望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百三十四話 迷宮の宿

 

 激闘の果てにレッドドラゴンを倒した一行。

 

 しかしながら、その消耗は大きかった。

 

「尊い犠牲でしたね……」

 

「ええ……」

 

 床に横たわるストライフと、その胸にしがみついて嗚咽するニコリ。

 

 ぴくりとも動かない剣士を前に、アルテイシアはそっと指で十字を切った。

 

「ストライフさん、どうか穏やかに……」

 

「か……勝手にころさ……ないで……」

 

「ストライフゥ~~~」

 

 息も絶え絶え、といった感じで苦言を呈してくる剣士に、涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃのニコリ。 

 

 シオンはやれやれ、と肩を竦めると、ハンカチをだしてニコリの顔を拭いにかかった。

 

「はいはい。せっかくの可愛い顔が台無しよ。ほらちーんして、チーン」

 

「とりあえず見た所、命には別条はないようですね、命には」

 

「冒険活動には支障ありまくりなんだが……」

 

 死んでなければ安い安い、と言わんばかりのアルテイシアの態度に、ストライフは苦笑いである。まあ実際、ドラゴンの裏拳をまともにくらって壁に叩きつけられて、骨に罅が入ったりした程度で済んだのなら御の字である。恐らくギリギリでニコリの精霊外装が間に合った御蔭だろう。

 

「しかし強敵でしたね。結局、金属魔術の札も切っちゃいましたか。まあ、序の口ではありますが……」

 

「さっきまでのと比べても桁違いに強かったわね。あの日、無理しないで撤退して本当によかったわ」

 

「ですね。もしかすると、フロアガーディアンみたいな区切りの魔物だったのかもしれません」

 

 ドロップ品の巨大な魔力結晶を、日の光に当てて色んな角度から確認するアルテイシア。

 

 純度も申し分ない。然るべきところに出せば、恐らく秘宝として重宝される、そういうレベルだ。確か王家の玉座に嵌め込まれている特大の魔力結晶も、大昔、迷宮攻略した際の戦利品だったと聞くが、そのレベルである。

 

 話に聞く純結晶ほどではないが、これだけの魔力結晶があれば迷宮の外で魔物を生かす事もできるかもしれない。そう考えて、アルテイシアはヌルスが敢えて魔物を迷宮に配置した理由の一端が理解できた気がした。

 

「迷宮の魔物はシャードビースト対策だけではなく……魔力結晶の精製実験も兼ねている? 一度、魔物という形を経由する事で、高品質の魔力結晶を作り出そうという試み? となると……」

 

「アルテイシア、お考え中の所悪いけど自分の世界に浸るのはまた今度にしてくれない? とりあえず、今後どうするか考えないと」

 

「おっと失礼」

 

 呆れ顔のシオンに注意されて、アルテイシアは魔力結晶を鞄に戻した。

 

 さて。レッドドラゴンは倒した、これで先に進める訳だが、果たして進んでいいものかどうか。

 

 現状のパーティーの損耗は大きい。

 

 ストライフは流石に一日は休息が必要だし、ニコリも疲労が大きい。シオンとアルテイシアにはまだまだ余裕があるが、二人だけで先に進んでもすぐに詰むだけである。

 

 となると一度引き返すべきだが、問題は今倒したレッドドラゴンである。

 

 本当にフロアガーディアンポジションであれば、一度倒したならもう出現しない、という事も考えられる。だがもしそうではなく、再び訪れた場合また出現するのであれば、同じ激闘を繰り返す事になる。

 

 流石に二度目ともなればもう少し消耗を抑えられるだろうが、どの道ここで大きくリソースを削られることになるのは違いない。

 

 となると……。

 

「……少し進んで様子を見たい所ですね。場合によっては、迷宮内に一晩泊まりましょう。毎回探索の度にこのドラゴンと戦う羽目になるのは流石に勘弁です」

 

「そーねえ。ストライフとニコリを下げても、一戦ぐらいはなんとかなるだろうし。万が一戦闘になったら、二人は部屋の外で待機してて」

 

「すまない、迷惑をかける……」

 

 ニコリの手を借りてよろよろとストライフが身を起こす。

 

 彼らもどうやら、異論はないようだ。

 

「いえいえ。そもそもお二人の協力がなければ、今のドラゴンもどうにもならないのは体験済みですし」

 

「そうそう、持ちつ持たれつ。気にしなさんな」

 

 アルテイシアが前に、シオンが最後尾に。負傷者二人を間に挟んで、一行は次の部屋に向かった。

 

 焼け焦げた部屋を後にして、魔城の回廊に出る。相変わらず彫刻が並び、空からの日差しが差し込む通路……しかし気が付けば、空の太陽は少し傾き、日差しは微かに黄色みを帯びている。

 

