望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百二十八話 殉教

 

「……不条理にも程があります。話に聞く限りでは辺境伯はその責を十二分に果たしています。責任を取って廃絶はともかく、異端認定される謂れは……!」

 

「町長もそういって反論したさね。だがそれは聞き入られなかったのさ。御付きの兵士達に町長はその場で打ち倒されて連行された。辺境伯から来ていたアトソン様も同じようにね……」

 

「そんな……!」

 

 いくらなんでも暴挙が過ぎる。

 

 確かに国家には、時としてそのような対応が求められる事もある。理屈の上ではそれは理解できる。

 

 だが、今回の件は明らかにその状況ではない。もっと慎重に、かつ適切に立ち回るべき案件だ。

 

 確かにシャードビーストの問題を自力で解決できなかった点において、辺境伯は責がある。想像できなかった、予想以上だった、というのは結果という事実の前では言い訳にもならず、そういう意味では廃絶はやむを得ないという見方もできなくはない。

 

 だが異端者認定はやりすぎだ。

 

 そもそも、辺境伯というのはただの地方貴族ではない。王都を遠く離れ、敵国と国境線を挟んで睨み合うという立地上、王家からの信任篤い、裏切る可能性が低い者が選ばれる。それは必然的に王家の関係者になり、先代国王の王弟であるなど、王国としても容易く切り捨てられない人物である事が多い。そうして有事の際の独自行動の裁量を違いに担保する事で、辺境伯というのは成り立っているのだ。

 

 確かに、ヴァーシス辺境伯の成立は古く、王家との繋がりは薄くなってきていたかもしれない。だとしてもそれを維持する為に何度か王家の一族が嫁入り、婿入りした経歴があり……それを、一存で異端認定など、王国の土台が揺るぎかねない。

 

「……いや、逆……?」

 

 あるいは。王国において、王族の力が著しく弱まっていたとしたら。貴族派閥の力が強くなり、それを掣肘し国内勢力の一変を図っての強硬策だったとしたら、この暴挙にも説明が……そこまで考えてアルテイシアは首を振った。

 

 そこは今、考えるべき所ではない。

 

「失礼しました。続きをお願いします、それから……どうなったんです?」

 

「……そうさね。捕らえられた町長とアトソン様は、すぐに処刑が決まったさ。日程を伝えられて私らは反対したけど、言葉の代わりに剣を突きつけられて黙るしかなかった……」

 

 そこでしょんぼりと老婆は顔を俯かせた。

 

 大方、我が身可愛さに彼らを見捨てたのを気にしているのだろうが……アルテイシアは、老婆を悪いとは思わなかった。

 

 本来、兵士とは民に代わり暴力を独占し、その代わりに民を守る責務を持つ。その兵士に、暴論を盾に武力を向けられたのであっては、民は黙る他はない。勿論、それに反抗するのも立派な事だが、それは大きな代償を伴う。

 

 革命は言うほど容易い事ではない。少なくとも、魔城出現の混乱から立ち直っていない状態では、民の側も途方に暮れていたはずだ。その状況で意思統一して動くのは難しかっただろう。

 

 しかし、異端認定も急だが、即日処刑というのはいくらなんでも無茶苦茶すぎる。

 

 露骨なまでに、混乱の間に処理して既成事実化したいという思惑が透けて見える。横暴にも程があった。

 

「……じゃあ、それで……」

 

「……ええ。町長は捕らえられた時の怪我でその日の晩の内に亡くなり。アトソン様と捕らえられた魔城からの使者の者は翌朝、あの磔台で……」

 

「そうですか……」

 

 それを聞き、アルテイシアは短く教会の印を切った。彼を処刑したのもまた教会だが、話を聞くに一部の急先鋒の暴走だろう。

 

 国家と言わず、権力と結びついた思想など犯罪者と変わらない。人は、己が正義だと確信した瞬間に最も救いがたい邪悪に染まるものだ。何故なら正義とは不変のものではなく、時代によって形を変えるべきものだ。

 

 時代を越えても変わらない普遍的な正しさは、正義ではなく善と呼ぶべきもの。そしてそれは、少なくとも人を害する事を肯定したりなどしない。

 

「……そこに、魔城からの救援者が駆け付けたのはその直後の事。彼らは怒り、兵士を蹴散らすと使者の亡骸を奪還し、魔城に戻っていきました。当然ながらそれからこの町に再接触はなく……町長も亡くなり、血生臭い事件の舞台となり、さらには地図から消された事もあって、かつて栄えたこの町もご覧の通り。まあそれも、然るべき末路なのでしょうね……」

