望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百二十四話 魔王城の洗礼

 

 魔城の迷宮。

 

 今だ正式名称のないその最新にして最大の迷宮は、関係者から様々な呼び方をされている。

 

 悪魔の住む城。

 

 混沌魔城。

 

 伏魔殿。

 

 その中でも、最も多くの人の使う呼び名が、“魔王城”である。

 

 ヌルスを知るアルテイシアからすれば噴飯ものの蔑称であるが、しかし一番通りがいい以上、この呼び方で呼ぶのが一番よろしい。

 

 絶対に真相を明らかにし、世間からのこの呼び方をかえてやる、とアルテイシアは強く決意した。

 

 さて、そんな魔王城であるが、入口は別に封鎖されているという事もなく、むしろ入ってください、と言わんばかりに巨大な門が設置されている。人間が横に何十人も並べるような巨大な鉄門が、誰を拒む事もなく開かれており、冒険者達はぞろぞろとそこから中に入っていく。

 

 あまりに広すぎるので列を作る必要すらない。各々が好き勝手に出入りしており、アルテイシアとシオンも顔を隠しつつ、こそこそと門から入場した。

 

「ふええ……」

 

「話には聞いていたけど……」

 

 そして来客を出迎えるのは巨大な玄関ホールだ。外壁と同じく真っ白な内装に、天井には巨大なシャンデリア。床にはつるつるのタイルがびっしりと敷きつめられ、まるで王宮の玄関口と見まがうほどである。

 

 最奥にはとてつもなく巨大な辺境伯一家の絵画が飾られている。アトラスとその両親、そして弟の姿。それを見たシオンが、懐かしむように仮面の奥で目を細めた。

 

「なあにあれ。人間が描いた……訳ないよね、大きすぎるもの。あんなものも迷宮の一部なの?」

 

「多分。というか、想像以上に凝った造りですね。ヌルスさん、悪い意味で手を抜けないタイプですか……」

 

 見渡すと壁際にも細かい彫像がびっしりと並んでいる。遠くからよく見れば、ある種のパターンが見て取れるので、決まったプログラムを繰り返し再生して機械的に精製したのだろうが……そんな事が分かるのは魔術に通じた者ぐらいである。

 

 その手の知識がないものは、この荘厳な光景でまず心を折られるのではないだろうか? 王宮が豪奢の限りを尽くすのが来賓に対して国力を示す為のものであるというなら、これは迷宮を生み出した存在の教養と力を示すものである。

 

「戦わずして冒険者を挫く、という事かしら」

 

「……いや、多分ヌルスさんの事だから深い事考えずに、やれるだけやっただけなんでしょうね……」

 

「……ああ。そういうとこ、あるわね。アイツ」

 

 二人そろって、脳裏に「よかれと思ったので……」と言い訳をする触手の塊を思い浮かべる。違和感は全くなかった。

 

 とはいえ、ヌルスに侵入者を殲滅しようという害意が無いのはほぼ確実となった。壁際に並ぶ彫刻、あれに自動迎撃機能あたりを持たせるだけで、軍隊ですら侵入できなくなる。あんな精巧な彫刻をプログラムするぐらいなのだから、出来ないとは思えなかった。

 

 ずらりと並ぶそれらを眺めながら奥に向かうと、ここから先はいくつにも枝分かれしているようだった。やはりとんでもない数と大きさの階段、踊り場が張り巡らされ、迷宮の中に続いている。冒険者達は一度踊り場中央に集まってから、各々、迷宮の中に散って行っているようだった。

 

 二人も、皆が集まっている踊り場を覗きにいく。すると、そこには……。

 

「……迷宮案内?」

 

「……みたいね」

 

 そこにあったのは、入口から続く迷宮のマップだった。ご丁寧に、難易度や出現する魔物、あげくは簡単な構造まで懇切丁寧に説明されている。

 

 まるきり、街の案内掲示板である。

 

 アルテイシアはますますヌルスが何を考えているのかわからなくなってきた。

 

「????」

 

「ま、まあ。最初からヌルスは人間と敵対するつもりはなかったし、迷宮の安全性を示すためにはこういうのもあった方がいい訳だし……」

 

「だとしても今も残しておく理由はなくないです??」

 

