望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百二十九話 当面の課題

 

「落ち着きましたか?」

 

「……うん。まあ。少しは」

 

 とぼとぼと屋根の上を歩く帰り道。

 

 アルテイシアに問いかけられて、シオンは恥ずかしそうに顔を逸らした。

 

「流石にいくらなんでも安直だったわ、私。止めてくれてありがとう」

 

「いえいえ、お気になさらず」

 

「だけどさ、冷静になってみると貴女の推論、穴だらけよね」

 

 笑顔のままアルテイシアの顔が引き攣った。

 

「まずさ、ヌルスの守りたいものが城の中にしかないっての、まず貴女がエンシェントの里に居る時点で外れてるわよね。今更すっとぼけんじゃないわよ、ヌルスの行動指針の全てが貴女にあるのはいい加減理解してるわよね、記憶あるんでしょ?」

 

「それは、まあ。はい、その……ええと……」

 

 今度はアルテイシアが顔を真っ赤にして顔を逸らす。茹蛸みたいになっている彼女を見て、シオンはニヤニヤと笑みを浮かべた。

 

「いやー、ヌルスったら本当に貴女にお熱だったわよ、女としてあれだけ大切に思われるのは本望じゃない? いやー、妬けるわねえ」

 

「あ、いえ。それはその、えーと。あははは……ってまさか、シオンさん、貴方まさかヌルスさんの事を……?!」

 

「え、そんな訳ないじゃない触手よ? 頭大丈夫? あ、大丈夫じゃなかったわね」

 

 心底残念な娘を見る視線で見返されてアルテイシアはうぎぎぎぎ、と歯を食い縛った。

 

「まあ触手愛好家(テンタクルフィリア)でも私は気にしないわよ、でも家は三軒ぐらい距離をあけてね」

 

「割と遠い!? うぐぐ、安心するべきなのかヌルスさんの為にも言い返すべきなのかぁ……」

 

 口をもごもごもさせて懊悩するアルテイシア。それを見てシオンは、悩みが無いかのようにカラカラと笑った。

 

「あははは、あー、おかしぃー。ほんの冗談よ、気にしないで。お似合いよ貴女達。まあ、アトラスが多分生きてる、ってのは同意。もしアトラスが死んでたら、私はともかく貴女をヌルスが回収しに来ない理由がわからないもの。これ以上、大切な人を失うのはアイツも勘弁でしょうからね」

 

「ま、まあ、とにかくそういう事です。しかし、思ったより厄介な状態になってますね。正直、迷宮にある程度踏み込めば、ヌルスさんの方から私達を迎えにくると思ってたんですよ、なんだかんだで。でもアトソンさんの件を考えると……そもそも、これ以上他人を関わらせるのを拒絶している可能性が高いですね……」

 

「参ったわね。そうなると、ヌルスに接触するにはあの迷宮を攻略して、最奥に踏み込むしかないんでしょうけど……」

 

 アルテイシアとシオンはそろって肩を落とした。

 

 それは、かなり非現実的な案である。

 

 まず、魔城の広さを考えると、普通コースとやらを突破するのに何年かかるのか。地上に露出しているという構造上、他の迷宮のように空間がひん曲がって見た目より遥かに広い、という可能性は低いが、それでも広大な辺境伯領を塗りつぶす形で存在している迷宮である。内部が迷路のように複雑な形状をしている以上、体感的な探索範囲はそれ以上になるだろう。とてもではないが、10年や20年で突破できる距離ではない。アルテイシアはともかくシオンがおばあちゃんになってしまう。

 

 じゃあ最短距離と思われる超高難度コースはというと、戦力的に不可能である。アルテイシアがいくら火力があっても、迷宮のギミックで封じられてしまう。現状の戦力で突破は到底不可能だ。

 

「……まあ、先の事はまたあとで考えましょう。おばあさんがご飯用意してくれてますから、今はかえって休みましょう」

 

「そうね……」

 

 

 

 翌日、早朝。

 

 黒く焦げた磔台の残骸の前で手を合わせる三人の姿があった。

 

