望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百三十三話 龍殺しの光

 

「通った!」

 

 刃が鱗を傷つけた事に、ストライフが快哉の声を上げる。

 

 ドラゴンに対する、初めてのダメージらしいダメージ。しかし。

 

「油断しない! ……あぶない!!」

 

「えっ……うがぁっ!?」

 

 アルテイシアの警告も間に合わず、氷柱を砕いた前肢をそのまま振り回しての裏拳がストライフを襲った。壁のように迫ってくる巨大な腕を躱しきれず、小石のように弾かれた彼の体が壁に叩きつけられる。

 

「ストライフさん!」

 

 崩れる瓦礫の下で俯せになった彼の体は動かない。

 

 咄嗟に救援に向かおうとしたアルテイシアが足を止める。

 

 ドラゴンは打ちのめしたストライフには一切の興味を見せず、もたげた顎の隙間から赤い炎をちらちらと光らせている。一気に光量を増す光。

 

「ちぃ……!」

 

 咄嗟にパーティー全体の位置関係を把握したアルテイシアが前にでる。腕を振るうと、その足元から銀色の泡が立ち昇り、空中で広がって金属の膜となった。

 

 直後、ドラゴンの口から炎が迸った。

 

 伝説にうたわれるドラゴンブレス。ドワーフの鍛えた魔法金属さえも忽ちのうちに溶かしてしまう、神さえも畏れた竜の息吹が一行に襲い掛かる。

 

 例え紛いものであってもその再現度は真に迫る。部屋を埋め尽くすような大氷塊であってもたちまちのうちに蒸発させる熱量が、ちっぽけな人間を焼き尽くそうと膨れ上がり……しかし、その前に広げられた、うすっぺらな金属の膜一枚に阻まれた。

 

『グォオオオ!?』

 

「耐熱性に特化した魔術合金の防御膜! 人間の叡智を甘くみないでいただきたいですね!」

 

「いやそれ貴女の個人技能であって人間の知恵と違くない?」

 

 渾身のブレスを防がれた事に驚愕するドラゴンに勝ち誇るアルテイシア、そしてそんな彼女につっこみを入れつつシオンがスライディングで防御の下を抜け出す。彼女は一瞬でドラゴンの下に回り込むとその場で跳躍、そのアゴ下に強烈な蹴りを叩き込んだ。

 

 ブレスを吐きつけるにあたって少し頭を下げていたのも災いし、勢いよく上下の顎が噛み合わされる。それによってブレスの放射がとまった一瞬をついて、アルテイシアが背後に叫んだ。

 

「ニコリさん、なんでもいいから魔術を! 連続制限にひっかかります!」

 

「わ、わかりまひたっ」

 

 鬼気迫るアルテイシアの要請にどもりながらも、ニコリが魔術を繰り出す。空中に浮く巨大な氷塊が、ブレスで上昇した気温を冷やしながらドラゴンに降り注ぐ。

 

 煩わしげにドラゴンがそれを頭突きで砕くと、その向こうで煌めく黄金の輝き。

 

「氷は駄目、炎も駄目……それならこれはどうですか?」

 

 放たれるのは、超高圧の電撃渦。迸る雷撃の一撃を正面から受けて、ビリッ、とドラゴンは身体をひりつかせた。

 

『グッ、ガ、ゴアアア!』

 

「ちょっとは効いてますね……!」

 

 生き物である以上、電撃の完全無効化なんてそうそう出来ないはず。そう思っての一撃だったが、どうやら効果はあるものの、期待ほどのダメージは与えていないようだ。そう判断したアルテイシアは深追いせずに、素直にその場を離脱する。遅れて、振り回された巨大な尻尾が、彼女の立っていた床を粉微塵に粉砕した。

 

『ガオオオ!』

 

 叩きつけた尻尾を振り回すようにして、再び正面を向くドラゴン。その巨体が動く事によって吹き荒れる暴風に足を取られそうになりながらも、アルテイシア達はある程度の距離を置いて向かい合った。

 

「いえ、ただの余波でありませんね、風の魔力で干渉している……?」

 

「あ、アルテイシアさん、見て、翼が!」

 

 ニコリの言葉通り、その背中で大きく翼が風を打ち鳴らす。広がった翼に吊り下げられるように、ドラゴンの巨体がふわりと浮いた。

 

「不味い!」

 

 飛行を阻止しようとアルテイシアが再び電撃を放つが、ドラゴンは翼を羽ばたかせると巨体からは想像できない軽やかな動きでその一撃を回避、部屋の天井近くに一気に舞い上がった。

 

 そして。

 

『ガオオオオゥ!』

 

「ちぃっ! 面倒ですね!」

 

 上を取ってのドラゴンブレス。高速移動しながらの火炎放射は、先ほどのように防壁を設置するだけでは回避できない。アルテイシアは咄嗟にニコリに飛びつくと、彼女を抱えて飛び上がった。火の海になる地上を尻目に、風魔術で飛翔する。

 

