボケ。地獄のようなマイペースさが、あの触手によく似ている。
「ハンカチ、ありがとうございます……」
「いえいえ。……それで? なんで私を襲ったのか、聞かせてもらえる?」
チャキ。
ハンカチを受け取ったのとは反対側の手で握りしめたナイフが、いつの間にかアルテイシアの首筋に添えられていた。月の光を受けて、銀色の刃が鈍く輝く。
「言っておくけど、脅しじゃないから。……私、今はヴァンダイン伯爵様の養子でね、責任もって兵士を預かってるの。そこを襲撃してきたってんなら、唯で済ます訳にはいかないのよ。分かる?」
「ええ。分かっていますよ、よーく理解しています」
シオンの警告に、アルテイシアはさして動揺したそぶりも見せず、先までと変わらぬ、親愛さえ伺える柔らかな視線のまま返答した。
「だって、私。シオンさんに、死んでいただくつもりでしたので」
ゾッ、と悪寒がシオンの背に走り抜けた。
頸動脈を押さえているとか、自分の間合いだとかは関係ない。
今。
離れなければ。
死ぬ。
「っ!!!」
ばっ、と神速で飛び退るシオン。一息に10歩幅ほどの距離を空けた彼女は、ナイフを片手にアルテイシアに向き直った。
一方、アルテイシアはローブについた土汚れを払いながら立ち上がると、その虹色に輝く瞳でシオンを真正面から見つめる。その、非人間的ともいえる、感情の無い視線にシオンは背筋を震わせた。
まるで肉食昆虫に見つめられているような気分だ。
「アルテイシア、貴女……?!」
「いやあ。実際の所、どっちなのか、自分でも区別がつかないんですよ。確かに肉体は人間なんですけど、中身の大半はヌルスさんの一部だった魔力と、半神の成りそこないみたいなので埋まってて。歪みの魔術の影響なんですかね? スカーシハ様の話だと、ちょっと魂も混ざっちゃってるみたいです」
今の私って、果たして何なんですかね? とおどけたように肩を竦めて見せるアルテイシア。
「まあでも、そんな私でも、友情とか、親切心は欠片ぐらい、残ってたみたいで。ふふふ……」
「なーにが親切心よ……?!」
この状況のどこにそんなのがあるのだ、と愚痴るシオンに、アルテイシアがぱちん、とこれ見よがしに指を鳴らす。途端、シオンが構えていた予備のナイフが、根本からぐずり、と溶けて滴り落ちた。
「え……」
「ふふふ、駄目ですよ。私相手に唯のナイフが通じる、なんて思っちゃ。ああでも、あのダガーならいい線いったかもしれません。流石ヌルスさん、素晴らしい仕事です。あそこまで綿密に魔力を練り込まれたら、私の魔術でも干渉はできないので」
逆説的に言えば。
その、ヌルス謹製のマジックウェポンを失ったシオンなど、敵ではない。
そう言外に告げながら、アルテイシアはその体から魔力をあふれさせた。忽ち、夜の闇が月明かりではなく、アルテイシアの放つ白い光に照らされていく。
その神々しいまでの輝きは、今のシオンには不吉な光景に見えた。
「何を……するつもり……?!」
「いえいえ。ちょっととっておきをお見せしようかと。頑固なシオンさんでも、問答無用で納得しなくちゃいけないような、とっておきを、ね」
「それは全ての始まり、最初の途。可能性をここに示せ。光臨せよ……《■■■■■■■■■》」
そして、輝ける光の柱が地に堕ち。
跡に、生きる者の姿は一つとして残されなかった。
二日後。
兵士達の報告を受けて急行した伯爵が目の当たりにしたのは、周辺一帯を根こそぎ薙ぎ払い、大地に深い陥没を残した何かの痕跡だけだった。
天幕など跡形もなく、大地に深く刻まれたクレーターは、ここで何か尋常ならざる出来事があった事を無言のうちに語るのみ。
それでもあきらめずに探索を続けた彼らが見つけたのは、シオンが愛用していたマジックウェポンの、砕けた残骸の一部。
見つかったのは、たったそれだけ。
一週間にも上る探索は、実を結ぶことは無かった。
シオン死す。
その知らせは、瞬く間に伯爵領を駆け巡った。ここ数か月身を粉にする勢いで駆けずり回って問題解決に奔走していた彼女の無残な最期は、彼女を愛していた兵士や領民の激怒を招くことになる。