 これではまるで魔城を人間に攻略して欲しいみたいではないか。聞いていたのと話が違う。

 

 そうすると、軍は何を考えてあんな強硬策に出たのか、ますますわからなくなる。

 

 たかが看板一つ、されど看板一つ。普通の迷宮にこんなものがあれば、人類が迷宮に抱く印象は大きく違っただろうに。

 

「あ、いや、でも、ホントの事をかいているとは……」

 

「おや、お前さん達、初めてかい?」

 

 看板を前に悩んでいると、同じように看板を見上げていた冒険者が気さくに話かけてきた。

 

「目の付け所がいいね、君達もここに稼ぎに来たのか」

 

「ええと、まあ、そんなところです……あの、この看板って……」

 

「ああ。君もか、最初は疑うよな。でも信用していい、この看板は正しい事しか書いてない。もう10回ぐらい潜ってるが、この看板の案内に反した事は一度も起きてないぜ」

 

 だから信用して大丈夫! と保証してくる冒険者。

 

 アルテイシアは頭を抱えた。

 

「そ、そ、そ、そうです、か……」

 

「ああ! あ、でも、悪い意味でも書いてある事は正確だから、注意するんだぞ」

 

「悪い意味で?」

 

 首を傾げるシオンに、冒険者は笑って看板の一か所を指さす。

 

 そこには、こう書かれていた。

 

『超高難度コース。腕に自信があってもやめておくのを推奨。世紀の大天才以外、通るべからず』

 

 アルテイシアとシオンはそろって首を傾げた。

 

「……なんです、これ?」

 

「書いてある通りさ。コースごとに難易度が違うんだが、このコースはヤバイ。マジでヤバイ。三つの迷宮を踏破してきた伝説級冒険者チームが、半日も経たずに顔を真っ青にして引き返してきたっていうぐらいだ。そこらの迷宮で言う、深層フロアガーディアン級の魔物が雑魚扱いでぽんぽこ出てくるらしい。絶対に入るなよ」

 

「……何がしたいのかますますわかんなくなってきたわ」

 

 シオンが頭痛を堪えるような低い声で呻く。冒険者も苦笑いで頷いた。

 

「そうだなあ。迷宮を攻略されたくないんなら、全部この超高難度にすればいいのに……って、連れが戻ってきたみたいだ。俺はここでいくよ、気をつけてな」

 

 バイバイ、と手を振って親切な冒険者は、仲間らしき数名と迷宮に潜っていた。彼の消えていったのは『普通コース。堅実な貴方に』。標準的な難易度らしい。

 

 シオンはアルテイシアに確認を取った。

 

「で、どうする?」

 

「それは勿論、超高難度に決まってるじゃないですか。私、天才ですから!」

 

 

 

 

 

 ホールを抜けて本格的に迷宮に入ると、通路は一気に狭くなる。

 

 2,3人が肩を並べて歩くと手狭なぐらいで、迷宮としては平均的よりちょっと狭い通路だ。通路の天井には窓が並び、燦々と日光が降り注いでいる。

 

 相変わらず見事な彫刻の並ぶ通路を進むと、小さな小部屋に出た。

 

 そこでは、一匹の魔物が待ち構えている。

 

 二本の角を持った、獣人型の魔物。毛並みや肌は白く、頭部から伸びた角は複雑に枝分かれしネジくれた異形。筋骨隆々の体躯の腰には熊の毛皮を巻き、手には虹色の光を帯びた総金属製のグレイトアックスを両手持ちしていた。ぎらり、と輝く刃から感じられる重量感はただ事ではない、十中八九魔法金属の類だ。

 

「……1層で出てきていい魔物じゃないわね」

 

「ワクワクしてきましたね」

 

 ゲンナリするシオンに対して、アルテイシアはニコニコしている。

 

 そんな二人を前に、アルビノミノタウロスは部屋が震えるほどの雄たけびを上げて突進してくる。こちらは最初から全力だ。

 

 対して、アルテイシアは余裕しゃくしゃくで一歩前に出た。

 

「まずは小手調べです」

 

 アルテイシアの瞳が虹色に輝き、ローブの下の肢体が薄く光る。手足に奇妙な入れ墨のような銀色の文様を浮かべた彼女が手を振ると、その影からもこもこ、と銀色の何かがあふれ出した。