「はわわわわあ!」

 

「手を離さないでください、地上に落ちたらまる焼けですよ!」

 

「シオンさんは!? シオンさんは大丈夫なの!?」

 

 ニコリの叫びに応えるように、甲高い金属音が鳴り響く。

 

「心配はいらないですよ、ほら、あれ」

 

 見れば、ドラゴンの翼に切りかかったシオンが、しかし翼爪に阻まれて舌打ちしながら落下していく所だった。あわやこのまま丸焦げか、と思いきや。

 

「ちっ、ヌルスの奴、バランス調整忘れてたでしょ、これ!」

 

 ぴっ、と壁に向かって放たれる何か。食い込んだアンカーを引き寄せて壁に取り付くと、シオンはそのまま壁走りでドラゴンの追撃を回避した。再び跳躍しドラゴンと打ち合うと、その反動でまだ炎に覆われていない床に着地する。追って放たれるドラゴンブレスを、俊足で回避してその影に回り込む。

 

 その人間離れした挙動に、アルテイシアの腕の中でニコリがぽかん、と口を開いた。

 

「ぼ、ぼえ……」

 

「私は生理的に人間やめてますけど、シオンさんも常人と呼ぶのは無理がありますよねえ」

 

「そこ! ぼさっとしてないで戦え! コイツ、これまでとは桁違いに強い!」

 

 空中に陣取るドラゴン相手に、飛べない人間の身で何度も強襲を繰り返すシオン。

 

 上を取っているという絶対的なアドバンテージがあるものの、予測困難なステップを刻むシオンの動きを追い損ねて、ドラゴンの視線が右往左往する。決定的なダメージはないものの、単体で龍を攪乱してのけるその技量はアルテイシアの言う通り、かなり人間をやめている。

 

「さて、今のうちに、と」

 

 なんとか彼女が時間を稼いでいるその間に、アルテイシア達も安全地帯に着地する。

 

 宙を舞うドラゴンの姿を忌々し気に見上げ、舌打ちするアルテイシア。

 

「思った以上に連続魔術の制限が厄介ですね。補助も考えたら使いまくりますし……」

 

『ゴガアア!』

 

 着地したアルテイシアの姿を視界にいれたドラゴンが、シオンへの追撃を切り上げて再び向かってくる。どうやらこの四人の中で、最も侮れないのは彼女だと判断したようだ。

 

 事実それは正しい。

 

 シオンは仮に翼を切り裂けてもドラゴンの命に届くだけの火力は無いし、ニコリは無力ではないが非力だ。それに対しアルテイシアは単身でドラゴンブレスを防ぎ、空中戦でもドラゴンの追撃を凌ぎきるだけの機動力を見せている。電撃はイマイチ効き目が悪いが、あれだけの事ができる相手がドラゴンへの有効打を持っていないはずがない。

 

 まだ見ぬアルテイシアの札を推察し優先度を決定できるのは、それだけこのドラゴンという魔物の優秀さを物語っている。知性とまではいかなくとも、極めて高い計算能力の持ち主に違いは無い。

 

 だが、現実とは数字の大小で全てが決まるものではないのだ。

 

 飛翔するドラゴンの下方、燃え上がる炎が吹きあがるように渦巻くと、その中から一つの影が飛び上がった。

 

「おりゃああ!!」

 

『グガルルゥ!?』

 

 空中に白い欠片を撒き散らして飛翔するのは、精霊外装を纏ったストライフ。氷の刃で伸長された剣の一撃が、ドラゴンの皮膜を切り裂いた。

 

 あくまで空力は補助といえど、姿勢制御において重要な役割を果たしている翼の損傷によってドラゴンの巨体が傾ぐ。制御を失って失速したドラゴンが、地響きと共に地面へと墜落する。

 

「いまよ!」

 

「あいだぁ!」

 

 そこへ降り注ぐ、二人の魔術師の一斉射撃。鋭く先端を尖らせた氷の柱の掃射、天地を貫く雷鳴の鉄槌。並大抵のフロアガーディアンであれば2、3回は灰になっているであろう猛撃を受けて、しかしドラゴンは戦意高く吠え返した。

 

『ゴァアア!!』

 

 殺意と敵意を込めたドラゴンズロアー。濃密な魔力を込めた雄たけびが、発動中の魔術すら打ち消して響き渡る。耳を押さえて縮こまるちっぽけな人間達を前に、ドラゴンはむんず、と己の片翼に手をかけた。切り裂かれ、機能を失った側ではなく、まだ健在の翼をぶちぶちと音を立てて引き千切る。

 

『グォオオオ!』

 

 自ら翼を千切り捨てたドラゴンが、地響きを立てて突進する。どれだけ魔術で迎撃されようと、質量差にものをいわせて叩き潰すつもりだ。

 

 ストライフがその軌道上に割って入り、さらにシオンが気を引こうと四方から切りかかる。だがドラゴンは多少の手傷はものともせず、わき目もふらず術者二人を挽肉にせんと突撃した。

