望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~ 作:SIS
「とりあえず、今日一日に、かんぱーい!」
「かんぱーい!」
夕刻。
本日の迷宮探索を切り上げた二人は、ギルドで魔力結晶を換金したその足で再び例のお店を訪れていた。お店的には夜が本番らしく、そこそこに席が埋まって繁盛しているのが見える。
蝋燭の暖かな光が店内を照らす中、シオンとアルテイシアは机の上にずらりと並んだ料理を前に盃を打ち合わせていた。
「ごく、ごく、ごく……ぷはー! なかなか悪くないじゃない、ここ」
「ですねー、よく冷えてます!」
薄いがキンキンに冷えているエールを一息で飲み干し、酒精の混じった息を吐く。気分よく、シオンはまずは蒸した貝に手を伸ばし、アルテイシアはエビの殻をぱきっと割った。
「んー、ここ、魚介類はほんと絶品よね。どこで仕入れてるのかしら」
「そういえば、そうですね。来る途中に川とか湖とか、なかったでしたっけ。確か、辺境伯領の方に大きな湖があったそうですけど、そちらは今迷宮の中ですしねえ」
「ま、お店の仕入れルートなんて気にしてもしょうがないけどね。なんかツテがあるんでしょ、美味しければいいわ」
空腹に加え酒の入った頭で考え事をするつもりにもなれず、もりもりと食べる二人。しばらくすれば、机の上に並べられていた大量の皿はすっかり空になってしまっていた。
積み上げた皿を店員が片付けるのを見送りつつ、シオンはふぅ、と満足そうに机の上に頬杖をつく。
「あー、食べた、食べた。こういう、メシ!! って感じのをがっつくの久しぶりだわ」
「行儀悪いですよ、シオンさん。まあでも、こないだまで伯爵領のお嬢様でしたものね。こういう庶民のご飯はなかなか食べる機会がありませんでした?」
「んにゃ? 伯爵様んところは割と粗食気味だったし、そもそも最近はずっと駆けずり回っていたから、携帯糧食しか口にしてなかったのよ。携帯糧食なんてだいたいどれもしぶいか酸っぱいか味が無いかで、新鮮な魚介類なんてどれぐらいぶりかしら」
しれっと告げられる闇深いコメントに、アルテイシアは笑顔のまま「やっぱぶっ飛ばしておけばよかったですかね、あのハゲ」と心中で毒づいた。
「まあ、ご満足いただけたら何よりです」
「そうねー。それじゃ、今日の反省会といきましょうか」
ちらり、とシオンが周囲を警戒する。今、食堂は満席御礼、稼ぎ時真っただ中だ。食器の音と雑談が飛び交うこの中で、二人の会話だけを正確にひろう事は難しい。
隣席ともなれば話は別だが、それを考えて店の角の席を取った。二つだけ隣接する席の連中は、ぐでんぐでんに酔っぱらった街の男衆だ。冒険者の会話には興味がないだろう。
「とりあえず、今日挑んだ超高難度だけど……いうだけの事はあったわね」
「ええ。全く以て厄介な迷宮です。ですが得るものもありました。私だって、意味もなくあんなルートを選んだ訳ではないのです」
「へえ? 聞かせてもらおうかしら」
正直言うと、本気で単なる好奇心で超高難度コースにつっこんだと思っていたシオンである。そんな相方の心の内を知る由もなく、アルテイシアはドヤ顔で彼女に入手した情報を公開した。
「魔眼で他のコースを通る冒険者達と比較してみたのですが、あの超高難度コースは魔城の中央部へ、最短距離をまっすぐ走っていました。それに対し、他のコースは幾重にも張り巡らされた城壁の内部を迂回するような道になっています。私達の目的……ヌルスさんへの接触を考えれば、あれが間違いなく最短ルート、と確信が持てました」
「え? まじで?」
「ヌルスさんの思考をトレースすればむしろ納得する所です。あの人、苦難にはそれに報いる報酬があるべきだと考えるタイプでしょう? 意味なく嫌がらせみたいなコースは作らないですよ」
律儀というか、生真面目というか。
魔城はある種の防衛線なのだから、ただ難易度高いだけでゴールに繋がってないとかでもいいのに、それはヌルスの美学が許さなかったのかもしれない。
ともかく、超高難度コースが目的への最短距離である事は分かった。しかし……。
「なるほどね、言われてみれば確かに。……でもそれ、何の慰めにもなってなくない? そもそもクリアが不可能でしょ、いまの私達じゃ」
「んむぐ」
そうなのである。
