望まぬ知恵の王 ~冒険者に憧れた蟲がやがて魔城の主と呼ばれるまで~   作:SIS

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第二百三十五話 冒険者歓迎します

 

「つまりは、あれは符丁だったのよ」

 

「符丁……?」

 

 衛兵に案内される道すがら、シオンは仲間達にそう語った。

 

「そう。まあ上得意で勘違い語るのも馬鹿らしいから答え合わせしたいんだけど、貴方達、旧ヴァーシス領の領民よね?」

 

「はっ。おっしゃる通りでございます」

 

 シオンの問いかけに、傍らを歩いていた衛兵が返事を返す。

 

 一方、アルテイシア達は何が何だか、である。

 

「ええと? え? すいません、さっぱり話が見えてこないのですけど」

 

「ご説明します。今、この魔城迷宮の内部には複数の居住区があり、そこでは我々、旧辺境伯領民が生活しているのです。そしてその一部は、ヌルス様のお考えにより、こうして冒険者の宿泊場所として開放されております」

 

「ははぁ……」

 

 ぼんやりと頷き返すアルテイシア。

 

 それ自体は別に不思議な話ではない。辺境伯領から逃げてきた民が居ない訳ではないが、記録上の人数を考慮するとあまりにも少ない。領の広さを考えればシャードビーストに皆殺されたとも考えづらく、恐らくかなりの人数を魔城内部で保護しているだろうというのは元々予想していた事だ。

 

 何せ、魔城迷宮は文字通り城の形である。そして城というのは、人の住む場所だ。大きさからしても、かなりの人数を収容できるのは想像に難くない。

 

 それがまあ、街まで作っていたというのは想像の外だったが。

 

「あ。もしかして、冒険者の人達が迷宮の中で寝泊まりして戻ってこない、っていう宿の話……」

 

「ああー。そうか、迷宮の中にこういった町があちこちあるんだったら、そっちで寝泊まりした方が楽に決まってるわよねえ」

 

 なにせ、野宿する事も無く、迷宮の中でベッドで眠れるのだ。別に冒険者だって好きで寝袋で丸まっている訳でもなく、もう一度複雑で困難な迷宮を踏破する事を考えればそうするに決まっている。

 

 そこまで考えて、はっとしてシオンは自分の財布の厚さを鞄の上から確認した。

 

「え、でも通貨とかどうなってんの? 支払いできるの?」

 

「いえいえ、とんでもない。普通は取りますが、皆さんは符丁をもっていらっしゃったので、只で構わないです。ちなみに町の中でも、普通に貨幣で買い物できますよ。外よりはちょっと割高になりますけども」

 

「ああやっぱり。なんか意味深にアレ渡されたから、もしやと思ってたけど……やっぱり、外と繋がってたのね」

 

 答え合わせに納得して頷くシオン。一方、アルテイシア達はチンプンカンプンである。

 

「ど、どういう事ですか、一人で納得しないで説明してくださいよ」

 

「だからさ。考えてもみなさいよ、王国と教会が辺境伯を異端認定した所で、そこにたくさんいた人を鏖にする訳にもいかないし、マジギレしたヌルスと戦ったってびた一文、何か得なんて無いでしょ。だったら、賢く立ち回るほうがマシじゃない? 変に思ってたのよ、あの店のメニュー、辺境伯が封鎖されてた頃とそう変わった形跡がなかった。近隣じゃ取れないような物も普通に食材に使ってたし……一番近くの、一番やりとりしてた領地が根こそぎ吹っ飛んだりしたら、下手したら店を畳む事だって考えていいはずよ?」

 

「い、言われてみれば……」

 

 シオンの言葉に納得するアルテイシアに、まだ要領を得ていない様子のストライフ達。

 

 こういう話になると、辺境伯の妻として教育をきちんと受け直したシオンの方が詳しい。彼女は人差し指を立てて振りながら、要点をかいつまんで三人に説明した。

 

「つまりはあの店、こっそり元辺境伯……魔城と取引があった店なのよ。んで恐らく、見込みのある相手に安全だってのを示す印を渡してた。あの干し肉が多分それ。食べ物だったらそのうち消費して無くなるし、持ってておかしいものじゃない。ガサ入れがあったってバレやしないし」

 

「え、でも食べちゃったらどうするんですか。私達そんな事知らなかった訳ですよ」

 

「だからぁ、食べちゃったらそれでいいのよ。運がいい奴だけ、そう、と知らせられればいい、って程度のものじゃない? お店の方だって絶対的な確信あっての事じゃないだろうし……ああいや、もしかして迷宮での行動が監視されてる? 迷宮内で干し肉食ってる相手をマーキングしてた?」

 

 あってるかしら、とシオンが目くばせすると、衛兵は小さく頷いた。

 

「そういう事になりますね。符丁がないからと、そう邪険にする訳ではないですが」

 

「その割には最初物々しい雰囲気だったじゃない?」

 