 

「ここから先には……いかせない!!」

 

『ガアアォオ!』

 

 最後の壁である、精霊外装を纏ったストライフが正面からドラゴンの突進に立ち向かう。氷の鎧を最大厚まで強化して人間サイズの砦と化した彼が、ドラゴンの牙を真正面から受け止めた。

 

 耳をつんざく衝撃音、氷が圧縮される甲高い音と共に、ストライフの全身を覆う氷の鎧に罅が入った。それでも彼は剣を取り落とさず、大剣のような龍の牙を押しとどめる。

 

 されど、長続きしないのは一目瞭然。もってあと数秒の献身……その数秒で、決着はついた。

 

「はぁああ……」

 

 魔力を高めるアルテイシアの背後から、銀色に輝く鉄柱が伸びる。それは途中で一度折れ曲がって前に向かうと、その先端から五つにさらに枝分かれ。

 

 その枝分かれした鉄柱が絡み合うようにして束ねられ、ひと塊の鉄球となる。それを、アルテイシアは柱ごと、勢いよくドラゴンに叩きつけた。

 

「ぶっとべ!!」

 

『グァオオウ!?』

 

 文字通りの、鉄槌による一撃。牙を数本折り砕かれながら、強打を受けたドラゴンが逆方向に吹き飛ばされる。その一撃で砕け散り、急速に朽ち果て行く金属の柱が立ち昇らせる白い煙……その中から、白い光が俄かに膨れ上がった。

 

「これなら……どうだぁ!」

 

 ニコリが掲げる杖の先、水晶のように透き通った氷の多面体が、その内部で光を屈折させながら太陽のように輝いている。

 

 彼女の住まう故郷は雪深い寒村であり、そして彼女らは寒さと同じくらい、光が恐ろしい物である事を知っている。一面の大雪原で照り返す光は旅人の目を焼き、窓際に垂れ下がる氷柱は時として家を焼く。故に、純度の高い氷の結晶体で何が起こせるかを、彼女らはよく存じている。

 

 増幅器である氷のプリズムを蒸発させながら、一筋の閃光がドラゴン目掛けて放たれた。

 

 見た目こそアルテイシアのアストラルレーザーと同じだが、これは収束にこそ精霊の力を借りたものの、魔力の一切籠っていない太陽の光そのものに他ならない。

 

 すなわち。ドラゴンの、魔力耐性は機能しない。

 

 非力と無力は違う。ドラゴンの想定外の切り札を抱えていた、ニコリが一枚上手であった。

 

『グガアッ!?』

 

 閃光が、ドラゴンの額を貫き。びくん、と一瞬だけ震えて、ドラゴンの体が硬直する。

 

 息を呑んで見守る一行の前で、ぐらり、とその巨体が脱力し、地面に沈み込む。ずずうん、と最後に地響きと共に土煙を上げて、赤き巨体はさらさらと灰に還った。

 

 あとに残されるのは、特大の抱えるような魔力結晶と、一枚の鱗。

 

「……やった?」

 

「みたい、ですね……」

 

 半信半疑で確かめ合う、しばしの静寂。ややあって、歓喜の声があがった。

 

「やったーーー!」

 

「ああ、やったぞニコリ! これで俺達ドラゴンスレイヤーだ!」

 

「ばんざーい、ばんざーい!」

 

 飛びつくようにして抱きしめ合い、喜びを露にするストライフとニコリ。小柄な魔術師を両手で抱え上げて、ダンスのようにくるくる回っている剣士を苦笑してみやり、シオンは相方に手を伸ばした。

 

 肩で息をしていたアルテイシアは一瞬きょとん、としたあと、にこりと笑って互いの手を打ち合わせた。

 

「おつかれー」

 

「ですね」

 

 言葉はそんなに要らない。思わぬ強敵だったが、達成感を違いに味わう。

 

 その背後ではくるくる、ストライフが変わらず回っている。

 

「いやっほーう! いやっほーう! いやっほー……あ゛っ」

 

「きゃああ、ストライフ-!?」

 

 そして、突然額から血を流して昏倒。抱きかかえられていたニコリと一緒に、派手に地面に倒れ込む。

 

「ス、ストライフさーん!?」

 

「そ、そういやアイツ、ドラゴンの裏拳で壁にめり込んでなかったっけ?!」

 

「興奮して痛みを忘れてただけで、普通に重症ですよあれー!?」

 

 ストライフは倒れ込んだまま、ぴくりとも動かない。

 

 慌てて介抱に向かうアルテイシア達だった。

 

「いやああ、死なないでストライフゥ~!!」

 

「ちょ、揺さぶっちゃ駄目ですよニコリさん!?」

 

 

 

 

 

 

 

 そして、一方その頃。

 

『ん……? あれ?』

 

「どうなさいましたか、魔王様?」

 

『あ、いや。今……レッドドラゴンの反応が消えた……?』

 

 運命が、動き出そうとしていた。

 

 

 

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