 アルテイシア、シオン、老婆。

 

 三人が祈る先には、白い花が一輪、惨劇の後にお供えられている。

 

「ありがとうねえ、二人とも」

 

「いえいえ、お気になさらず。こちらこそ、一晩泊めて頂きありがとうございました」

 

「気にしなくていいのよ。昔を思い出してちょっと嬉しかったわ」

 

 手を合わせて、老婆はほっこりと笑う。

 

「貴女達はもう出るの?」

 

「はい。やるべき事が定まりましたので」

 

「そう。……この町はもう終わりだけど、貴女達にはまだまだ未来があるわ。後悔だけはしないようにね」

 

 年配らしい忠告に、アルテイシアは小さく苦笑いした。残念ながら、後悔ばかりの人生だ。いつだって、取り返しがつかなくなってから人は過ちに気が付く。

 

 獲り零してきたものを数えたらきりがない。魔術師としての栄誉、信頼できる友人、大切な相手、人間としての真っ当な人生……。それでも、これ以上取りこぼさないために、アルテイシアは行くのだ。

 

「はい。御婆さんも、お元気で」

 

「それじゃね。無事にうまく全部済んだら、また花をお供えにくるわ」

 

「うふふ、それじゃあ、その時を楽しみにしているわ……」

 

 そうして、二人は宿場町ガンゼを後にした。

 

 門から手を振る老婆に見送られつつ、一路、カイオンを目指して道を急ぐ。

 

 方針は既に固まっている。

 

「とにかく、パーティーメンバーを集めましょう。超高難度コースの魔物に攻撃が通じるレベルの魔術師一人と、前衛を張れる剣士。最低限その二人を集めないと話になりません」

 

「滅茶苦茶贅沢な条件ね……」

 

「そうはいっても、下手な冒険者を加えても足手まといです」

 

 それはそうなんだけど、とシオンは肩を落とした。

 

 これでもシオンはエトヴァゼルを攻略した、世間一般でいう凄腕冒険者の部類に入る。その上、辺境伯領と伯爵領でそれぞれ仕えた経験もあり、常識的な人間が鍛えてどれぐらいまで強くなれるか、というのは重々承知しているつもりだ。

 

 シオン自身は、なんとか超高難度コースについていける、という実力だ。そんな彼女が、伯爵領においては並ぶ者の居ない最強戦力であったという事実が、何を意味しているか。

 

 伯爵領の兵士は弱卒ではない。少なくとも荒事の才能を見出され、常備軍として日夜訓練に明け暮れ、伯爵家の資金力で十分な武装をほどこしてなお、シオンには遠く及ばない。

 

 それを考えれば、アルテイシアの課した条件がどれだけ無茶か。

 

「それにさあ、仮に実力が備わっていても、思想面が合わない可能性もあるでしょ? 少なくとも打倒魔王ヌルス! みたいな連中を仲間に加える訳にはいかないでしょ。それとも、迷宮踏破直前で闇討ちして黙らせたりする訳?」

 

「さらっと鬼畜な事を言いますねシオンさん。ドン引きです」

 

「貴女にだけは言われたくないんだけど!?」

 

 世間知らずのアルテイシアの為に言ったのに、と地団駄を踏むシオン。そんな彼女に対して、アルテイシアはさほど問題に感じていないようだった。

 

「まあ、そこらへんに実力者が歩いている、とまでは言いませんが、魔城迷宮の知名度と難易度を考えれば、そう高望みでもないはずです。少なくとも、事前にヌルスさんが大暴れしたせいで、いわゆるゴミ拾いみたいな冒険者はびびってあの迷宮には来ていないはずです。自然、ある程度実力に自信がある冒険者が集まっている筈。エトヴァゼルとは訳が違います」

 

「ああ。そういえば、入口で集まってる連中、ちゃんと冒険者してたわね。エトヴァゼルの時は物乞いみたいなのが結構な割合でいたけど……」

 

 言われてみれば、とシオンは記憶を思い返した。

 