 

 金属魔術による疑似魔物。それが3体。

 

 一体でも並大抵の冒険者なら返り討ちにするそれらが、隊列を組んでミノタウロスに相対する。大剣のような腕を振りかざし、突進してくる魔物に襲い掛かるが。

 

『ブモォ!』

 

 剛力一閃。

 

 斧の一振りで、砕け散る疑似魔物。弾丸のように飛び散る破片をものともせず、アルテイシアが感心したように呟いた。

 

「これは……なかなか。下手な迷宮のラスボスやれるんじゃないですか?」

 

「そうなの? 私が戦ったラスボスは例外中の例外だったからピンとこないわね」

 

「100年ものの、魔物化した魔術師でしたっけ。生きてるうちにお話ししてみたかったですねえ」

 

 呑気に会話する二人。一方、ミノタウロスは疑似魔物を蹴散らして意気軒昂と再び向かってくる。それに対し、アルテイシアが再び指を振るった。空中でXの字に指を走らせる。

 

「……アストラル・シュレッダー!」

 

 放たれるのは、編み目のように幾重にも重ねられた光の刃。アストラルセイバーを同時に何十も出現させ交差させた切断機構が、ぐるぐると回転しながらミノタウロスに迫る。

 

 咄嗟に斧を盾にして受け止めるミノタウロス。光の斬殺陣と特殊合金の斧がつばぜり合いを上げて、夥しい量の火花を散らした。

 

「うげ、これを受け止めますか」

 

 流石に顔色を変えるアルテイシア。そんな女魔術師の様子を見て、ミノタウロスはにやり、と笑い、両手に力を入れて魔術を押し返そうとする。

 

「残念、こちら二人いるので」

 

 が。

 

 ひらり、と背後に顕れたシオンが、両手のダガーを振るう。容赦なく腕の筋を切断したその刃によって握力を失ったミノタウロスの手から、斧がゴトリ、と取り落とされる。

 

 あ、とシオンを見るミノタウロス。直後、その全身は回転する光の刃によって、瞬く間に数センチ四方の肉塊に切断されると灰になって消滅した。

 

「まあざっとこんなもんね」

 

「お見事です!」

 

 ぱちぱちぱち、と拍手をするアルテイシアに、シオンははいはい、と冷めた視線で刃を腰に戻した。

 

「で、どう?」

 

「マジふざけんなって感じです。一匹目でこれですか……ヌルスさん、バランス調整はどへただったんですね……」

 

「クリア前提じゃないっぽいからいいんじゃない、別に? ありそうよ、とりあえずどこまで強くできるかやってみましたー、とか」

 

 二人そろって頭に浮かぶのは、「私が作りました」と看板を掲げる触手の塊。いかにもやりそうである。シオンはよく知っているが、まず最初に限界突破して基準値をどこにするか決めるのがヌルスのやり方だった。

 

 そろって、ふぅ、とため息をつく。

 

「まあ見た感じ、貴女の魔術でどうにかならない事もなさそうだし、進めるだけ進んでみる?」

 

「そうですね。幸いこっちのルートを進む冒険者はいないようですし……」

 

 それに、と灰の中に指を突っ込んで拾い上げるのは、超特大の魔力結晶。

 

 アルテイシアでも見た事がない大きさと純度だ。

 

「報酬も、難易度に釣り合ったもののようですしね」

 

「釣り合ってはいるけど、そんなもん外に放出したらまた相場が崩れない?」

 

「そこはもうギルドにおまかせしましょう。私達の考える事じゃないです」

 

 しれっと無慈悲な事を告げながら、アルテイシアは通路の先に目を向ける。

 

「さ、じゃんじゃん奥に進んでみましょう」

 

 そして意気揚々と次の部屋へ。

 

 口ではなんだかんだいいつつ、自分が負けるつもりは全く想定していない様子のアルテイシアに、シオンはちょっと嫌な予感がしながらも、その背中を追って奥に進んだ。

 

「でもアイツ自身魔術師だし、対策してないとは思えないのよね……」

 

 

 

 なお、その嫌な予感が的中しているのを二人はすぐ知る事になる。

 

 

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