 思ったよりも時間が経過しているな、とアルテイシアは思った。確かにこのルートは最短距離だが、その分消耗が激しい。他のルートはどうなのだろうか? 見た所、冒険者に大きな犠牲が出た様子はないし、迷路のようになって探索範囲が広いだけなのだろうか。冒険者があまり宿屋に戻ってこないのは、探索が大変だから中で寝泊まりするのが中心になっているのかもしれない。

 

 見た所、迷宮というにはなかなか快適な空間が広がっている。これで魔物が出現しなければ、普通に街のように人が住めるかもしれない。

 

 そんな事を考えていたアルテイシアだったが、不意にあるものを見つけて脚がとまる。

 

「アルテイシアさん? はっ、まさか敵ですか!?」

 

「あ、いや」

 

 前を行く彼女が足を止めた事に敏感に反応したストライフが緊張した声をあげるが、大してアルテイシアはぽかん、とした様子で前方を指さした。

 

 他の三人もそろって、その先に視線を向けて……やはり全員が、ぽかんとする。

 

「は?」

 

「え?」

 

「うん?」

 

 四人の視線が向かう先。

 

 壁から飛び出した、どこからどう見ても街の案内板のような看板には、こう書かれている。

 

『↑ 次の部屋へ ← 冒険者の宿』

 

「……迷宮の中に、宿泊施設ぅ???」

 

 一同を代表するかのように、シオンが訝し気に呟いた。

 

 

 

 

 

 とりあえず、一同は看板に従い、宿とやらへ向かった。

 

 どうやら廊下がそこでT字路になって枝分かれしているらしい。もしかすると罠かもしれない、という考えが一瞬頭をよぎったが、ピンクのヌメヌメが「あったら便利だよね!」と書かれた看板をふりふりしている様子も浮かんできたのは言うまでもない。

 

 やるかやらないかで言えば、多分、やる。

 

「アイツ、一体この迷宮をどうしたい訳? 攻略してほしいのかしてほしくないのか……」

 

「あははは……」

 

 意図が掴めず困惑しつつも、分岐路を先にすすむ。

 

 と、どうやら廊下は途中で終わりのようだ。行き止まりに、お屋敷にあるような立派な両開きの扉がある。

 

「……せーの、で開けるわよ。ニコリ、アンタは一応、何があっても対応できるように備えて」

 

「は、はいっ」

 

 ストライフを廊下の壁際に寝かせて、ニコリが緊張した様子で杖を手にして扉の前に立つ。

 

 その彼女と視線で確認し合い、アルテイシアとシオンは左右から揃って、扉をぐい、と押し開いた。

 

「せーの」

 

「よっこいせ!」

 

 ずずず……と重たい白亜の扉が開いていく。

 

 途端、外から眩い日光が差し込んできて、反射的にニコリは顔を庇った。他のメンバーも、白い光に目を細める。

 

 危険な事は、何も起きない。

 

 やがて目が明かりに慣れてきて、扉の向こうに見えてきたものは……。

 

「……はぁ?」

 

「どういう事です?」

 

 困惑しながら、アルテイシアとシオンが率先して外に出る。扉の外の石畳を、微かに生い茂る下草を踏みしめて周囲を見渡す。

 

 そこに広がっていたのは……。

 

「……街?」

 

「迷宮の中に……?」

 

 見渡す限りの白い壁、白い床、白い屋根。まるで氷を削り出したかのような、静謐に満ちた街並みが、そこに広がっていた。迷宮の出入口は広場になっており、その広場の中心には噴水がしょろしょろと、清らかな水を噴き上げている。

 

 茫然としているアルテイシア達の前を子供たちが笑いながら広場を横切る。その姿を視線で追いかけると、多数の人間は商店街らしき通りを行きかっているのが見えた。店員が客を呼び込む声と、井戸端会議に花を咲かせる主婦の声。

 

 それはどこからどうみても、穏やかな街の昼下がりであった。

 

 なにもおかしくはない。

 

 そんなものが、迷宮の中にあるというただ一点を除けば。

 

「な……なんですか、これ」

 

「さ、さあ……?」

 

 さしものアルテイシアも目を泳がせる。

 

 と、たまたま通りがかったといった感じの男が、ふと一同に目を向け、しばしの硬直の後に驚愕に荷物を取り落とした。

 

「あ……あわわ……えらいこっちゃ……」

 

「はっ。す、すいません、私達は怪しい者では……っ」

 

 アルテイシアが咄嗟に静止に入るが、それよりも早く男はその場を逃げ出しながら、街全体に響くような大声で呼びかけた。

 

「皆ーっ! 冒険者の方がいらっしゃったぞーー!」

 

「!?」

 

「なんですって!?」

 

 途端、穏やかだった街の様子が一変する。

 

 母親は遊ばせていた子供たちを抱きかかえるようにして撤収し、店先に並んでいた買い物客はわたわたとその場を去る。店は忽ち棚を仕舞って店仕舞い。

 