「それはその……すいません。超高難度コースはヌルス様も調子にのってやりすぎた、と言うレベルの代物で、事実上の封鎖地区だったもので。内部の監視もしてなかったので、てっきり、迷宮を破壊して通って来た曲者かと思いまして……」

 

 苦笑いしてぺこぺこする衛兵に、アルテイシアは呆れ顔だ。

 

 とはいえ、その気持ちが分からないでもない。

 

 それまでの四体も十分やばかったが、五匹目のレッドドラゴンは明らかに強さがおかしかった。かつての巣窟迷宮エトヴァゼルには、首魁であるヴァルザークが門番として執行者と呼ばれる魔物を置いていたが、あれと同じような物だろう。微かに記憶があるアルテイシアから見ても、レッドドラゴンは執行者に並ぶ強さだった。

 

 普通の冒険者が突破できる相手ではない。街の人達が吃驚したのもうなずける。

 

 それはそうと、歩きながら見る街は随分とにぎやかだ。ここが外界から隔離された迷宮の内部とはとても思えない。

 

 物資に困窮している雰囲気はなく、どうみても外とかなり大規模に流通が成立しているようだ。

 

「なにこれ、王国も教会もあれだけ暗殺者やら斥候やら送り出しといて、盛大に出し抜かれてるじゃない。アホらし」

 

「ええ、全く。とはいえ、これはギルドの御蔭が大きいです。協力してくれている一部の商店相手だけではこうもいきません」

 

「え、なんでそこで冒険者ギルドが……」

 

 ギルドが関わっている。その発言に、四人全員が目を丸くする。

 

 その中でいち早く正気に戻ったのはシオンか。

 

「そうか……そういう事かあ」

 

「一人で納得しないでくださいよ」

 

「いやね。ずっとギルドが魔城に対して静観してたの、不思議に思ってたんだけど……考えてみれば、ギルドにはヌルスと敵対する理由なんてどこにもないのよ。ギルドはあくまで、迷宮災害を防ぐのが目的の組織。そしてこの魔城迷宮は、あらゆる角度から迷宮災害が起きない事を確証されているし、そればかりかシャードビーストという新たな災害を封じてくれている。この世界の崩壊を防ぐのが目的の、国を超えた国際的組織である冒険者ギルドにとっては、支援こそすれ攻撃するなんてありえない訳」

 

 つまり、ギルドからすればむしろ、魔城迷宮に敵意を持っている王国やら教会やらが頭おかしいのである。これは国や権力から距離を置いてきた国際組織としての冒険者ギルドが、健全に機能しているという事でもある。

 

「多分……アトソンがそうだったみたいに、クリーグが冒険者ギルドに接触したんでしょうね。だから最初からギルドは正確な情報を持っていて、双方の被害が最小限になるように動いた。……一部のアホが激発して戦争になりかけて、ヌルスがそれを根こそぎ消し飛ばしたのは想定外だったでしょうけど、考えてみればそれも最適解だわ。他の馬鹿どもの気勢が削がれて、ギルドが動きやすくなった……」

 

「じゃあ、ヌルスさんはそれも考えて? でも……」

 

「いや、あくまで結果論の話よ。そういう屁理屈で人を殺せる奴じゃないわ、ヌルスは。……多分、外に出してた使者を殺されて、残った民を守るためには徹底的に相手の戦意を挫くしかない、って腹をくくったんでしょうね……。ギルドが上手く立ち回れたのはたまたまよ」

 

 実際に、あの時の攻撃にはギルドも巻き込まれていたはずだ。それで被害を出した事もあって、最初から乗り気ではなかったギルドが強く出れたともいえる。

 

 これまで得てきた情報が線で結ばれてきた。

 

 やはりヌルスは、断腸の思いで魔王を演じたのだ。オメガ・マギアスによる大虐殺も、そうしなければ魔城に匿った民を守れないと判断しての事。王都への攻撃も、「その気になればいつでもこちらはお前達を滅ぼせる」という警告だったのだろう。

 

 一方、裏事情についてつらつらと語るシオンに、今度は道案内をしていた衛兵が目を丸くする。

 

「あの……貴方がたは、一体?」

 

「あー、うん。その、昔ヌルスにちょっとね。ねえ、ストライフ。アンタも巣窟迷宮でヌルスに助けられた口よね?」

 

「えっ? あ、いや、まあ。そうだけど……え?」

 

 話がよくわかってないながらも、急に話を振られてコクコクと首を縦に振るストライフ。彼からするとシオンの言葉の半分もわかっていないが、とりあえず間違った事は言われてないので頷く。

 

 一方、衛兵はそれを見て勝手に納得した。

 

 衛兵とストライフ、そしてシオンで持ってる情報量に違いがあるのを分かった上でそれを巧みにコントロールし、よくわからんが納得した、といった風にもっていくその手筈に、アルテイシアだけが一人感嘆した。

 

「貴族って心の底から面倒くさそうですね……」

 

