望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百二十一話 宿場町カイオン

 

 シオンとアルテイシア、女二人のこそこそ旅はやがて、目的地であった前線街へとたどり着いた。

 

 宿場町カイオン。魔城を包囲する際、軍によって馬や物資の集積場として扱われ、食料や資材を徴収された町は、今となっては魔城迷宮に乗り込む上での最大拠点となっていた。

 

 魔城とは、丘二つほど距離がある。目と鼻の先、というには聊か遠いが、丘を一つ越えた先はオメガ・マギアスによって耕された荒地が広がっている。精神的にも、このぐらいの距離が限度だろうとは、アルテイシアも納得する所だった。あの人知を超えた破壊の規模を前に、心安らげる人間はそうそう居ないだろう。

 

 実際、その手前の丘でキャンプしたりしている冒険者もほとんどいないようだ。まるで線を引いたようにくっきりと破壊の痕跡が残る荒地を横目に、シオンとアルテイシアは街に入る為の列にならんだ。

 

 ちなみに当然ながら、シオンは有名人なので仮面で顔を隠している。

 

「……ちょっとびっくりです。行列が出来るぐらい、人が並んでるんですね」

 

「そりゃあ、魔城迷宮といったら今、世界で一番ホットな場所だからね。これだけの規模の迷宮なんて金輪際聞いた事もない、素人でも期待しちゃうわ」

 

 様々な装いの冒険者が並ぶ列の最後尾にしれっと混じりつつ、シオンはアルテイシアに顔を寄せて小声で釘を刺した。

 

「言っておくけど。世間じゃ、ヌルスが悪者ってのが大前提だからね。悪口聞いたぐらいで激発して暴れ出さないでちょうだいよ」

 

「それはわかっていますよ。その程度で暴れ出すほど狭量じゃありません。大丈夫、これまでもあった事ですし弁えています」

 

 涼しい顔でしれっと答えるアルテイシアに、シオンは「ほんとに?」と訝しみながらも顔を引いた。

 

 アルテイシアの言葉に嘘はない。これまでも、魔王ヌルスの事を悪く言う人間はたくさんいたし、その全部にお仕置きなんてしていられない。出来るだけ静かに、スムーズに、ヌルスの元に辿り着くのが今の彼女にとっての最優先事項だ。

 

 手は出さない。今は。

 

 それを口にしていた者の顔は全て記憶している。一人残らず。

 

「ふふ…………」

 

「?」

 

 何故かやたらとご機嫌そうに見えるアルテイシアに、シオンは首を傾げた。

 

 そんな事を話しているうちに、列はどんどん進んでいく。

 

 あと4人ほどで門に入れる……そう思った所で、急に前が騒がしくなった。何事かと身を乗り出してみると、何やら衛兵につまみ出される冒険者らしき人物の姿。乱暴に地面に放り出された彼に、衛兵は数人がかりで棒による殴打を加える。やがてぐったりして動かなくなった彼を、衛兵がずた袋のように鞍に担ぎ上げて連れ去っていった。

 

「なんだ? 経歴詐称か?」

 

「手配されてた盗賊か何かが冒険者として潜り込もうとしたんだろうな」

 

「やれやれ。列の待ち時間を返してくれよ」

 

 行列にならぶ冒険者達がぶぅぶぅ言う。一方で、それを聞くシオンの顔は段々青くなってきた。

 

「……思ったより審査がしっかりしてるのね……大丈夫? ほんとに?」

 

「大丈夫ですって。スカーシハ様が用意してくれた身分証ですので」

 

「いや、そうじゃなくって、これ……」

 

 言って、シオンは顔につけた黒い仮面を指さした。

 

 この仮面は魔術道具の一種だ。裏側には例にもれず、びっしりと魔術回路が刻み込まれている。アルテイシアの話では、これをつけている人間に向けられる疑心を薄める効果があるというが……。

 

「流石に、この手の審査や尋問に効果があるとは思えないんだけど」

 

「まあまあ、他に手はないのですし。大丈夫、門限破りの御供でしたけど、おかげで私に捜査の手が及んだことはなかったんです。大丈夫大丈夫」

 

「急に不安になってきたんですけど!?」

 

 今明かされる衝撃の真実。何の保証にもならない体験談にシオンは頭を抱えた。

 

「どうすんのよもし怪しまれたら! 計画全部おじゃんじゃない!」

 

「まあ最悪、その時は全部ふっとばして逃げますので。私達の目的はあくまで情報収集とヌルスさんのとこに辿り着く事なので、別に冒険者組合の支援なんて必須ではないですし。ちょっと外壁に穴開けるぐらいならヌルスさんも許してくれますよ、多分」

 

 小声でひそひそ話し合う二人を、前後の人間が訝し気に見つめている。

 

 それに気が付いたシオンは慌てて「なんでもないですよー」と誤魔化したが、そうしている間にも列は進み、検問がすぐ目の前に近づいてきていた。

 

 ここまでくれば腹を括るしかない。ええい、ままよ、とシオンは開き直った。

 

 

 

 

 

 

 

「……全然なんともなかったわ」

 

「でしょう?」

 

 検問を越えて、シオンは思った以上にスムーズに進んだ取り調べに拍子抜け、といった感じで肩を落とした。

 

