望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百二十二話 シオンの知恵袋

 

 ギルドで冒険者登録を無事に済ませた二人。

 

 女二人組という事で多少訝しむ目もない訳ではなかったが、概ね順調に手続きは完了した。

 

 ナンパのつもりか声をかけてくる男性冒険者の誘いを丁重に断り外に出ると、既に日が天頂にさしかかる所だった。

 

「あれ、もうこんな時間?」

 

「行列で結構またされたからねえ……」

 

 眩しい太陽を見上げて、精神的にすっかりくたびれ果ててしまったシオンが愚痴る。アルテイシアは気にしていないようだが、真人間の彼女はさっきから空腹でお腹がきゅうきゅうしていた。

 

「さ、適当な食堂でご飯にするわよ」

 

「え、でも……」

 

「貴女と違ってこっちは食べないと活動できないの! それに食事時の食堂なんて、向こうから情報が飛び込んでくるホットスポットよ。ご飯食べながら耳を澄ませるだけでいくらでも情報が手に入るわ。まずはそういう、冒険者らしい草の根活動から始めないとね」

 

 シオンの言葉には一理ある。

 

 魔術師としては超一流という自負があるアルテイシアも、こういった調べ事に関してはド素人もいい所だ。ここは、上級シーフであるシオンの意見に大人しく従う事にする。

 

 幸い、軍資金には余裕がある。スカーシハに旅支度として持たされたお金は、数日ぐらいは食べていくに十分だ。

 

「わかりました。んー、じゃあ、どこにしましょう? やっぱり行列の多い所がいいのでしょうか」

 

「別に行列が多いから美味しいって訳でもないし、今から並んでたらお昼が終わっちゃうわ。いいから、ここは私にまかせときなさい」

 

「はーい、よろしくお願いします、シオンお姉さん!」

 

 アルテイシアの冗談に、シオンが露骨に嫌そうな空気を出した。

 

「私が姉って事は貴方が妹……? ええ……?」

 

「そんなガチ目に嫌がられると流石の私も傷つくんですけど……」

 

「だったら普段の言動をあらためる事ね」

 

 シオンのそっけない態度に、酷い、と抗議するアルテイシア。傍から見ると、それは仲の良い姉妹にしか見えなかったのだが、当の本人達は知らぬばかりである。

 

 

 

 食事場所を探して歩く事10分ほど。

 

 シオンが見出したのは、街の片隅にある寂れた感じの食堂だった。閑古鳥が鳴いているという程ではないが、埋まっている席は半分ほど。対応に出てくる店員もおらず、二人が席に着くと不愛想な店主がメニュー表を置いていった。

 

「さて、何にしようかしらね」

 

「えーと……シオンさん? 大丈夫なんですこの店? お客少ないし、なんか陰気なんですけど……」

 

「なあに、私の目利きが信じられないっていうの? まあいいから、早い所注文しちゃいなさい」

 

 不安たっぷりなアルテイシアに対し、シオンはさほど心配していないようだ。アルテイシアもしぶしぶメニューに目を落とし、料理を注文する。

 

 シオンもさっさと決めて注文する。

 

 不愛想な店主は一言も応えず、黙ってメニューを回収するとお冷を置いて台所に戻っていった。

 

 どうにも落ち着かない気持ちを抱えつつ、アルテイシアはそっと店内の客層を伺った。

 

 店にいるのは、ほとんどが冒険者ではなく、もともとこの街に住んでいた十人のようだ。誰も武装しておらず、動きやすい質素な服装をしている。少し離れた席で男二人が何ごとかを話していて、アルテイシアは軽く耳を澄ませた。

 

「……でだな、隣町の方なんだが、すっかりもう人気がなくってだな。ありゃあもう駄目だな……」

 

「……あんなことがあったもんな。おっかなくて住んでられねえってのは分かる。しかし教会もなんでまた……」

 

 噂話というか、隠すつもりもない雑談らしい。しかしいくつか聞き逃せないワードが並んでいた。

 

 少し話を伺ってみるべきかしら、とアルテイシアが腰を浮かせると、その機先を挫くように声がかけられる。

 

「どうぞ」

 

