望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百二十七話 夕暮れの墓標

 

 翌日、早朝のうちにアルテイシア達は宿場町ガンゼを目指して出発した。

 

 衛兵には訝しまれたものの怪しまれるほどではなく、二人は問題なく、街の外に出た。

 

「流石に街の外にまでは変な連中は追ってこないでしょ」

 

「まあ、綺麗に痕跡を残さずに消したから、連中が気が付くまでには数日はかかるでしょうしね」

 

「いまの内に、って事ね」

 

 地図を片手に、急ぎ足で街道を急ぐ。足がつくので馬車などは利用せず、人目を避けて移動する。

 

 やがて一日歩きとおし、日が傾いてくる頃になってようやく、二人は目的地に到着した。

 

 宿場町ガンゼ。

 

 かつては街道を行き来する商人達が一夜の宿を求め、地図から消された今となっては訪れる者も居ない、忘れ去られた街である。

 

「……人が居ない訳じゃないみたいだけど……」

 

「ゴーストタウン、という奴ですかね、これは……」

 

 夕暮れ前の赤い空の下、長く影を落とす街並みには生気がなかった。まるで墓標が立ち並ぶように、陰鬱に沈んでいる。

 

 門には衛兵の姿もない。傾いて外れかけた扉を押しのけて、二人は勝手にお邪魔する事にした。

 

 人気のないゲートを抜けて、街の中へ。正面には大通りが広がり、左手にはかつて馬車でにぎわっていたであろう停留所が見える。しかし今は人っ子一人、馬一匹見当たらず、停留所では馬のために用意されたのであろう桶の中に、僅かな水が溜まっているのが見えるだけだ。

 

 風が吹くと、通りに砂埃が立ち上がる。二人は口元を袖で庇いながら、周囲を警戒しながら先に進んだ。

 

「こりゃまた、随分と寂れてるわね……」

 

「むしろ廃墟になってないのが不思議ですね」

 

 一応、建物の中に人の気配はあるし、商店も開いているようだ。しかし時間帯を考えても、商店の棚に並ぶ品物は数少なく、活気と呼べる物はない。

 

「地図から消された街だから? 商人とかが来れなくなったのかしら」

 

「どうでしょう。それでも、それまでの繋がりとかは残っているものでしょうし。まさか、国が権力で商人の行き来を止めている? そこまでする理由があるんでしょうか?」

 

「そもそも金にがめつい商人がそんな理不尽な命令、素直に聞くかね」

 

 勿論、命の危機をちらつかせれば話は別だが、それは本来最後の手段というにも下策だ。自由で開かれた経済は、国にとっても重要な物。一度損なわれたという負の信頼は、そうそう払拭できるものではない。

 

 王国がいくら横暴といっても、それぐらいは分かっている筈である。

 

 それでも強行する理由があったのか、あるいは、商人からこの町を避ける理由があるのか。

 

「あ、地元の御婆さんっぽいの発見」

 

「話を聞いてみましょう」

 

 大通りをとぼとぼ歩く白髪の老婆を発見し、二人はその後を追った。

 

 急ぐ必要はないし、急に声をかけて警戒させるのもなんだと、静かにその曲がった背中を追う。老婆は手に小さな花束を抱えている、誰かにお見舞いだろうか。

 

 彼女を追ううちに、二人は町の広場らしき場所に辿り着いた。かつては人でにぎわっていたであろうこの場所も、今は見る影もない。

 

 ただ、ここに関してはアルテイシア達もその理由はおぼろげに分かった。

 

 広場の中央に、何かしらの残骸が転がっている。崩れた足場に、高く掲げられる十字に組まれた板。広場に集まった者に見せつけるようにそびえるそれらの用途は、今や黒く燃えて残骸となった姿からでもありありと想像できる。

 

 あれは。磔刑の台だ。

 

 異端者、あるいは政治犯を衆目の中、見せしめにして殺す為の。

 

 夕焼けの赤い空の下、陰鬱な影が長く長く伸びて、アルテイシア達の元にまで届いている。

 

 人が寄り付かないのも道理であった。

 

 しかし老婆は、そんな陰鬱な残骸の元にまっすぐ向かっていくと、十字架の下に花を備え、水をまき、手を合わせて祈る。

 

 それを見て、アルテイシア達も無言でその隣に並び、手を合わせる。

 

 しばしの沈黙が続く。

 

 やがて祈りを終えた老婆が顔を上げ、隣で祈るアルテイシア達に気が付いて息を呑んだ。

 

「あら、まあ。どこのどなたかしら……?」

 

「失礼しました。私達は旅の者です。事情はよく分かりませんが、どうやらここであまり好ましくない出来事があったと見まして、便乗させて頂きました。御迷惑でしたか?」

 

「迷惑だなんて、そんな事ないわあ。ありがとうねえ」

 