 立ち昇った砂埃にアルテイシア達が数度咳き込んだ後には、あれだけ居た街人はすっかり姿をけし、伽藍とした白い街並みだけが残された。

 

 噴水だけが変わらず、ちょろちょろと水を噴き上げている。

 

「え、えと……?」

 

「これ、何か不味い奴じゃない?」

 

 状況を理解できないものの、シオンが警戒に腰を落とす。

 

 彼女の言葉通り、姿を消した町人の代わりに、ざっざっ、と規則正しく砂を踏みしめる音が周囲から聞こえてきた。

 

「居たぞ!」

 

「あそこだ!!」

 

 姿を現すのは、皮鎧で武装した町の衛兵たち。長い槍を手に集まってきた彼らは、たちまちのうちにアルテイシア達を取り囲むと、険しい表情で彼女達の一挙手一投足を監視する。穂先こそ向けてきていないものの、一分の隙も無い包囲にシオンがちっと舌を鳴らした。

 

「罠……かしらね」

 

「……離脱は……難しいですかね」

 

 ちらり、とアルテイシアは背後、ニコリに肩を抱えられているストライフの様子を確認する。

 

 迷宮に戻る扉はすぐ後ろだが、恐らくストライフはついてこれないし、ニコリも彼を置いては行けまい。勿論、二人を見捨てて置いていくのは論外だ。

 

 不本意だが、最悪の場合一戦交えるしかない。

 

 内心緊張を高めつつ、アルテイシアはあくまで笑顔で一歩前に出て、衛兵たちに呼びかけた。

 

「あのー……。こちら、冒険の宿、とお聞きしたのですが……」

 

「……どうも。私が衛兵の代表です。貴女達は一体、どこからここに……?」

 

 進み出てきたリーダーらしき衛兵に問いただされて、アルテイシアはにこやかーに笑顔を作って笑みを返した。

 

「どこから、と言われましても。普通に魔物を倒して進んでいたら、看板がありまして……」

 

「魔物を、倒して……? 超高難度コースの魔物を? レッドドラゴンをどうやって退けたのですのか?」

 

「どうやって、って……普通に倒してきましたけど」

 

 アルテイシアの言葉に、衛兵達がざわつく。

 

「馬鹿な……ヌルス様が直々に配備した守護者だぞ? ただの冒険者に倒せるわけが」

 

「怪しいな……まさか、迷宮を破壊して侵入してきたのではあるまいな?」

 

 どうやら、迷宮の事もよく知って居る様子。ただの一般市民ではないようだが、一体何者だろう、と訝しむアルテイシア。

 

「ま、待ってください。本当に私達、唯の冒険者で……」

 

「……申し訳ありません。少し取り調べさせてもらっても……?」

 

「それは……ちょっと困りますねぇ……」

 

 じり、と包囲を狭めてくる衛兵達に、ここまでか、とアルテイシアは魔術の準備に入る。

 

 できるだけ殺したくはない。ここは雷の魔術でしびれさせて、なんとか無力化を……。

 

「あっ、そだ」

 

「……シオンさん?」

 

 と、そこで何かを思い出したように、シオンがカバンを漁りながら前に出た。目を丸くするアルテイシアをよそに、彼女は取り出した何かを、衛兵の前でひらひらと振る。

 

「ちょいまち、ちょいまち。これ、これ。私達、これ持ってるんだけど」

 

 茶色い、うすっぺらい何か。

 

 それが何か、ぴんと来なかったアルテイシアも遅れて思い出す。

 

 そういえばそんなものもあった。食堂の店長に、「迷宮で誰かに会う事があったら渡せ」と言われていた干し肉だ。いや、確かに、今迷宮内でその誰かに会っている訳だが、いや、いくらなんでも。

 

「シオンさん、ちょっと、ふざけてる場合では……」

 

「……ああ! これは失礼しました!!」

 

「……はい??」

 

 もう何度目だろうか。またしても目を丸くして呆気にとられるアルテイシアの前で、干し肉を見た衛兵が硬く張り詰めていた相好を崩し、人好きのする笑顔を浮かべる。

 

 さっきまでの警戒心はどこへやら、彼は柔和な笑顔でアルテイシアに笑いかけると頭を下げた。

 

「申し訳ありません、こちらの不手際で不愉快な思いをさせてしまいました。ようこそ、宿場町バンブーへ! 歓迎いたします、冒険者どの! ささ、こちらに!」

 

 態度を180度変えての歓迎ムードに、困惑の極みに達したアルテイシアが説明を求めてシオンを見る。

 

 黒い仮面のシーフは、やれやれ、と肩を竦めると、背後で状況を見守っていたニコリ達を促して歩き始めた。

 

「ほら、いくわよ。後で説明してあげる」

 

 

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