 

 小さくため息をつく老婆。

 

 この町が妙に寂れているのも納得の話だった。磔台が今も片付けられていないのも納得した。彼らにとってあれは罪の象徴であり、目にするだけで苦しみを齎すものだが、それを片付けてなかったことにしてしまうのもまた罪深い。町を去り、二度と関わらない事が、心の平穏を保つ唯一の道だったのは想像に難くない。

 

 例え恥を知っていたとしても、全ての人間が、罪を背負って生きていけるほど強くはない。

 

「ありがとうございます。思い返すだけでも辛い事を、余所者の私達に教えてくれて」

 

「いいえ……。私も、どうせ生い先は短い身です。この事を、貴方達のような若い人が覚えていてくれれば、きっと町長やアトソン様に、少しばかりの慰めに、なるやもしれません……」

 

「そうですね。……そうだと、いいですね」

 

 しみじみと頷き、アルテイシアは席を立った。

 

「すこし、相方の様子を見てきます」

 

「はい。では私は、晩御飯の用意をしていますね」

 

 のっそりと台所に向かう老婆の後ろ姿を見送り、アルテイシアは二階に上がった。しかしシオンが寝かされている部屋には向かわず、踊り場の窓を開いて外に出る。たんっ、と跳躍して屋根の上に上がった彼女は、そのまま屋根伝いに走り、“彼女”に追いついた。

 

「それで、どこに向かうんですか、シオンさん?」

 

「…………アルテイシア……」

 

 日が落ちた夜の町。月の光で、マントをはためかせる黒い仮面の少女。彼女は仮面がずれるのを恐れるように、片手でそれを押さえて振り返った。

 

「別に。なんでもないわよ、放っておいて」

 

「どこに行くのかと、聞いているのです。それとも、当ててあげましょうか? ……やめておきなさい、教会の人間と王国の関係者を皆殺しにするなど非効率です」

 

 アルテイシアの指摘に、びく、とシオンが肩を跳ねさせた。

 

「……アトソンは、私の育った孤児院に、多額の寄付をするばかりでなく、しばしば孤児達の面倒を見てくれたわ。教会の教えを押し付けるのではなく、生きていくための善良さ、賢さを学ぶための逸話を、子供たちに教えてくれた。私も、そうやって色々教えてもらって、大きくなった。……父親とは違うけど。それでももし私に父親が居たら、アトソンみたいな人がいいな、って思った事もある」

 

「…………」

 

「パーティーに入ってくれたのも、ただアトラスから誘われたからだけじゃない、私がいたからってのも分かってた。正直、心強かったよ。信用できる大人が、傍で見ていてくれてるのって」

 

 それは、素直になれなかった少女の、胸に秘めていた本音だった。もはや、届けるべき相手の居ない、懺悔だった。

 

「幸せになれる、と思ってた。アトラスと結ばれて、頼れる仲間達に祝福されて。バージンロードは、アトソンに手を引いてもらおうかな、なんてそんな風に考えたりもした。辺境伯領では変なトラブルが一杯だったけど、それも明るい未来の礎になってくれるって思ってた。……信じてた!!」

 

「……シオンさん……」

 

「もう……何もない。私には、もう何も残ってない! アトラスも居ない! アトソンは殺された! 義理の家族には迷惑ばかりかけて、死人の私には戻るべき故郷もどこにもない! 私が、あの人達が何をしたっていうの!? 全部奪われなきゃならないほどの事を、私達がしたっていうの!?」

 

 血を吐くような叫びから一転、彼女は顔を伏せて、震える声で小さく呻いた。

 

「だったら……だったら、最後に、思い知らせてやっても、いいじゃない……」

 

「……そうですね。罪に似合わぬ罰を背負わせられたのなら、それに釣り合うように悪を成しても、そう悪い話ではないと思います」

 

「だったら!」

 

 顔を上げ、仮面の向こうから死人のような視線を向けてくるシオンに、しかしアルテイシアは小さく首を振った。

 

「いいえ。それでもシオンさんは道を誤るべきではありません。何故ならまだ、アトラスさんは生きているからです」

 

「……え」

 

「言っておきますが慰めでも詭弁でもありませんよ。根拠のある考察です、いいですか?」

 

 立てた人差し指を振り、アルテイシアは生真面目に説明を始めた。

 