 白髪の老婆は、柔和に口元を緩ませる。どうやら、随分と温厚な方のようです、とアルテイシアは内心喜んだ。スムーズに話が出来そうな相手は久しぶりである。

 

「旅の御方と仰いましたね。だとしたら申し訳ないわあ、今、この町はご覧の有様でして、満足な歓待もできそうにないの。まだやっている宿屋を紹介してあげるから、今日は仕方ないとしても……できるだけ、この町から早く離れた方がいいわ。そして……できればもう、この町の事は忘れて頂戴」

 

「……それは、何故ですか?」

 

 おかしな話だ。王国の一方的な判断で寂れている町の住人の言葉とは思えない。普通であれば、王国に対する愚痴の一つ、町を擁護する言葉の一つは出てくるものの筈。

 

 訝しむアルテイシアに、老婆は磔台に視線を戻し、溜息のように呟いた。

 

「……この町は、罪の証なのよ。殉教者アトソン・ハンキンス様の血を受けたが為に」

 

 ガタン。

 

 アルテイシアの背後に控えていたシオンが、手にした鞄を取り落とす。

 

 仮面の口元から覗く彼女の唇は、真っ青に震えていた。

 

「今……なんて…………? アト、ソンが……え……?」

 

「シオン、しっかり。……おばあ様、申し訳ありませんが、そのお話、詳しく聞かせていただいても?」

 

 ふらつくシオンを支えながら、アルテイシアがじっと老婆を見つめる。その真剣な様子に、老婆は小さく頷き返した。

 

「……いいよ。わたしゃどの道老い先短い老人だ。若い人達に事情を知ってもらえば、あの御方も報われるかもしれない。しかし、ここで立ち話もなんだ。私の家においで」

 

「ありがとうございます。ほら、シオン。肩を貸して」

 

 シオンを肩に担ぐアルテイシアを先導するように、老婆は数歩先を行く。

 

 ふと、彼女は振り返ってアルテイシアを見つめた。

 

 どうという事はない、ちょっとばかし美人の女の子。だが……夕焼けの中、その瞳が虹色に一瞬輝いたように見えたのは気のせいだろうか?

 

 

 

「この町は辺境領に近くてね。普段から色々やり取りをしていたんだよ。色んな特産品もやりとりしていてね……この茶葉なんかもそうさ。どうぞ」

 

 語りながら、老婆はアルテイシアの前にことん、とカップを置いた。

 

 アルテイシアが手に取ると、カップの中には茶が満たされている。赤茶色のそれに口をつけると、茶葉の芳醇な香りが鼻を擽った。

 

「あ、美味しい……」

 

「そうかい? そりゃよかった。最後の茶葉だ、お前さん達みたいな美人に飲んでもらったなら幸いだろう」

 

 小さく笑いながら、老婆はアルテイシアの対面に腰を下ろした。

 

 ここは、町中にある老婆の家だ。小さな二階建ての建物で、一階に応接間、二階に寝室がある。

 

 体調を崩したシオンは二階で眠らせている。本人は話を聞きたがっていたが、アルテイシアが無理に眠らせた。

 

「しかし、大丈夫かい、お連れさん。随分具合が悪そうだったが……」

 

「その……彼女、私が連れ出すまで結構酷い環境で仕事をさせられていて。その疲れがどっと出たのかもしれません」

 

 考えてみれば、伯爵領から連れ出した後も極力睡眠時間は取れるよう計らっていたが、元々疲労困憊の極みのような状態から十分な休息もなく旅に出たのだ。ここ数日は落ち着いていたとはいえ、野宿で完全に疲れが取れるはずもない。先日の超高難度コースの激闘の事もあり、そこに思わぬ訃報を聞いて倒れてしまうのも無理からぬことだ。

 

 これに関してはアルテイシアの気配りが足りていなかった。

 

「そうかい……しかし、アトソン様のお知り合いとはね。これも奇縁かの……」

 

「その事なんですが……詳しいお話をお伺いしても?」

 

「勿論。それでどこまで話したかな……そうそう、この町は辺境伯領ともつながりが強くてね。色んな情報もやりとりしてたのさ。山賊の出現情報、危険な獣の報告……そして、災害の被害報告もね」

 

 これもお食べ、と老婆がお盆に何かを持って差し出してくる。

 

 どうやら柑橘類の皮の、砂糖漬けのようだ。アルテイシアは有難く頂きつつ、茶をすする。

 

「災害……噂のシャードビーストの事も、という事ですか」

 

「そうさね。実物を見てないから半信半疑だった者もいるが、まあ、迷宮の外に出てくる魔物みたいなもの、とみんな解釈していたね。そういうものまあ、あるだろうと。だから、辺境伯全域にそのシャードビーストが溢れかえった時はびっくりしたけど混乱はなかったし、その後魔城が現れた時も混乱はしたが皆大人しく知らせを待っていたのさ。必ず、何かの知らせがあるはずだとね」

