望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百二十三話 消された街

 

 食事を終えた二人は、それから街の各種施設を見て回った。

 

 商店の品ぞろえ、武具の品質、病院の部屋の埋まり具合。最後に訪れたのが宿屋だったが、そこで少し妙な事があった。

 

「え、こんなに空いてるんですか?」

 

「ええ、まあ。はい」

 

 受付で部屋の名簿を見せてもらったシオンが、困惑に首を傾げる。

 

 アルテイシアが横から覗き込むと、確かに。部屋の殆どが埋まっておらず、空室のままだった。

 

 値段を見ても、高い訳ではない。むしろ格安の類だ。

 

 この街では宿の相場がそこまで低いのだろうか?

 

「もしかして、他の宿はもっと安いんですか?」

 

「ああ、いえ。なんていうか……ウチは限界ギリギリまで安くしているつもりです。勿論、夜になると近所が喧しいとか、設備に不備があるとか、そういうのはありませんよ。なんなら、この辺りの宿屋はみんなこんな感じです」

 

「なんでまた?」

 

 迷宮の前線街というなら、宿屋は冒険者でごった返しているはずだ。アルテイシアもエトヴァゼル攻略中の宿確保に奔走し、結局、高い値段ではないとはいえ迷宮から遠く、愛想もよくない宿屋を選ぶことになったものである。

 

 不意に仲間達の顔が思い浮かび、彼女の胸がチクリ、と痛んだ。

 

「ええとですね……私どもは詳しくは知らないのですが、魔城の中にはどうもキャンプできる安全地帯が多いようでして……。冒険者達はむしろ、迷宮の中に住み込みで攻略しているような感じらしいのです。ご飯食べたり、物資の補給のために、街に戻ってくるというか」

 

「何それ。そりゃあ、あの広さなら確かに中で凄く時間の方が長くなるかもしれないけど……そんなに攻略進んでたっけ?」

 

「さあ……?」

 

 疑わしい話だが、宿屋の主人の困惑はどうにも本物だ。

 

 ここで問答していても埒が明かない。

 

 予想外ではあるが、部屋が空いてるならそれに越したことはない。数日は様子見を兼ねて出入口で慣らすつもりだ、安全地帯があろうがなかろうが、戻ってくる事になる。

 

 二人は宿に三日分の予約を取る事にした。

 

 ほっとした様子で手続きをする宿の主人。その横顔を見ていて、ふとシオンは食堂で聞いた話を思い出した。

 

「……そういえば、近くに隣町があるって話よね。そっちの宿もこんな感じなの? 魔城の広さと集まってくる人の数を考えたら、そっちもにぎわっていそうだけど」

 

 それは深い含みの無い、軽いジャブのような問いかけだった。それそのものに何か答えを期待した訳ではない。

 

 そんな軽口に、しかし返ってきた反応は極端だった。

 

 ガシャン、と宿の主人が帳簿を取り落とす。床に散らばるそれを拾う様子もみせず、主人は顔を真っ青にしてシオンを見つめ返していた。

 

「と、と、隣町、ですか」

 

「? そうよ。街の中でそんな話を聞いたの、私達はあまりこのあたりに詳しくないんだけど……あ、もしかしてかなり離れてるのかしら?」

 

「さ、さ、さあ? わ、私どもは、この街で生まれ育って、外に出た事もありませんから、隣街の事なんて知りませんね……?」

 

 どもりながら、視線をちらちらそらしながらの言葉には、説得力というものがない。明らかに何か知っている様子だった。

 

 しかし、この怯えよう。恐らく問いただしても、期待するような答えはないだろう。それよりもせっかくの宿との間に諍いを起こす方が問題だ。

 

 シオンはしれっと流す事にした。

 

「あら、そう。じゃあ仕方ないわね。変な事聞いたわ」

 

「ええ、はい。隣街の事なんぞお気になさらず……ど、どうぞ。部屋の鍵です、ごゆっくり、どうぞ……」

 

 押し付けるように鍵を手渡して、いそいそと裏に下がっていく主人。その後ろ姿を見送って、シオンは傍らのアルテイシアに語り掛けた。

 

「アルテイシア、どう思う?」

 

「貴重な情報、ゲットですね。とはいえあの様子だと、そう簡単に口を割ってはくれなさそうです」

 

「ま、想定の範囲内ではあるわ。この街の住人からも、ヌルスの暴れっぷりは見えた筈だからね。余所者である冒険者はともかく、街の住人は迂闊な事を言って彼の機嫌を損ねたくはないでしょう」

 

 何せ、魔城は丘二つ隔てた先である。魔城とヌルスを恐怖の対象と視る人々には、そのおひざ元で迂闊な事は口にしたくはないだろう。

 

 しかし、思わずして有力なキーワードが手に入ったが、使い方には注意が必要そうだ。

 

