望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百二十話 ガールズトーク

 

 シオンと合流したアルテイシア。

 

 意気揚々と目的地である辺境伯領へと向かう傍ら、当然話題に上がるのは、アルテイシアの知らない、辺境伯領で起きた数々の事件、その詳細。

 

 特に、直接シャードビーストの中枢個体との交戦経験があるシオンの発言は、非常に貴重な証言だ。

 

 何せ、エンシェントの中でシャードヒュドラと交戦して生き残った族長エヴェリンは、デスマーチを越えたデスマーチで今現在も諸国を行脚中であり、話を聞く機会がなかったのだ。

 

「……とまあ、そんな感じ。それが、ユグドラシルの泉で起きた戦いの一部始終って訳。どう、なんか参考になる?」

 

「参考になるも何も」

 

 旅の途中、街道から外れた森の中で焚火を囲む二人。

 

 捕らえた野兎を叩いて潰して肉団子にしたもの(アルテイシアがなんかトゲトゲした金属構造体を生み出して一瞬でミンチにした。シオンはひぇってなった)を木のへらに盛り、じっくり焼く傍らで繰り広げられる冒険譚の朗読に、アルテイシアはキラキラと目を輝かせた。

 

「色んな意味で値千金です! ヌルスさんの活躍とかー、ヌルスさんの大魔術とかー! オメガ・マギアスの展開術式も読めてきました、なるほど、という感じです!!」

 

「……言っておくけど、私は魔術素人だからね。魔術詠唱もそう聞こえたってだけで、違う事いってたかもよ」

 

「いえいえ、元々ある程度当たりはつけてたので。その補強になった感じです。なるほどー、ふーむ、流石……。なんだかんだで、独学であれだけの魔術を修めただけの事はあります、時間と研究設備さえあれば、そんな事も出来るんですね、ヌルスさん」

 

 仕切りに感心するアルテイシア。天才を自称し、シオンから見ても間違いなく天才である彼女からしても、ヌルスの研究というのは称賛に値するようだ。

 

 最も何が何だか、シオンにはさっぱりわからないが。

 

 ふーん、と頬杖を突きつつ、焚火にあてる肉の角度を調整する。近すぎず、遠すぎず。火加減が大事である。

 

「で。シャードビーストって、結局何なの? 天才様のご意見を伺いたい所なんだけど」

 

「そうですねえ。実物を調べた訳ではないので、断言はしかねますが……」

 

 んー、と空を仰ぎ見るようにして言葉を選んだ後に、アルテイシアは推論を口にした。

 

「恐らく。彼らは、一つの世界、そのものですね」

 

「……は?」

 

「捕食異世界(プレデターディメンジョン)、とでもいいましょうか。シオンさん達が戦ったシャードビーストはあくまで、こちらの世界に適応、あるいは該当する概念に置換されたもので、きっとあれは生物そのものではないと思うんです。近いのは悪魔でしょうか? 異世界から来る本物の悪魔が取る貌が、私達の持つ悪魔という概念に影響を受けるように、この世界で存在する為にこの世界のルールに従った形がアレだと思われます」

 

 アルテイシアの発言に、シオンの頭の上にクエスチョンマークが乱舞する。

 

「ちょ、ちょっとまって、私にもわかるように説明して。馬鹿でもわかるぐらい噛み砕いてちょうだい。お願いだから」

 

「はぁ。まあ要は、あれは多分他の世界を食らって取り込む、世界単位での捕食者なんだと思います。その捕食過程が、こちらの世界の私達から見たら、大量の小型魔獣を送り込んで、現地の生物から魂を奪っていく、という事になるのかと」

 

「わ、わかるような、わからないような……」

 

 伯爵家の養子としてそれなりにきちんとした教育を追加で受けたシオンではあるが、概念的な話となるとさっぱりである。

 

「別に驚く話じゃありません。この世界は元々、多数の異世界から干渉を受けていた訳で……迷宮を生み出すパンデモニウムリリィ、条件を満たせば顕現する悪魔、それに新しく脅威が一つ加わっただけです」