超高難度コースに待ち受ける魔物を倒すには、アルテイシアの火力が必須。しかし、アルテイシアが魔術を連打すれば、ペナルティで魔術を封じられる。
構造的に詰んでいる。
「貴女天才ならさ、こう、魔術封じを封じる魔術とか、無いの?」
「いや、やろうと思えばできなくもないんですが、その場合、迷宮のシステム相手に手一杯になって結局私は役立たずになりますね……。連続使用回数が問題らしいですから、シオンさんが魔術を覚えて誤魔化すというのはどうでしょう? 私が2回魔術使ったら一回使うみたいな」
「あの化け物ども相手に無駄な手札切ってる余裕あると思う?」
脳裏に思い返されるのは、一体目からとんでもない強さを見せたアルビノミノタウロスである。一見瞬殺だったように見えるが、それはアルテイシアの火力が異常だったからであって、あそこで無駄な行動を一枚でも挟んでいたら初戦敗退もあり得る強敵だった。
それにどの道、魔術を使えば使う程耐性が蓄積されるという話だ。シオンに連続使用回数をごまかさせた所で、そっちの問題は解決しない。
「どうしましょう……」
「というか、ヌルスの奴、どうしてこんな面倒な仕組みに……」
「多分、自分が挑戦したら歪みの魔術でストレート突破できるからでしょうね……」
シオンとアルテイシアは揃って机の上で深い溜息をついた。
と、そこで二人の隣の席のよっぱらいが席をたった。べろんべろんに酔いつぶれた相棒を肩に担いで支払いに向かう男二人組。店員が残された食器を片付けると、入れ替わるように新しい客が入ってくる。
その客に、シオンとアルテイシアは見覚えがあった。
「アルテイシア、あの男の人……!」
「ええ……まさかこんなに早く再会できるとは」
注目する冒険者二人に気が付いた様子もなく、席によっこらせ、と腰かける男……そう、彼は昼間、“隣町”についての噂話に興じていた、あの地元住民だった。
「さーて、今日は何を食べるかな、って……なんだい、お嬢ちゃん達」
「あの、すいません。実は少しお聞きしたい事があるのですが……」
二人分にしては多い料金を支払い、アルテイシア達は店を後にした。
多い支払は、情報量である。酒代と料理代を支払うというと、男の口は油を差したようによく回った。
男が教えてくれたのは、地図から消された小さな町の話。
「宿場町ガンゼ、か……」
「どのあたりにあるかも詳しく教えてくれましたね」
地図から消えてしまった街道をどのようにいけばいいのか、歩いてどれぐらいの時間が必要なのか、そういった事を男は細かに教えてくれた。いずれもこの辺りの地理に疎いアルテイシア達には貴重な情報である。
しかし……。
「そこで何があったか、については教えてくれませんでしたね」
「よっぽど言いづらい何か、があるという事ね……」
その街で何があったか。それを訪ねると、機嫌よくしゃべっていた男は途端に口を閉ざした。
余所者にあらためて自分の口から説明するのは気が引ける……そのように男は言っていた。そして同時に、行けば分かる、とも。
そこまで言われれば、しつこく追及する訳にもいかなかった。快く情報提供してくれただけでも感謝である。
「ま、とにかく何があったかは行ってみればわかるわ。赤の他人をあまりこちらの事情に巻き込むものでもないし」
「そうですねっ」
女二人で、夜の路地裏を宿へ帰る。戻ったら早速地図と照らし合わせて確認だ。
美味しいご飯に、重要な情報、そして少量のお酒。日中迷宮で苦戦を強いられた事を差し引いても収支はプラス、アルテイシアはご機嫌だった。
だが……。
「……むぅ。人が気持ちよく夜風にあたっている時に、無粋な奴もいるみたいですねえ」
「? アルテイシア」
「そこの人達。上手く隠れてるみたいですが、私相手には無意味ですよ。出てきなさい」
不意に足を止めたアルテイシアが、街角の闇に囁く。
状況を察したシオンが顔色を変えて得物を抜き、アルテイシアの横にならんだ。
数秒の沈黙。やがて、しらばっくれる事はできないと判断したのか、闇の中から静かに歩み出てくる人影が三つ。足音も立てずに影から月光の下に姿を見せたのは、全身黒尽くめの怪人物御一行だった。頭部もすっぽりと覆われており、くり抜かれた穴から、ぎょろりとした目玉が覗く以外、全く露出の無い異様な風体。
冒険者でもこんな格好の奴はいない。
シオンが歯噛みする。暗殺者の待ち伏せに気が付かなかったとは、シーフの面目丸つぶれである。