 隣町。どうやら、そこに何か真相の一部が隠されているらしい。

 

「……どうします?」

 

「予定変更。直行に決まってるでしょ。荷物を置いてすぐに行くわよ」

 

「そうこなくちゃ」

 

 

 

 しかしながら、そう上手くはいかないようだった。

 

 発行されている地図を元にその“隣街”の場所を探そうとしたシオンだったが、すぐに違和感に気が付く。

 

「……ない?」

 

「そういえば、ここに来るまで何度も調べましたものね……」

 

 宿の部屋一杯に広げた地図。

 

 ここに来る途中で購入したものだが、その地図にはこの宿場町カイオンだけが、近隣で唯一の街として示されている。かなりの距離を隔てて他の街が無い訳ではないが、いくらなんでもこれを隣町とするのはかなり無理があるというものだ。

 

「……確か、魔城の出現によって、近隣の地図は描き換えられたんですよね」

 

「ええ。辺境伯領のほとんど全部の街が魔城に飲み込まれたし、その後の戦争関係で壊滅した街もあったわ。だけどこれは……」

 

 シオンは地図の上、街道にそって指を走らせた。滑らかに続いていた黒い線が、不意に直角に進路を変えている。

 

「ここ。街道はこんな急に折れ曲がったりしないわ。多分、これは脇道。この先に続いていたはずの本道が地図から消されてる。そして、この先にずっと行くと……」

 

「いかにも、街がありそうな丘ですね」

 

「ええ。それも一つや二つじゃないわ。意図的に、地図から街が消されてる」

 

 そして地図は、国家権力によって管理されている。今はそうでもないが、かつて地図は、下手な武器にも勝る戦略兵器だった時代もある。地理に通じているというのは、それだけ大きな利点であるのだ。

 

 それはつまり……。

 

「国側にとって何か不都合な事があって、それを国ぐるみで隠している……?」

 

「そういう事になるわね……まって、どうする気?」

 

「決まってるじゃないですか! 地図に無いなら、街の人に根こそぎ聞いて確認するまでです!」

 

 不意に立ち上がったアルテイシアを呼び止めるシオン。しかし彼女は、梃子でも街に出るつもりのようだった。

 

 鼻息の荒い彼女に、しかしシオンは努めて冷静な素振りで宥めにかかった。

 

「いいから、落ち着きなさい。そんな事しても何にもならないわよ」

 

「なんでですかシオンさん! 答えがすぐ目の前にあるのに……っ」

 

「たくさん死ぬわよ?」

 

 氷のような声だった。

 

 ひゅ、と息を呑むアルテイシアに、シオンは冷え切った眼差しのまま、地図を畳んだ。

 

「もしこれが本当に国家ぐるみの隠ぺい工作なら、相当ヤバイ話よ。迂闊に考えなしに首を突っ込んで荒らして回れば、間違いなく口封じに遭う。貴女や私は大丈夫よ? でも、貴女が聞いて回った街人はどうかしら。人間に随分興味が薄くなったみたいだけど、ただ顔を合わせただけなら何十人巻き添えで殺されても平気?」

 

「い、いえ……そんな事は。でも、いくらなんでも……」

 

「大義のある人間は厄介なものよ。どれだけ残虐な事をしても、それが正当化されると思っている。貴女だって、身をもってそれを知っているでしょう? 同じことを繰り返すつもり?」

 

 シオンの指摘に、目を見開くアルテイシア。

 

 ふる、とその唇を震わせて、彼女は静かに床に戻った。

 

「……すいません。少々、取り乱しました」

 

「いいわよ。あそこでどれだけ巻き込んでも構わない、って言いださなかっただけ、私ちょっと安心したわ。とにかく、焦りは禁物。少しずつ外堀を埋めていきましょう」

 

 この話は一旦これでおしまい。地図をしまい込んで言外にそう語りながら、シオンはベッドの上に腰かけた。

 

「今日はもう、早めに寝ちゃいましょう。明日の朝、さっそく魔城に乗り込むわ。その先の事は、それから考えましょう」

 

「そう、ですね……」

 

「もう、そんな暗くならない。案外、あっちからこっちに気が付いてコンタクトとってくるかもよ? 結局、なるようにしかならないのよ。じゃ、お休み」

 

 アルテイシアも荷物を片付け、ベッドに上がる。シオンは早速横になって目を閉じているようだった。

 

 アルテイシアもそれに倣って目を閉じる。

 

 なんだかんだで披露が溜まっていたのだろう。そう長い時間をかけずに、彼女の意識も闇の中に落ちていった。

 

 

 

 そして、翌日。

 

 二人の冒険者は、魔城に挑む事になる。

 

 そこに待ち受けているのは、果たして蛇か、鬼か、あるいは……。

 

 

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