「ここに来て、魔城直後のヌルスさんの動きについてより詳細な情報を得る事が出来ました。それで確信した事があります。シオンさんも知っての通りだと思いますが、ヌルスさんは思いつきによる独断専行はしょっちゅうですが、基本的にそれは単独行動に限定されます。組織の思惑を無視して、一部の手の者を動かす、みたいな事は絶対にしません。あの人に名誉欲はありませんし、何より臆病と紙一重の慎重さ、誠実さがヌルスさんの基本メンタルです。それを踏まえて考えてみてください、いくらなんでも動きが早すぎる、かつ大胆すぎると思いませんか?」

 

「そ……それは、まあ、確かに、思わなくもないけど……」

 

「ましてやクリーグさんやアトソンさんまで動かして、辺境伯領民の先を左右するような重大な選択、ヌルスさんは即断するタイプではありません。それでももし即断するとしたら、それは“最終的に自分が責任を取る”事が前提になるはずです。戦記ものとかでよくあるでしょう、忠臣が主君の事を思って独断専行に出て、その責を取って自殺とか引退するみたいなの。つまり、ヌルスさんが身を退いた後にそれを任せる相手が居るからこその迅速で大胆かつ稚拙な行動、という解釈になります」

 

 それは確かに、シオンにも心当たりがある話だ。例えばヌルスは危険な歪みの魔術を自分では多用するが、他人にそれを勧めるような事は絶対にしない。あくまで自分が自分の責任で歪みの魔術を使うならば、それで死したとしても自分の問題であるからだ。

 

 そういう意味では、強敵相手に躊躇わず歪みの魔術の発動に踏み切るのは、まさしくアルテイシアの言う通り滅私奉公の精神に他ならない。

 

 それを踏まえて考えると、どうだ?

 

 話に聞いた、魔城出現後の大胆な情報公開。辺境伯領の利益を微塵も考えてない、全面降伏に近い情報の開示は、いくらなんでも強行手段であり、そういう意味ではヌルスらしくない。だけど確かに事が落ち着いた後、自分自身で責任を取る、と考えての行動であったとするならば、ヌルスのメンタリティに合致する。

 

「で、でも、それがアトラスが生きているという事には……。おじさまや、弟君の為、という可能性も……」

 

「いいえ。ヌルスさんの性質上、あの人が自分の“主君”と認識しているのはアトラスさんだけです。ましてや弟君相手なら、そんな後を任せるような事をせず、もっと保守的な対応にでた筈です。その事から考えるに、恐らくアトラスさんはシャードビーストとの闘いで負傷、昏睡。魂を啜る奴らにつけられた傷は癒せない為にアトソンさんでも治療は難しく、そんな彼の代わりに辺境伯領を守る為、筆頭魔術師の立場を使ってヌルスさんが指示を下したのだと考えられます。今もヌルスさんが前に出ているのは恐らく“魔王”として有名になってしまった為、各国からのヘイトを集める為でしょう」

 

 朗々と語るアルテイシアの考察に、シオンも乱れた気持ちを抑えて、考えに耽る。

 

 彼女の推論はあっているか? シオンの知る、ヌルスやアトラスのそれに合致しているか?

 

 ……有り得なくはない。

 

「じゃ、じゃあ、アトラスはまだ生きてる……?」

 

「間違いないと思います。まあ、アトラスさんは恐らく復帰していたとしても……この状況を見てしまったら、責任を感じてヌルスさんの上には立とうとはしないでしょうね。概ね、ヌルスさんの相談役をしながら、辺境伯領民のとりまとめをしている、といった所じゃないですかね」

 

「そ、それは確かにありそうだけど……で、でも結局推論ばかりじゃない。証拠がないわ……」

 

 それが本当なら喜ばしいが、安易に希望に飛びつくのは恐ろしかった。それだけ、裏切られた時のショックは強くなる。

 

 しかし、アルテイシアはそれをにっこり笑って否定した。

 

「いいえ? 確証はありますよ。……もし、本当にアトラスさんが亡くなり。アトソンさんをあのように殺され、挙句のはてに世界から滅ぼすべき者として攻撃を受けたとしたら。……ヌルスさんは、今頃世界を逆に滅ぼしているでしょう。主都に対し警告代わりの砲撃程度で済ませる訳がありません。あの人が守りたいものは魔城の中にあって、その外には無いのですから」

 

「あ……」

 

「だから逆説的に、オメガ・マギアスで各国を焼き払うみたいな行動に出ていない現状が、アトラスさんの生きてる証拠でもあります。彼はそんな事されても、喜びませんからね」

 

 そういって、友の報復の為に魔術学院を滅ぼした白い魔術師は、照れ隠しのように苦笑した。

 

 

 

 

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