 いや、確かに仮面の効果はなかなかのものだった。「その仮面は?」「火傷の跡を隠しています」「なるほど」という短いやり取りがあっただけで、以降役人がシオンの顔に追求してくる事はなかったほどだ。正直それでいいのか、とすら思ったが、まあ、都合がよいに越したことはない。

 

 ただ、あまり街を出入りするのは避けた方がいいとの事だ。文章までは誤魔化せないので、そのうち違和感に気が付く者が出てくるかもしれない。あくまで人でごった返して忙しい中に紛れたからこその欺瞞効果である。

 

「私の言った通りだったじゃないですか、ね、ね?」

 

 そしてこのアルテイシアのドヤ顔である。

 

 なんかこう、同じ顔だけど受ける印象が違うのは何故なのか。ヌルスはただ単に純粋なだけなのが分かっていたから腹が立たなかったが、アルテイシアはなんかこう……人を小馬鹿にしている感じがするというか。

 

「アンタ友達少なくなかった?」

 

「人格攻撃?! い、いきなり何を言うんですか、ちゃんといましたよ友達。3人くらい」

 

「物好きな友達ねえ……」

 

 心からの嘆息を込めてのシオンのぼやきに、アルテイシアはしわしわの渋面を浮かべた。

 

「え? なんです? 喧嘩売られてます?? 買いますよ??」

 

「売ってない売ってない、単純な感想。ほら、それより無事に街に入れたんだし、とっととギルド登録に行くわよ」

 

「なぁっとくいかない……」

 

 むぎぃー、としかめっつらのままのアルテイシアを引きずるようにして、シオンは街のギルド支部を目指した。

 

 勿論シオンも気になる事はたくさんあるが、迷宮を攻略しに来た冒険者が登録もせずに街で聞き込み始めたりしたらそれこそ、自分達には変な事情がありますと喧伝しているようなものだ。

 

 とにかく登録。あとはそれからだ。

 

 とはいえ、せっかくなので道行く先で街並みも観察する。多少崩れている所はあるが、石造りの建物が並ぶ街並みはそれなりの歴史を感じさせる。恐らくかつては辺境伯領との交易の堺として繁栄していたのだろう。それが今は、迷宮攻略の最前線だ。

 

 店先に果物や干し肉、様々な物資が売りに出されている。店員が声を張り上げる様からは活気が感じられ、なかなか繁盛しているのが伺えた。

 

「案外活気があるわね」

 

「まあ、それは確かに。一度は軍の徴収を受けてすっからかんになってたようですが、迷宮攻略の最前線となった事でギルドあたりの支援を受けたようです。商家も上手い事切り替えて、流通網を形成出来ているようですね」

 

 つまりは、迷宮のせいでピンチになったが、迷宮のおかげで盛りなおした、という事らしい。

 

 ギルドが、件の事件で殆ど被害を受けていなかったのもあるのだろう。魔城包囲に関してギルドはかなり消極的姿勢だったというのは軽く調べただけでもわかる事だ。事実、包囲戦にはギルドからの高ランク冒険者が呼び出されていない。仮にも迷宮、専門家である冒険者の参加は普通に考えれば必須事項であった事を考えると、想像以上にギルドはやる気がなかったらしい。

 

 その分、こうして都市の整備に力を入れたようだ。

 

 それが何を意味しているのか。アルテイシアはギルドの本心を測り損ねて眉を顰めた。

 

「もしかして、ギルドは魔城迷宮をさほど危険な存在とみなしていない……? ヌルスさんからの情報提供が正しく伝わっていた? いやでも、それなら他の勢力は何故? ギルドが魔城迷宮の脅威度を低く見積もったなら、専門家である彼らの話を国だって蔑ろにはしないはず……」

 

 引きずられたまま、顎に手をやってブツブツ考えだすアルテイシア。

 

 よくこの姿勢で考え事出来るわねえ、とシオンは呆れ顔だ。

 

「はいはい、考え事はギルド登録すませてからいくらでもしてください。ほら、見えてきたわよギルド支部」

 

「おっと、すいません」

 

 見覚えのある看板を吊るす建物を前に、アルテイシアも引きずられるのをやめて自分の足で歩きだす。これ以上悪目立ちするのもよろしくない。

 

「……ところで、アルテイシア。ここでもあの名前で通すつもり?」

 

「勿論。私の本名はギルドに登録済みなので使えませんし、それに街の入口の記録とギルドの記録で食い違いがあったら面倒じゃないですか」

 

「いや……いいんだけど。スカーシハ様には話は……」

 

 どう見ても触手の塊にホの字だった半神の顔を思い浮かべながら訪ねると、しかし返ってきたのは無言の満面の笑みだった。

 

「……まあ、いいや。どうでも」

 

 トラブルが起きた時はその時だ。未来の自分に任せよう。

 

 ここ数日ですっかり精神的に草臥れてしまったシオンなのであった。

 

 

 

「おまたせしました。えー……アルテーシア・ル・カイン様。奥へどうぞ」

 

「はーい!(偽名とはいえヌルスさんと同じ苗字……ふふふ、ワクワクしますね!)」

 

「あんたね……後で揉めても助けてあげないわよ?」

 

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