「言うに事欠いて感想がそれ? まあ事実だけど……ただまあ納得できない事もあるわ。それはそれとして、なんで冒険者に宿を貸し出してんの? 万が一を考えたら、市民からは隔離しとくべきじゃない?」

 

「ははは。それについては、宿の方でお尋ねください。ほら、つきましたよ」

 

 そういって衛兵が足を止めて指し示したのは、それこそ貴族の館か、というような立派な宿屋だった。

 

 

 

◆◆

 

 

 

「ふわー」

 

「ほえー」

 

「わぁ……」

 

 部屋に案内された一同の反応である。

 

 普通、宿屋と言えばそこそこの広さにベッドが敷き詰めてあって、そんなに広い空間はない。最悪ベッドがなくて、床に雑魚寝という事もある。

 

 それがどうだ。この宿屋はベッドを四つおいても部屋の半分ぐらいしか埋まっておらず、片隅にはテーブル、棚。簡易的な調理場まである。

 

 ここまで案内してきた宿の店員が、ぺこり、と頭を下げる。

 

「それではごゆっくりおくつろぎください。今、軽食などをお持ちします」

 

「あ、どうも……」

 

 いそいそと店員が姿を消すのを見送り、一行は躊躇いながらも荷物を置いて寛ぎ始めた。

 

 部屋の壁には大きな窓が開いていて、外から涼やかな風が入ってきている。それに誘われて近づくと、窓からは白く輝く街並みと、それを覆うように聳え立つ城壁、そして空に広がる青空が見える。どうやら、魔城に幾重にも張り巡らされた城壁、その間にこうやって町がつくられているようだ。

 

「距離的には、第一区画を抜けた、ってとこですか」

 

「第一区画?」

 

「はい。案内板にもありましたけど魔城は四つの区画に分かれているようなんです」

 

 魔力が見えるアルテイシアには、城壁の中で戦う冒険者や魔物の存在が魔力で感知できる。そうやって透視する事で、大体の現在位置が把握できる。

 

 案内板によれば、魔城は一際大きい防壁を区切りとして四つの区画に分かれているようだ。一番外側の、戦争にもさらされて傷ついた防壁が第一。そこからそれなりの距離を置いて、第二防壁。以降は小さな防壁が急に密度を増しつつ、第三へと続き、第三の先は城の中枢部だ。

 

 普通のお城で考えれば、魔城そのものと言えるのは中枢部で、他は全部城下町のようなものである。第一防壁がかなり広く取られているのも、攻撃で破壊される事を想定しているからだろう。

 

 しかしその説明を聞いてストライフとニコリが首を傾げた。

 

「え、でもそげに歩いた覚えはないだども?」

 

「あの看板を見る限りだと、馬車でも数日はかかる距離では……?」

 

「多分、空間が捻じ曲がってたんでしょうね。迷宮ではよくある事です」

 

 外に露出しているせいで感覚として分かりづらいが、迷宮というのは物理的な空間に左右されない。巣窟迷宮だって地下にあの広さの地下構造が広がっていたら、近隣は割と大変な事になっていたはずである。

 

 そういう意味では、むしろ魔城は物理的法則にまだ従っている方といえる。

 

「いや、それにしても何よこれ、宿っていうよりその……貴賓館じゃない。冒険者っていうより来賓を迎える部屋じゃ……」

 

「ええと……魔城からすれば、冒険者って敵なんですよね? 油断させて寝首をかくつもりじゃ……」

 

「こんだけ豪華な部屋だと油断するどころか逆に警戒するわよ。まあでも全部がこういう扱いなら、冒険者が町の宿に戻ってこないのも納得ね。いっそこっちで住んだ方が楽…………ああ、そういう事」

 

 愚痴っている最中でシオンがはっとしたように顔を押さえ、何か納得したように言葉を切る。一方、さっきから話がよくわからないまま置いていかれてるストライフ達は不満顔だ。

 

「あの、シオンさん? 一人で納得しないでくれますかね?」

 

「ごめんごめん。ちゃんと説明するわ。私達の正体も含めてね。ここまで来たら一蓮托生よ」

 

「……正体?」

 

 首を傾げる二人に、シオンは笑って黒い仮面を外す。その背後では、アルテイシアが笑顔のまま、部屋の出入口の扉を、金属魔術で開かないように固めていた。

 

 突如として密室と化した室内で、二人の少女がにこやかに笑う。

 

 おかしい、友好的な笑みのはずなのに、背筋の震えが止まらない、とストライフは戦慄した。

 

「あ、あの……その、やっぱ、いいかな? あははは……」

 

「そ、そうだべ、な、仲間だからずて、全部しっとくこたねえだ……」

 

 何やら不穏な雰囲気を察するストライフとニコリだったが、残念。もう手遅れである。

 

「遠慮はいらないわよ~。全部話してあげるわ、ご安心を」

 

「今更、後戻りは無しですからねぇ~~」

 

「「ひ、ひぃい~~~」」

 

 

 

 こうして、アルテイシア一行は地獄の道連れが二名増えたのであった。

 

 

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