「ごめん、気が付かなかった」
「いえ。シーフは冒険者であって暗殺者じゃないですからね。こんな、対人に特化しすぎて他に使いようのない相手は想定してないでしょうし」
事実、アルテイシアが気が付く事ができたのはあくまで魔眼のおかげだ。ヌルスから引き継いだこの虹色の魔眼は、空間そのものを識別する超越級の千里眼。魔力のみならず、物質がそこにある、という事実そのものを観測するこの目の前では、どれだけ完璧な隠形も意味を成さない。逆に言えば、それだけのものが無ければアルテイシアとて気が付かなかった。
対面する黒尽くめの装備は、黒塗りのナイフに、金属を使わない黒染めの革と布の装備。衣擦れの音で悟られないように革の装束はぴったりと肌にはりついており、さらに輪郭を闇に溶け込む為かひらひらとした布が纏わりついている。綿でも詰めてあるのか、足裏は分厚く膨らんでいた。
随分と金のかかった隠密装備。その標的は、恐らく魔物ではない。
対人装備。
間違いなく、どこかの組織の息がかかった暗殺者だ。
「……それで。どこのどなたかご存知ありませんが、今日はもう遅いので、用事があるなら、また日を改めていただけますかね? 大体、私達みたいな一冒険者に、何の用です?」
ちり、と緊張を高めながら問いかけるアルテイシア。
まあ返事する事はないでしょうけど、と自嘲していた彼女だったが、意外にもそれに応える言葉があった。いや、返事というには、一方的なものであったが。
『……オマエタチガメイキュウデミタモノヲハナセ』
「? みたもの……って」
『チョウコウナンドコース。オマエタチハナニヲミタ』
奇妙にかすれた、男か女かも判然としない声色。その一方的な問いかけに、アルテイシアがああ、と納得したように頷いた。シオンも、臨戦態勢は解かないまま、呆れたように眉を潜める。
「そういう事。全く以てつまらない事ばかりにご執心なんですね」
「ていうか、話して私達になんか得あるの、これ?」
「ないでしょう。話を聞きだすだけ聞き出した後で私達を殺すつもりなんじゃないです?」
やれやれ、と肩を竦めて首を振るアルテイシア。
それを見て、す、と腰を落とす暗殺者達。
交渉決裂(交渉にもなっていないが)という訳である。そして。
「……いっつも不思議なんですけど。私より弱い人達が、どうして私を脅せると思うんですかね? 人間社会は奇々怪々です」
アルテイシアが視線を戻した時には、全て方が付いていた。
路地裏に、奇妙なオブジェが立ち並ぶ。足元から伸びた鋭い棘で、股間から頭まで串刺しにされた人間の亡骸。ある種の鳥類が、捕らえた獲物を木に串刺しにして保存しておく、という話をシオンは思い返した。
暗殺者は機を伺っていたつもりなのだろうが、アルテイシアは彼らを認識した瞬間に既に抹殺を決めていた。石畳の隙間に染み込むようにして忍び寄っていた流体金属に、彼らは最後まで気が付かなかったのだろう。
前提として、超高難度コースに偵察もできない連中が、そこで半日滞在できたアルテイシアとシオンをどうにかできると考える事自体が間違っているのだ。
たかが小娘と侮ったのか。あるいは、自分達の背後を察すれば大人しく従うと思ったのか。力を振りかざしながら相手の良識や社会性に頼るような半端者の末路は哀れなものだ、と白い魔術師は嘲笑う。
ぼっ、と串刺しにされた死体が燃え上がる。超高温の青い炎によって、異臭を撒き散らすよりも早く灰になった死体が、風に吹かれて飛んでいく。ちょっとべたついた空気に、シオンが袖で口元を押さえた。
「うへえ、ばっちぃ。でもよかったの、背後関係調べなくて」
「私からすれば背後関係なんて正直どうでもいいんですが、このタイミングで出てくる事と装備を考えれば、十中八九王国の手のものでしょう。ご苦労様です、どんだけ諜報員をこの街に潜り込ませているのやら。いっそ、こっちから狩り尽くした方が面倒が少ないですかね?」
「マジでやめれ。街中で大量虐殺なんかしたらギルドが流石に黙ってない」
街に林立する串刺し刑を連想してシオンが顔を青くする。そうなったら流石に、S級冒険者を処刑人として差し向けてくる恐れがある。
「冗談ですよ、さっさと帰りましょう。無駄な時間を食いました」
「本当に冗談?」
「ええ、勿論」
そういって笑うアルテイシアの笑顔は、背筋が震えるほどに綺麗だった。