 

「……普段の行いの積み重ね、という事ですね。辺境伯の信頼の高さが伺えます」

 

「そりゃあそうさ。知る限り、あの辺境伯様ほどの良いお上はいやしないよ。だから予想通り、手紙が回ってきた時も、あたしらはそれをすんなり受け入れた」

 

 ぎゅ、とアルテイシアの拳に力が入った。

 

 手紙。やはりヌルスは、エンシェントの里のみならず、人間達にも事情を説明していたのだ。あとは、それがどのぐらいの情報公開かだが……。

 

「御婆さんは、その手紙についてどのぐらいご存知で?」

 

「大体知ってるよ。なんせ、町の役場に張り出されたからねえ。向こうの……ええと、ンルスさんかな? 辺境伯領の魔術師さんの名前で、全てを包み隠さず公開する事を要望されていたからねえ」

 

「! 手紙にはなんと?」

 

 真剣な様子で問いかけてくるアルテイシアに、老婆はしばし指を折るようにして記憶を辿る。はっきり思い出せたのか、老婆は頷きながら、手紙の内容をかたって見せた。

 

「ええとね……そうそう。辺境伯領にシャードビーストの本体が襲ってきた事、やむを得ず、巨大な迷宮を作り出す事でそれらを封じ込めた事、その迷宮は魔素災害を起こさないよう設計された人工的なものであり、人間には害をもたらさない事。辺境伯領の生き残った人間は迷宮内で保護している事。……だったかな。あとは、えーと……」

 

「……周囲の国家に対する警告のようなものは?」

 

「ああ、それだ。そうそう、書いてあったね。自分達に人間と敵対する意思はなく、あくまでシャードビーストという災害を封じる為の暫定的な対応である事。落ち着き次第、あらゆる対話、交渉に応じる姿勢であり、どうか近隣諸国にはご理解を願いたい……という感じの事も言っていたね。あとは色々、専門知識がないと分からない事もつらつらと。お役人さんの話だと、件のシャードビーストの死体や迷宮を作る魔術の仕組みとかまで添えてあったらしいねぇ」

 

 思った通り、とアルテイシアは納得した。

 

 エンシェントの里に齎されていた情報と相違はない。

 

 やはり当初、ヌルスはあらゆる情報をオープンにする事で、可能な限り人間達との諍いを避けようとしたのだ。ノーガードに近いどころか、自分から頬を差し出しにいく情報公開がそれを物語っている。

 

 市井の老婆がそこまで知っているのだ。であるならば、為政者達はもっと確度が高く詳細な情報を手に入れていたはず。

 

 それが……何故、今のような事に?

 

「……まさ、か」

 

 ふと思い出す。シオンが受けていた、悪辣な嫌がらせ。

 

 アルテイシア自身、魔術学院で嫉妬から来る弾圧を受けていた。

 

 それらの事実が示すのは人の宿業。

 

 人間には善人も悪人もいる。だが、どういう訳か集団となり、そして地位や権力を得ると、多くの人間が悪に傾く。善き為政者が有難がれるのは、それがそれだけ少ないからだ。

 

 そして……ヌルスの生み出した魔城。

 

 それは完全に制御下に置かれた、魔素汚染の心配のない迷宮。

 

 つまり、無限に魔力結晶を生み出し、その気になれば貴重なドロップ品のような特殊アイテムさえも作り出す事が出来る宝の山に他ならない。

 

 シャードビーストの脅威を本当の意味で理解できない、あるいは理解した上で軽視できてしまうような想像力の無い者達に、それがどう見えたか。

 

 しかし。まさかそんな、馬鹿みたいな理由で?

 

「この町は、どのような対応を……?」

 

「そりゃあ勿論、困った時は助け合いさね。辺境伯から派遣された使者を迎え入れて、場合によっては生き残った領民の受け入れの準備も進めていた。その時、使者の中にいらっしゃったのがアトソン様さ。この町の人にも前後の混乱で怪我をした人がいてねえ。手当をしてもらったのさ」

 

 ……やはり、アルテイシアも知るアトソンその人で間違いはないようだ。風貌、振舞い、全てが記憶と一致する。

 

 できれば、勘違いであってほしかったが……。

 

「町長とアトソン様達は協力するつもりで、王国の使いを迎え入れたんだが……」

 

 そこまで淀みなく語った老婆の口がとまる。

 

 彼女ははぁ、と一つ嘆息して、言いづらそうに続きを語った。

 

「そこからは……面白くない話さね。やってきた王国の使者は、その場で辺境伯の廃絶を宣言。王国に、人類に仇なす異端者として、辺境伯及びにそれに従う者達を告発したのさ。……体格の豊かな、教会のお偉いさんのお墨付きでね……」

 

 めぎり、と。

 

 机の下で握りしめたアルテイシアの拳が軋む音がした。

 

 

 

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