 店主が料理を持ってきた。想定よりも遥かに早い対応に、アルテイシアは目を丸くした。ちらり、と視線を戻すと、件の二人は受付に硬貨を放り込み、出ていく所だった。

 

 タイミングを完全に逸した。仕方ない、今は食事に集中しよう、とアルテイシアはテーブルに目を向ける。

 

 二人の前に並ぶのは、グツグツアツアツのドリアと、サラダ、そしてオオハジケエビの塩焼きだ。腕程もある太い海老は食べやすいように頭から真っ二つに割ってあり、焼けたエビミソがジュウジュウ音を立てている。

 

「エビはミソまで食べられる。殻は、そこの空の器にいれておけ」

 

「ありがとうございます」

 

「ごゆっくり」

 

 そんな短いやり取りのあと、店長は奥の椅子に座って居眠りを始めた。

 

 困惑するアルテイシアを他所に、シオンは勝手知ったる我が家のような様子でエビの殻を剥き始める。

 

 真っ赤に焼けた殻から、ぷりっぷりのエビの身が飛び出す。汁気たっぷりのそれにガジュリ、と齧りつきさも美味そうに頬張るシオン。

 

 アルテイシアはそれを見てゴクリ、と唾を呑み、自分の分の殻をむいた。アチアチの殻から出てきた身を、ミソにちょちょい、とつけて口に運ぶ。

 

「……! 美味しい!」

 

「でしょー? あっ、このドリアも行けるわね。サラダもなかなか丁寧なお仕事」

 

 二人してウマウマ、と食事を平らげる。

 

 あっという間に殻になってしまった皿に、ぷはー、とシオンは満足そうだった。

 

「食べた食べた。人気店もいいけど、こういう所に真の美味は転がってるものよ」

 

「……その。どうしてここが美味しいお店だってわかったんですか?」

 

「んー? まあ、推論よ推論」

 

 ちっちっち、と指を振りながら、シオンはこの店を見つけ出したロジックを説明する。

 

「ポイントは、この街が急遽迷宮街になったって事ね。ギルドのある大通りのお店は人気があるけど、あれは恐らく、ギルドが潰れた商店か何かを買い取って開いた新しいお店。ギルドからほどよく近くて、真っ先に目に入る店なんて昔からある筈がない。この街で長年やってる、つまり美味しい店は、街の人の都合がいい所にあるはず、つまり大通りから離れた住宅街近くの立地が自然って事よ」

 

「な、なるほど……」

 

 つらつらとシオンの口から語られる言葉に、アルテイシアは納得にコクコクと頷いた。天才を自称する彼女であるが、基礎も知らぬ分野は想像しようもない。美味しいお店の探し方なんぞ知る由も無かった。

 

「ついでに言えば、行列の長い店ってのはね、美味しくて客が多い以外にも単純に手際が悪いって事も考えられるの。食堂のバイトなんて初めてって人とか、この地に馴染みがなくて不慣れな料理人とかね。こういう、人が入ってるのにスカスカな店は、回転率が高い、つまり料理人の腕が良いとも見れる訳。必ずともそうとは限らないけど、まあ実際に店を見れば雰囲気でわかるわ」

 

 ちらり、と店主に視線を向けるシオン。彼女の、単純に不愛想なのではなく、言葉より料理の味で語る頑固おやじタイプと見た判断は間違っていなかった。

 

「ほへー……なるほど。そういう訳だったんですね。気にした事がありませんでした。言われてみればそれもそうですね」

 

「ふふ、天才さまでも知らない事は世の中に多いって事よ。勉強になったわね?」

 

「はい! 大変勉強になりました!」

 

 にこやかーに笑うアルテイシアに、シオンはちょっとした優越感を覚えてふんす、と鼻を鳴らした。

 

 と、そこに突然、店主が小さな皿を持ってくる。皿の上には、小さなキッシュのようなものが乗せられていた。

 

「え?」

 

「あの、これは? 頼んでないですけど」

 

「……サービスだ。見る目のある客は歓迎する。……また食べに来い」

 

 視線も合わせずそれだけ告げて、店主は再び椅子に戻るとこっちに背を向けて座り込んだ。

 