 

「だけ、って言っていいのかしら、それ……」

 

「あら。迷宮だって、ほっておけば一つの大陸を滅ぼしうるのはご存知でしょう? この世界が崖っぷちなのは元々の事です。しかし、そうなるとまるで運命のようで気に入りませんね」

 

 そこで、機嫌よさそうに蘊蓄を語っていたはずの彼女が、明らかに不愉快そうに眉を顰める。自分には理解できない何かを睨みつけているような彼女の様子に、シオンは分からずとも首を傾げた。

 

「気に入らない、って何が?」

 

「……ヌルスさんの習得した歪みの魔術。あれは、いうなればシャードビーストに対して特攻です。見た目上は巨大な怪物、無尽蔵の戦力、そういう形で現れていますがその本質が異空間の侵食であるならば、空間そのものを破綻させ崩壊させる歪みの魔術は、見た目以上に奴らに対して有効な対抗手段になります。だからこそ、シャードビーストは魂を持った怪物として顕現したのでしょう」

 

「??? 生物だったから、歪みの魔術が特攻だったんじゃなくて……歪みの魔術が特攻となる存在だったから、それに合わせて生き物として現れたって事? 因果関係が逆じゃない?」

 

「得てして異世界同士の関わりとはそういうものですよ。でもそれだと、まるでヌルスさんが歪みの魔術を習得した事、もっといえばあの人がこの世界に成り立った事が、まるで全て予定調和みたいじゃないですか。面白くないです、これ」

 

 しかめっつらのアルテイシアが、ヘラを手に取って岩塩を振る。……硬いはずの岩塩の塊を、指先で軽く砕いて振りかけているのを、シオンは見なかった事にした。

 

 ナイフで切り分けると、じゅわあ……と脂が滲みだしてきて、芯まで火が通っているのが確認できる。食べごろだ。

 

「はふはふ。そんなに悪くない出来ですね。仕留めたばかりの兎なんて硬くて食べられないと思ってのミンチでしたが、そう間違った判断ではなかったようですね」

 

「私としちゃあ、皮剥ぎと腑分けにやたらと手慣れてるのびっくりだったけどね……」

 

「そりゃあ、魔術師なんて自分で原材料調達できてなんぼですよ。そこらの料理人より解体が上手じゃないとやっていけません」

 

 コリコリとした骨の触感も楽しみながら、焼きミンチを二人して平らげる。なかなか脂の乗ったよい兎だった、土地が豊かなのが伺い知れる。

 

「とにかく。ヌルスさんは、偶然自我に目覚め、自分の意思で歪みの魔術を修めたんです。それを、世界がシャードビーストに抵抗する為の免疫反応の結果、みたいにされるのは不愉快です。何が何でも、あの人をあの城から解放してやるんですから」

 

「まあ、それには同意だし、その方法も想像すらつかないけど貴女なら何とかなるんでしょうね。でも、簡単じゃないわよ」

 

 食べ終えた後に残る木片を焚火の中に放り込むシオン。ぱちぱちと脂が弾けて火花を散らす焚火の炎を眺めながら、忠告のように呟く。

 

「ヌルスが。あのお人よしの触手が、人間を殺した。それもたくさん。本意の筈がない。よっぽど胸糞の悪い事情があって……そして、どんな理由があっても、自分の罪を棚に上げられるような器用な精神構造の生き物じゃないわ、ヌルスは」

 

「そうですね……ヌルスさんは真面目ですから」

 

「わかってるの? そんなヌルスが、これ以上他人を巻き込む筈がないっていう事。実際に、あれだけ大切にしてた貴女をヌルスは迎えに行かなかった。安全な自分の手元ではなく、立場が不安定なエンシェントの里に預けたままにしていたっていうのは、そういう事よ。ヌルスは、貴女に、アルテイシアにこの件に関わって欲しくないと思っている。一度決めたら、死ぬほど頑固よアイツは。例えじゃなくて、ホントに死んでも考えを変えないんだから」

 

 かつての、アルテイシアをよみがえらせられたらそのまま自分は消えてもいい、と本気で願っていたヴィヴィアンの事を思い出すシオン。結局、ヌルスは最後までその考えを変えなかった。たまたま、スカーシハの御蔭で分離できただけで、もし自分が消えればアルテイシアが戻ってくるという保証があれば、躊躇わず自死を選んだだろう。

 

 そんなヌルスが、せっかくよみがえったアルテイシアを、自分の面倒事に巻き込むのをよしとするだろうか?