 普通の迷宮は、1層ぐらいの魔物ならド素人でも数をそろえれば何とかなるし、迷宮側にも複雑な構造や致命的なトラップは存在していない。多少荒事になれていれば、魔物との積極的交戦を避ければ3層ぐらいまでは普通に潜れるし、それぐらいまでいけば道を急ぐ冒険者が置いていった魔力結晶等を拾い集める事で、日々を過ごすぐらいの糧は得られる。

 

 早い話が、冒険者といってもその割合は、迷宮攻略なんて考えていない戦力外が大半なのだ。

 

「そうです。基本的に冒険者に求められているのは魔力と魔素を外に持ち出す事で、攻略を期待されているのはごく一部のエリートです。ギルドの主目的は魔素災害の防止であって、迷宮攻略による問題解決はあくまで理想論な訳ですよ。しかし、魔城迷宮は話が変わってきます」

 

 あの迷宮は、ヌルスが構築した魔素災害を起こさない迷宮だ。アルテイシアがみた限りでは、蓄積する魔力と魔素を、魔城中央の尖塔部分から空に向かって放出する事で、迷宮の魔素濃度が一定以上にならないように調整していると考えられる。

 

 エトヴァゼルが、魔素を9層に凝集・固体化する事で汚染を防いでいたのとは逆のやり方である。広い世界に薄めてしまえば、魔素なんてほぼ無害に等しい。

 

 とにかく、それは国家もギルドも事前の情報共有で把握している。それに加え、ヌルスにデザインされた迷宮は、一般な迷宮のそれと違って足切りが非常に厳しい。件の案内板を見る限りでも、戦闘力の無いチンピラが迷い込んでも何もできないような構造になっていた。報酬が欲しいならきちんと働け、ズルは駄目よ、というヌルスの思想がありありと出ている。

 

 それに加え、そもそもその魔城の主は、連合軍を真正面から蹴散らした魔王その人である。いくら考えなしのチンピラでも、わざわざ遠くから遠路はるばる、いつ爆発するか分からない魔城にいちいち小石を拾いになど来ない。無策だからこそ、彼らは手近な迷宮に潜る事で満足する。

 

「魔城迷宮は、難易度と働きによって明確に見返りが決まっている迷宮です。ならばこそ、腕に自信がある冒険者が、名誉を求めて集まってくるようにできている。全くよく考えられていますね、人間側が馬鹿をやらかさなければ、あの迷宮は今頃辺境伯の観光地みたいになっていたかもしれませんね」

 

「観光地っていうにはちょっと血生臭くない……?」

 

「まあ、流石にそれは言いすぎかもですが。でもヌルスさんの事だから、その時はその時で、来場者が安全に迷宮散策を楽しめるように無茶苦茶な武器防具の貸し出しとかしてそうですよ。ほら、シオンさんが最初もってた武器みたいなやつ」

 

 言われて、あー、とシオンは納得を覚えた。確かに。そういう事はやりそうだ。

 

「ともかく。打倒魔王ヌルス、人間の敵を倒せ―、みたいな人ばっかりではないはずです。むしろ前代未聞の迷宮に関心を持って、隠居していた実力者が面白半分で顔を出す……なんてのも、期待していいんじゃないですかね。大体冒険者なんてやってる人がそんな真面目な人ばかりな訳ないでしょ」

 

「否定できない……」

 

 かくいうシオンもその類である。彼女だって、冒険者をやっていた理由は恩人兼惚れた相手への恩返しというちょっと不純な理由であった。

 

「まあ分かったわ。考えなしで楽観視してるって訳じゃないのは」

 

「ふっふーん。私だって、ちょっとは考えてるんですよー!」

 

 鼻高々に自慢げな顔で胸を張るアルテイシア。はいはい、とシオンは相槌を適当に打ちつつ、内心で小さく不安をつぶやいた。

 

 

 

 それはそれとして。

 

 条件が厳しいのは変わらないのでは?

 

 

 

「まあ、いっか。なる様になるでしょ」

 

「ほら急ぎますよシオンさん。また面倒なのに見つかる前に戻らないと」

 

「はいはいわかりましたって」

 

 

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