特に伯爵の怒りは天を突かんばかりだったという。彼はこの無謀な遠征を強要した審問官を痛烈に批判し糾弾し、徹底的に追及した。
あくまで嫌がらせ程度に考えていた審問官やその背後にいる王国の権力者であったが、容疑者死亡に加え、未知の魔物の出現や謎の破壊跡という想定外の事態に混乱し、伯爵との政治戦に敗北。伯爵領への影響力を大きく減じる事になる。
結果的に、伯爵領はシオンの死によってその潔白と正当性を証明し、一連の事件によって被った汚名を返上する事ができたのだが……。
それを喜ぶ者は、誰一人としていなかった。
シオンの葬式は、伯爵領の領都でしめやかに行われた。
黒づくめの参列者達が、中身のない棺を前に静かに別れを惜しんでいる。ラフィリエは棺にしがみついておいおいと泣きはらし、伯爵は苦しそうな顔で、彼女の肩に優しく手を置いていた。
そんな悲しみに満ちた葬送を、遠くから見守る影が、二人。
「成程。シオンさん、愛されていたんですねえ。どうにも、こう、罪悪感が……」
「…………」
一人はアルテイシアだ。彼女はすっかりトレードマークとなった白いローブを羽織ったまま、フードの下で申し訳なさそうに顔をしかめた。流石に、一抹の罪悪感はあるらしい。
その隣にいるのは、黒い外套を頭から被り、正体を隠した小柄な人物。ご丁寧に、微かに覗く顔にも黒い仮面をつけていて、男か女かも様相が知れない。
「ま、これで万事オッケー、という奴です。これで王国は、伯爵家にちょっかいをしかける大義名分を失った。伯爵家は、王国からの干渉を断ち切ったばかりかでっかい貸しを取り付けた。これで問題、ナッシング、というやつです」
「あんたさ。人の心、どっかに忘れてきた?」
呑気に語るアルテイシアを、仮面の人物は呆れかえった口調で窘めた。続けて、顔に取り付けた黒い仮面をずらす。
その下にあったのは、緑髪の少女の顔。シオンである。
……言うまでもなく(ちょっと怪しくはあったが)、アルテイシアにシオンを殺害する動機も、理由もない。
彼女の言う死んでほしい、というのは、政治的に、という意味であった。謎の魔物の襲撃事件を装い、第三者的に見て誰もが死んだ、と思える状況を作り出す事で、彼女を巡る陰謀撃からシオン自身を切り離す。
恐らく王国あたりは彼女の生存を疑ってはいるだろうが、それまでに彼らは横暴な事をやりすぎた。これまでの振舞いが報いとなって、彼ら自身の正当性を大きく損なってしまっている以上、例え疑いを口にしてもその力は弱い。
そしてそれだけ有利な状況を作り出せば、あとは伯爵自身があとは何とかしてくれるはず……そう見込んだ通りに、事態は推移していた。
すべては、辺境伯領に関する情報を持ち、かつ絶対に裏切らないシオンという協力者を確保する為の、アルテイシアの策である。
「そりゃ確かに、あんたの言う通り、いい感じに伯爵領の問題は解決できたけどさあ」
「でしょー? 大体、内緒にしてる訳でも騙してる訳でもないですよ、あの伯爵のおじ様にはちゃーんと事情を手紙で伝えてますし、それを踏まえた上であの人王国相手にうまーく立ち回ってますもの。いやー、御貴族様の当主ともなれば、あんな腹芸も出来ないと駄目なんですねえ。見てくださいよ、どこからどうみても完璧に、可愛い娘を失った父親の顔ですよ、あれ」
「……まあ、そりゃそうかもしれないけど、ラフィリエが流石にちょっとかわいそうだわ……」
恐らく事情を何も知らされていない義妹の事を思い、罪悪感で胸がキリリと痛むシオン。とはいえ、腹芸なんぞできそうにもない義妹に、生存の事を伝える訳にはいかない。
それに、結局、これで今生の別れになるだろう事は変わらないのだ。
「さて、これで心残りもなくなりました?」
「ええ、ありがと。無理言って悪かったわね」
「いえいえ。……たとえ一方的でも、最後の別れが出来るに越したことはないですから」
そういうアルテイシアは、どうだったのか。振り返って背中を見せるその表情は、シオンからはうかがい知れない。
「さ、見つかる前に急いでいきましょう。目指せ、魔王城! 待っていてくださいね、ヌルスさん!!」
「その前に、周辺で情報収集ね。焦らないの」
「わかってますよーぅだ」