 シオンとアルテイシアは顔をみあわせてキョトンとすると、小さく微笑んだ。

 

 どうやら、気難しい店主のお眼鏡にシオンは適ったという事らしい。

 

 とりあえず、当分美味しいご飯に困る事はなさそうだ。

 

 二人はぱくり、とサービスの品を口にすると、頬を緩ませた。バターとチーズのたっぷり入った濃厚な卵味。一口サイズながら手の込んだ一品である。

 

 思わぬ幸運に感謝しながら、二人は支払いに席を立った。

 

「ごちそうさまでしたー」

 

「美味しかったです! はい、これ」

 

「あいよ」

 

 受付に料金を支払うと、店主がやってきて確認する。支払いに不足がない事を確認すると、店主は何か、小さな干物のようなものを差し出した。

 

「お前ら、冒険者だろ。あの城に行くなら持っていけ」

 

「え、いいんですか? ありがとうございます」

 

「……腹が減ったら食べるのもいいが。それより城の中で冒険者じゃない奴にあったら、これを渡せ。少しはいいことがある」

 

 店主の意味深な助言。アルテイシアは首を傾げて、渡された物とまじまじと見つめた。どうやら、干し肉のようだが……。

 

 とりあえず忠告に従い、彼女は干し肉を荷物袋の中にしまい込んだ。

 

「よくわかりませんが、はい、わかりました」

 

「それでいい。……あと、この街で何か探しものをするなら、気をつけろ。最近、街の中がキナ臭い。余所者は目立つ、目をつけられても知らんぞ」

 

「……わかりました。忠告感謝します」

 

 シオンが礼を言うが、店主はそれに応じる事なく、言うべき事は言ったと言わんばかりに店の奥に戻っていった。

 

 とはいえ、貴重な情報を貰えたようだ。

 

 シオンの言う通りにしてよかった、とアルテイシアは感謝しつつ、一足先に表通りに出た。

 

 昼下がり、というには少し遅い街は、少しだけ静かだ。散策するにはもってこいかもしれない。

 

 しかし、先ほどの店主の忠告がひっかかる。

 

「……どうします?」 

 

「そりゃあ、街を見て回るに決まってるでしょ。宿屋に商店、武具、押さえておくべき所はいくらでもあるわ。魔城に踏み込む前に出来るだけ準備はしておかないと。……情報収集も必要だしね」

 

「でも、さっきの店主さんの話が……」

 

 アルテイシアが懸念を訴えると、シオンは「わかってないわねえ」と肩を竦めた。

 

「それだったらむしろ逆に動き回った方がいいわ。大体、魔城の最前線である以上、国や組織の都合の悪い情報がワンサカに決まってるじゃない。さっきのは忠告兼、アドバイス。本当に只の余所者なら大人しくしておけ、何か探すなら悪目立ちしないように慎重に、ってね」

 

「ほへー……なるほど!」

 

 流石シオン、頼りになります、と感心するアルテイシアに、シオンは溜息をついて眉をひそめた。

 

「アンタねえ。私をはめた時の思慮深さとか悪辣さとか、そういうのどこに置いてきたのよ?」

 

「いやあ、その。私のやり方だと穏便に済まないので……」

 

「……ああ、そうだったわね。前言撤回、貴女は何もしないで。何かする時は私に必ず言う事。いいわね?」

 

 忘れていたが、目の前の少女の形をした天災は、既に魔術学院を焼き尽くし、伯爵領の兵士を襲撃し重要人物を(表向きには)抹殺した超危険人物なのである。そのノリで彼女がこの街で活動を開始したら、絶対にロクな事にならない。

 

 燃え上がる宿場町カイオンを想像して、シオンは頭を抱えた。頭痛がする。

 

「はい、シオンお姉さま! 何かするときは必ず報告しますね!」

 

「もう姉でもなんでもいいわ……くそぅ、どうして私の周りに集まってくるのはこんな問題児ばかりなの……?」

 

「シオンお姉さまの人徳の御蔭ですかね?」

 

 人徳じゃなくて単なる疫病神だと思うけど。

 

 シオンはあえて口には出さずに、溜息を飲み込んだ。

 

 

 

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