 

 いや、あり得ない。

 

「それに関しては私も同意見です。まあ、それならそれでやりようはあるというものですよ」

 

「……具体的には?」

 

「こうです!」

 

 腕をまくり、ぐっ、と細い腕で力こぶを作るアルテイシア。細やかに膨らむ腕の筋肉を見て、シオンはげっそりと肩を落とした。

 

 つまり、問答無用でこっちの都合を押し付ける、という事のようです。まあヌルスが勝手にこっちを気遣って遠ざけるなら、こっちだって勝手に乗り込むというのは道理が……通っているのだろうか?

 

「なるほど。似た者同士だわ、貴女達。無理を通せば道理が吹っ飛ぶと思ってる辺り、特に」

 

「えへへへへへ、そんなに褒めても何もでませんよぉ。えへ、でも、そんなに似てます? えへへ~」

 

「貴女そういうキャラだったっけ……?」

 

 純度100%の皮肉に、どういう受け取りしたのか、頬を赤くしてくねくねもじもじするアルテイシアに、シオンは苦虫を口いっぱい噛み砕いたような顔をした。

 

 こいつはもう駄目だ、頭が触手色に染まっている。

 

「大体、アイツに会う為にはあの迷宮を……魔城を突破しないといけないのよ。わかってる?」

 

「わかってますって、そこまで考えなしじゃありません。ヌルスさんがどうして強引な手段に訴えたのか、そのあたりの事情も調べないといけないし……」

 

「ま、明日には前線街に到着するわ。規模が異常にデカイだけで迷宮は迷宮、直近に冒険者の拠点としての街はどうしても必要。そこなら、自然と情報も集まる筈よ。もっとも、厄介ごとも集まってくるでしょうけど……」

 

 先の事を考えて、シオンは体育座りをすると膝の間に顔を乗せるようにして黄昏た。冒険者稼業なんてヤクザな仕事から卒業して、貴族のツテでいい生活をー、なんて夢みていたエトヴァゼル攻略直後が、遠い昔のようだ。

 

 そこから色々あって、結局腕っぷし片手にまた迷宮に乗り込もうとしている。自分の事ながら数奇な運命といえるだろう。

 

「……いや。コイツほどじゃないか……」

 

「? どうかしましたか、シオンさん」

 

「いいやなんでも無いわ」

 

 考えてみれば人間やめて半神と魔物との混合物になってるコイツのほうが妙な運命の元に居るわね、とシオンは考え直すと、立ち上がってテントに向かった。

 

 背後では、アルテイシアが何やら焚火に細工をしている。夜の間、見張りが居なくても燃え続け、かつ近づいてきた不審者を撃退する細工らしいが……。

 

「正直、ヌルスの方がまだ常識があったかもしれないわね……」

 

 本人も自覚があるようだが、どうにも人間への共感性が薄くなっており、時に普通に悪辣だったり過激だったり残虐だったりする同行人に、シオンは頭痛を覚えて頭を押さえた。

 

 どうやら、シオンはシオンでとにかく変な奴らの面倒を見る星の元にいるらしい。

 

 そんなこんなで、女二人旅の夜は更けていくのであった。

 

 

 

 

 

『ハクシュン!!!』

 

「おや、珍しいですね、魔王様がくしゃみだなんて。というか生理的に出るものなんです?」

 

『口だけはいっぱいあるからな、そういう事もあるだろう。いや、しかし、なんだ? 背筋がぞわっとする……風邪かな? 栄養剤の濃度を上げておくか……クチンッ!』

 

 

 

 

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